『LUCY / ルーシー』感想|あらすじ解説|内容考察|非科学的でつまらない?そんな態度では楽しめない

『LUCY / ルーシー』感想|あらすじ解説|内容考察|非科学的でつまらない?そんな態度では楽しめない

概要

 『LUCY/ルーシー』は、2014年に製作されたフランスとアメリカの合作映画。監督は『レオン』や『フィフス・エレメント』で有名なリュック・ベッソン。

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登場人物

ルーシー(スカーレット・ヨハンソン):麻薬により脳が活性化され超人的な力を得る。

Mr. チャン(チェ・ミンシク):マフィアのボス。ルーシーの体内に袋詰めされた麻薬をいれて国外に持ち出そうとする。

ノーマン博士(モーガン・フリーマン):有名な脳科学者。 脳の活性化が、超人的な力を発揮することを提唱している。

ピエール・デル・リオ(アムール・ワケド):フランスの刑事。ルーシーに協力的。

あらすじ

 一般人であるルーシーは知り合いの男性から頼まれて、中身がドラッグであるとも知らずにケースをマフィアのチェンに届ける。チェンはルーシーをドラッグの運び屋にするために、ルーシーのお腹にドラッグを入れた袋を埋め込んでしまう。

 駆り出されたルーシーであったが、途中チェンの敵に捕まり監禁される。そこでお腹を蹴られたさいに、袋が破けて薬が体内で溶け出してしまう。その薬はなんと、人間の脳を活性化し100%の力を引き出すものだった。

 ノーマン博士は、常人は脳の10%しか活用できていないと主張する。一方で薬の力によって、ルーシーの脳の稼働率は10%を超えて、20%、30%と徐々に上昇していく。それに合わせて身体能力は向上、超能力も得て、超人的な力を発揮するようになる。だが、脳の稼働率が増すにつれて寿命は縮んでいくのだった。

 薬の流通を止めるために、Mr. チャンから残りの麻薬を奪う。怒ったMr. チャンは、仲間を連れて反撃にでる。ピエールが率いるパリ市警、脳科学者のノーマン博士、Mr. チャンが率いるマフィア、そしてルーシーの戦い絡み合い熾烈を極める。

 ノーマン博士の研究室にたどり着いたルーシーは、残っていたすべての薬を飲み干す。それによってルーシーの脳の稼働率は100%に近づく。超人的な能力を持ったルーシーは、コンピューターに接続し一体化を始める。

 圧倒的な力の差でMr. チャンを倒したルーシーは、データをノーマン博士に託し消える。コンピューターと一体化したルーシーは「I am everywhere.」と言い残してエンディングを迎える。

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解説

非科学的なプロットを受け止めて

 普段人間は10%の脳しか使えていない。仮に残りの90%を使えるようになったなら、ありとあらゆることができるだろう。この文章を一瞥して、「ありとあらゆる」が例えば、計算が早くなるとか記憶力が良くなるとか、そういった類のことを予想する視聴者なら、映画『LUCY/ルーシー』はあなたの度肝を抜いてくれるだろう。

 脳科学の権威であるノーマン博士曰く、脳の使用率が上がると他人や物を支配できるようになる。脳はその所有者の能力を引き出すだけではなくて、外の世界を支配できるようになるというのだ。発想が普通じゃない。この外部の支配は生物の究極的な目的である「時の支配」に近づくことを意味している。生物の「時の支配」のアプローチは繁殖か不死かしかなかったが、第三の道は超人になり人を超えて時をいききできる存在になることらしい。

 脳の活性化が外の世界を支配できるという突拍子もない設定は、批評家からナンセンスだという批判を向けられた。しかしそんな当たり前のことは批評家が批判するまでもなく勿論ナンセンスであり、あえてナンセンスを受け入れて楽しむよう努力するのが視聴者の務めであり良き態度である、と思う。どこまで努力するかは個人に委ねられている。

考察

超能力では超えられないもの

 脳の稼働率が上昇すると、その効果として痛みを感じなくなり、欲望も失われるという。人間の細胞の活性化が人間としての能力の減退という逆方向のベクトルを生み出すジレンマがある。脳細胞が活性化すると人間ではなくなるのだ。しかし主人公はそのことに対して差したる不安を抱えていない。ルーシーは欲望がなくなることには一向頓着せず、記憶を残すことに使命感を抱いている様子で、ノーマン博士の説によれば、この使命感は生物の本能=「時の支配」ということになる。

 脳みそ稼働率が40%を超えたあたりから、電波やら磁場やらを制御しだす。すでに人間の域は超えているのだが、ちょっと面白いのは、人間の物質性は超えられない点だ。相手を浮かしたりラジオをハックはできても、移動の手段は飛行機か車とアナログで、そのことがルーシーの時間を制約している。

 鑑賞中は上記の制約から、人間の物質性が主題なのかと思っていた、がそこには収まらなかった。

感想

人類はコンピューターに接続される

 繰り返しになるが、ノーマン博士によれば生命の目的は「時の支配」である。「時の支配」とは2つの要素、時間を遡れることと、空間が無限に短縮されること、正確に言えば「時空間の支配」を意味している。稼働率90%を超えたあたりから、ルーシーの触手はコンピューターに伸びていき取り込み学習し、肉体は消滅、自身が次世代のコンピューターとなって現れる。

 身体の喪失と量子や電子のような存在に生まれ変わること。それが「時の支配」という目的に対するルーシーの回答であった。非物質として世界の至る所に存在し、時間と空間を超越するというモチーフは、日本のアニメの中で論じられてきたものと似ている(攻殻機動隊とか)。日本のアニメも含めて、SF的感性は生殖や繁栄の問題に対して、時空間を支配する電子的なイメージを置いているように思う。

 時空間を支配したにもかかわらず、唯一越えられない壁が最後に現れる。それは情報の伝達だ。次世代コンピューターとなったルーシーはノーマン博士に情報を渡すためにUSBカードを排出し、情報が入った物体をノーマン博士に手渡す。人間であるノーマン博士と情報を共有するためには、意外にもアナログなものに頼らざるを得ないのだ。

 電子的ネットワークが「物質の移動」を解決したいま、繁殖の問題と並んで、人間との情報の共有、言い換えると「情報の移動」の問題系がSF的感性の課題なのかもしれない。

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