小説『カラフル』解説|幾つもの善意に囲まれて|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|森絵都

小説『カラフル』解説|幾つもの善意に囲まれて|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|森絵都

概要

 『カラフル』は、1998年に出版された森絵都の青春小説。YA小説を代表する一作。産経児童出版文化賞を受賞した。

 前世で大きな過ちを犯し記憶を失った魂が、自殺を図った真の身体に乗り移り、家族や友人の交流しながら自分の正体を知ろうとする物語。

 小説はほかに、梨木香歩『西の魔女が死んだ』、湊かなえ『告白』、宮沢賢治「注文の多い料理店」「やまなし」、谷崎潤一郎『春琴抄』、星新一「ボッコちゃん」、森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』、リチャード・バック『かもめのジョナサン』、辻村深月『ツナグ』などがある。

 おすすめの小説は「日本純文学のおすすめ」で紹介している。

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登場人物

小林真:中学3年生。「ぼく」の魂が乗り移った若者。交友関係に乏しく、背が低いことをコンプレックスにしている。絵が得意。ひろかのことが好き。

プラプラ:天使。天界では丁寧、下界ではざっくばらんな口調で喋る。真をサポートしてくれる。

桑原ひろか:後輩。初恋の相手。真に気軽に話しかけてくれる。援交している。

佐野唱子:クラスメイト。真の変化に気付いた唯一の人物。過去の真を好いている。

小林満:兄。高校3年生。真に嫌味を言う

父親:サラリーマン。会社の不祥事で上層部が消えて、自分が昇進できたことを喜んでいた。

母親:専業主婦。フラメンコ教室の教師と不倫をしていた。

早乙女:クラスメイト。スニーカーを安く買える店を教えてくれたことで親しくなる。

沢田:担任。体育会系。

名言

せいぜい数十年の人生です。少し長めのホームステイがまたはじまるのだと気軽に考えればいい(p.270)

あらすじ・内容・ネタバレ

 死んだ「ぼく」の魂は、天界で天使であるプラプラに出会う。天使は「抽選にあたりました!」と言い、前世の大きな過ちを償うために、下界の誰かの魂に入って修行せよと命じる。

 下界に戻ると「ぼく」は小林真の身体に乗り移っていた。真は数日前に自殺未遂をした少年。「ぼく」はプラプラの助けを借りて、真が自殺した原因を知る。

 真は自殺を試みた数日前、初恋相手が援交、母が不倫、父が上司の解雇に喜ぶといった姿を目撃していた。彼は目覚めると、家族は喜び暖かく迎えいれてくれる。

 「ぼく」は真の過去を知り、修行に身が入らず、両親にも反抗する。ある日、気に入っていたスニーカーを不良に奪われてしまう。見舞いに来たクラスメイトの唱子には、性的な言動を取り追い返してしまう。

 怪我が治った「ぼく」は学校で早乙女と出会い仲良くなる。休日には父と釣りに行き、職場であった大変なことについて教えてもらう。

 母の計らいで美術の高校を勧められるも、早乙女と同じ高校に進学することを志望する。「ぼく」は真に身体を返してあげたいとプラプラに相談すると、24時間以内に前世の過ちを思い出せと要求される。

 「ぼく」はひろかや唱子と話すことで、自分の前世が小林真であったことに気付く。前世の過ちとは、自分を殺したことだったのだ。試練を乗り越えた真にプクプクは、しぶとく生きろと告げるのだった。

解説

若者たちの必読書

 ふと気づいたら、目の前に天使がいて「おめでとうございます、抽選に当たりました!」(p.3)なんて言われたら、どう反応したらいいのかもわからない。死んだ理由も、前世の記憶も、自分の名前だって分からないんだから、まあ、プラプラとかいう天使の言いなりになるほか選択肢はなさそうだ。

 男っぽい口調で若い感じの受け答えから、前世の年齢と性別が予想できてしまうのはご愛嬌。「突然そんなこと言われても、こまる」(p.4)なんてヘタな文章も、書いてるのが15歳くらいの少年で、読んでほしい対象もそのくらいの年齢なんだから理にかなっている。俗にいうヤングアダルト小説(YA小説)ってやつで、かくいう私もそのくらいの年齢に読んでラストに衝撃を受けた覚えがある。

 復活とか生まれ変わりとかのモチーフがあって、意識を失ってから三日後に生き返ったとか、家族のみんなが真の復活を目撃することで改心するとか、妙にキリスト教的な雰囲気を醸しているのだけれど、実はそれほど深い意味はない。それよりむしろ佐野唱子の「セミナーに行ったんでしょ?自分を変えてきたんでしょ、ねえ」(p.42)という問い詰めのほうが、真が言うように「するどい」(p.42)。デヴィッド・フィンチャー監督の『ゲーム』が制作されたのが1997年、本書が出版されたのが1998年だから、セミナーで自己啓発することはこの時代のトレンドであり、当時の中学生にとっても身近なものに感じたのだろう

ナイーブな少年たちの過去と現在

 本書もある側面から読めば、自己啓発本の香りがする。ボクの人生なんて無色で味気ないつまらないものなんだ、なんて自虐してるキミ、よくよく観察してみると実はカラフルな人生なんじゃない!?そう言われてみると……おや!?「角度次第でどんな色だって見えてくる」(p.198)。意外と自分の人生、満更でもないジャーン。

 自己啓発で人生一発逆転する人は、啓発される前の薄暗いつまらない人生を前提としている。真もそれは例外ではなくて、背が低いとか友達できないとかルサンチマンをフル稼働させている。さらに母の不倫、父の隠された最低な性格、兄貴の嫌がらせ、初恋相手の暴かれた援交と、立て続けに明らかになる他人の醜い本性に彼の心はメチャメチャだ。張り詰めていた緊張の糸がふと切れて、こんな人生、もう嫌だ!となったあとに、頭に浮かんだ「自殺」の波を止める防波堤はもはやない。ここまで不運が一気に押し寄せたら、自殺したくなるのも無理からぬことかもしれない。

 とはいえこの少年、ちょっとナイーブすぎやしないだろうか。初恋の相手が援交してようと、大好きなママンが不倫してようと、ショックではあれど自殺するほどのことではない。なーんていうと、感じ方は人それぞれ、真にとっては一大事だったと言われそうだが、実際、母が不倫したことで子供が自殺なんて聞いたことないじゃないか。ニヒリズムやってても仕方ないんだぜ。

 物語の舞台が出版年と同じ年だとして真が14歳だとすれば、真が生まれたのは1984年ということになる。80年代生まれの少年たちは、青春時代をこんな精神状態で生きていたのかと愕然とする。ちなみにこの世代の一部は、大人になっても似た悩みを抱えている。俗にいう「非モテ男性」というやつだ。世代の悩みはそう簡単に解決できるものではない。

 現代の若者はこうではない。家庭の崩壊なんてとっくに理解しているし、一人で生きていく術も十分心得ている。でも強靭な精神を持っているのかというとそうでもなくて、現代の若者の自殺の理由は学業不振とか進路とかそういったものが多い。真は学業が原因で自殺を考えたわけではないから、子供にとって自殺を考えざるを得ないほど切実な出来事も、時代ごとに変化しているということだろう。どちらにしろ、日本の自殺率は先進国の中でもべらぼうに高いし、若者の自殺なんてのは若者の死の原因のトップである。交通事故より多いんだぜ、異常だろ。

 自殺の理由はさまざまな要因が複合的に絡み合って起こるので、一概にこれが原因だとは断定できない。例えば、1998年ていうのは自殺が急増し、それ以降10年くらい自殺数は高いままだったんだけど、これは経済的・社会的要因が大きい。バブルがはじけて多くの人が、嫌になっちゃったんだな。金がないなら文化的・精神的に豊かな国を目指せばいいんだけど、その転換ができなくて、30年前に叫ばれていた数々の社会問題を現在も喫緊の課題として取り上げている。失われた30年は経済だけでなくて、文化的・精神的な側面でも生じているというわけだ。

考察

隠された善意を発見せよ

 時が経てば自殺の原因も変わってくる。30年前の若者には家族とか性の問題が切実だった。それはおそらく家族の崩壊が進んでいた時期でもあったからだろう。この時期には『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』を筆頭に、普通の核家族を中心に据えた物語が一般的だったが、その一方で、このような核家族は壊れ始めてもいた。賃金が上がらない父、パートを始める母、非行に走る子。それぞれが生き方のモデルを失い不安を抱えている、そういう社会状況の中で本書は執筆されたのだ。

 真はその名前の如く、うそ偽りでないことをこよなく愛している。ママンは自分のことだけを見ていて、パパンは尊敬すべき善人でいてほしい。その仮面が剥がれて醜い真実が露呈したとき、真は心底絶望する。でも彼だって本当の自分を隠し、家族や同級生に求められてきた他人の「真像」を生きてきた。他人の裏の顔に納得することは、隠された本当の自分を認めることとパラレルだ。だから真は、両親を許すことで自分を許すことができる。

 でも、本書が描く「カラフル」は、人には色々な事情があるんだぜ、ってことではなくて、嫌なやつや汚い本性を持ってるやつでも、実は真のことを愛しているということである。兄が受験を来年に先延ばしにしたのは、真に対する不器用な善意の表れである。父が身勝手で薄情に見えたのも、本当は真のためだった。真はかなり愛されていたのだ。

少し長めのホームステイへ

 男たちは善人であった。では女たちは?

 本書には性別役割分業の非対称性が露骨に描かれている。男の醜さが表面的な嫌らしさだとすれば、真にとって女の醜さとは、裏に秘めた欲望、つまり性欲を持っているということだ。「みんなそうだよ。いろんな絵の具を持ってるんだ、きれいな色も、汚い色も」(p.200)と言うとき、ひろかは真にとって「女としての興味より、謎の生物としての興味が高まってきた彼女」に変わっている。真はひろかにもさまざまな葛藤を抱えていると知り、援交にはしる彼女を「謎の生物」として認識の外に置くことで傷つくことから遠ざかる。

 母は手紙にこう認める。「どんな理由があろうと、私はあんなことをすべきではなかったし、それ以上に、あなたをあんなことで苦しめるべきではなかった」(p.145)。母よりも息子の方が権力関係が上のこの家庭において、真を傷つけないことは「どんな理由」にも勝る。だが母が不倫をすることは真を「苦しめる」ことなのだろうか。

 現代の若者たちは本書を読んで、こうやって母を責めればいいんだと勘違いしてはいけない。若者の人生と親の人生は別のものなのだから、悲しむ権利はあれど干渉する権利はない。母には母の悩みがあって、その悩みを他の男性が解消してくれて、しかも父はそのことを知りさえもしないのだから、この夫婦関係はとっくに崩壊している。子供は母の決意を妨げる存在にならないように、「あんなことをすべきではなかった」なんて言わせないように、彼女の意思を尊重する必要がある。

それは黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた、という感じに近いかもしれない。(p.197)

本書が示す世界観はこのようなものだ。人にはそれぞれ悩みがあり、それぞれの考えがある。そのことを認めることは、一色に見えた色に無限の差異を、つまり「カラフル」な色差を認めることである。

 でも、この世界でやっていけないかもしれない、と弱腰の真に示される処方箋も、またしごく明瞭である。

せいぜい数十年の人生です。少し長めのホームステイがまたはじまるのだと気軽に考えればいい(p.270)

この人生を、ちょっと長いホームステイだと割り切って、気軽に生きること。他人の身体に魂が乗り移ったと想像して、自分の身体を自由に動かすこと。それが本書が教えてくれる処世術だ。その身軽さは、この世界がカラフルであることを、思いがけず教えてくれるだろう。

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