こんな夢を見た。
長い長いエスカレーターに乗っていた。
ははあ、こりゃあまた昨日の夢の続きじゃなかろうかと独り合点したら、よくよく見てみるとそれは勘違いで、ここは子どもの頃母によく連れられて来たタカシヤマだ。間違いない。
何度ここに来ただろう。そして最後に来たのはいつだったんだろう。私は母の買い物に付き合うのが嫌で、いつも本屋で立ち読みをして買い物を終えた母が戻ってくるのを待っていた。時には母の買い物が長くかかると小説に没頭して一冊まるまる読み切ってしまうこともあった。私は母が戻ってこない未来を一度も想像したことのない子どもだった。だから私のタカシヤマは、地下の惣菜売り場から地上へと登っていくエスカレーターと、北館2階の本屋までの道のりしか存在しない。
年季の入った静かな機械音に自分が運ばれていくのを聞きながら立って待つのに痺れを切らし、さあさあ早く地上階まで上がってしまいましょうか、と、ポケットに手を入れて一段一段とすいすい登っていく。エスカレーターでは歩かずに、手すりを持って黄色の線の内側にお立ちください。すいすい登っていけるのは、周りに人が誰もいないからである。そう言えばこの前実家に帰った時に、母が駅前の再開発でタカシヤマも潰れるらしいと言ってたっけ。確かにここまで客の入りが悪ければ、しょうがないだろう。潰れる前に一度来ることが出来てよかった。
それはそうと疲れた。なかなか一階まで着かない。さすがに半分は来たはずなのだが。ちょっと休憩と足を止め腕組みをして、あとどのくらいで着くのか見ようと、エスカレーターの終わりを探して目線を上げると、天井一面にはられた鏡にぽつんと自分が映っている。
子どもの時も、エスカレーターに乗ってる時にここの天井を見上げるのが好きだった。ここのエスカレーターは吹き抜け全部が鏡ばりになっている。鏡は金色の縁取りがあって、きらきらと万華鏡のようで。母に手を引かれているのを忘れて鏡の国に迷い込んだ自分を空想したものだった。あんまりずっと上ばかり見ていると方向感覚が揺らいでどちらが上でどちらが下なのかよく分からないような、変な感覚になってくる。ゆらゆらと段差から落ちそうになる私に、手すりをしっかり持つように母がよく言ってたっけ。もうすぐエスカレーターが終わるから上を見るのはやめて前を向きなさい、と。
ふと横に視線をずらすと、上昇していく自分の困惑した横顔が斜めに切り取られて鏡に映る。下りのエスカレーターと交差するこの一瞬。一瞬だけ近づいて離れていく。ぼんやりしていたら、どうもうっかりしてエスカレーターから足が離れていたらしい。困惑していた私の横顔は、浮かんでいる私の身体を見てとると、落ちると思ったのかあっと声をあげてしばらくこちらを振り返ったまま、あっという間に入れ違いで地下に降りていって見えなくなってしまった。どっちが待っておくかを決めておけばよかった。でないと永遠に入れ違いになって、またこの交差地点で入れ違う羽目になるだろう。もしかするともう会えないのかもしれない。だってこのエスカレーターは全然地上に着かない。心細くなって天井を見上げると、確かに自分が鏡に映っていて安心する。右の壁にも左の壁にも。いや、こちらが右でこちらが、えっと。
ほら前を見てないからでしょう。なんで手すりから手を離したの。こだまする声に焦りながら、次の一段を探してぐるぐると私の足は空を切る。ぐるぐるまわる足がまわる。足を見ながら目がまわる。タカシヤマが潰れたのはもう一年も前の話だったらしい。
