『ジョゼと虎と魚たち』解説|完全無欠の幸福は死そのものだ|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|田辺聖子

『ジョゼと虎と魚たち』解説|完全無欠の幸福は死そのものだ|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|田辺聖子

概要

ジョゼと虎と魚たち」は、1984年に発表された田辺聖子の恋愛小説。

 2003年に池脇千鶴と妻夫木聡が主演で実写映画化、2020年に韓国でリメイクされた。

 他人に高圧的な態度で接するちょっと変わった少女ジョゼと、ジョゼと事実婚をしている普通の大学生恒夫の、一風変わった日常と旅行を描いた物語。

 純文学はほかに、村上春樹「かえるくん、東京を救う」『街とその不確かな壁』、梨木香歩『西の魔女が死んだ』、森絵都『カラフル』、志賀直哉「小僧の神様」、森見登美彦『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』などがある。

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登場人物

ジョゼ:本名は山村クミ子。一人称はアタイ。高圧的な態度をとる。幼少期から足が悪く車椅子の生活をしている。父親が再婚し、生理が始まるタイミングで鬱陶しがられ施設に入る。17歳から祖母と暮らすようになる。祖母はジョゼを周りに見られたくないらしく、夜に散歩をするなど孤立した生活を送る。

恒夫:大学生。ジョゼと事実婚している。ジョゼが坂から落ちてきたのを助けたのが出会い。ジョゼが上機嫌なときは「管理人」と呼ばれる。

祖母:施設にいたジョゼを引き取る。優しく恒夫にもご飯を振る舞う。生活保護で暮らしている。

名言

ちがう。旅行のことをアタイはいうてるねん。こんな綺麗な景色、はじめてや(p.180)

ちゃう。嬉しすぎて機嫌悪くなってんねん(p.198)

あらすじ・ネタバレ・内容

 ジョゼ(山村クミ子)は足に障害があり車椅子で生活をしていた。母親は幼いときに家を出てしまい、父は再婚相手と暮らしていた。生理が始まると鬱陶しがられ施設にいれられる。

 17歳の時に生活保護をうける祖母に引き取られる。祖母は優しかったのだがジョゼが人目につくのを嫌がり、外出するのはいつも夜だった。

 ある夜、祖母が目を離した隙にジョゼは坂道から滑り落ちてしまう。叫ぶジョゼを助けたのは、実家に戻っていた大学生の恒夫だった。このときから恒夫はジョゼと親しくなり彼女の家に通うようになる。ジョゼは機嫌がいいときに恒夫のことを「管理人」と呼ぶようになる。

 しかし恒夫は就活が忙しく家に行かなくなり、久しぶりに訪れると祖母は亡くなっていてジョゼは引っ越していた。ジョゼの家に行くと痩せこけていたが、精神的には意外にも元気そうであった。ジョゼは周りに住んでいる人の特徴や文句を言う。

 恒夫はジョゼが痩せていることを心配すると、プライドの高いジョゼは気に入ってた容姿を馬鹿にされたと思って激怒する。恒夫が仕方なく帰ろうとすると、ジョセはそのことに再度怒る。そこで二人は和解し二人は性行為をする。

 翌日、二人は動物園に行き、ジョゼは好きな人ができたときに見ようとしていた虎をみる。そして虎の咆哮のあまりの恐ろしさに、恒夫にすがりつく。

 二人は「新婚旅行」という名目で九州に旅行に行く。水族館に行くと、あまりの美しさに感動する。夜目を覚ましたジョゼは自分たちは魚になって死んだんだ、と思う。その後は事実婚をして、落ち着いた幸せな生活を送る。ジョゼは自分たちを「死んだモン」と表して、死と幸福は同じ意味だと思うのだった。

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解説

大阪弁とテンポの良い会話

 著者の田辺聖子は1928年生まれの女性作家で、芥川賞を含め数々の賞を受賞した。本人は芥川賞ではなく直木賞をとりたかったと語っていて、作家としてのキャリアが長くなるにつれ純文学から大衆文学へと作風を変化させている。また同時代にデビューした女性作家に、曽野綾子(1931年 – )がいる。

 田辺は大阪弁を用いたある種の方言文学を得意としている。それは本作「ジョゼと虎と魚たち」も例外ではなく、ジョゼと恒夫の大阪弁での会話はテンポがよく心地いい。

「ああ。はじめてやなァ……」

ジョゼは満足してつぶやき、恒夫は、

「もっと便利になってる車、あるデ」

「ちがう。旅行のことをアタイはいうてるねん。こんな綺麗な景色、はじめてや」

(180)

 ジョゼは恒夫に向けるわけでもなく満足げにつぶやく。恒夫はジョゼが遊ぶ自動化した窓ガラスのことと勘違いして的外れのことを言う。すぐさま否定したジョゼは、旅行と景色のことだと訂正する。短い言葉でテンポよく進む会話は、どこに飛んでいくかわからない破天荒さを帯びていて、そのことが二人の関係性をよく表している。ハッチャカめっちゃかでプライドの高いジョゼと、傍にいる恒夫。この後の会話では「いばるなッて」「ふふん」「生意気や!早う出え」と険悪そうにみえるが、ジョゼが恒夫を「管理人」と呼び、それがジョゼが上機嫌のときの呼び方だと知って安心する。ちょっとトゲがある(ように聞こえる)二人の会話は、信頼のおける夫婦の間で交わさせる微笑ましいものなのである。

 冒頭にある「やなァ」や「あるデ」といった語尾のカタカナ語は、あまりに見慣れないので少しギョッとする。声に出して読む場合「やなァ」と「やなぁ」は、あるいは「あるデ」と「あるで」はどのような違いがあるのだろうか。これものちに判明するのだが九州を周るこの旅行は、二人の新婚旅行なのだった。ジョゼにとって「こんな綺麗」は初めてで、海を見るのは二回目で、恒夫にとってこの場所は初めてで、二人にとってははじめての新婚旅行なのである。だからジョゼも恒夫も上機嫌で、「やなァ」や「あるデ」のカタカナ語は満足とその共有を示してるのかもしれない。いつもと違う場所と状況だからこそ、普段と違う言い方でコミュニケーションをとっているのだ

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考察・感想

不幸なジョゼと傍にいる恒夫

 ジョゼの境遇や環境はすこぶる悪い。呼吸困難に落ち入りやすく、足が自由に動かない。若くして施設に入れられ、祖母に引き取られてからも人目を気にして自由に外出をさせてもらえない。他人との交流がなかったためか、人との接し方は高圧的ですぐにむっつりしたり怒ったりする。

 しかしこの環境は不幸なことで、ジョゼに憐みをかけるべきだと誰が言えようか。祖母を亡くなったことを知らなかった恒夫が久しぶりにジョゼに会いに行くと、「ふん」と言うだけで悲しそうではなかった。

「ふん」

とジョゼは恒夫が思うほど悲しそうでもなく、恒夫を責めるような目の色でもなかった。(191)

 ジョゼは不幸な人ではない。ジョゼが周りに高圧的な態度をとるのは、コミュニケーションの仕方を知らないからだけでなく、舐められたくないからである。だからジョゼは悲しくないそぶりをする。だがそれは、ジョゼが悲しんでいない、ということを意味してはいない。

「早よ帰り。早う帰りんかいな……。二度と来ていらん!」

興奮してまた息を忙しげにもつらせるので恒夫は出られなくなってしまう。大丈夫かいなあ、と恐る恐る寄っていったら、

「帰ったらいやや」

とすがりつかれてしまった。

(194)

 ジョゼは悲しみを抱きながら、それを率直に表現することができない。だからジョゼの言動と感情はジェットコースターのように乱高下する。すがりたいけど突き放してしまい、悲しみたいけど平静を装ってしまう。そんなジョゼに恒夫ができることは、ジョゼの悲しみを深読みをして憐れむのでも、先読みして同情するのでもなくて、その乱高下に単に向き合うことであり傍にいることだけである

伝えたいこと——死と生と幸福と

 だからといって恒夫は聖人というわけでも真面目というわけでもない。どちらかというと、チャラくて軽い人である。「そない、やさしいお父ちゃんが居って、クミ、なんで施設へ入ってん」と不躾な質問をして怒らせたり、「もう来んといて!」と言われて「……ほな、……さいなら」(193)と帰ろうとする。恒夫は気遣いができない人である。だが、それ故にジョゼとうまくいく。ジョゼの怒りを言葉以上に汲み取る必要はない。ジョゼに合わせて感情を動かしていく、これくらいが二人の関係にとっては丁度いいのである

ジョゼはむっつりしている。

「どないしてん。いややったら外へ出んでもええねんデ。家にいてもええねん」

「ちゃう。嬉しすぎて機嫌悪くなってんねん」(198)

 ジョゼの行動は感情の反対である。むっつりしているときは嬉しいときだし、帰れと怒るときは傍にいて欲しいのだ。大阪弁ということもあって、発言は強い。でもそのことで恒夫はいちいちショげたりしない。ジョゼの行動と感情がごちゃ混ぜなのを恒雄も知っているからだ。

「何でこない、ボロクソに言われんならんねン」

と恒夫はこぼしながら車椅子を押して帰ってくる。そうこぼしながら、恒夫はジョゼのその「いばり」はジョゼの甘えの裏返しなのじゃないかというカンが働いている。でも、もしそんなことを指摘したら、ジョゼがかんかんに怒ってヒキツケるか、呼吸困難をおこしそうだし、そういう心理の綾をこまかに分析して表現する習慣も能力も恒夫にないので、恒夫はだまっていた。(188)

 「いばり」が「甘えの裏返し」であると恒夫は薄々気付いていて、けどそれは暴いたって仕方がないことだからあえて言葉にすることはしない。でもそれでいいのだ。この奇妙で特殊な関係を築いたからこそ、二人はうまくやっていけている

 感情と行動が逆なのはジョゼにとってもっと根本的なものである。ジョゼは感情と行動が逆としてありながら、同じものとして生きている矛盾を抱えている。ジョゼは恒夫との新婚旅行で行った水族館の魚を思い出し、夜に目を覚まして自分たちを「魚になった」という。そして「アタイたちは死んでいる。「死んだモン」になってる」(204)と思う。「死んだモン」とは屍体のことで、つまり二人は生きながら死んでいるのだ。ジョゼは続けてこう思う。

恒夫はいつジョゼから去るか分からないが、傍にいる限りは幸福で、それでいいとジョゼは思う。そしてジョゼは幸福を考えるとき、それは死と同義語に思える。完全無欠な幸福は、死そのものだった。

(204)

 ジョゼにとって生と死は同じ意味で、「完全無欠な幸福は、死そのもの」と思う。正反対のものが、実は同じものであるという確信。ジョゼは怒るとき、そのような意味で、甘えているのだ。気の利かない恒夫もそのことは知っている。このことを二人だけが知っている。だからジョゼと恒夫は「傍にいる限りは幸福で」、二人は魚になって泳ぎ続けるのだ。

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参考文献

田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』角川文庫、2013年。

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