輝く創造の天空へと昇る炎のミューズよ|『イーロン・マスク』『スティーブ・ジョブズ』感想・書評

輝く創造の天空へと昇る炎のミューズよ|『イーロン・マスク』『スティーブ・ジョブズ』感想・書評

概要

 『スティーブ・ジョブズ』はウォルター・アイザックソンによるスティーブ・ジョブズの公式伝記。世界的なベストセラーとなる。

 『イーロン・マスク』は上下2巻本のイーロン・マスクの公式伝記。主にマスクの幼少期から2023年頃までのキャリアを描く。

 書評は他に『言語の本質』、『「甘え」の構造』、『現代思想入門』『力と交換様式』『日本の無思想』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、『混沌を抜け、尽きせぬ軽やかな飛翔へ』がある。

マスクとジョブズ

 スティーブ・ジョブズとイーロン・マスク。どちらも世界的に有名な経営者である。しかし生い立ちや経歴などはそれほど知られていないのではないか。読んでみるとどちらもなかなか面白い。

 ジョブズは実は養子である。生まれてすぐ養子に出され、養父母となったポール・ジョブズ、クララ・ジョブズ夫妻のもとで育てられた。過ごしたのはシリコンバレー。その頃のシリコンバレーは、ハイテク産業の中心地だっただけでなく、ハッカーのサブカルチャーやヒッピー文化も混じりあったカオスな場所であった。

 というのも、この頃のハイテク業界というのは、中央の管理体制からの個人の解放を体現するものだったからである。

しかし1970年代に入るころには意識が大きく変化する。カウンターカルチャーとコンピュータ業界の融合を研究した書、『パソコン創世「第3の神話」ーーカウンターカルチャーが育んだ夢』(ジョン・マルコフ著)にも「コンピューターは官僚的管理のツールとみなされていたが、それが個人の表現や解放のシンボルと見られるようになった」とある。

『スティーブ・ジョブズ(上)』105-106頁

 そのような文化の中でジョブズは育ったわけで、一方で、LSD(幻覚剤)による精神の解放、禅に傾倒し導師に会いにインド放浪、絶対菜食主義の採用などの偏ったヒッピー的文化を享受しながら、他方で、アタリ社での夜勤、ブルーボックスの販売など技術系にもまたがり活動する。まさにその頃のシリコンバレー文化を体験したような人間なわけである。

 そしてアップル(アップルコンピューター)を設立。アップル Ⅰ やマッキントッシュなどのコンピューターを発売し有名になるが、一度アップルを追い出される。後に復帰し、Macだけでなく、iPodやiPad、iPhoneなど数々の作品を発表することになる。最後は癌でこの世を去る。

 イーロン・マスクはというと南アフリカ出身。SF小説が好きでプログラミングも独学で学んだ彼は、1991年にアメリカのペンシルバニア大学に入学。その後、大学院に進もうか事業を起こすかの二択で進学を諦め、起業を決意する。Zip2というインターネット上のシティガイドを開発し成功。その後、X.comという金融サービス会社を設立し、ペイパルと合併。そして追い出されるのだが、その時儲かったお金でテスラ(電気自動車)やスペースX(宇宙産業)などの会社を設立。Twitter買収でも有名になった。

 イーロンは起業する野心のあったデジタル業界の秀才という印象であり、ヒッピー的なところはない。これは時代の影響で、その頃にはこぞってデジタルエリートが世界を変えるためにこの分野に参入していたのだろう。

 このような二人、文化的土壌は異なるが似ているところもある。

 どちらも親子関係が複雑である。ジョブズは養子に出されたことにひどく傷ついており、それが彼の精神に影響を与えたことはいうまでもないのだが、23歳の時付き合っていた女性(ブレナン)が妊娠すると(生みの親がジョブズをもうけた時と同じ年齢!)、自分の子ではないと主張。法廷闘争にまで発展し、DNA鑑定まで行っている(結果はジョブズが父親である可能性94.41%)。自分が見捨てた子の名前はリサなのだが、その後自らが作ったコンピューターにリサ(Lisa)と名付け、周囲をギョッとさせる。

 イーロンの父親エロールは非常に気性の粗い性格で、イーロンの義理の娘を妊娠させた後は、ほとんど絶交状態であった。ただし、その気性の荒さや陰謀論にハマるところなどを引き継ぐ。嫌っていた父親と同じような道を辿ってしまうという矛盾をスティーブと同じくイーロンも抱えている。(ちなみにエロールは一時期 Errol Musk – Dad of a Genius という名前でYoutubeをやっていたので、そこからエロールを知ることができる)。

 イーロンは子供も多い(ここには思想的な側面も入っている「このまま出生率が下がっていくと、人類の意識が絶えてしまうおそれがある」(『イーロン・マスク(下)』142頁))。2023年4月時点だとおそらく3人の女性との間に計9人の子供がいる。大富豪らしく体外受精に代理出産のオンパレードである。そういう時代かと思わせるのが、シボン・ジリスの子で、彼女はイーロンと結婚はしていないが、精子提供者はイーロンで体外受精で妊娠を行なっている。相当のお金があれば、子供を持てる時代である。

 子供とは仲が基本的に良いのだが、子供のうちの一人にゼイビア(ジェナ)という人がいて、資本主義や富が嫌いになってしまい、マスクも嫌いになった。またトランスジェンダーでもある。この子との関係が悪化(絶縁状態)したため、元々中道寄りとされていたイーロンの政治思想が右翼に寄っていったのではないかというのが、著者ウォルター・アイザックソンの分析である。

起業家として

 世界的な経営者であるが、その仕事現場は過酷だ。つまり今風に言えば、スティーブ・ジョブズもイーロン・マスクもブラック企業のブラック社長なわけだ。

 ジョブズの口汚さは有名で「この大馬鹿野郎が。なにひとつまともにできんのか」「くだらないことをやっているな」「クソ野郎」と怒鳴り散らかす。職場では「週90時間、喜んで働こう!」Tシャツを着て働く(もちろん社員が嫌がっているわけではない)。妥協を許さない完璧主義で傲慢。きつい性格である。

 イーロン・マスクもそうだ。口は悪く(「だからお前が作るソーラールーフはうんこで・・・」(『イーロン・マスク(下)』85頁))、彼は自分と同じくらい社員が働いてないと我慢がならないタイプで、とにかく休みなしに働かせたがる。そして使えなかったり失敗したら、即解雇である。

「2週間でなんとかしろ。いとこもクビにした。設置スピードを10倍にあげられなければお前もクビにする」
 もちろん、そんなこと、できるはずなかった。

『イーロン・マスク(下)』82頁

やめされた人物が何人登場したかわかない。Twitter買収の際には8000人いた社員が、2ヶ月で2000人になっていた。

 それでもみんなついていくのは、その企業の先進性とイーロンやジョブズに対する魅力だろう。社員のやる気とモチベーションが違うというわけだ。

 ジョン・スカリー(ペプシコーラの社長)を自分の会社に誘う時、ジョブズは言った。

「一生、砂糖水を売り続ける気かい?それとも世界を変えるチャンスに賭けてみるかい?」

 こんなこと言われたら、やる気にならざるを得ない。

 さらには、アメリカの文化的土壌も背景にあるのだろう。おそらく日本ではあんなに簡単に解雇はできない。あのスピード感を考えると、テック業界の中心がアメリカにあるのも、むしろそれがアメリカ的なものだからという気がしてならない(中国がこのあと覇権を握るのかもしれないが、日本は文化的に合ってないような気がする)。

技術者と芸術家

 相違点もある。彼らの印象は技術者イーロン・マスク、芸術家・宗教家スティーブ・ジョブズだ。

 イーロンはある種の技術オタクで、そこらへんの知識にめちゃめちゃ詳しい。故にそもそもデザインも技術者ベースでやるべきだという主張がある。技術者とデザイナーは一体であるべきであり、技術に合わせてデザインも構築すべきだと。

 他方でジョブズはプログラミングもかけないとビル・ゲイツに馬鹿にされている(技術系の知識が全くなかったわけではないのだが)。だが、彼は極度にデザインにこだわる。そして自分は文系的人間であるとも考えている。技術者・経営者というより芸術家肌だ。また彼はとんでもなく人を魅了する言葉や視線を持っており、妄想や奇想天外なことをさも簡単に現実にすることができるかのように、人を騙し、自分も騙す、それが「現実歪曲フィールド」と呼ばれているものだ。このような側面はどちらからというと宗教家のような印象を受ける。

「CEO専用」の駐車スペースには反対するくせに、自分は身体障害者用スペースに駐車してもかまわないと考える。年棒1ドルで働く人間だと自分も思いたいし、ほかの人たちにもそう見てもらいたいくせに、膨大なストックオプションを与えられたいとも思う。アントレプレナーに転じたカウンターカルチャー的反逆者、カネに心を売り渡すことなくターンオン(ドラッグで)、チューンイン(意識を解放)した人間という矛盾をずっと抱えているのがジョブズなのだ。

 芸術家は経営者とは真反対の性格を持つ。芸術家というのは社会に対する反逆的な要素が大きいので、資本主義のど真ん中とは対立するからだ。しかしその矛盾を矛盾としないのがジョブズである。

これから世界はどうなっていくのか

 イノベーションはこれからも続く。今はAIの開発が盛んに行われている。イーロン・マスクもその分野に参入中である。そのような中で、さらに第3の世界的でインフルエンサーチックな起業家が生まれてくるだろう。

 ジョブズは世界の方向性を決めた。スマホは今はインフラに組み込まれ、我々の生活になくてはならない存在となっている。しかしながら、これがジョブズが望んだ方向性なのかはよくわからない。

 現代のデジタル社会では、ますます管理社会の方向性が強くなっている。人間も含めてあらゆるものが情報である。情報の中でデータ化されないものはない。つまり人間もデータでしかないという想像力がこれからますます強くなっていくだろう。

 またイノベーションは資本主義経済の在り方にも影響を与えている。富裕層と貧困層の格差が広がっているが、『日本経済の死角ーー収奪的システム』によれば、これが生じるのはそもそもイノーべションが収奪的だからである。イノベーションが生じても「限界生産性」が上がるわけではなく、初期の頃は単なる作業の代替(コストカット)に当てられ、中間的な労働層が消える。実感としては現代はその時期であり、だからこそ格差が広がっている。

 教育形態にも明らかに影響を与えている。現在日本では通信制が増えているわけだが、それはスマホなどが影響を与えているのではないか。集中力は削がれるが、しかし、やりたいことを突き詰めることは遥かにやりやすい時代である。

 スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクがある程度決めてしまった方向性を今後世界はどのように進んでいくのだろうか。

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