村上春樹「かえるくん、東京を救う」考察|地下=虚構の闘い|あらすじ感想・伝えたいこと解説

村上春樹「かえるくん、東京を救う」考察|地下=虚構の闘い|あらすじ感想・伝えたいこと解説

概要

 「かえるくん、東京を救う」は、村上春樹の短編小説。2000年に刊行された短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)に収録されている。

 1995年1月17日におきた阪神・淡路大震災を題材としている。

 大阪の大きな地震によって目覚めてしまった東京直下にいるみみずくんが起こそうとする地震を、阻止するために奮闘するかえるくんと片桐の物語。

 村上春樹はほかに、短編「神の子どもたちはみな踊る」、長編『街とその不確かな壁』『風の歌を聴け』『海辺のカフカ』『1Q84』などがある。

 純文学はほかに森絵都『カラフル』、太宰治『人間失格』、遠藤周作『沈黙』、田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』、志賀直哉「小僧の神様」などがある。

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登場人物

かえるくん:かえる。背丈は2メートル以上。東京直下にいるみみずくんが起こす壊滅的な地震を阻止すべく、みみずくんと戦い倒すことを目的としている。勝つために片桐の応援が必要で、説得のために片桐の部屋に突然現れる。

片桐:人間。身長1メートル60センチほど。東京安全信用金庫新宿支店融資管理課の係長補佐。かえるくんからは尊敬されている。かえるくとともにみみずくんと戦おうとするが、直前に銃撃されて意識を失ってしまう。

みみずくん:東京安全信用金庫新宿支店直下に住むみみず。大阪の大地震によって目覚めた。2月18日に東京に地震を起こすと、かえるくんによって推測される。

名言

ジョセフ・コンラッドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことです。(p.169)

目に見えるものが本当のものとはかぎりません。ぼくの敵はぼく自身の中のぼくでもあります。ぼく自身の中にはがいます。(p.182)

あらすじ

 片桐が住む東京のアパートに戻ると、巨大な蛙が待っていた。蛙は二本の後ろ足で立っていて、背丈は2メートル以上ある。突然のことに驚く片桐に「ぼくのことはかえるくんと呼んでください」と言い、ドアを閉めるよう催促する。

 片桐は東京安全信用金庫新宿支店融資管理課の係長補佐をしていた。カエルくんの正体が掴めない片桐は、返済金の交渉のためにきた「クミの関係者」だと勘違いする。それを一笑したかえるくんは、片桐の家を訪ねた理由は「東京を壊滅から救うため」だという。

 かえるくんによれば、先日の大阪の大きな地震によって、東京の地下に住むみみずくんが目覚めてしまい、大暴れすることで東京に地震を起こすという。その日は3日後の2月18日の朝8時半頃で、予想される死者は約15万人にのぼる。みみずくんの居場所は、東京安全信用金庫新宿支店の真下。かえるくんの望みは、片桐とともに地下に降りて、みみずくんと闘い、地震を阻止することだった。

 かえるくんは片桐の仕事ぶりを観察し続け、彼が筋道のとおった勇気のある人と見抜いていた。戦うことに不安を覚える片桐に、「かえるくん、がんばれ。大丈夫だ。君は勝てる。君は正しい」と応援するだけでいいからと、かえるくんは頼む。かえるくんは自らが実在していることを証明するために、片桐の代わりに7億円の貸付金の回収をする。

 かえるくんと地下に降りて戦うはずだった2月17日の夕方に、片桐は何者かに狙撃される。翌朝、地震が起こると予想されていた時間の後に、病院のベッドで目が覚める。しかし看護師が言うには、地震も起きてければ、銃で撃たれたのでもなくて、歌舞伎町の路上で昏倒したということだった。

 その夜、かえるくんが病室に現れる。謝る片桐に、一緒に戦ってくれたと、かえるくんは言った。しかし、戦いは熾烈を極め、引き分けに持ち込むことしかできなかった。かえるくんが眠りにつくと、その体から蛆虫が湧いて出てきた。しかしこれも夢で、恐怖で目を覚ますと、近くにいた看護師にかえるくんが東京を地震から救ったのだ、と伝える。

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解説

かえるくんが東京を救う!!?

 1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災によって、東京直下に住むみみずくんが眠りから目を覚ました。怒り狂ったみみずくんは、1995年2月18日の朝方、東京に大地震を起こすかもしれない。地震を止めて東京を救うためには、みみずくんを倒さなくてはならない。

 阪神淡路大震災から生まれたこのような想像を前提として、本作は成り立っている。みみずくんに戦いを挑むのは、東京の住人ではなくかえるくん。文字通り、東京を救うのはかえるくんなのだ。

 かえるくんとみみずくん。これらの登場人物は「くん」付けで呼ばれているせいか、可愛らしく親しみやすい。だがその反面、東京が直面する危機と戦いのスケールは、暴力的で強大である。かえるくんと、みみずくんというメタファーが示すものも何か、その問いに答えるため、まずは村上春樹の作風の変遷を追ってみよう。

阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件、デタッチメントからコミットメントへ

 村上春樹はデビュー当時から虚構性の高い作家であった。「鼠三部作」といわれる『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』や長編『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などの初期の作品は、私的な物語の中で虚構に没入する主人公の姿を描いてきた。このような村上春樹の初期作品は、現実に対する「デタッチメント」の姿勢として特徴づけられる。「デタッチメント」の姿勢とは、「公と私」「政治と文学」「システムと個人」の連関を切断し、後者のみを扱う態度のことである。全共闘世代から距離をとり、「公」ではなく「私」を、「システム」ではなく「個人」を描こうとするこの態度は、村上春樹の作品の中で一貫している。

 ところが、村上春樹のこの態度は、ある時期を境に変更を迫られる。そのきっかけとなった事件が、1995年に起きた「地下鉄サリン事件」と「阪神淡路大震災」である。

 先にも述べたように、初期の村上春樹は「公」ではなく「私」を、「政治」ではなく「文学」を、「システム」ではなく「個人」を、虚構に潜り込むことで描いてきた。村上春樹の小説では「井戸」や「地下」といった特徴的なモチーフがしばしば用いられるが、これらは象徴的に、虚構に潜ること、つまり「デタッチメント」の態度を表明していると解釈できる。そのような「デタッチメント」の態度こそが、文学に対する彼の倫理であった。だが「地下鉄サリン事件」や「阪神淡路大震災」といった現実は、村上が描く虚構に対して、圧倒的な密度で押し寄せてきた。このとき倫理としてあった「デタッチメント」の態度は、この生々しい現実に対して変容を余儀なくされる。

 その変化の延長線上にあるのが、「地下鉄サリン事件」を題材にした『アンダーグラウンド』であり、「阪神淡路大震災」を題材にした『神の子どもたちはみな踊る』である。村上春樹はついに現実をテーマにして小説を書き始めたのだ。この大きな態度変更は、「デタッチメントからコミットメントへ」という標語で知られている。つまり、「公と私」「政治と文学」「システムと個人」を分離し後者を重視する態度から、両方を扱うといった態度へと変化したのである。

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考察・感想

「コミットメント」のなかの「虚構」

 前述したように、村上にとって「地下」にもぐることは、「虚構」に没入することと同義であった。そうであるならば、かえるくんがみみずくんと「地下」での戦闘は、戦い以外にも別の意味を読み取ることができる。つまり、現実=阪神淡路大震災に対する、虚構の存在意義である。

 みみずくんと戦うのは、片桐でなく、かえるくんである。それも地下で、さらに付け加えれば、夢の中で。これら三つの対象が示すのは、虚構である。やはり本作が、「コミットメント」における「虚構」の位置について書かれているのは間違いないだろう。

 旧来の「デタッチメント」の態度であれば、この物語は「虚構」のなかで完結するはずである。みみずくんの目覚めた原因を現実に起きた大阪の大震災に求めることはなく、片桐がかえるくんを応援する形で戦うこともなかったに違いない。だが、目覚めの原因は阪神淡路大震災にあるし、かえるくんは片桐に助けを求める。「現実(=阪神淡路大震災)」が「虚構(=文学)」へと侵入しているのだ。注目すべきは、その反作用として、かえるくんが片桐の代わりに借金の取立てに向かう点である。「現実」が「虚構」を貫くと同時に、「虚構」も「現実」に侵入している

 かえるくんは「地下」でのみみずくんとの激闘を終えて片桐のもとに現れる。かえるくんは言う。

いずれにせよ、すべての激しい闘いは想像力の中でおこなわれました。それこそが僕らの戦場です。ぼくらはそこで勝ち、そこで破れます。(p.180)

かえるくんの勝利は「虚構」の勝利を意味する。だが、かえるくんの勝利は限定的でしかない。かえるくんは「ぼくと片桐さんはなんとか東京の壊滅をくい止めることができました。15万人の人々が死のあぎとから逃れることができました」(p.180)としながら、「地震を阻止することはどうにかできましたが、みみずくんとの闘いでぼくにできたのは、なんとか引き分けに持ち込むことだけでした」と言う。「かえるくん」と「みみずくん」の「地下」で行われた「虚構」の戦いは、「引き分け」という曖昧な形で終結する。

虚構/現実を越える、機関車というモチーフ

 かえるくんは、このあと混濁した意識の中で、「非かえるくん」について語り出す。

ぼくは純粋なかえるくんですが、それと同時にぼくはの世界を表象するものでもあるんです(p.182)

目に見えるものが本当のものとはかぎりません。ぼくの敵はぼく自身の中のぼくでもあります。ぼく自身の中にはがいます。(p.182)

 純粋なかえるくんが「虚構」であるならば、非かえるくんは「現実」を表していることになる。つまりかえるくんは、「虚構」のなかで「現実」を描く可能性について述べているのである。ところが、かえるくんは「混濁」の中でその可能性の具体的なものをを示すことができない。そして、かえるくんの体には瘤ができて、破裂し、蛆がわく。「虚構」は勝利しながら敗北するのである。

 しかし村上は、「虚構」と「現実」、「デタッチメント」と「コミットメント」の対立から抜け出す糸口を探しているように思われる。そのために要請されたのが「機関車」というモチーフだ。それは「井戸」のような上下の軸に直交する、左右の地平を表している。「地下」=「虚構」と「地表」=「現実」の上下の運動から逃れるために、「機関車」がやってくるのだ。

 かえるくんは「機関車がやってきます」(p.182)と言う。そして、片桐は「機関車」と「もつれる舌で言」い、「夢のない静かな眠りに落ち」(p.186)る。夢(=虚構)のない眠り、というところが重要だ。だが、「機関車」が「虚構」を超えてどこに連れ出してくれるのか、村上はまだ答えを見つけていない。

P.S. 本作は『秒速5センチメートル』や『君の名は。』で有名な新海誠の最新作『すずめの戸締り』に影響を与えている。

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参考文献

村上春樹「かえるくん、東京を救う」(『神の子どもたちはみな踊る』新潮社、2000年)

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