概要
『ヴェノム』は、2018年に公開されたアメリカのヒーローアクション映画。監督はルーベン・フライシャー。「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」(SSU)の第1作目である。
地球外生命体のシンビオートに寄生されたエディが、シンビオートを用いて人体実験を行うライフ財団のCEOカールトンと戦う物語。
ヒーロー映画はほかに『ダークナイト』『ジョーカー』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』『ワンダーウーマン 1984』などがある。
登場人物・キャスト
エディ・ブロック(トム・ハーディ):ヴェノム。優秀な記者。弁護士で恋人のアンのパソコンから情報を抜き取り、ライフ財団の違法行為を追及したことで、仕事を辞めさせられ恋人も失う。
(他の出演作:『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『インセプション』『ダンケルク』『ダークナイト ライジング』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』)
アン・ウェイング(ミシェル・ウィリアムズ):弁護士。エディの元婚約者。ライフ財団の非道徳的な行為を調査している。エディのせいで解雇された。
カールトン・ドレイク(リズ・アーメッド):ライオット。ライフ財団のCEO。エディに裏の仕事を追及された際には、手回しをしてエディとアンを解雇させた。地球外生命体のシンビオートと人間の融合を実現させるために、ホームレスと利用して人体実験を行なっている。
ドーラ・スカース(ジェニー・スレイト):ライフ財団の研究者。ドレイクの元で働いていたが、非人道的な実験を危険視し、エディに情報を渡す。
マリア(メローラ・ウォルターズ):ホームレス。エディと親しい。古新聞を集めて売っている。ライフ財団の人体実験に使われる。
(他の出演作:『マグノリア』)
チェン(ペギー・ルー):コンビニエンスストアの店主。
クレタス・キャサディ(ウディ・ハレルソン):連続殺人鬼。赤髪。ジャーナリストに復帰したエディの最初の取材相手。
(他の出演作:『ノーカントリー』)
あらすじ
舞台はサンフランシスコ。優秀な記者のエディは福祉から宇宙事業までを手がけるライフ財団に、非人道的な行いがないかを調べていた。エディの恋人で弁護士のアンは、ライフ財団を調べているうちに、ホームレスを利用して人体実験を行なっている情報を手に入れる。
エディはアンが寝ている間に、彼女のパソコンからライフ財団が人体実験を行なっているという情報を手に入れる。その情報をもとにライフ財団のトップであるカールトンを、直接問い詰めるが相手にしてもらえない。ライフ財団に脅された会社によってエディは解雇され、アンも弁護士の仕事を失ってしまう。アンは情報を勝手に盗んだエディと別れることにする。
半年後、エディは仕事を探していた。そこにライフ財団で研究しているドーラ博士が、ライフ財団で行なっている人体実験を報道してほしいと頼みにくる。彼女の協力を得て施設に潜入すると、友人のホームレスであるマリアが捕まっていた。助けようとガラスを突き破ると、彼女に寄生していた地球外生命シンビオートに襲われ寄生される。
超人的な力を得たエディは、研究所の警備員から逃げ切る。頭の中でシンビオートの声が鳴り響き、人間や腐ったものまで食べてしまうようになる。カールトンはドーラを問い詰めることで、侵入者がエディであることを突き止め、生きたまま回収しようとする。
エディはアンの彼氏で医者のダンに体を検査してもらう。すると地球外生命に寄生されていることがわかり、シンビオートが嫌悪する音を流すことで、分離に成功する。冒頭に出てきた、墜落した宇宙探査ロケットに乗っていたシンビオートは、宿主を変えながらライフ財団を目指していた。そしてライオットと呼ばれるシンビオートは、カールトンに辿り着き寄生する。
単体になったエディはライフ財団に雇われ人に捕らえられ、カールトンの前に引き摺り出される。カールトンに寄生したライオットは、仲間を求めヴェノムの居場所を聞き出そうとするが、エディが知らないと言い張るので、森の奥地で警備員に殺させようとする。その窮地にヴェノムが寄生したアンが現れ、ヴェノムは再びエディに寄生する。
ライオットの狙いは宇宙にいる仲間たちを集めて、地球を滅ぼすことだった。そのため宇宙ロケットを発射しようとする。そのことに気づいたヴェノムは、最強と言われるライオットに戦いを挑む。一時は苦境に追いやられるが、機転を聞かせたアンがシンビオートが不得意の音を流し逆転する。しかし、エディは隙を突かれてやられてしまい、ライオットはロケットを発射するも、再び融合したヴェノムがロケットを破壊し、地球は守られた。
ヴェノムはロケットの爆発からエディを守るため自らを犠牲にする。そのため周囲からはヴェノムがいなくなったと思われていたが、実はまだエディに寄生していた。エディは収監されたいるカーネイジを取材しに行き、そこで幕を閉じる。
解説
ヒーロー映画の中の『ヴェノム』の位置
現代のアメリカでは、いくつかのヒーロー映画群が同時に公開されており、本作は、その中の一つ「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」(SSU)の第一作目である。SSUは、『ジャスティス・リーグ』などを含む「DCエクステンデッド・ユニバース」(DCEU)とは世界線を共有せず、『アイアンマン』から始まる「マーベル・シネマティック・ユニバース」(MCU)とはマルチバースの関係にある。
ソニーは『アメイジング・スパイダーマン2』を起点に、スパイダーマンに登場する悪役に焦点を当てた映画の製作を計画していたが、『アメイジング・スパイダーマン2』の評価が芳しくなかったために、一度この計画は破棄された。その後、ソニーはマーベルスタジオと協力し、MCUが『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を製作したが、ソニーはそれとは別に『ヴェノム』を発表し、のちにMCUとスパイダーマンのキャラクターを共有することで決着となった。このような商業的・経済的な思惑の交差が、現代アメリカのヒーロー映画の入り組んだ氾濫を招いている。
正直、SSUとかDCEUとかMCUといった「ーー universe」が多くなりすぎてしまい、その全容を把握しづらくなっていることは確かで、スパイダーマンやバットマンがあらゆる配給会社から登場してくるのは中々に困った事態と言える。リメイクやリブートを否定しているわけではないが、一つの役は十年の間に一人が演じれば十分ではないだろうか。アメリカに大量のヒーローが存在していることは理解できるが、端的にいって多すぎる。そのようなヒーロー飽和時代において、表面的には世界から賞賛されているヒーローたちが実は裏で悪行をしているといった『ザ・ボーイ』なるアメリカのドラマも登場した(シーズン1の前半までは面白かった。2023年4月現在、全3シーズン)。ヒーローの数が飽和した結果、敵というポジションですらヒーローに与えられ、要するに、世界はヒーローに覆い尽くされてしまったのだ。
その点本作は、旧来のヒーローコミックに登場していた敵に焦点を当てているところが、新しくまた魅力的である。『スパイダーマン3』(2007年)に登場したヴェノム(正確にはシンビオート)は、心のうちに潜む闇の部分を映しだすもう一人の自分のとして描かれた。正義のヒーローであるスパーダーマンは、一方で、普通に生活をするただの青年でもある。当然その心は「ヒーロー」という言葉では表現できないほどに複雑であり、その暗い内面を見つめ直すことが、当時のヒーローの戦いの最前線であった。本作のヴェノムは、スパイダーマンの内なる自分ではなく、単独の自我を持つ。悪役を悪役のままにしながら、主人公として描かれているのだ。
考察・感想
シンビオートの生態系
基本的なところから確認しておこう。ヴェノムとは、シンビオートと呼ばれる地球外生命体の一体である。シンビオートは黒い液状の身体を持ち、人間に寄生し操ることができる。普段は宇宙で生息しているのだが、隕石や帰還した宇宙船によって地球に侵入し、人間という宿主を見つけ寄生する。
シンビオートはどうやら人間と同じように、関係性の中で生きている。それぞれは固有の生き物で、だからこそ、ヴェノムという固有名が与えられている。その中でもヴェノムは落ちこぼれで、カールトンに寄生したライオットには、階級的にも身体的にも太刀打ちができない。ライオットと戦うことになったヴェノムが、最初から諦めムードなのはそのためだ。実際、ヴェノムとエディはシンクロ率(?)が高いにも関わらず、自分たちのことを「私たち」ではなく「私」と呼ぶライオットとそれが不満なカールトンのペアに負けそうになる。
しかし、ライオットと比べてヴェノムが劣っているからといって、ヴェノムが寄生したエディが他の人間より弱いわけではない。ヴェノムは身体の一部を柔軟に変形することができるし、パワーやスピードといった身体能力も桁違いに高まる。怪我も瞬時に治すことができるので、宿主が死ぬ前に寄生できれば、一般的な戦闘で負けることはなさそうだ。
オレ様系寄生生物の系譜
そのようにヴェノムの性質を概観してみると、微妙なポジションにいることがわかる。まず、宿主と寄生生物の関係では、宿主のほうが力関係が強い。シンクロ率が高いヴェノムとエディの場合、ヴェノムが言うように、エディが死ぬとヴェノムも死んでしまう。宿主は一人で生きていけるが、寄生生物は宿主なしでは生きられない。だが、ヴェノムに寄生されたエディが、窮地を助けられたのもまた事実である。寄生されたことで身体能力をあげたエディは、命を狙うライフ財団の傭兵を幾度も撃退してきた。また死にかけたエディを蘇生させたのもヴェノムだし、殺される瞬間に敵を薙ぎ倒したのもアンに寄生したヴェノムである。しかし前述のように、ヴェノムは他のシンビオートより弱い。ライオットと戦う前から敗戦ムードなのは、その証左である。
権力関係がいつでも反転しうるこの状況で、ヴェノムのオレ様系の態度は萌えポイントになる。偉そうなのに従順、強気なのに弱気、宿主を危険に追い込むのに窮地を救う、最後には身を挺してエディを守る。
寄生生物でオレ様系というキャラクターは、実は、過去にも存在していた。『寄生獣』のミギーや『ど根性ガエル』のピョン吉、あるいは、『鋼の錬金術師』のグリードなどがそれだ。寄生生物が宿主に媚び諂うのが正しい判断のはずだが、登場する寄生生物はどれも強気で傲慢である。それはおそらく、寄生という弱い立場なのに強気の態度という逆説に萌えるからだろう。オレ様系寄生生物の系譜からみると、その性格の上に相対的な弱さが加わったのが、ヴェノムの新しさである。オレ様系寄生生物がどのように進化していくのか、今後も目が離せない。