マルク・リシールを読もう【著作、論文紹介】

マルク・リシールを読もう【著作、論文紹介】

人物

 マルク・リシール(Marc Richir, 1943-2015)。ベルギー・シャルルロワ出身の第三世代の現象学者。「古典的な哲学者の最後の生き残り」(村上靖彦)。大学卒業後、最初は物理学の研究者として天文学・物理学研究所に勤務していたが、すぐに哲学を志すようになる。1965年、ブリュッセル自由大学の哲学科修士課程に編入し、マックス・ロローから指導を受ける。修士論文はフッサールの『論理学研究』と『イデーン I』を論じ、博士論文ではドイツ観念論を研究した。1973年博士号取得。その後、博士論文の序文が『コペルニクス的転回の彼方へ』という題名で出版され、フィヒテに関する部分が『無とその仮象』という題名で出版された。

 初期の頃はパリ版『テクスチュール』誌(1971年創刊)などの雑誌で論考を執筆していた。この『テクスチュール』誌はマルセル・ゴーシェやカストリディアス、クロード・ルフォール(メルロ=ポンティの弟子)などが参加しており、極めて政治性の高い雑誌であった。しかし1976年『テクスチュール」誌が廃刊し、表舞台から降りることになる。

 1977年にベルギー国立科学研究基金の主任研究員の職を手にし、沈黙の時期が始まる。この時期にプラトンや新プラトン主義を丹念に研究し、それが1981/1983年の『現象学研究』に結実する。以後膨大な執筆活動に明け暮れた。1992年に第二の主著となる『現象学的省察』を出版し、現象学的な言語活動を探求。さらに2000年には第三の主著となる『現象学素描』を出版して、新たに空想論を展開した。

 キャリアとしては他に国際哲学コレージュ、高等師範学校、パリ第7大学、パリ第12大学で教鞭をとる。2015年11月、南仏で死去。

作品一覧

 24冊の単著と220件ほどの論文がある。リシールは出版活動にも旺盛に参加した。まずウーシア出版社を他の人と共同で立ち上げ、叢書の第一号となる『無とその仮象』を出版する。後に今度はジェローム・ミヨンのクリシス叢書の監修となる。そういうわけで『諸現象、時間、諸存在』以降ほとんどがジェローム・ミヨンのクリシス叢書から出版されている。

 論文に関してはさまざまな媒体で発表しているが、彼自身はまず、師匠のマックス・ロローの援助を受けて大学院の仲間でブリュッセル版『テクスチュール』誌を立ち上げ活動する。それをフランスのマルセル・ゴーシェらが読んでいたこともあり、1971年にはパリ版『テクスチュール』誌となった(1976年廃刊)。その後、フランスの哲学者達(ルノー・バルバラスやミシェル・アールなど)とともに『エポケー』誌を創刊する。それが失敗に終わると、今度は現象学振興会を創設して『現象学年報』誌を作った。編者として携わっていた彼は、そういった雑誌にもいくつか論文を発表している。

著作(邦訳あり)

身体

『身体--内面性についての試論』和田渡・加國尚志・川瀬雅也訳、ナカニシヤ出版、2001年。
 Le corps. Essai sur l’intériorité, Hatier, 1993.

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マルク・リシール現象学入門

『マルク・リシール現象学入門ーーサシャ・カールソンとの対話からーー』澤田哲生監訳、ナカニシヤ出版、2020年。(L’écart et le rien. Conversations avec Sacha Carlson, J. Millon, 2015.)

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関連論考具体的なものへの投錨ーー『マルク・リシール現象学入門』書評

論文(邦訳あり)

投自

「投自」加藤登之男訳(『モーリス・メルロ=ポンティ 現象学研究特別号』)せりか書房、1976年。

夢における感じうるもの

「夢における感じうるもの」伊藤泰雄訳(『フッサール「幾何学の起源」講義 付・メルロ=ポンティ現象学の現在』)法政大学出版局、2005年、331−352頁。

 メルロ=ポンティ『見えるものと見えないもの』の研究ノート「夢 想像的なもの」に関する研究。『射影する現象学』第3章第5節(c)には、この論文を大幅に改稿したものが収録されている。

関連論考「夢における感じうるもの」読解ーーマルク・リシール

現象学の鋳直し

「現象学の鋳直し」澤田哲生訳(『現代思想12月臨時創刊 総特集 フッサール 現象学の深化と拡張』314−331頁)青土社、2009年。

現象学的無意識について

「現象学的無意識について 現象学的なエポケー、点滅そして還元」村上靖彦訳(『現象学年報18』15−31頁)、日本現象学会、2002年。

著作(邦訳なし)

・コペルニクス的転回の彼方へーー現象学とその基礎への問い
 Au-delà du renversement copernicien. La question de la phénoménologie et de son fondement, M. Nijhoff, 1976.

・無とその仮象:現象学の基礎づけ
 Le Rien et son apparence : fondements pour la phénoménologie (Fichte : Doctrine de la science 1794/95), Ousia, 1979.

・現象学研究(I, II, III)ーー超越論的現象学の基礎づけ
 Recherches phénoménologiques (I.II.III) – Fondation pour la phénoménologie transcendantale, Ousia, 1981.

・現象学研究(IV-V)ーー超越論的現象学的図式機能について
 Recherches phénoménologiques (IV-V) – Du schématisme phénoménologique transcendantale, Ousia, 1983.

・諸現象、時間、諸存在ーー存在論と現象学
 Phénomènes, temps et êtres. Ontologie et phénoménologie, J. Millon, 1987.

・現象学と象徴制度(現象、時間、諸存在 II)
 Phénoménologie et institution symbolique (Phénomènes, temps et êtres II), J. Millon, 1988.

・意味の危機と現象学ーーフッサールの『危機書』をめぐって
 La crise du sens et la phénoménologie – Autour de la Krisis de Husserl, J. Millon, 1990.

・政治における崇高について
 Du sublime en politique, Payot, 1991.

・現象学的省察ーー現象学と言語生成の現象学
 Méditations phénoménologiques. Phénoménologie et phénoménologie du langage, J. Millon,1992.

・神々の誕生
 La naissance des dieux, Hachette, 1995.(sens&tonka, 2014)

・メルヴィルーー世界の基底
 Melville. Les assises du monde, Hachette, 1996.(sens&tonka,2013)

・思考することの経験ーー現象学、哲学、神話学
 L’expérience du penser. Phénoménologie, philosophie, mythologie, J. Millon, 1996.

・現象学素描ーー新たな基礎づけ
 Phénoménologie en esquisses – Nouvelles fondations, J. Millon, 2000.

・理念性の制度ーー現象学的図式機能について
 L’institution de l’idéalité. Des schématismes phénoménologiques, coll. Mémoires des Annales de phénoménologie I, Beauvais, 2002.

・空想、想像、情動性ーー現象学と現象学的人間学
 Phantasia, imagination, affectivité. Phénoménologie et anthropologie phénoménologique, J. Millon, 2004.

・時間と空間についての現象学的断章
 Fragments phénoménologiques sur le temps et l’espace, J. Millon, 2006.

・言語生成についての現象学的断章
 Fragments phénoménologiques sur le langage, J. Millon, 2008.

・崇高と自己についての変奏
 Variations sur le sublime et le soi, J. Millon, 2010.

  • 序文
  • 言語〔langage〕、詩、音楽
  • 崇高の「瞬間」における反省性(I)
  • 崇高の「瞬間」における反省性(II)。無限と情動性
  • 自己に関する問いについて
  • 瞬時〔Instant〕、自己、ドクサ。発生的現象学試論(I)
  • 「知覚的」空想と「真理」:原的舞台。発生的現象学試論(II)
  • 自己の超越論的現象学的発生の建築術的分析(素描)
  • 付録:内側の「空間」と外側の空間

・崇高と自己についてーー変奏II
 Sur le sublime et le soi–Variation II, coll. Mémoires des Annales de Phénoménologie IX, 2011.

  • 序文
  • 情動〔Affection〕と言語:詩と音楽
  • 言語から文法言語〔langue〕へ
  • 志向性の批判的分析への回帰
  • 崇高の「瞬間」のレプリカ
  • 崇高な情動について
  • ノエシス−ノエマ的相関について
  • アルカイックな自己から自我〔ego〕へ:現象学的発生
  • 現象学者の現象学的立ち位置
  • 付録 I:絵画における形にならないものについて
  • 付録 II:絶対的超越の二つの説明

・専制君主の偶然
 La contingence du despote, Payot, 2014.

・現象学における否定性
 De la négativité en phénoménologie, J. Millon, 2014.

・藪の中の提案
 Propositions buissonieres, J. Millon, 2016.

・諸現象、時間、諸存在 現象学と象徴制度
 Phénomènes, temps et êtres et Phénoménologie et institution symbolique, J. Millon, 2018.
 (『諸現象、時間、諸存在』と『現象学と象徴制度』を一冊にまとめた書物)

未発表(未公刊)

・『超越論的現象学の基礎づけ』(La fondation de la phénoménologie transcendantale(1887-1913), 1968)【修士論文】

注釈

・フィヒテ『フランス革命についての大衆の判断を正すための寄与』(マルク・リシールの注釈)
 J.G. Fichte, Considérations sur la Révolution Française, Commentaire et notes de M.Richir, coll. « Critique de la Politique», Payot, Paris, 1974.

・シェリング『人間的自由の本質に関する哲学的探究』(マルク・シリールの序文、翻訳、注釈)
 Recherches philosophiques sur l’essence de la liberté humaine, Introduction, traduction, notes et essai de commentaire par M. Richir, coll. « Critique de la Politique », Payot, Paris, 1977.

論文(邦訳なし)

・「偉大」な遊戯と小さな「遊戯」
 ”Grand”jeu et petits “jeux”, Textures n° 3 – 4, 1968.

 「自分としては誇れた代物ではない」(『入門』12頁)。しかしロベール・アレクサンデルはこの論文には見るところがあるとそれ相応の主張をしている。

・心理主義の問題
 Le problème du psychologisme. Quelques réflexions préliminaires, 1969.

 「これは生まれてはじめておこなった学校発表だ。ベルギー哲学会での発表だった」(『入門』7-8頁)

・巻きついた〈無〉
 Le Rien enroulé. Esquisse d’une pensée de la phénoménalisation, Textures 70/7.8, 1970.

 マルティン・ハイデガー『同一性と差異』について論じられている。

・思考の現象学的な起源
 L’origine phénoménologique de la pensée, 1984.

 カント『判断力批判』を論じた論文。ここでは『判断力批判』に登場する「関心のなさ」という態度を自然発生的な現象学的還元のように解釈しようとした。

・量子力学と超越論的現象学
 Mécanique quantique et philosophie transcendantale, 1985.

 量子力学に関する最初の論文。フランスの物理学者であるベルナール・デスパーニャに捧げられ、現象学における現象と量子力学における原理的な不確定性と結びつけて論じている。

・哲学にみられる誇大妄想の傾向について
 D’un ton mégalomaniaque adopté en philosophie, 1988.

 フッサールに対する不当な批判に対してフッサールを擁護した論文。

・メルロ=ポンティーー精神分析とのまったく新しい関係
 Merleau-Ponty : un tout nouveau rapport à la psychanalyse, 1989.

 この論文では、ラカンの才能は精神病理の中に象徴の病理を見つけ出したことにあったとラカンを評価している。しかし『入門』においてはその「才能」に関するそういった評価を否定している。曰くラカンの書物にあるのは「稲妻のように、思索へと誘う諸々の公式化だけ」(『入門』262頁)である。

・現象と無限
 Phénomène et infini, 1991.

 レヴィナスの思想と崇高の関係を明らかにした論文。
 (レヴィナスの他者論はこちら→【レヴィナスにおける他者と責任*なるほう堂】

・フッサールにおける空想、想像、像
 Phantasia, imagination et image chez Husserl, 1998.

 「空想」に関する最初の研究。関連論考:【超越論的テレパシーとは何かーー村上靖彦】

現象とは何か(1998年12月):『フッサリアーナ15巻 間主観性の現象学』に収録されている草稿を論じた論文。

・フッサールによるそしてフッサールを超えた想像の複雑な諸構造
 La structures complexes de l’imagination selon au-delà Husserl, 2003.

『フッサール全集』第23巻第16草稿を詳細に論じた論文。『空想、想像、情動性』(2004)の冒頭に収録されている。

劇場と小説における空想について(Du rôle de la phantasia au théâtre et dans le roman, 2003):劇場と小説について〈知覚的空想〉という観点から論じた論文。

・情動性のアルカイックな根源についての現象学のために
 Pour une phénoménologie des racines archaïques de l’affectivité, 2004.

 情動性に関する論文。この論文で初めて、情動性〔affectivité〕と情動性の転調による情動〔affections〕、志向的な情〔affect〕を区別した。

監訳(翻訳)

・フッサール『受動的綜合』
 E. Husserl, De la Synthèse Passive, Jérôme Millon« coll. Krisis»,1998, trad. de B. Bégout et J. Kessler avec la collaboration de N. Depraz et M. Richir

・フッサール『空想、像意識、想像––直観的準現在化の現象学について』(フッサリアーナ23巻)
 E. Husserl, Phantasia, conscience d’image, souvenir, Jérôme Millon «coll. Krisis», Grenoble, 2002, trad. de R. Kassis et J.F. Pestureau revue par M. Richir

・フッサール『内的時間意識の現象学について』
 E. HUSSERL, Sur la phénoménologie de la conscience intime du temps, Jérôme Millon «Coll. Krisis», Grenoble, octobre 2003, trad. de J.F. Pestureau revue par M. Richir

・フッサール『能動的綜合』
 E. Husserl, De la synthèse active, Jérôme Millon «Coll. Krisis», Grenoble, 2004, trad. de J.F. Pestureau et M. Richir

資料、研究、サイト、参考文献

・マルク・リシール https://marc-richir.eu:リシールの論文などがこのサイトから見られる。

・マルク・リシール・アルヒーフ https://itp-buw.de/2021/06/10/marc-richir-archiv-mra/:ドイツ、ブッパタールにあるリシール文庫。リシールが生前所有していた著作や草稿などの資料が収められている。

Editions Jérôme Millon:クリシス叢書を出版している。 

・マルク・リシール『マルク・リシール現象学入門ーーサシャ・カールソンとの対話からーー』澤田哲生監訳、ナカニシヤ出版、2020年。

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