トリニティの選択に注視せよ——ラナ・ウォシャウスキー『マトリックス レザレクションズ』

トリニティの選択に注視せよ——ラナ・ウォシャウスキー『マトリックス レザレクションズ』

概要

 『マトリックス レザレクションズ』は、2021年に公開されたアメリカ映画。監督はラナ・ウォシャウスキー。大人気SF映画『マトリックス』シリーズの第4作目に当たる。

 前作まではリリー・ウォシャウスキーと共同監督であったが、本作ではコンビを解消している。

登場人物

トーマス・A・アンダーソン(ネオ:キアヌ・リーブス):ゲームクリエイター。ゲーム「マトリックス」を制作し大ヒットさせた過去がある。実は現実世界でネオという伝説的な人物で、寝たきりの状態でマトリックスに接続させられている

ティファニー / トリニティー(キャリー=アン・モス):夫と子供と幸せな家庭を築いている。生活をしている世界がマトリックスであることを知らない。

モーフィアス(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世):ネオを救出しようとする反乱軍のリーダー。

スミス(ジョナサン・グロフ):前作までの敵。本作では敵だったり味方だったりする。

ナイオビ(ジェイダ・ピンケット・スミス):船長。ネオに借りがある。ネオを救出するために奮闘する。

あらすじ

 アンダーソンはゲーム会社で働くゲームクリエイターで、過去に作った「マトリックス」シリーズによって世界的な名声を得ていた。現在は「バイナリー」というゲームを制作していたが、親会社の意向で「マトリックス4」を制作することになる。

 彼は幻覚症状に時折悩まされていて、精神科のアナリストから精神安定剤の青い薬を処方されていた。「マトリックス4」制作のために集まったメンバーは、ゲームの構想を思い思いに語るが、アンダーソンは乗り気になれない。

 ある日、カフェにいると子連れの女性ティファニーに何かを感じ、同僚の計らいで声をかける。また別の日に再開すると、ティファニーと家族のことやゲームのことで雑談をするが、お互いのことは思い出せずにいた。

 会社に犯罪予告があり緊急避難をする途中、トイレにこいとのメッセージが届く。そこにいたのはモーフィアスで、赤い薬をみせて現実世界に帰るよう促すのだった。飲むか決めきれずにいると、警官が現れ銃撃戦になる。さらにそこにスミスまで加わるが、ふと気がつくとアナリストの前に居た。アナリストから飛び降りようとしていたのだと説明され、すべてが幻覚症状だったということを理解する。

 ある日の夜、ビルの屋上から飛び降りようとすると、モーフィアスの仲間に止められる。モーフィアスのもとに連れられて、赤い薬を手渡される。アンダーソンの選択で赤い薬を飲んだ直後、アナリストが現れ彼の仲間と銃撃戦になる。小さい鏡と通って現実世界に目覚めると、目の前には未だにマトリックスに繋がれたままのトリニティーがいた。

 マトリックスに囚われたトリニティを現実世界に戻すために、ネオ(アンダーソン)たちは計画を練る。トリニティ救出に向かうと、トリニティとネオを捕らえマトリックスのために利用していたアナリストが立ちはだかる。マトリックスから脱出することを決意したトリニティは、ネオたちとともに戦う。さらにトリニティは救世主として覚醒し、アナリストを撃破、マトリックスを救うべく旅立つのだった

解説

メタ視点の言及を探せ

 「マトリックス」シリーズの第一弾『マトリックス』は1999年に始まり、続編の『マトリックス リローデッド』と『マトリックス レボリューションズ』で2003年なので、『マトリックス レザレクションズ』かれこれ約20年ぶりの新作ということになる。

 物語としては『マトリックス レボリューションズ』で完結していたため、新作はどのような展開になるのか(過去作と連続しているのか、同じ内容なのか、etc.)気になるところではあったが、ありがたいことに作中でメタ言及があった。「マトリックス」シリーズの物語はアンダーソンが制作したゲームであったという設定から、「マトリックス4」を制作する流れはそれ自体が本作へのメタ言及である。もちろん「マトリックス4」とは『マトリックス レボリューションズ』のことであり、親会社の意向だとかリブートやリメイクにはしないなどの発言は、実際に行われたものだと思われる。

 それだけでなく他にも多数のメタ的な発言だったり前作へのオマージュで溢れていて、それを発見したり気がついたりする楽しさがある。ネオとトリニティが会話するカフェ「SIMULATTE」 はシミュレーションに由来していて、この街自体が計算で作られていることを暗示しているし、ゲーム会社「デウス・マキナ」は複雑な物語を無理やり収斂させる演出技法、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)に由来している。ほかにもネオとモーフィアスの会話、ネオとスミスの会話、ネオが制作しようとしているゲームの名前「バイナリー」(二者択一の選択を迫ることが暗示される)など、いろいろと練り込まれている。

 「マトリックス」シリーズは制作されたゲームで、それを制作したのがゲームクリエイターのアンダーソンだ、というメタ視点の導入は、この世界こそが現実世界ではなくマトリックスの世界だというモーフィアスとナイオビたちの説得で反転される。とはいえ入れ子状になっているので、どちらが現実なのか判然としない。鏡に写った自分が老人だったり鏡が動いたりと、この世界に対して違和感を覚えることもあったが、先生のアナリストにいわせれば幻覚症状ということで落ち着いてしまう。デカルトの方法的懐疑では、この世界が現実なのかは判断がつかないのである。

 ごちゃごちゃになった世界で思い悩むアンダーソンに手を差し伸べるナイオビたちの手口は、あろうことか現代の陰謀論者のそれにかなり接近している。数々の証拠と、世界に対する疑問の提示、赤い薬か青い薬かの決断の強要などなど、その語り口はこの世界が作り物であるばかりでなく、世界の製作者が裏にいてそれに騙されているといったことを仄めかす。そしてナイオビの腕には『不思議の国のアリス』にでてくる「白ウサギ」の刺青があるのだが、「白ウサギ」はいまや陰謀論の本丸Qアノンが好んで使うキャッチフレーズの一つでもある。Qアノンが無数の証拠の羅列の後に投稿する決まり文句は「白ウサギを追え(Follow the White Rabbit)」なのだ。陰謀論者は「マトリックス」シリーズに強く影響され、赤いピルと青いピルのどちらを選択するかと現実に迫ってくるのだが、『マトリックス レボリューションズ』は陰謀論者を逆輸入したのかと思わせるくらいに似通っている。かつて「マトリックス」シリーズが虚構と現実の境界を曖昧にしたように、いまや『マトリックス レザレクションズ』(=虚構)と陰謀論(=現実)が判別不可能になっている。

考察・感想

不倫・中年・汚さ、トリニティは飛ぶ

 キアヌ・リーブスを見る機会が増えた。路上で一人ケーキを食べていたり、ホームレスの方と談笑している姿をパパラッチに撮影されて、その写真がネットで拡散されているからだ。数々の「キアヌ伝説」は、キアヌ・リーブスが見た目や経歴に無頓着で誰とでも分け隔てなく接し人物であることを指し示している。

 「マトリックス」の世界で、ネオは伝説的な人物である。救世主であり死者であるネオの復活(レザレクションズ)は、若い世代を驚嘆させる。「本当に飛べるの?」などとはしゃぐ新世代にネオはたじろぐばかりだ。新世代とネオは、しかし思わぬところでも対照的に描かれている。それがオシャレ度であり汚さだ。

 新世代は明らかにオシャレだ。髪の毛は染めるかピシッと決めるか、どちらにしろ今風で綺麗でかっっこいい。その点ネオは真逆である。髪の毛は無残にものびきり無精髭をはやし汚い印象を受ける。戦いにもどこか及び腰、覚醒して銃弾を弾くのも自信たっぷりというよりむしろ屁っ放り腰で、強くてかっこいいというより弱そうで滑稽にみえる。

 決定的なのはマトリックス内で周りに見えるアンダーソンの仮初の姿である。マトリックスの世界では、アンダーソンがモーフィアスたちに見つからないように、周囲の人には剥げた老人に見えるようになっていた。そのせいでモーフィアスとナイオビ一派は、アンダーソンの発見が遅れてしまう。しかし、ゲーム「マトリックス」の製作者という経歴をもつアンダーソンは、真っ先に注目されるべき存在であったはずだ。それでもアンダーソンを発見できなかったのは、仮初の姿がアンダーソンとは別人であったからではなく、彼が汚いハゲた老人だったからであり、オシャレで綺麗な新世代にとって伝説の人物がまさかそのような姿で過ごしているとは想像すらもできなかったからである。

 ネオが「オレじゃないのか?」と思わず洩らしたように、本作で救世主になるのはトリニティだ。彼女は結婚をし子供を育て充実な生活を送っていた。ネオたちはトリニティを無理やり連れて行くことはできず、青いピルか赤いピルかを選択するのはトリニティに委ねられている。彼女の選択はこうだ。「その手を離しなさい」。

 夫の手を払い除け子供を捨てるトリニティは、家族を捨てた薄情ものである。しかしそれがどうしたというのだ。年老いていてもネオが汚くても不倫であっても、愛することをとめる権利は誰にもない。ますます綺麗を純化させた現在の社会で疎外され続けている、中年女性男性、汚さ、不倫の美しい結託がここにある。ネオの手を引っ張り救世主として飛び立つトリニティがチープだって?いいじゃないか。ときには女性が飛ぶことだってあるのだ。陰謀論(=現実)と判別不可能になった『マトリックス レザレクションズ』(=虚構)の世界を書き換える力で、この現実世界も書き換えられることを願っている。

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