『インセプション』二つの愛の物語|あらすじ解説|内容考察|感想

『インセプション』二つの愛の物語|あらすじ解説|内容考察|感想

概要

 『インセプション』は、2010年に公開されたアメリカのSFアクション恋愛映画。監督はクリストファー・ノーラン。主演はレオナルド・ディカプリオ。渡辺健やゴードン=レヴィットが出演している。アカデミー賞は8部門でノミネート、4部門で受賞した。

 レオナルド・ディカプリオはほかに『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『華麗なるギャツビー』に、ゴードン=レヴィットはほかに『プレミアム・ラッシュ』に出演している。

 恋愛映画では『ジョー・ブラックをよろしく』『ライムライト』『容疑者Xの献身』がおすすめである。

 また「クリストファー・ノーラン監督のおすすめ映画ランキング11選」もぜひご覧ください。

登場人物

ドム・コブ(レオナルド・ディカプリオ):潜在意識から情報を抜き取るスペシャリスト。自殺したモルの殺人容疑がかけられている。潜在意識にモルがあらわれコブを邪魔する。

モル・コブ(マリオン・コティヤール):コブの妻。コブに襲われたように偽装して自殺している。夢の世界でコブの邪魔をする。

サイトー(渡辺謙):実業家。敵会社を潰すために社長の息子に「インセプション」を行うようコブに依頼する。かなりの資産家で、コブの犯罪歴をもみ消す権力も有している。

アーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット):コブの相棒。第二階層の夢の主。

アリアドネ(エリオット・ペイジ):大学生。「設計士」。マイルス教授の学生。

イームス(トム・ハーディ):「偽装師」。第三階層の夢の主。 アーサーを創造性に欠けると馬鹿にする。

ユスフ(ディリープ・ラオ):「調合師」。第一階層の夢の主。三階層の夢に潜るために強力な睡眠薬を調合する。

ロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィー):モーリスの息子。インセプションのターゲット。モーリスとの仲は悪い。相当に優秀で潜在意識を防御する訓練も受けている。

モーリス・フィッシャー(ピート・ポスルスウェイト):ロバートの父。会社の社長。ロバートとは不仲で、死の直前には「お前には失望した」と発言していた。

名言

Cobb: You’re waiting for a train. A train that’ll take you far away. You know where you hope this train will take you. But you can’t know for sure. Yet it doesn’t matter. Now tell me why!
Mal: Because you’ll be together! 

コブ:君は電車が来るのを待っている。遠くに連れて行ってくれる電車を。君はこの電車にどこに連れて行ってもらいたいか知っている。でもどこなのかはっきりとは分からない。けどそんなことどうだっていい。なぜだか言ってみて。
マル:あなたと一緒だからよ。

引用:https://migeru82.hatenablog.com/entry/2016/10/02/201624

あらすじ

 年老いたサイトーとコブが会話する。同じ場所で、若いサイトーとコブとアーサーが会話をしている。コブとアーサーはサイトーから秘密が書かれた封書を盗み取ろうとしているが、コブの亡き妻モルに邪魔されて殺されています。

 しかしそこは夢の中だった。起きると再びサイトーを脅すが、サイトーはそこも夢の中であると見破る。二重の夢の作戦が失敗に終わり逃走することになるが、逃走用のヘリコプターにいたのはサイトーだった。サイトーは競合相手の会社の社長の息子に、会社を潰すアイデアを植え付ける「インセプション」を依頼する。報酬はコブの妻モルを殺害した容疑の抹消であり、残した子どもに会えるようになるというものだった。

 コブはモルの父で恩師でもあるマイルス教授に協力を仰ぎ、「設計士」としてアリアドネを仲間にする。さらに世界各国から「偽造師」イームス、「調合師」ユスフ、を仲間にし、サイトーを含めた六人で作戦を実行することにする。

 「インセプション」はアイデアが定着するかが難しい。自分のアイデアと思わせるために、三階層の夢で徐々にアイデアを植え付ける作戦を取ることにする。作戦の計画を練る途中、アリアドネはコブの精神はモルへの想いで侵されていることを知るが、コブに口止めされる。

 競合会社の社長モーリスが亡くなり、息子ロバートの乗り込んだ飛行機で、ついに作戦が決行される。しかし第一階層において武装部隊に襲撃される。これはロバートが夢における自衛の訓練を受けていたからだった。さらにモルの影響で機関車があらわれ、結果としてサイトーが負傷し作戦を中止するかで揉める。

 三階層も潜るために強力な鎮静剤を使ったため夢から覚めることができず、作戦を速やかに終えることで意見が一致する。第一階層と第二階層で、会社の重鎮ブラウニングに変装したイームスが、会社を潰し自分の道を切り開くのが父の望みだというアイデアをロバートに芽生えさせる。

 第三階層ではモーリスのもとにロバートを送り込むも、現れたモルをコブが撃てずロバートが射殺される。またサイトーは死んでしまい虚無に落ちる。作戦失敗に思われたが、アリアドネは第四階層に降りてロバートを救出する案をだす。

 第四階層でモルと再開したコブは彼女への思いを断ち切る。アリアドネはロバートとともに第三階層へ、コブは第四階層で虚無に落ちたサイトーを救出に向かう。

 復活したロバートは死の直前のモーリスと対面し、自分の道を進めという遺言と家族との思い出の物を受け取り涙を流す。コブは年老いたサイトーを発見し、自殺し現実に戻ろうと促す。

 全階層のキックが同時に起こり、7人は現実世界に帰還する。作戦の成功を確認したサイトーはコブの犯罪履歴を抹消し、コブは子供たちと再開する。コブのトーテムは不安定に回り続けているところで幕を閉じる。

解説

夢、記憶、時間、愛を描くノーラン監督の傑作

 クリストファー・ノーランといえば、夢や記憶、食い違いや時間錯誤の表現を得意とする映画監督である。ノーランの映画の特徴は、複雑なストーリー、迫力のアクション、こだわりの映像の3つにまとめることができるだろう。普通の監督であるならば、これらの要素の一つでも完成させるのは難しい。しかしノーランは、これらを調和させ完成された作品へと昇華させるのだ。

 本作『インセプション』は上記のノーラーンの魅力が遺憾なく発揮された傑作である。夢の三層構造、インセプションというアイデア、時間のズレ、創造性、そして愛。どれをとっても一級品だ。これほどにまでアイデアが詰まっていると、まとめあげるのはなかなか難しい。しかし流石はノーラン監督、その困難を見事にやり遂げるのだ。

メランコリーの主体

 主人公のコブは妻モルを自殺で失ったことで心に傷を負っている。彼の潜在意識にいるモルはことあるごとにコブを妨害してくるため、彼は夢の「設計士」として活動することができない。ここで勘違いしてはならないのは、モルがコブを妨害しているのではなく、コブが作り出したモルがコブを妨害しているという点だ。コブを邪魔するのはあくまでコブが思い描くモルであり、つまりコブ自身なのである。

 精神分析家のフロイトは喪失を経験した人が辿る過程に、喪とメランコリーという二つがあるとした。愛情を向けていた対象を喪失すると、そのエネルギーは一時的に行き場を失ってしまうのだが、喪の作業を通すことで喪失を受け入れて他の対象へとエネルギーを注げるようになる。親族や大事な人が突然亡くなった時を想像するとわかりやすい。一時的に気力が失われ元気が削がれるが、ある程度時間が経つと立ち直り気力が回復する。それが喪の作業である。

 メランコリーは喪の作業の失敗と位置付けられる。エネルギーを注ぐ対象がほかへと移行する喪とは違い、メランコリーでは自己へと向かう。対象を自己へと向け、喪失した相手を内面化し、自己卑下に陥るのがメランコリーである。

 コブはある意味でメランコリーであるといえる。彼はモルの喪失を受け入れられない。潜在意識のモルが自己を攻撃するのはそのためだ。モルの喪失を受け入れること、それが『インセプション』の主題の一つである。

 

考察・感想

現実による虚構の敗北

 夢の中は創造力が生きる世界である。アリアドネは街を折り畳み、アーサーはペンローズの階段を作る。想像したものは現実になり、違和感を覚えることもなく、無限大の可能性が秘められている。アリアドネが現実を模倣して街を作り出すのにモブが反対するのはそのためだ。現実と夢を見分けることができなくなり、いずれは夢の居心地の良さに夢を現実と思い込むようになる。モブはその失敗によりモルを失い子供たちと会えなくなった。

 しかし問題なのはアリアドネではなく、また過去のモブでもなく、現在のモブである。モルの喪失を受け入れられないモブは、夢の世界に過去に起きた現実の一場面を作り出し、その経験を反復している。

 ここで注目すべきは、この経験の反復にフィクションが含まれていないことである。例えば家を離れる場面。警察に妻殺しの容疑をかけられたモブは、出発の日に子供の顔を見ることができなかった。しかし夢の世界では子供の顔をみることができた世界を作ることができるにもかかわらず、彼は過去に起こった現実を忠実に再現する。妻の自殺の部屋もそうである。コブは虚構を作り出すことができない。彼の虚構は現実に敗北している。そして虚構なき世界では、メランコリーに陥るコブに救済がおとずれることはない。

インセプションの二つの可能性

 ところで本作には二つの「インセプション」がある。一つはモルに対して、もう一つはロバートに対して。

 モルは夢の世界でコブと50年も過ごすうちに、夢と現実を判別することができなくなった。夢の世界を現実と考えるモルを目覚めさせるためにモルに植え付けたのが、死んだら現実世界に戻れるというアイデアである。コブはモルと共に現実世界を生きるために、つまり愛のためにインセプションを行う。しかし現実と折り合いが付かないモルは、現実を夢と思い込み、現実に戻るため現実の世界で自殺する。

 インセプションは死への欲望を掻き立てる危険なものであった。しかし愛が生と死に関係するのと同様に、インセプションも両義的なものである。コブは危険を承知でロバートにアイデアを植え付けようとするとき、死の欲望とは逆のポジティブな方向性で作戦を立てる。ロバートは父親と不仲であり、死の間際にすら「失望した」と言われる始末である。そしてこの恨みを逆手に取り、会社を潰すというアイデアを父との和解の先に設定する。最後に「失望した」と伝えた事実は変えることはできないが、この解釈を変えることはできる。インセプションは自己破壊だけなく、和解という道にも繋がっているのである。

共に歳を取ったあの時間を受け入れる

 モルの妨害を止めるためには、モルの喪失を受け入れなくてはならない。そしてモルの喪失を受け入れることは、夢の中のモルの消滅を意味している。

 モルの喪失を受け入れていないために、コブは一つの事実を歪曲してる。モルはコブと結婚したとき、一緒に歳を取ろうと約束していた。コブはこの約束を反故にすることで、彼女に恨まれる。しかし事実は逆である。つまり彼女に恨まれるために、それによって彼女が存在するために、約束を反故している思い込んでいる。

 したがってコブがその事実を認めたとき、彼はようやく喪失を受け入れられる。その事実とは、二人は夢の中で、共に年老いたということだ。コブはヨボヨボの手を握り合いながら、街を歩き、電車を待っていたことを思い出す。そして「一緒に歳を取るって約束したじゃない」と責めるモルに「一緒に歳を取ったじゃないか」と言えるのだ。

 一度は共に歳を取ったことを思い出すことは、モルが居なくなることを意味している。でも悲しいことばかりじゃないはずだ。共に歩んだ歳月が、ヨボヨボの手を握り合った感触が、その記憶が、コブのなかに残っているのだから。

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