こんな夢を見た。
闇の中にいた。手を伸ばしても何にも触れない。足を動かしても地面の感覚はない。空を切るばかりだ。目を凝らしても何も見えない。意味を見いだそうとした。何もなかった。どんな夢でもない夢だった。そもそも夢でもなかったのかもしれない。
窓越しの陽を感じ目を開けると、私は部屋中に流出し、散らかっていた。困ったことだ。何とか頭と体をくっつけ、体をよじって部屋の隅にあった右手を回収した。左手は壁をつたい、窓の鍵に手をかけ外に出ようとしていた。危ない、危ない。大人しくこっちへ来い、と言うと、左手は面倒くさそうに体の一部になった。両手を取り戻した私は、液状化して流出した私を掬った。とても面倒である。フローリングの溝にはまり込んだ私を指でこそげて何とか回収しようとしたが、とりきれなかった。そんなことをしているうちに背面から私がまた溶け出している。こうして私は私を失っていくのだ。
本棚に寄りかかっていた右脚と、クローゼットの隙間に挟まっていた左脚をつけたものの、何かが足りないような気がしていた。これは本当の私なのだろうか。左手は勝手に窓を開けて外に出ようとしていた。いつもやっているのかもしれない。もう既にこの部屋から逃走したこともあったのだろうか。彼が私から脱出し、誰かのものになっている夜もあるのだろうか。
取りこぼした私がある気がして落ち着かず布団をはぐってみると、黒子があった。私の黒子。幼い頃から頬にあった黒子で、歳をとるにつれて大きく膨らんできたもの。学校で目立つ黒子を笑われることもあった気がする。母には黒子をとることを勧められたが、とらないでいた。この黒子には意味があると思っていた。要る、要らないの感情でどうにかしていいものではない気がしていた。しかしそれはもう、私からこぼれ落ちて、埃やごみと同じように転がっていた。
黒子を手に取り、もとあった場所につけてみた。どうも馴染まない。こんな触れ心地だっただろうか。鏡を見ながら、自分の顔がよくわからなくなった。
時計を見ると、針は3時20分を指していた。外が明るいのにそんなはずはなかった。夜のうちに電池が切れていた。今は何時なんだろう。わからないが、会社に行かなければならない気がする。
とにかくスーツを着ると、自分がとりあえず輪郭を持って外に出ることができる気がした。でもそんな取り繕いも、いつまでできるだろうか。私はいつまでこの回転をし続けられるだろう。頭のどこかはそんなことを考えつつ、体は安っぽい革靴を履き玄関の扉を開けた。
一歩踏み出し、何かを思う間もなく、私は闇の中にいた。さっきまで握っていたドアの取っ手を探し手を伸ばすが、何にも触れない。足を動かしても地面の感覚はない。空を切るばかりだ。目を凝らしても何も見えない。何もなかった。何の意味もなかった。見出すことを諦めた時、闇はとても暖かかった。
※写真は写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOKからID:1933190(作者:Zenigame ZERO gou)
