『ノーカントリー』考察|狂気の殺人鬼|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|コーエン兄弟

『ノーカントリー』考察|狂気の殺人鬼|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|コーエン兄弟

概要

 『ノーカントリー』は、2007年に公開されたアメリカのスリラー映画。監督はコーエン兄弟。原題はNo Country for Old Men。原作は2005年に発表されたコーマック・マッカーシーの小説『血と暴力の国』。原題はウィリアム・バトラー・イェイツの詩「Sailing to Byzantium」の第1句が引用されている。

 アカデミー賞で8部門にノミネート、作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の4部門で受賞した。

 アメリカとメキシコの国境を舞台に、麻薬取引現場から紛失した大金を巡って恐ろしい殺人が繰り広げられる物語。

 他に映画は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、『つぐない』、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』、『エターナル・サンシャイン』などがある。

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登場人物・キャスト

エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ):保安官。200万ドルを盗んだモスがシガーに狙われていることを知って2人を追う。

アントン・シガー(ハビエル・バルデム):殺し屋。狂人。家畜用の銃を使用している。200万ドルを追う。

ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン):元溶接工。ベトナム帰還兵。麻薬取引現場で偶然見つけた200万ドルを持ち去る。シガーに追われる身。

カーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン):賞金稼ぎ。ベトナム帰還兵。ギャングのボスに雇われシガーモスを追う。シガーの知り合い。
(他の出演作:『ヴェノム』)

カーラ・ジーン・モス(ケリー・マクドナルド):モスの妻。気弱な性格。

ウェンデル保安官助手(ギャレット・ディラハント):ベルの助手。

ロレッタ・ベル(テス・ハーパー):ベルの妻。

エリス(バリー・コービン):ベルの叔父。元保安官。過去に犯人に撃たれたため足が不自由。

ガソリンスタンド(ジーン・ジョーンズ):ガソリンスタンドの店主。シガーがやってきた際、コイントスの賭けに勝って生き延びる。

ウェルズの雇い主(スティーヴン・ルート):ギャングのボス。

名言

シガー:いや賭けたさ。もう大事なものは賭けてる。気づいてないだけだ。

あらすじ・ネタバレ・内容

 シガーは殺し屋で、特殊な武器で平然と人殺しをする。彼はコインの裏表を当てた者だけは見逃すという独自ルールを持っていた。

 貧しい溶接工のモスは、交渉が決裂した麻薬取引現場を偶然発見する。そこには数多くの遺体と200万ドルが置いてあった。モスはその200万ドルを持って逃走する。金の持ち主であるギャングのボスは、金を取り返すようシガーに依頼する。

 モスは逃走する際に、現場の近くに車を残していた。その残された車から、ギャングと警察に身元がバレてしまう。自宅に戻ったモスは、一人で逃亡することを決め、妻に実家に戻るよう伝える。金には発信器が仕組まれていたため、モスの居場所はバレていた。モスは何度も迫ってくるシガーと銃撃戦になり、お互いに負傷する。

 ギャングのボスは、金を取り戻すためにシガー以外にも、賞金稼ぎのウェルズを雇っていた。ウェルズは負傷したモスの元を訪れ、金を渡すよう説得する。しかしウェルズの存在を知ったシガーは、彼とギャングのボスを殺害する。

 保安官のベルは、実家にいるモスの妻カーラの元を訪れる。カーラはシガーの狂気性を理解し、モスが殺される前に落ち合うことにする。そしてその場所をベルに教えるが、その前にモスはシガーに殺されてしまう。

 モスは生前、金を渡す代わりにカーラの命を見逃すよう、シガーと約束していた。しかしモスは自分が助かるような作戦を立てていた。作戦違反に怒ったシガーは、モスを殺害した後カーラも殺しに向かう。コイントスの結果、彼女は殺害される。

 シガーが歩いていると車が衝突する。瀕死の状態のシガーは、近くにいた子どもに助けを求め、他言しないよう忠告した後、歩いて逃げるのだった。

解説

狂気の殺人者

 怖い、この殺人鬼は怖いぞ。身の毛もよだつ恐ろしさとはこのことだったのか、と冒頭の殺人をみて独り合点していたら更なる恐怖がやってきた。この殺人鬼、止まることなくどこまも追ってくる。

 溶接工のオッチャンでベトナム帰還兵のモスは、麻薬取引の現場で偶然200万ドルを手に入れる。ヤバい金であることは、その現場に放置されていた遺体から察しがついていたが、バレなければ200万ドルという大金をタダで貰える。シメシメ、これで億万長者だ。ところがタダより高いものはない。モスは盗んだ200万ドルのせいで、残虐な殺し屋シガーに命を狙われることになる。200万ドルは確かに高額だがそれより命の方が高いだろ、だから置いとけって忠告したんだ、と言ってみたところで後の祭り。シガーは背後から着々とモスの命を削っていく。

 私ならこうはならない。200万ドルに目を引かれようと、現場に飛び散った血と腐敗の匂いで一目散に逃げてしまうだろう。何も見なかったと布団の中で呟いてみてるが、誰かが襲ってくるのではないかとビクビク怯え、朝方になっても眠ることができずノイローゼになる。200万ドルは得られず、単に損が残るばかり。だが、命は狙われない。タダに飛び付かなかった私は、どうにか命だけは守れそうだ。

古き良き時代を生きた老人に居場所はない

 そんな面白くもないクソみたいな結末にならないのは、モスがアメリカを体現した人物だからである。西部劇の主人公のような風采のモスは、目の前に飛び込んできたものはすぐさま掴み離さない。危険など百も承知で事件に突っ込み、敵を倒して勝利を掴む。そんなカッコいい西部劇に絶対に欠かせないのが保安官であり、本作にも当然のことながら登場する。その名もエド・トム・ベル。モスの命をシガーが狙っていると知って、ベルは二人を追いかける。

 平凡な西部劇だろうか。そうではない。ベルとモスという旧来の対立の真っ只中で、シガーという狂気が異彩を放つ。原題の No Country for Old Men は、イェイツの詩「Sailing to Byzantium」の第1句で、「老人には安住できる場所などない」という意味になる。老人とはつまりベルとモスといった、古い価値観を体現する人々である。これまでの物語であれば、ベルはシガーと戦って勝利できる。だがそれはシガーという存在の本質を大きく見誤っている。シガーが象徴する現代は狂っているのだ。

考察・感想

ノーカントリーの二重の意味

 まずシガーのヘアスタイルが怖い。シガーは引きこもりなのだろうか、ボブともいえないパプリカのような謎の髪型をしている。一見すると殺し屋に見えないこのヘアスタイルが、逆に不気味である。

 彼が使用する武器も恐ろしい。ボンベから伸びたチューブの先で、圧縮された空気が勢いよく噴射するその武器の名はキャトルガン。家畜を殺すための家畜銃である。片手にボンベ、もう片手にチューブを持ってシガーは敵に迫る。チューブの先を対象に押し付けないと殺傷能力がないため、当然、殺しは全てゼロ距離で行われる。これがそもそも家畜用であるところに、シガーの人間観が現れている。つまり彼にとって人殺しは、家畜を殺すのと大差ない。

 この武器はアメリカを象徴する「拳銃」と対比的である。拳銃には銃弾があるが、キャトルガンには発射される物体が存在しない。シガーの核には何もないのだ。そうすると「No Country」が二重に響いてくる。老人たちは安住の地を失ったと同時に、国を持たない新人類が出現したのだ。一方は国を失い、もう一方は国を持たない。老人も若者も「No Country」なのである。

運の不条理を生き残る者

 シガーの狂気性はフィンチャー監督の『セブン』(1995年)の犯人ジョン・ドゥや、『ゴーン・ガール』(2014年)に登場するエミリーのそれに似たところがある。だが、ジョン・ドゥやエミリーと違って、シガーは他人に依存してなどいない。彼の狂気は国や他人への依存とは異なる場所から生まれているのだ。とすればむしろシガーは、ノーラン監督の『ダークナイト』の敵役トゥーフェイスに近いのかもしれない。トゥーフェイスとシガーは、他人の生死をコインの裏表で決定する点において共通している。生死がコインの裏表で決定されることによる、人間の価値の相対化と不条理がそこにはある。

 シガーは現代の狂気の象徴である。だから彼は古き良き時代の象徴であるモスを追い詰める。モスは逃げ切ることもシガーを倒すこともできず、無残にも命を落とす。モスの妻カーラは、シガーのコイン遊びに付き合うことはしない。「殺すならコインではなくあなたの意思で殺せ」とシガーに迫る彼女は、ある意味でこの不条理を突破できる可能性を持っていた。戦わず選択せず相手の土俵に上がらないこと。それが狂気をやり過ごす唯一の手段である。

 だがシガーはそんな彼女にも容赦しない。そして一人で運転しているところを、不意に他の車に突っ込まれる。シガーですら偶然に訪れる悲劇の被害者であるのだ。しかしながら彼は傷ついても再び立ち上がり、子供を口止めしてどこかに向かって歩いていく。彼だけが唯一生き残ったのである。

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