1.
朝が来た。起き上がれなかった。そのまま夕暮れて、夜が来た。カーテンを閉めた窓からは細く光が漏れていた。私は今日、その隙間からの遠慮がちな光を見ては、一日の中で陽の光の様子がこんなに異なることを知った。柔らかかったり、美しかったり、溌剌さが感じられたり、穏やかだが感情の深い眼差しのような豊さがあった。今は夜で、街灯の明かりがカーテンの隙間から入ってきている。暗くない夜、どこにも不安がなさそうな夜であるらしい。昼も夜もカーテンから漏れてくる光は言葉を持ち、語りかけてくる。
でも私を捉えていたのは、その光を遮るものだった。光、そして活動的で健康的な世間を隠し、カーテンは沈黙して重く垂れていた。その沈黙は言葉よりも言葉だった。あなたはあちらには行けないよ。隔絶されているのだよ。横になったままの私の身体は思考を鈍く拒んだが、変に冴えた頭は自分が世界から拒絶されていることをよく理解していた。
「この人は他人が光を見ている時、その光が生み出す影を見ているのだ」
ふとそんな言葉が浮かんだ。それは私がいつか生み出し、しかし忘れていた言葉だった。何を見てそれを思ったのだったか。
南国の植物と海が描いてある絵が思い浮かんだ。そしてその絵の纏う不穏。田中一村だ。以前、上野で田中一村展を見て、私はそう思い、そう言葉で記憶していた。ふと机上にあるメモ用紙を見てみたら、メモをしたことを忘れていた言葉が書かれていた、というような気持ちで、頭の片隅にしまっていた言葉と思いがけず出会った。展覧会は1年以上前である。絵について思い出せないことは多々あるはずだ。そしてもともと私は絵には詳しくない。だからこれは何の分析でも評論でも感想でもなく、横臥し続ける私の戯言に過ぎない。田中一村の絵について話すのではなく、その絵を記憶した言葉を思い出した私が今、ぼんやりと思ったことを書き連ねただけである。でも折角思い出した言葉であるから、ここに残しておこう。そう思い私は寝ころびながら今パソコンを打っている。
2.
田中一村は明治41(1908)年、栃木県生まれ。幼少期より画才を認められ東京美術学校に入学するも2 ヶ月で中退。中央画壇と一線を画し、50歳を過ぎて一人奄美大島に移住、その地で終焉を迎えた人だという⑴。自分は2024年9月19日(木)~12月1日(日)に東京都美術館で開かれていた、「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」を観ていた⑵。
その時に思ったのが、「この人は他人が光を見ている時、その光が生み出す影を見ているのだ」ということ。「この人」というのは、田中一村という生身の人間というよりは、その芸術作品を生み出す目線を持つ人ということだ。
なぜそんなことを思ったのだろう。不穏なのだ。描かれている南国はどこか寂しく、そして緊張感がある。「アダンの海辺」(昭和44/1999年)を観てみよう。光が降り注ぐ海辺、手前に果実を実らせた南国植物アダンがある。果実は黄色く葉は青く、海は凪いでいる。しかしなぜか観る者を不安にさせる。なぜだろう。光がある、その光によって手前のアダンは影を纏う。その時この絵を描く目線は、植物という生命の鮮やかさとそれを照らす光ではなく、それが薄く被る影に執着しているのではないか。
「不喰芋と蘇鐵」(昭和48/1973年以前)を観てそれをもっと思った。奥には光のある開け放たれた空間があるようだが、それは手前にある大ぶりな葉の植物たちに遮られている。手前に植物が配置されることで、たとえそこに赤や黄色の花が鮮やかにあっても、植物たちは奥に見える光から隔絶された影の世界をこちらに作っている。南国というと華やかで明るく開放感のあるキラキラした場所だと一般的にはイメージするが、この絵は光が作る影をこそ見ていて、そこには張り詰めた空気と言いようのない不安感がある。その不安とは何だろう。光があれば影がある。その光ではなく影を見詰めるのは、その影がいつか拡張することを知っているからかもしれない。影は闇になりいつか私を飲み込む。それに気がついてしまった人の視線だから、このような絵を描き、そこに不穏さと緊迫感を絡みつかせているのではないか。
それをさらに思わせるのは「榕樹に虎みゝづく」(昭和48/1973年以前)だ。この絵では遠くに海と空があるが、それは手前の植物たちによってほとんど見えない。こちらは影にいる。影の暗さの中で、葉の輪郭や花びらの一枚一枚は、わずかな明るさを映してぼうっと白くなっている。そこにはそっと闇の力が宿っているようだ。あなたが見ようとしないだけで、光のすぐそばに影があり闇があるのだよ。それはあなたを覆いつくすようなものなのだよ。そんな言葉が闇から発されているような気になる。
その流れで「枇榔樹の森」(昭和48/1973年以前)を観れば、その絵の世界は闇の世界がすっかり「私」を包んでしまった後なのかもしれない、と思う。わずかな光を反射する葉は怪しく白くその存在を示すが、もっと深い影に沈む幹があり、しかしそれよりもさらに黒々しい影となった植物らしきなにかの存在がある。白さと黒さで影の世界の中にいるものたちが表現されることで、影の深さの際限なさに思い至る。漆黒で塗りつぶしてもまだ表しつくせない闇があるのだ。光ではなく影を見始めてしまったら、その影に囚われ深みに沈んでいく。終わりはない。それを知りつつそれでも影を見たいと思い、影に執着してその美しさを描きたいと思う。そんな心が感じる恐怖と心地よさと緊張感が、この絵から発されている。
ああ、そうか、と布団を被りながらパソコンを打つ私は今、納得する。「この人は他人が光を見ている時、その光が生み出す影を見ているのだ」とは、影の世界に親しみと安らぎを感じ、心奪われていることを自覚しながら、闇に一歩一歩飲み込まれている自分を見つめているということなのかもしれない。寝すぎて寝れない私の頭はそんな結論に至っていた。
3.
窓の方に目をやれば相変わらず黒々と影になったカーテンがある。目の前のパソコンは発光していて、その光によって周りの物々は白く浮かび上がっている。そしてそこには存在感のある影ができている。ああ、影はこんなにも優しく側にいてくれる。パソコンを閉じよう。目を瞑ろう。そうすればあたたかな闇に抱かれて眠れるだろう。
これは寝れない夜の寝言である。絵の感想としても田中一村の分析としても、全然正しくない。でも正しく今、私が思っていることである。それならば書かなければならない。書かなければ私は闇に一口で喰われてしまうだろう。鬼一口。でも書けば、私は闇に飲み込まれていく自覚を持ちながら、その過程を楽しめるだろう。影を見て闇を感じたこと、それを今吐き出すことで、明日を重ねる可能性を高めたいのだ。
だから眠れぬ夜にはまたここに書きに来よう。でも、ひとまず今日はこれで、おやすみなさい。
注
⑴「田中一村について」鹿児島県奄美パーク・田中一村記念美術館HPより 田中一村について |
⑵田中一村展 奄美の光 魂の絵画|東京都美術館 取り上げた絵の情報については、そのチラシを参照している。
※写真は写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOKからID:25700817(作:Ksk Wara)
