『誰も守ってくれない』考察|加害者の家族の罪|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|君塚良一

『誰も守ってくれない』考察|加害者の家族の罪|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|君塚良一

概要

 『誰も守ってくれない』は、2009年に公開された日本のサスペンス刑事映画。監督は『踊る大捜査線』シリーズの脚本を務めた君塚良一。出演は佐藤浩市、志田未来。

 第32回モントリオール世界映画祭にて最優秀脚本賞を受賞、第82回アカデミー賞に外国語映画賞部門の日本代表として出品。

 殺人事件の加害者の妹と、彼女を保護する警官の交流を描いた物語。

 邦画は他に『怒り』『告白』『君の名は。』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などがある。

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登場人物・キャスト

勝浦卓美(佐藤浩市):刑事。沙織を保護する。三年前の捜査ミスが原因で、妻と娘と別居している。離婚の危機。
(他の出演作:『記憶にございません!』)

船村沙織(志田未来):兄思いの中学生。事件当日の兄の様子を知っているが、語ろうとしない。兄は逮捕され、母には死なれたために、精神的に不安定になっている。

船村直人(飯嶋耕大):沙織の兄。大学受験生。小学生の姉妹を刺殺する。父の教育が厳しく、高校に入ってから引きこもりになる。

船村礼二(佐藤恒治):沙織の父。直人に厳しい教育を施す。

船村澄江(長野里美):沙織の母。捜査中に自殺する。

三島省吾(松田龍平):勝浦の相棒。

本庄圭介(柳葉敏郎):ペンション経営者。三年前の事件で、息子を失っている。
(他の出演作:『踊る大捜査線 THE MOVIE』、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』)

本庄久美子(石田ゆり子):ペンション経営者。お腹に子供がいる。

名言

卓美:誰かを守るってことは、その人の痛みを感じるってことだ。人の痛みを感じるのはとてもつらい。苦しいことだ。でもな、それが生きていくってことなんだ。

本庄圭介:うちの子は帰ってこない!

あらすじ・ネタバレ・内容

 小学生の姉妹の殺人事件が発生し、18歳の少年に容疑がかかる。報道が加熱し容疑者の家族に被害が及ぶと判断した警察は、刑事の勝浦と三島に容疑者の家族の保護を命じる。

 勝浦は3年前の事件が原因で妻と娘と別居していた。離婚を危惧した娘が旅行を計画しており、それに合わせて休暇を申請していたが、上司に取り消される。勝浦は船村の自宅に向かうと、報道陣や野次馬が周りを囲っていた。

 直人は逮捕され、残された家族は苗字の変更や学校を休める手続きを進める。両親は自宅で事情聴取を受け、沙織は勝浦と三浦の車で非難する。勝浦たちはホテルに到着するが、そこもすぐさま記者にかぎつけられ再び車で逃走する。三浦は家宅捜査に呼び戻され、勝浦は沙織を自宅に連れていく。

 持ってき忘れていた沙織の携帯を取りに自宅に向かうと、捜査の途中で母の澄江が自殺を図る。勝浦の必死の蘇生作業も虚しく、澄江は息を引き取る。沙織の側には精神科医の尾上を付けていた。勝浦と尾上は沙織に母の死を伝えようとするが、その前に携帯で彼氏の達郎が伝えてしまう。沙織は警察の不備と勝浦を責める。

 一方、記者の梅本が自宅のマンションの下に現れ、加害者の家族にも罪があると言う。さらに勝浦の過去の捜査ミスを報道すると脅す。勝浦は沙織を今後どうするのか、警察の方針を上司の坂本に聞くが、出世のために情報を聞き出せと一点張りする。

 ネットの掲示板では加害者の家族の情報が晒される。命令通り東京をでた勝浦は、家族で行くはずだった西伊豆のペンションに向かう。そこの経営者である本庄夫妻は、3年前の事件の被害者の両親だった。二人は勝浦のことを恨んでいないと、暖かく迎えてくれる。

 しかし沙織が加害者の家族であると知り、またネットで情報を得た一般人がペンションに石を投げつけたため、本庄は勝浦に怒りをぶつける。このペンションの情報を流したのは沙織で、彼女はまだ家族がある勝浦のことを妬んでいたのだった。

 その夜、達郎がペンションにやってくる。沙織と達郎は翌朝窓から逃亡してホテルに入るが、その部屋の様子は達郎の手によってネットで放送されていた。駆けつけた勝浦はその機材を破壊するが、逆上した配信者に暴行される。庇ってくれた勝浦に沙織は事件当日のことを話し始める。勝浦は沙織に「君が家族を守るんだ」と告げるのだった。

解説

被害者の家族と加害者の家族

 映画『誰も守ってくれない』の公開日に合わせてドラマ『誰も守れない』がテレビで放送された。『誰も守ってくれない』は『誰も守れない』から4ヶ月後の世界で、両作とも刑事である勝浦卓美を主人公にして発生した事件を多角的な視点から描く。『誰も守ってくれない』では事件の加害者の保護を、『誰も守れない』では被害者の保護を物語の主題にしている。

 監督は『踊る大捜査線』シリーズの脚本を務めた君塚良一。『踊る大捜査線』シリーズではユーモア溢れる刑事たちが事件を解決に導いていたが、本作は事件の解決ではなく加害者家族の保護が描かれる。事件解決が目的ではないだけに内容はシリアスで、加害者は保護すべきか、情報が勝手に拡散するインターネットにどう対処するべきかといった、現在でも考えるべき倫理的・社会的問題を含んでいる。

 撮影方法は、リハーサルからカメラを回し一つのシーンを複数のカメラで撮影し繋げる「セミ・ドキュメンタリー」手法をとっているらしい。警察が船村家に乗り込むあたりや、報道陣から逃げるシーンなどは臨場感にあふれている。

誰も守ってくれない

 冒頭のテロップに記されていたように、報道が加熱して容疑者の家族が自殺に追い込まれる事件が実際にあったらしい。そのような悲惨な事件の反省から、警察は加害者の家族の保護をするようになった。殺人容疑で船村直人が逮捕されると、警察の関係者やら教育関係者が続々と現れて、離婚手続きから再婚手続きをすることによる名字の変更、学校の欠席の申請などの作業を手際良く進めていく。警察の手つきは慣れたものだが、家族に対する説明があまりに雑で驚く。当事者の困惑は相手にされず、中学生の沙織の声はほとんど無視されてしまう。沙織は苗字を変えることも拒むが、その訴えは母親にすら届かない。

 勝浦が保護するのは容疑者の妹の沙織。執拗に追ってくる報道陣から逃げるために、勝浦は沙織を連れて東京を離れる。環境の変化は急激で、沙織は勝浦や警察の言いなりになる。ほとんど喋ろうとしない彼女は携帯を大事そうに持っているのは、この携帯が最も信頼できる彼氏の園部に繋がっているからである。しかしその園部ですら、加害者の妹というだけで沙織を裏切る。警察も、親も、恋人も、社会も、彼女を守ってはくれない。題名の通り、加害者の家族を「誰も守ってくれない」のだ。

考察・感想

加害者の家族の罪とネット社会の私刑の問題

 加害者と被害者に焦点を当てれば、プライバシーや刑罰の重さなどの議論はあるにしても、罪に問われるべきは加害者だと決まっている。だが、罪に問われるべきは加害者の家族までだ、と言われればどうか。当然、罪に問われるべきは加害者のみで、家族が罪に問われることは法律上ありえない。しかし日本特有の連帯責任のせいからなのか、家族、特に親の責任を問う声は大きい。事件を犯したのが子供なら尚更である。映画公開当時、少年法の適応年齢は20歳までで、18歳である船村直人は親の保護下にあると言える。

 直人の性格が歪んだ原因は、父親である礼二の厳しい教育にある。「厳しく躾けていた」という礼二の発言は、直人の性格に変調をきたした直接の原因が自分にないと考えているか、それ自体の否認の現れである。もちろん礼二の厳しい教育を罪に問うことはできない。その一方で、家族に罪はないと言い切るのも難しい側面もある。

 そのような微妙な領域を題材にするところに、君塚監督の慧眼がある。『踊る大捜査線 レインボーブリッジを封鎖せよ』に現れたリーダーのいない新たな犯罪組織は、日本社会のいまとこれからを鋭く批評していた。そして本作で焦点を当てられた「加害者の家族」も、日本社会の問題を炙り出している。前述のように、「加害者の家族」に法律上の罪はない。一方で、「加害者の家族」にも何らかの罪はある(と一般人は考えてしまう)。法律で捌けないなら自分たちが裁く、その正義感の暴走はネットの普及によって現実的に可能になった。彼/彼女らは加害者の家族のプライバシーをネットに晒すことで私刑を与える。そこには法律の足枷もないから、暴走した私刑は加害者家族を追い詰める。そしてそれすらも正義感とは無縁の、単なる消費物に他ならない。この話題が飽きたら、次の話題に移るだけ。奴らは即物的かつ反射的に生きているに過ぎない。

守る=人の痛みを感じる=生きる

 この射程はかなり広い。プライバシーの侵害は、そもそもマスメディアの問題であった。新聞記者や雑誌記者、テレビ放送の人々が、購読者数と視聴者数を稼ぐために事件を貪る。現代にはマスメディア嫌いがある程度浸透しているが、彼/彼女らの嫌らしく図々しい取材が原因の一端を担っている。マスメディアからネットの匿名リンチへ、その流れはさらに加速し、現在はネットの匿名リンチからSNSの集団リンチへと移行している。そこではもはや匿名性などなく、完全な正義の名の下、日夜さまざまな問題が告発されいてる。このように本作で提起された社会問題は、2023年現在も全く色褪せていないどころか、むしろ最も過激で取り組むべき課題である。ネットの匿名リンチが正義と祭りの感覚を土台に置いていたとすれば、現代のSNSの集団リンチは正義と承認を置いているように見える。問題は続いているのだ。

卓美:誰かを守るってことは、その人の痛みを感じるってことだ。人の痛みを感じるのはとてもつらい。苦しいことだ。でもな、それが生きていくってことなんだ。

 勝浦卓美は沙織に「君が守るんだ」と言う。勝浦卓美はここで「守る」の意味をズラす。「誰かを守る」と言った場合、一般的には攻撃を防ぎ事故に会わせないと言う意味になる。だが、このネット社会において、匿名で全方位から襲ってくる攻撃をすべて躱すことはできない。だから沙織は「誰も守ってくれない」と叫んだ。しかし「守る」とは、傷つかないことと同義ではない。攻撃を受け崩壊しそうになった後で、その誰かを守ることは可能か。その問いは、守ることを傷つかないことだと勘違いし、傷つく前に保護する方向に邁進する現代社会(免疫化社会)に深く刺さる。守るとは「その人の痛みを感じる」ことなのだとすれば、それは「とてもつらい」。しかしこれは「(他人と)生きていく」と同義ではなかろうか。接触や不快感を避けクリーンで快適を目指す社会は、この観点を忘れている。そのような社会では、「(他人と)生きて」いるとは言わないのだ。

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