汚くてきれいな震災後の日常へ – 濱口竜介『寝ても覚めても』評

汚くてきれいな震災後の日常へ – 濱口竜介『寝ても覚めても』評

一方通行とUターン

 『寝ても覚めても』は、不可逆な一方通行の変化と、折り返してもとの場所へ戻ってくるUターンと、この二つの運動のあいだを縫うようにして紡がれる物語である。

 不可逆な変化とは何よりもまず震災であり、それがこの作品の中核をなす要素であることは一見して明らかだ。朝子と亮平が訪れる宮城県名取市の風景は、決して取り消すことのできない津波の傷跡を留めている。朝子は麦が去って以降、癒すことのできない喪失感を抱えながら大阪から東京に出て来、マヤは子どもを産み、春代はシンガポール人と結婚して見違えるほど垢抜けている。お調子者で母思いの働き者だった岡崎は、病を患って寝たきりになっている。

 しかし、電車は動いていないと呼びかける人の声を聞かず駅に向かう人たちの流れに逆らって、亮平はひとり道を折り返す。帰れなくなった人がぞろぞろ列をなして歩くなか、朝子と亮平が再び互いを発見するのは、ちょうど映画の折り返し地点である。同棲後の二人は被災地の朝市を手伝うため、車で同地に行っては戻る。何より麦が再び姿を現すクライマックスで、麦に手を引かれながら朝子は、一度はこの昔の恋人との関係に戻ろうとする。けれど宮城の防波堤の前で、麦がこの不可逆な災害の帰結を「知らなかった」と言うのを聞いて、朝子は亮平の元へ戻る決意をする。麦はひとり北海道に向かって直進を続け、朝子は大阪に向かってUターンする。

 震災を物語化して語るとき、この可逆/不可逆の二項対立はよく引き合いに出される。おそらく最大の3/11映画である『君の名は』は、傷を負った場所をただ元の姿に戻し、不可逆な震災を想像的になかったことにする物語として批判された。一般的にこの種の議論では、出来事の不可逆性から目をそらさないことが倫理的に正しいとされる場合が多い。

 けれど『寝ても覚めても』は、このどちらかに軍配をあげたり、いずれかに依存したりするのではなく、その間を行く。大阪の家にたどりついた朝子は最終的に亮平のもとに戻るのだが、亮平は朝子のことを二度と信用することはないだろうと言い、かつてのような関係は帰ってこない。最後にベランダから川を見つめ、亮平は汚い川だと言い、朝子はでもきれいだと言う。戻ってきたが戻らない。汚いけれどきれいなのだ。

 もっとも、大枠では元に戻るが内実では何かが微妙に変化していることも見逃さない、そんな当たり前で、正しくて、賢しらな作品だと言いたいわけではない。『寝ても覚めても』は全体を通じ、可逆と不可逆の留保をこえて、そこに棲まうことが実際にはどのような質感を帯びるのかを描き出すという、より積極的で、困難で、そして より3/11後の「日常」に触れる課題に取り組んでいると思うのだ。

寝ても覚めても

寝ても覚めても……?

 ここでタイトルの「寝ても覚めても」、夢と現実というテーマを考えてみたい。この映画の冒頭は、まさに夢のような場面で始まる。少年たちが着火した爆竹の上でキスする麦と朝子の出会いを観ながらぼくは、これは夢落ちなのか、さもなくば全体がこうした不思議なトーンの映画なのか、と考えていた。しかし日常的な居酒屋のシーンに移って明かされるに、二人は本当にそうして出会ったのである。確かに麦は夢のような謎多い人物で、彼を好きになる朝子もまた、ぽわんとした雰囲気をまとっているが、しかし現実にそういう人物なのだ。

 同じことは亮平と朝子の出会いにも言える。麦と同じ東出が演じる亮平が登場し、朝子が驚いて言葉を失うシーンを見ながら、これは幻想に振れる展開なのか(現実に二人の人間の肉体が同一であることはありえないわけだから)、あるいはリアリズムならば、記憶喪失とか入れ替わりとか、何かそういう仕掛けがあるのかと考えた。けれどそのどちらでもない。麦と亮平は、ただ単に、顔が似ている別の人物だったのである。

 この微妙に肩透かしな感じ、これが本作を貫く特有の質感であるように感じられる。爆竹の中での出会いの構図を(おそらく)反復して、地震直後の混乱のなかで朝子と亮平は現実離れした再会をし、場面は幻想に入りそうになるが、結果的にはここに仲直り以上の出来事はない。朝子のぼんやりとした雰囲気、次第に増してくる麦の存在感、膨らんでいくマヤのお腹、もはや陳腐とすらいえる公園の女子高生たちの麦を見たという声、そうした諸々が危ういバランスの上に成り立つ世界を感じさせ、一種ホラー的な不気味への転倒を予感させもするのだが、しかし映画はそちらに突き抜けない。麦が突然朝子を迎えにくる場面も幻想的だが(この場面もぼくは夢落ちなのかと疑った)、起こることは一貫して現実で、その後にはごくありきたりな友人とのやりとりと亮平との関係回復がつづく。陳腐といえば、そもそも登場人物たちが頭を悩ます人間関係全体がどことなく紋切り型で(同棲、結婚、出産……)、この映画では陳腐さもまた、幻想と現実と両方向のベクトルを持ちながら、そのどちらにも突き抜けないという印象をあたえる。

 夢のような雰囲気に囲われて、よしこれは夢だ、幻想だと思いそうになるとそれは現実で、今度は現実の人生の一局面を目にしているつもりで、よしこれは現実だと思いそうになるとそれは夢のようになるという肩透かし感。寝ても覚めても。すべてが夢といえば夢だし、すべてが現実といえば現実だ。どちらから見てもすっきりしない。このどっちつかずな感覚、それは確かに少なからぬ人がいまもどこかで感じている、震災後の日常のリアリティではなかったか。

視点のゆるさ

 この感覚を演出する上で、重要だと思う細部がある。麦の車を降り、歩いて引き返した朝子が、金を借りるために平川さんの仮設住宅を訪れる場面。チャイムを鳴らすとき、家の中の電子レンジから食べ物を取り出そうとする平川さんの手が映し出されており、扉が開くときもカメラは家の内側にある。これは大阪脱出以来、ずっと朝子についてきたつもりのわれわれからするといささか意外な感じのする箇所で、家の外にいる朝子の側から平川さんを映したほうが自然であるように感じられる。

 似たことは亮平登場直後の場面にも言える。変わらない朝子が、あまりに変貌してしまった麦を前にして戸惑うとき、わたしたちは朝子の視点から麦/亮平の謎に目を凝らす。しかし次の瞬間、カメラはあっけらかんと、仕事に疲れて自室のベッドに転がり込む亮平を映し出すのだ。

 一般に幻想は、幻想を見ている人を見る第三者を意識してしまったら成立しなくなる。夢だとわかりながら夢を見ることができないのと同じことだ。だから幻想を描くなら、視点は固定していた方がいい。幻想のなかにいる人の目を通して見るから、幻想はその場のリアルとして生きられる。けれどこの映画は全体として、幻想を可能にする定まった視点の偏りを備えていない。不安定とも言えるし、のっぺりしているとも言える。視点がいわば遍在的で、誰かの幻想に浸ることも、誰かの深い現実に沈み込むことも、ともに妨げられているのである。ベランダに朝子と亮平が並び、正対してカメラを見つめる最後のショットの平面的な感じが、これを象徴している。

不可逆な世界にUターンするために

 麦はかならず戻ってくると約束し、朝子はどこかでそれを期待していた。麦がもっとも夢らしい人物であることと考え合わせると、夢はUターンと、そして恋愛的な一体感と、ゆるやかに観念連合している。朝子にはあくまでこの原体験があり、バイク事故で道路上に投げ出されても抱き合うような二人だけの世界のイメージを形づくっている。

 けれど今度は朝子がUターンの主体となって、亮平のもとへと戻ろうとするとき、やってしまったことの取り返しのつかなさが、不可逆の論理として、彼女の前に立ち塞がる。朝子に金を貸した平川さんは、津波の災禍を誰より直視せざるを得ない人物として、男は「他の男のちんちん入った女の顔なんぞ一生見たくねえもんだ」、「おめえは許されねえぞ」と、寒々しい「現実」を突きつける。

 この矛盾を乗り越えて、朝子を最終的に亮平に向けて押し出すために、最後にちょっとしたトリックが用意されている。岡崎を訪問する場面での、彼の母親の言葉だ。夕立に慌てつつ洗濯物を取り込むのを手伝っているとき、干されたタオルの陰に隠れて岡崎の母は、若いころ新幹線で会いにいって朝食だけ食べて帰ったという恋の相手が、「旦那とは別の人」だったと告げる。ここでタオルに囲われた朝子と岡崎母のすがたは、一枚のタオルを頭にかぶった朝子と麦のすがたを、どことなく思い出させる。けれどここで明かされるのは、若い熱愛のなかに仕掛けられた、ささやかな悪戯のようなものだったのだ。

 ここでもまた、同じ方向が指し示されている。麦との「夢」からついに醒めて、亮平との「現実」に向き合う、というのではない(平川さんに「現実」をしつこく突きつけられても、朝子はそれをほとんど無視するように聞き流す)。むしろ「夢」のなかにも思わぬかけ違えが隠れていて、それでいいという認識が、朝子を勇気付けるのだ。

 不可逆な変化は、夢のなかで生じたかけ違えかもしれない。深刻さと浮薄さの間にあるようなそういうリアリティが、朝子のあらたな生活の基底をなすだろう。二人が見つめる濁った水は、このどこまでも曖昧な世界の質感を運んで、先へ先へと流れていく。

寝ても覚めても

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