カフカ『変身』不条理の先にあるも|あらすじ解説|内容考察

カフカ『変身』不条理の先にあるも|あらすじ解説|内容考察

概要

 『変身』は、1915年に発表されたフランツ・カフカの中編小説。実存主義文学であり、アルベール・カミュの『ペスト』や『異邦人』とともに不条理文学の一つでもある。

 販売員であるグレゴール・ザムザが、ある日目覚めると巨大な虫になっていた。不条理な世界で生きるザムザとその家族を描く。

 本作は「世界文学の最新おすすめ有名海外小説」で紹介している

登場人物

グレゴール・ザムザ:販売員。両親と妹の四人で暮らす。両親の借金を返済し家族を養うため、五時の汽車で会社に向かうサラリーマン生活を送る。ある朝目覚めると虫になっていることに気づく。虫になってからは部屋に閉じこもり、家族に接触しない日々を過ごす。

グレーテ:グレゴールの妹。17歳。ヴァイオリンが好き。グレゴールが虫になると彼の部屋の掃除を率先して行う。売り子として働き、夜は勉学に励む。当初はグレゴールに同情的であったが、次第に距離を置き、最終的には虫を処分するよう父に頼む。

:グレゴールの父。五年前に破産し、それ以降働いていない。虫になったグレゴールにリンゴを投げつけ重傷を負わせた。グレゴールが働けなくなった後は、小使として働き見違えるような姿になる。

:グレゴールの母。虫になったグレゴールを目撃し卒倒する。それ以降周りの気遣いもあり、グレゴールを目撃しない生活を送る。父と違いグレゴールのことを気遣い、部屋の物などを片付けないようにグレーテに頼む。グレゴールが虫になってからは、針仕事をすることで家計を支える。

手伝い女:老婆。虫になったグレゴールにも臆せず、グレゴールの死体も処分する。

三人の下宿人:グレーテにヴァイオリンの演奏を頼む。その音に誘われて出てきたグレゴールを発見し、宿の契約解消と支払いをしないと宣言する。

支配人:グレゴールの上司。出社しないグレゴールに、クビにすると脅しにくるが、虫になったグレゴールを見て逃げる。

アンナ:女中。グレゴールが虫になると辞めてしまう。

あらすじ

第一章

 青年グレゴール・ザムザは、ある朝目覚めると巨大な虫になっていた。彼は疲れているせいだと判断し、もう少しだけ眠ろうとするが仰向けのまま動くことができない。

 彼はその状態のまま、今の仕事に思いを巡らす。出張が多くて朝も早く、不満は募るばかりである。だが、両親が破産してしまいそれ以降働かないので、グレゴールが一家を支えているのだった。そうこうしているうちに出社の時間は過ぎてしまい、妹のグレーテと両親が心配して声をかけてくる。すぐに出ますと言おうにもうまく喋れないことが発覚し、どうすることもできないでいた。

 しばらくすると上司の支配人が家に訪れる。彼はグレゴールの怠惰を叱責しクビにすると脅すのだが、グレゴールの虫語では返事を返すことができない。結局、グレゴールは家族と上司の前に姿を現すのだが、上司は驚きのあまり逃げ出してしまい、父はステッキで自室に追い立ててきたのだった。

第二章

 それ以来、グレゴールは部屋に閉じこもって暮らすようになった。グレゴールの世話はグレーテが率先し、部屋の掃除から食べ物の持ち込みまで彼女が行った。いまやグレゴールは感性までも完全に虫になってしまい、腐った食物やチーズを好み、天井を張って過ごすようになる。

 家計はグレゴールのおかげで一、二年は過ごす蓄えがあった。しかしグレゴールが虫から人間に戻る可能性が薄いと考え、父は外で働くようになる。

 ある日、壁に這って生活していることを知ったグレーテは、グレゴールが動きやすいように部屋の家具を取り除こうとする。一方で母はグレゴールの記憶が染み付いた家具を取り除くのには反対するが、部屋の管理に誇りを感じていたグレーテに言い負かされてしまう。

 この話を聞いていたグレゴールは、家具が無くなることに不安に覚え、家具に張り付いて抗議の意を示そうとする。それを目撃した母は卒倒し、ちょうど仕事から帰ってきた父は、グレゴールにリンゴを投げつける。リンゴは彼に直撃し、満足に動けないような傷を負ってしまう。

第三章

 それから一ヶ月。リンゴはグレゴールにのめり込み腐ったままになっていた。父に加え母とグレーテも働くようになり、新たに年老いたお手伝いさんを雇う。グレーテはクレゴールの世話に興味を失い、グレゴールに物怖じしないお手伝いさんが代わりを務めていた。また、家計のために三人の紳士に一室を貸し出す。その部屋の家具はグレゴールの部屋に移され、さらに汚くなっていた。

 ある日、グレーテのヴァイオリンを聞きつけた紳士の一人が、みんなの前で演奏するよう頼む。しかしすぐ興醒めしてしまいタバコをふかす。

 ある日、グレーテのヴァイオリンを聞きつけた紳士の一人が、みんなの前で演奏するよう頼む。しかしすぐ興醒めしてしまいタバコをふかす。

 ところがその音色を聞いて、グレゴールが部屋から出てきてしまう。グレゴールの存在に気がついた父親は、紳士たちを部屋に戻そうとするが、待遇の悪さやグレゴールの存在に抗議し、契約破棄と下宿代の不払いを宣言する。

 家族がショックに陥る中、グレーテはグレゴールを見捨てるべきだと言い、父も賛成する。グレゴールは自室に戻り、そのまま息絶える。

 翌日、グレゴールの死体はお手伝いさんによって片付けられる。両親とグレーテは勤め先に休みを申請し、三人は散歩に出る。そこでお互いの仕事は恵まれていて、将来が有望だと知る。そしてグレーテが美しく育っていることを両親は認識する。娘の婿を探さねばと考えるのだった。

解説

何故、不条理文学と言われるのか

 カフカの『変身』は、文学史に燦然と輝く不条理文学の傑作の一つ。不条理文学はほかにアルベール・カミュの『異邦人』や『ペスト』などがある。

 『異邦人』は社会や人間の抱える不条理を描き、『ペスト』は集団に襲いかかる不条理を明らかにしたとすると、『変身』は個人にふりかかる不条理を描いている。

 主人公は両親と妹とともに暮らすグレゴール・ザムザ。五年前に両親が抱えた借金を返済し、家族を支えるために働くしがない真面目なサラリーマンである。両親は働かずグレゴールに頼りっぱなしの状況からも分かるように、彼の家はグレゴールの双肩にかかっている。グレゴールは特別で幸せというより、普通で忍耐のいる人生を送っている。不条理が突然ふりかかるのは、真面目で普通なサラリーマンなのだ。

 そんな彼の身に起こるのが虫への「変身」である。ある日目覚めたグレゴールは、自分が虫に変身していることに気づく。不条理は物語の最初から、すでにつねに降りかかっているのだ。この虫への変身が不条理である所以は、これに理由も種明かしもハッピーエンドも待ち受けていないからである。例えば、『千と千尋の神隠し』であればセンもハクも元の姿に戻るし、『白雪姫』であれば眠りの原因は明らかになり彼女は目覚めることができる。だが『変身』はその真逆である。前提としてふりかかった不条理は最後まで解けることはなく、そればかりかグレゴールの死によって完結する。家族にとって必要であったグレゴールは、死の間際には不要な存在へと変化しているのだ。この救いのなさこそ、不条理の奇抜さが、この物語を卓越したものにしている。

虫の正体、翻訳の難しさ

 読者の興味をまず唆るのは、グレゴールが変身した「虫」の正体だろう。

 冒頭一度だけでてくる元々の単語はドイツ語「Ungeziefer」で、訳すと「害虫」や「害獣」になる。ところが「害虫」という単語は、作物に襲いかかるあのイメージが強く、単独で用いると据わりが悪い。したがって1952年に高橋義孝が訳して以来、「毒虫」という訳語が使われるようになった。しかし読めば分かるように、グレゴールが変身した虫は「毒」を持っているわけではない。確かに「毒虫」とすれば、禍々しい実存的な印象を与えることができるが、原義からは離れてしまうだろう。

 ではほかの訳はどうだろうか。多和田葉子は注釈を添えて「ウンゲツィーファー」とカタカナ表記をした。また川島隆は「虫けら」と訳し、「けら」に否定的な意味を込めた。「Ungeziefer」の訳はこれからも追求されていくだろう。

 ところでグレゴールの姿はいったいどのようなものなのだろうか。作中の表現では、「丸っこい茶色の腹」「甲殻のような硬い背中」「かぼそい足がたくさん」(p.5)とされている。実際、ゴキブリやフンコロガシから、イモムシやムカデまで様々な説があり、これといって定まった見解があるわけではない。読者が想像力を膨らませて読み込むのが良いと思われる。

 どうやらカフカ自身も、読者に各々のイメージを持ってほしかったようだ。『変身』の書籍化にあたって、扉絵を担当することになった画家オットマー・シュタルケに、虫の姿を描かないよう要求している手紙が残されている。そうして出来上がった絵が、扉の外で虫になった姿を確認して苦しんでいる男性の様子である。この絵は虫になった息子を嘆き悲しむ父親を描いたものであった。しかしこの絵を見た読者は、この男性はグレゴール本人で虫になった妄想に苦しんでいる様子だと捉え、妄想に取り憑かれた男性の物語という解釈を生んだ。もちろんこれは、作者も画家も意図していないものであったが、面白い解釈であるともいえるだろう。

 この章で書かれた内容は、2022年に角川文庫から出版された川島隆訳のカフカ『変身』の訳者解説に詳しく記されている。

考察

無用になった存在が排除されていく過程を描く

 『変身』の主題は何なのか。もう一度、「虫」という単語に注目してみよう。

 「Ungeziefer」は、元々「宗教的に「汚れている」とみなされるために神への「供物に使えない」という意味の中世のドイツ語の形容詞に由来する」(p.157)。グレゴールは虫の中でも最底辺の存在、供物にすら使えない存在なのである。川島はこれに続けて『変身』の主題について言及している。

つまり、それまで社会的に有用であろうとして必死に生きてきたグレゴールが突然「使えない」存在になり、無用の長物として排除されてゆく過程を描くというのがカフカの構想だったと思われる。(p.157)

 グレゴールは社会的に有用であるばかりか、家族にとってなくてはならない存在だった。家計はグレゴールの収入で賄われ、両親の借金は彼によって返済されている。そうだからこそグレゴールは、「キツい職業を選んでしまったなあ!来る日も来る日もあくまで出張ばかり。仕事で気が立つことは本社勤よりずっと多い。しかも出張ならではの厄介ごとがつきまとう」(p.6)と不満を抱きながらも、どうにか会社勤めを続けられていたのである。

 そして家族全体がグレゴールに頼りきりであることを自覚しているから、彼が虫に変身してしまった後もすぐに見捨てることはできない。虫になったグレゴールの姿をみただけで母は卒倒し、父は激怒するが、それでも彼が人間に戻ることを期待してもいる。だがそれも長くは続かず、その期待が徐々に薄れていくのに並行してグレゴールの存在は無用の長物と化していくのである。

家族の変化の過程

 妹のグレーテはグレゴールの世話をする唯一の存在である。最初のころ彼女はグレゴールの好みの変化を察して、腐ったパンやチーズを並べて何が好きかを調べてくるほどであった。また両親がしたがらないグレゴールの部屋の掃除を率先するのも彼女である。彼女の親切心はグレゴールにとって染みいるものであったに違いない。

 だがそのグレーテですら、時が立つにつれてグレゴールに興味を失っていく。部屋は「そこかしこでホコリや汚物が玉になって転がってい」て、食事は「ありあわせの食べ物をグレゴールの部屋に足で押し込む」(p.75)ようになる。

 さらに重要なことに、彼女の変化はグレゴールへの態度だけではなくて、社会に対する接し方や態度にも生じている。グレゴールが父に林檎を投げつけられて一ヶ月も経つと、「店員の勤め口を見つけた妹は、晩には速記とフランス語を学習していた。おそろく、後日、もっといい職を手に入れるためだろう。」と変化している。グレゴールに食い込んで腐った林檎が象徴するように、もはやこの家でのグレゴールの必要性はほとんどない。それと反比例するように、いままで養われる側であったグレーテが、自立を始めているのだ。

 そしてそれはグレーテだけにとどまらない。父も母も同じように自立の道を辿っている。用務員として勤め始めた父は、その象徴である制服を家の中ですら脱ぐことはない。母も針仕事に精をだし家計を支えている。残された三人は、もともとグレゴールが望んだ未来を、グレゴールなしで獲得しようと「変身」しているのだ。

ラストはグレゴールの安らかな死と三人の明るい将来

 悲惨で希望に満ちたラストは、この変化の延長線上にある。グレゴールは家族によってついに捨てられてしまうのだ。

 身体が虫に変身し、人間の言葉を発することができず、好みも変わってしまったグレゴール。しかし彼の心は人間的な側面も先鋭化していた。グレゴールはグレーテのヴァイオリンの音色に思わず部屋から出てしまう。三人の紳士はその音色にうんざりしているようだ。しかしグレゴールは「おかしい。娘はこんなに上手に演奏しているのに」と不思議がり、「こんなにも音楽に感動しているのに、それでも動物なのか?」(p.84)と自問する。そして妹への想いを爆発させる。

妹のところまで進み出て、スカートのすそを引っぱり、いいからヴァイオリンを持って兄さんの部屋においでと伝えてやりたかった。だってここには、兄さんほど演奏を聴かせがいのある相手は誰もいないんだから。もう自分の部屋から妹を出したくない。少なくとも、自分が生きているうちは。(p.85)

 悲しいことに、このグレゴールの想いは片想いであり、グレーテにとってグレゴールはすでに邪魔者でしかない。彼女の長い期間の忍耐がついに爆発する。「あれを厄介払いしないとダメよ。わたしたち、人間にできることは全部やった」(p.88)。グレゴールを追い出そうと提案するのは、見るのも拒んだ母でも、林檎を投げつけた父でもなく、親切心に溢れたグレーテであった。「私だってもう耐えられない」(p.98)。

 家族の総意を汲んだグレゴールは、自室に篭り絶命する。彼は不条理に犯され、名誉を回復することなく死んでいくのだ。そこに何が残ったか。驚くべきことに三人の輝かしい未来である。

 グレゴールの処理を終えた三人は、勤め先を休み散歩にでる。そこでお互いの勤め先の様子を聞くと、「三人とも勤め口が非常に好条件で、特に将来有望だった」(p.100)ことを知る。そしてグレーテが「いつしか美しく豊満な花盛りの少女になっていた」ことに気づき、「そろそろこの子にいいお婿さんを探してやる頃合いだと考え」(p.101)る。グレゴールが虫になったおかげで、三人が自立し将来が開けたのである。

 グレゴールは自らの不条理な人生に憎悪を向けることなく最後の時を迎えた。「自分は消えなければならないという点については、ひょっとすると彼の方が妹よりも迷いのない意見を持っていた。そんなふうに無内容で平和なことを思い巡らせているうちに、やがて時計が朝の三時を打った」(p.93)。グレゴールは不幸でもなく、平和に亡くなったのだ。グレゴルーにとっては不条理としての、家族にとっては成長としての「変身」の物語がここにある。

参考文献

カフカ『変身』川島隆訳、角川文庫、2022年

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