『夜は短し歩けよ乙女』考察|喧騒の中を歩く|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|小説映画|森見登美彦

『夜は短し歩けよ乙女』考察|喧騒の中を歩く|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|小説映画|森見登美彦

概要

 『夜は短し歩けよ乙女』は、2006年に出版された森見登美彦の青春小説。2017年には湯浅政明によってアニメ映画化された。森見は他に『四畳半神話大系』などの小説がある。

 タイトルの「夜は短し歩けよ乙女」は、吉井勇作詞の『ゴンドラの唄』の冒頭にある「いのち短し 恋せよ乙女」という歌詞からとられている。

 小説は山本周五郎賞を受賞、直木賞の候補、本屋大賞の第2位となった。アニメ映画はオタワ国際アニメーションフェスティバル長編部門グランプリ、日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞を受賞した。

 黒髪の後輩女性に恋をした京都に暮らす冴えない男子大学生が、彼女とお付き合いするために奮闘する一年間の物語。

 他の小説は、星新一「ボッコちゃん」、梨木香歩『西の魔女が死んだ』、森絵都『カラフル』、中島敦「山月記」、遠藤周作『沈黙』、リチャード・バック『かもめのジョナサン』、辻村深月『ツナグ』、『薬屋のひとりごと』などがある。

 おすすめの小説は「日本純文学のおすすめ」で紹介している。

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登場人物

先輩:語り手。本名不明。京都の大学生。黒髪の乙女を好いていて、彼女に振り向いてもらうために就職活動奮闘する。就職活動を先送りにするために、大学院に進学しようとしている。

黒髪の乙女:語り手。本名不明。先輩と同じクラブに所属する後輩。黒髪でおかっぱ。酒に強く、好奇心旺盛。常に敬語で礼儀正しい。

李白:富豪の老人。高利の金貸し、偽電気ブランの卸元、古本集めなど様々なことをしている。作中で起こるほとんど出来事の黒幕である。

樋口清太郎:常に浴衣を着ている。喋り方もやっていることも変わっている。

羽貫涼子:樋口の友人で。大酒飲み。酔うと人の顔を舐める。

東堂:東堂錦鯉センターの経営者。李白に借金をしている。

千歳屋:京料理「千歳屋」の若旦那。趣味の春本ほしさに、先輩たちと火鍋を囲う。

古本市の神様:少年。古本を正しき値段、正しき場所にするよう暗躍している。かわいい姿だがずる賢い。

学園祭事務局長:先輩の友人。学祭の治安を守る事務局の長。美貌の持ち主。

パンツ総番長:樋口の友人。学園祭で出会った女性と再会する願掛けに、パンツを履き替えないと誓ったため、パンツ総番長という称号をえた。

須田紀子:学園祭で象の尻の模型を出展している。

名言

「おともだちパンチ」をご存知だろうか(p.7)

私はその苦闘を「ナカメ作戦」と名付けた。これは、「なるべく彼女の目にとまる作戦」を省略したものである(p.156)

あらすじ・ネタバレ・内容

第一章 夜は短し歩けよ乙女

 舞台は五月末の京都。ある料理店で行われいてたサークルのOBの赤川康夫と東堂奈緒子夫妻の披露宴に、先輩は出席していた。彼は披露宴に参加していた意中の黒髪の乙女と親しくなれるよう画策していた。

 乙女は二次会を断り、一人で先斗町を練り歩く。その途中、錦鯉の生育を経営する東堂や、町を徘徊する羽貫と樋口に巡り合う。そこで高利の金貸しの老人李白が所有する「偽電気ブラン」の噂を聞き探すことにする。

 一方で先輩は何者かに下着を奪われたところを東堂に助けられる。東堂は経営の傍ら、春画の収集にハマっていた。彼は李白から借りた金を返済するため、春画を閨房調査団に売りつけようとする。

 ところが、李白を探している乙女にどよめく閨房調査団に影響され、東堂は春画を破り捨ててしまう。そこに李白が現れ、乙女が勝てば東堂の借金帳消し、負ければ借金二倍という条件で偽電気ブランの飲み比べを提案する。

 偽電気ブランを飲めることに幸福を感じる乙女は、李白が飲めなくなるまで飲み続け、勝利を掴むのだった。

第二章 深海魚たち

 盆休みに入ると、京都府下鴨神社で下鴨納涼古本祭りが催されていた。先輩は古本市に乙女が来るという噂を聞きつけ、出会う場面を妄想しながら古本市に向かう。

 だが、古本市の神を名乗る美少年と遭遇してしまい、なかなか乙女と会うことができない。少年は悪質な者によって間違った場所に置かれた書物を正しき場所に返すのだと主張して、本の値札を貼り替え位置を替えていた。

 少年の悪知恵で警察に捕まるところを、料理店「千歳屋」の若旦那に救われる。彼はお礼に、李白主催の古書の販売会に参加するようせがまれる。その販売会では、ものすごく辛い火鍋を食べ比べ、最後まで食べ続けていた者に、欲しい古書を一冊進呈するとのことだった。

 李白が所有する本に、幼い乙女が愛読していていま探している絵本「ラ・タ・タ・タム」があるのを見つけた先輩は、千歳屋との約束を破棄して、全力で勝利を掴もうとする。四人の勝負が始まり、最後まで残っていたのは先輩だった。

 そこに少年が現れ、李白の蔵書を正しき場所に戻してしまう。先輩は「ラ・タ・タ・タム」を探しに古本市に走り、それを見つけて手を伸ばと、それと同時に乙女も手を伸ばしていた。彼はその本を彼女に譲ると、何も言えず走り去っていった。

第三章 ご都合主義者かく語りき

 先輩は常日頃、「なるべく彼女の目にとまる作戦」、通称「ナカメ作戦」を実行していたが、乙女は彼の恋心に気づかず進展はなかった。

 半年後の晩秋、学園祭が到来する。先輩の友人である事務局長は、どこからともなく現れる韋駄天コタツとゲリラ演劇の偏屈王に悩まされていた。

 親しくなった樋口や羽貫に加え、パンツ総番長や須田紀子も登場し、さまざまな事件が発生する。またしても先輩が乙女に出会うことができない一方で、乙女は偏屈王の主演を偶然演じることになる。

 それを知った先輩は、乙女が演じるプリンセス・ダルマと結ばれる偏屈王を演じるために奮闘する。偏屈王を演じようとしていたパンツ総番長からその役を奪い取ると、最後は演技の中で乙女を抱きしめることに成功するのだった。

第四章 魔風邪恋風邪

 肌寒い12月の中旬、乙女は先輩に抱かれたことを思い出しボーッとしている一方で、先輩はタチの悪い風邪に苦しんでいた。

 この風邪の発生源は李白で、京都中の人々が苦しんでいた。病人を看病しているうちに感染してしまい、この風邪は広がっているばかりだった。

 乙女は樋口や東堂などの知り合いを見舞いに行くと、古本市の神様に出会い、なんでも治せる薬「ジュンパイロ」をもらう。

 乙女は様々な困難をくぐり抜け、李白の元にジュンパイロを届ける。李白はジュンパイロを舐めると、体内にいた風邪の神様を大きな咳で吹き飛ばし、それによって発生した竜巻に乙女は巻き込まれる。

 そこで同じく竜巻に巻き込まれていた先輩と遭遇し、晴れて付き合うことになった。そして新年になると、二人はデートに向かうのだった。

解説

数々の賞を受賞し、アニメ映画化もされた。

 先輩と黒髪の乙女が京都の街で巻き起こす摩訶不思議なドタバタ喜劇。先輩と黒髪の乙女が交互に語り手を担い、ある日の出来事を二人の視点から煌びやかに描く。

 物語は至極単純で、黒髪の乙女と彼女に恋する先輩の青春恋愛物語である。先輩は彼女の気を引こうと奮闘するも、彼女は彼のことを気にも留めていない。先輩にとって黒髪の乙女は絶対に射止めたい意中の人であり、黒髪の乙女にとって先輩は頻繁に見かけるただのサークルの先輩である。

 だからと言って、ただの青春恋愛小説なのかと侮るなかれ。本書は山本周五郎賞を受賞し、直木賞の候補になり、本屋大賞の第2位を記録した。累計発行部数は100万部を超えるベストセラーになり、2017年には湯浅政明によってアニメ映画化までされた。大変人気の作品なのである。

凡人と才人、先輩と黒髪の乙女が語るリズミカルな文体

 さて、本書の見所はどこにあるのだろうか。

 まず読者の心を掴むのは、軽妙でリズミカル、さらに洒落が効いたその文体だと思われる。作者の森見登美彦は幼いころから作家を目指し、日本の近代小説を愛読していたようだ。夏目漱石を彷彿とさせるリズミカルな文体は、長年読み込んできた文豪からの影響があるのかもしれない。

これは私のお話ではなく、彼女のお話である。
役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡く立ち回るが、まったく意図せざるうちに彼女はその夜の主役であった。そのことに当の本人は気づかなかった。今もまだ気づいていまい。(p.7)

読者に語りかけるのは、黒髪の乙女に恋する先輩である。「誰もが主役を張ろうと小狡く立ち回る」というとき、語り手である先輩=「私」も「誰も」のうちに入っている。彼が吐く「願わくば彼女に声援を」といった演劇ぶった台詞は、この物語の主導権を握りたいという平凡な考えが滲んでいる。だが、そのすぐ後に白状するように、「その夜の主役」は黒髪の乙女であった。彼女はそのことに「今もまだ気づいてい」ないけれど、この物語の主役をはれるのだ。

 この冒頭の一文は、見栄を張らなくてはならない先輩の平凡さと、意図せずとも主役になってしまう彼女の魅力が仄めかされている。つまり、「これは私のお話ではなく、彼女のお話」なのだ。

考察・感想

個性的なキャラの姿が見える

 二人の語り手がいるということは、すなわち、二つの語り口があることを意味する。この二つの語り口、叫びながら猪突猛進する先輩と、ですます調を駆使し上品でありながら力強い黒髪の乙女のそれは、語り手の性格を明確に表している。

 そのことが本書のもう一つの魅力になっている。ようするに、語り口からでもわかるくらいキャラが立っているのだ。

飲んでいるうちにお腹の底から幸せになってくるのです。飲み比べをしているというのに、私と李白さんがにこにこ笑いながら飲んでいたのは、そういうわけであるのです。
ああ、いいなあ、いいなあ、こんな風にずうっと飲んでいたいなあ。(p.64)

大酒飲みの李白が相手にならないほど酒に強い黒髪の乙女は、ほどよく酔っ払って上機嫌である。それでも乙女の嗜みで上品にあろうとするすがたが目に浮かぶ。

 この異様に個性が強いキャラは、なにも先輩と黒髪の乙女だけではない。大金持ちで何かと黒幕として糸を引いている李白や、錦鯉センターの経営者である東堂、何を考えているかわからないが一風変わった雰囲気を出している樋口など。どのキャラも旺盛に喋っている姿や慌てふためいている様子がありありと想像できる。本書に登場するキャラクターたちは、夏目漱石の『吾輩は猫である』や「シャーロック・ホームズ」シリーズに匹敵するくらい、豊かな魅力を放っている。

 この魅力は本書がアニメとも親和性が高いことを示している。本書を原作とした湯浅政明のアニメでは、平凡で一途な男子大学生と奥ゆかしい黒髪の乙女とその他の個性的なキャラが、小説に忠実に表現されている。アニメに変換可能なこの小説は、アニメを観るように文字を読むことを可能にしている。この小説は読みながらにして、視覚的にダイナミックな動きを楽しむことができるのだ。

平凡な大学生に、騒がしい珍事件を!

 舞台は京都で、主人公は普通の大学生。なんの変哲もないこの街に起こるのは、不思議な出来事である。

 ある一夜の飲み会、お盆に開催される古本市、大学で催される文化祭。どれも見慣れた風景である。だが、その平凡な日々の裏には、浮世離れした不可解な出来事が起こっているのだ。鯉が降ってきり、古本の神様が現れたり、ゲリラ演劇が開催されたり。もしかしたら、現実にもあるかもしれない、と平凡な日々の隙間にウキウキするのは、間違った読み方ではあるまい。

 この不思議な展開を盛り上げるのが、個性豊かな登場人物たちである。

局長が仁王立ちして、樋口さんを見下ろした。
「ついに捕まえたよ、偏屈王。演劇の名を借りて、学園祭を混乱に陥れるテロリストめ。事務局長の名に懸けて、『偏屈王』最終幕は上演させない」
樋口さんはきょとんとした顔をして、「そいつは無理な相談だ」と言った。「まず第一に、私は偏屈王ではない。そして第二に、もう幕は上がる寸前だ」(p.217)

登場人物たちはそれぞれに声を張り上げている。その声はどれもかき消されることがないが、幾重にもかさなって騒がしい。平凡な街の取り柄のない大学生でも、これほどにまで忙しくて騒がしい日々を送っている。その喧騒は、今日も、京都の街のどこかで必ず響いているに違いない。

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