概要
『踊る大捜査線 THE MOVIE』は、1998年に公開された日本の警察映画。副題は「湾岸署史上最悪の3日間!」。次作は『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』。
公開当時、実写邦画における歴代興行収入2位を記録。いかりや長介が日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞。
湾岸署の管轄で起きた不可解極まる三つの事件を解決するため奔走する青島らの三日間を描いた物語。
邦画は他に『怒り』、『告白』、『記憶にございません!』、『君たちはどう生きるか』、『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』などがある。
登場人物・キャスト
青島俊作(織田裕二):湾岸署刑事課強行犯係・巡査部長。緑の上着がトレードマークの捜査官。所轄の刑事として、街の安全を守っている。
室井慎次(柳葉敏郎):警視庁刑事部参事官・警視正。警視庁に勤めるキャリア。役職や身分に関係なく捜査できる環境を作ろうとしている。
(他の出演作:『誰も守ってくれない』)
恩田すみれ(深津絵里):湾岸署刑事課盗犯係・巡査部長。青島の同僚。信念を持って働いているが、辞職しようか悩んでいる。
(他の出演作:『博士の愛した数式』)
柏木雪乃(水野美紀):湾岸署刑事課強行犯係・巡査。新米刑事。
真下正義(ユースケ・サンタマリア):湾岸署刑事課強行犯係長・警部補。青島の部下。
日向真奈美(小泉今日子):猟奇的な殺人犯。掲示板で自殺者を募り、殺人を決行している。警察を馬鹿にしているが、それに見合った能力を持つ。
(他の出演作:『センセイの鞄』)
和久平八郎(いかりや長介):定年退職した警官。指導員として若い者たちを導いている。
名言
青島:室井さん、命令してくれ!俺は、あんたの命令を聞く
青島:事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!
真奈美:おまえは常識や思い込みを捨てて聞けないのか?
あらすじ・ネタバレ・内容
湾岸署が管轄する河川敷で、胃にテディベアを詰められた遺体が発見される。所轄の刑事たちが捜査を始めようとしたところ、本庁の刑事である室井らが現れ捜査本部がたてられる。実は、同時に警視庁の副総監の誘拐事件が起こっていた。さらに、湾岸署内で領収書や鞄などの物品の盗難事件が発生する。
本庁の捜査に参加させてもらえない青島たちは独自に捜査を進め、被疑者らが閲覧していた「仮装殺人事件ファイル」というホームページの存在を知る。青島はその中でテディと名乗る人物に、ネット上で連絡を取る。
誘拐事件の犯人は身代金を要求するが、受け渡しの場所で捜査官がいたことがバレてしまう。一方、青島らはテディと接触するも、柏木がナイフで切られた末に、犯人に逃げられてしまう。どちらの捜査も犯人を捕まえられない中、誘拐犯らは副総監を殺害すると宣言する。これを受けて警視庁は、副総監の誘拐を世間に公開し、停滞した捜査の打開を図る。
突然、テディが拳銃を持って湾岸署を訪れる。青島らは起点を利かせ、テディを捕まえた後に、湾岸署ないの盗難事件の犯人も逮捕する。二つの事件が解決した一方で、誘拐事件は進展が芳しくなかった。そこで青島は、テディこと日向に話を聞きにいく。日向は捜査状況の説明を受け、犯人は計画性のない幼稚な子供だと推測する。
和久は独自に、副総監の自宅付近に張り込んでいた。怪しい人物を発見するが、逆に少年たちに拉致されてしまう。目を覚ますとゴミ焼却場で拘束されていた和久は、青島らに気づいてもらえるようスモークボールを焼却炉に投げ入れる。
青島らは日向の助言を受けて、「仮装殺人事件ファイル」を利用していた坂下という少年に目を付ける。坂下の自宅に向かおうとした青島は、和久のSOSを発見し救出する。そして、坂下を見つけると自宅に乗り込もうとする。
坂下は副総監の息子から、親が偉い人であることを知って犯行を計画し、身代金を要求することで大金持ちになろうと計画していた。そこでネットで仲間を募り計画を実行に移したのだった。本部は本庁の警察が来まで突入を控えるよう要求するが、室井の指示で青島は犯人の自宅に突入する。
青島は犯人らを逮捕するが、犯人の母親に刺され重傷を負う。室井と恩田は青島を車に乗せて病院に向かうが、青島は意識を失ってしまう。死んだかに見えた青島だったが、連日の不眠不休による疲れで寝てしまっただけだった。
リハビリ中の青島は、室井が自分との約束を果たすべく、本庁で奮闘しているのだと看護師に言い、それを裏で聞いていた室井は職場に戻る。全ての事件が解決したのち、領収書を盗んでいたのは署長の命令で動いた内部の犯行だったことが判明する。
解説
真面目と不真面目
本作は大人気シリーズのテレビドラマの劇場版で、笑いあり涙ありの人情溢れる刑事もの映画である。脇役のいかりや長介は日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞し、さらに、映画自体も公開当時の実写邦画における歴代興行収入2位を記録した。20世紀の終焉、そして21世紀の幕開けを間近に控えた日本人の心を鷲掴みにしたのだ(ちなみに現在は3位と一つ順位を落としているが、抜かしたのは次回作の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』である)。
当時の観客に歓迎された本作は、いまなお色褪せることはない。青島と同僚の畳み掛けるように進むコミカルな会話や、上司との掛け合いはかなり笑える。それぞれのシーンで起こる一連のギャグは冗長に感じるかもしれないが、「これ俺がやるの??」みたいなオチは後味が良く、次の場面への移行もスムーズである。とはいえ、この笑いが普遍的なものかといえば、そうとも言い難い。日本的、というより、平成的ともいえそうな独特な笑いがあるように感じるのだ。深刻な事件に対応する際も、真剣にならないような磁場が働いている。どこまでも浮遊しているような感覚、そのような微妙な緊張感が本作にまとわりついている。
それを象徴するのが、刺された青島をパトカーで運ぶシーンであろう。犯人に刺されて重傷を負った青島に、懸命に「青島くん!!」「青島!!」と声を掛けるすみれと室井。その声虚しく次第に意識を失っていく青島。そして、青島を乗せた車の後ろ姿が、無音のなかで映しだされて……。
この無音の世界に響くのは何か。それは生と死の中間に位置する音、つまりイビキである。青島は死んだから静かになったのではない。三日間の徹夜がたたって寝落ちしてしまったのだ。死から生への反転、緊張から安堵への開放、真面目から不真面目の接近、そのような運動が本作にはある。そしてこの運動によって前者はつねに相対化される。要するにマジになることを禁止してくるような力が働いているのだ。
考察・感想
織田裕二の演技
観客は青島のクサイセリフをその前提の上で聞かなくてはならない。
青島:事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!
カッコいいのは確かだが、真面目に聞いたらこっちが恥ずかしくなる。だがそれでもこれが聞くに耐えうるのは、まるで歌舞伎の見得を切るが如く、くるぞくるぞと期待させてからこのセリフが飛び出すからだ。織田裕二の演技は、演技っぽい演技でありお世辞にも上手とはいえないが、その下手さが『踊る大捜査線』シリーズの雰囲気にマッチしている。
すべてが演技であり、嘘である。本気になったらすぐに茶化しがはいる。それをふまえたうえでこの映画を観よ、このドラマの背後にはそのようなメッセージがある。
思想も信条もない——すべてがゲームになった世界
ところで、本作が公開された1998年の労働環境は笑うに笑えない。青島は三日三晩帰宅できないどころか睡眠すらも取れていない。「湾岸署史上最悪の3日間」とはいえ酷すぎるのではないか。このような環境でまともな捜査ができるとは到底思えない。市民の前に、市民の一員である自分たち刑事を救うことが先決である(その点、理由はよくわからないが、すみれが辞表届けを準備しているのは正しい。労働環境が劣悪ならば、改善するか逃走するかどちらかの行動を取るべきだ)。
また、事件自体がこの時代の雰囲気を象徴するものである。副総監の誘拐にさいし、政治的思想犯を想定する捜査本部は時代遅れである。
真奈美:おまえは常識や思い込みを捨てて聞けないのか?
青島:修行しなおします
真奈美:まだわからないのか?
すみれ:わかった。わかったような気がした。何も考えずに聞いたら。これはただのガキね
事件の裏に動機や思想を想定するから犯人を見誤る。これまでの「常識や思い込み」は一切通用しない世代が現れた。奴等は対象が副総監だと知らずに誘拐をし、捕まりそうになっても動じる様子を見せない
坂下:ゲームオーバー。負けちゃったね
旧世代の警察官にとっては警察庁の威信をかけた大事件でも、新世代の犯人たちにとっては単なる「ゲーム」である。また、この逮捕に本気で焦るのも、若者ではなく旧世代の母親である。そんな意味不明な新世代も2020年のいま40〜50歳のおじさんおばさんになった。あの世代が特殊な感性を持っているのか、それとも後続世代も似た感性で生きているのか。公開から20年以上経ったいま、そろそろその結論を出すことができるかもしれない。