映画『怒り』考察|怒りとは何か|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|吉田修一|李相日

映画『怒り』考察|怒りとは何か|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|吉田修一|李相日

概要

 『怒り』は、2016年に公開されたサスペンスヒューマン映画。監督は李相日。原作は吉田修一の同名小説。出演は渡辺謙、宮崎あおい、妻夫木聡。

 執筆のきっかけは、実際のあったリンゼイ・アン・ホーカー殺害事件である。

 第40回日本アカデミー賞で最優秀助演賞を受賞。第41回トロント国際映画祭スペシャルプレゼンテーション部門、第64回サンセバスチャン国際映画祭コンペティション部門出品作品。

 八王子で起きた夫婦殺害事件の後、千葉、東京、沖縄に現れた身元不明の男性をめぐる物語。

 小説はほかに、湊かなえ『告白』、小川洋子『博士の愛した数式』、田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』、カズオ・イシグロ日の名残り』、森絵都『カラフル』、森見登美彦『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』などがある。

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登場人物・キャスト

・千葉

槙洋平(渡辺謙):愛子の父。あいこと相思相愛で身元不明の田代が、殺人犯なのではないかと疑う。
(他の出演作:『バットマン ビギンズ』『インセプション』)

槙愛子(宮崎あおい):知的障害を持つ女性。風俗店で勤めていたところ、父の洋平に家に連れ戻される。

田代哲也(松山ケンイチ):洋平の家に居候する身元不明の人物。愛子のことが好き。

・東京

藤田優馬(妻夫木聡):イケイケのゲイ。発展場で大西と出会い、彼を家に泊めてあげる。

大西直人(綾野剛):身元不明の人物。偶然出会った藤田の家に居候する。

・沖縄

田中信吾(森山未來):沖縄の孤島で生活する身元不明の人物。小宮や知念に気に入られる。お兄さん気質。

小宮山泉(広瀬すず):最近島に移住してきた人物。孤島にいる田中と出会って以来、仲良くしている。

知念辰哉(佐久本宝):島の住人。小宮のことが好き。田中と知り合ってから、兄のように接している。

名言

:どんなに怖かったか。いくら泣いたって怒ったって!誰もわかってくれないんでしょ!訴えたってどうにもならないんでしょ!悔しい思いするだけなんでしょ?無理だよ……私そんなに強くないもん。

辰哉:ウソだろ?ウソって言ってよ。ウソって言えよ!

あらすじ・内容・ネタバレ

 八王子郊外で若い夫婦が、自宅で惨殺された。犯人は現場に「怒」という文字を残し、逃走した。その後、捜査は難航し一年経っても捕まえられずにいる。

 1年後、身元不明の3人の男性が房総、東京、沖縄に現れた。周囲は不思議に思いながらも、次第に受け入れていく。

 警察は捜査を進展させるために、整形手術後の被疑者の似顔絵がテレビ番組で公表する。これがきっかけになり、身元不明の3人は周囲から怪しまれるようになる。

解説

推理サスペンスと「怒り」

 この物語は一つの不可解な殺人事件から始まる。ある日、八王子郊外で若い夫婦が遺体となって発見された。現場検証の結果、夫婦が死亡された時刻はそれぞれ異なり、殺人犯は妻を殺害した後、蒸し暑くなった風呂場で夫の帰宅を待ち伏せしていたことが判明する。遺体を引きずってできた血の跡からは、犯人の明確な意図を汲み取ることはできない。妻を殺害した後の犯人の不可解な行動は何を意味するのか、そして犯人の殺害の動機は何か。

 より一層この事件を不可解なものにさせるのは、犯行現場に残された「怒」という文字である。それは被害者から流れた血を使って、犯行現場の壁に大きく書かれていた。犯人の感情を綴ったであろうこの文字が、しかし、誰に宛てて書かれているのか、そして何についての感情なのか、警察も観客も判断するのは難しい。

 だからこの物語は、二つの事柄を軸に展開される。一つは殺人事件の解決を目指す推理であり、もう一つは「怒」という文字の意味である。

 舞台は千葉、東京、沖縄の三つの地域。八王子殺害事件後、それぞれの地域に身元不明の男性が現れる。彼らは3人とも隠したい暗い過去を持ちながら、周囲の善意のおかげで良好な人間関係を作っていく。この一時的な平穏は、整形手術後の被疑者の似顔絵がテレビで放送されることで、否応なく進展する。身元不明の男性に親しみを覚えていた周囲の人々に、疑いと不安が渦巻いていく。身元不明で過去を語りたがらず、なおかつわずかに語った過去ですら嘘であるのは、彼が殺人を犯した逃亡犯だからではないか、そのような疑念が日に日に増していくことになる。

 したがって、この物語は一般的な推理ものとは一線を画する。犯人の発見という目的は推理ものと一致しているものの、推理をする主体は探偵や警察ではなくて、被疑者の周りで生活している人々である。言い換えれば、犯人を捕まえることと同時に、犯人と疑ってしまう人々の苦悩が問われている

考察・感想

「怒り」の正体

 ところでもう一つの軸にあったのは「怒」と書かれた意味であった。これが物語のテーマとして特権的な地位にあることは、題名が『怒り』であることからも明らかである。

 「怒」はそれぞれに固有なものとしてある。だが、その核心を沖縄で米兵にレイプされた泉が的確に言い表している。

:どんなに怖かったか。いくら泣いたって怒ったって!誰もわかってくれないんでしょ!訴えたってどうにもならないんでしょ!悔しい思いするだけなんでしょ?無理だよ……私そんなに強くないもん。

このとき泉の怒りが、異なった二つの位相にあることに注意しなくてはならない。一つはレイプした犯人に対して、もう一つはその訴えを聞き入れてくれない社会に対して。

 前者は誰もが普段から頻繁に体験するタイプの怒りである。歩いてたら肩にぶつかられた、上司や教師に理不尽に怒られたなど。だが、このタイプの怒りは、他者による怒り自体の否定、あるいは透明化によって高次の怒りへと変化する。怒りを抱く者は、第一に危害を加える者によって否定され、第二にその訴えを否定されることで二重に否定される。「誰もわかってくれないんでしょ!訴えたってどうにもならないんでしょ!」とは、二重の否定に対する絶望に他ならない。

 この二重の否定は、例えば、ゲイや借金取りに追われる者、風俗を強制された者、こき使われる日雇業者、米軍の基地によって被害を被る沖縄の人々に、日常的にふりかかっている。彼ら彼女らはそれらに耐えていかなくてはならない。だが、それにも限界がある。この「怒り」は見えないところで渦巻ながら、次第に強力に歪み始め、いつか表出するだろう。その結果が最も悪い形で、「怒」と記した田中の殺人として具現化し、田中を信頼しそして裏切られた「怒り」によって知念を殺人へと導いていくのである。

絶妙な配分の似顔絵

 この映画において「怒り」は叫びにしかならない。「誰もわかってくれないんでしょ!訴えたってどうにもならないんでしょ!」と言わしめる「怒り」は、のっけから言葉を奪われているからだ。言葉として伝えることのできない「怒り」という感情は、したがって、悲痛な叫びや壁に掘られた「怒」という文字にして、ようやくその一部を言い表すことができる。だが、それも結局、「怒」の一部でしかない。「誰もわかってくれない」という叫びは、いつまでも終わることがないのだ。

 ところで、この映画の最も秀逸な部分は、犯人の似顔絵にある、と思う。この似顔絵は、犯人の疑いがある田中、田代、藤田のどれにも似ている。田中がいれば田中に似ているし、それは田代も藤田も相違ない。

 おそらく、似顔絵は田中、田代、藤田の顔の成分をミックスして作られている。だから、顔の注目する部分が変われば、推定される犯人も変わってくる。このおかげで、私は最後の最後まで、誰が犯人かを見破ることができなかった。なんなら壁に「怒」という文字を見てなお、彼を犯人と断定することは躊躇われた。殺害された女性が親切心から犯人にお茶を渡す場面から、犯人ではない人物を犯人だと思っていたからである。そのように騙された観客は多い、と思う。ということで、絶妙な似顔絵のおかげで推理サスペンスとしても、なかなか面白いものになっている。

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