『秒速5センチメートル』考察|喪失を受けとめて|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|新海誠

『秒速5センチメートル』考察|喪失を受けとめて|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|新海誠

概要

 『秒速5センチメートル』は、2007年に公開された恋愛青春アニメ映画。監督は新海誠。前作は『雲のむこう、約束の場所』、次作は『星を追う子ども』。キャッチコピーは「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか」。

 「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の短編3話から構成される。全63分。

 アジア太平洋映画賞の最優秀アニメーション映画賞フューチャーフィルム映画祭のランチア・プラチナグランプリを受賞した。

 小学生のころに惹かれ合った少年と少女が、親の転勤で離れ離れになり、互いに想い合いながら大人になる物語。

 新海はほかに長編『天気の子』『君の名は。』、中編『言の葉の庭』、短編『ほしのこえ』『彼女と彼女の猫』などがある。

 アニメ映画はほかに『幻のポケモン ルギア爆誕』『怪盗グルーのミニオン大脱走』『薬屋のひとりごと』がある。

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登場人物・声優

遠野貴樹(水橋研二):「桜花抄」「秒速5センチメートル」の主人公。転勤族。世田谷の小学校で明里と出会う。以後転勤によって離れ離れになっても明里のことを想い続けている。

篠原明里(第一話:近藤好美、第三話:尾上綾華):貴樹の初恋の相手。転勤族。貴樹と境遇が似ていて、また性格や好みが合い貴樹と親しくなる。

澄田花苗(花村怜美):「コスモナウト」の主人公。サーファー。東京から越してきた貴樹に淡い恋心を抱く。将来の不安を感じている。貴樹が自分のことなど眼中にないことに気がつき、告白はできなかった。

水野理紗(水野理紗):「秒速5センチメートル」に登場する女性。貴樹と3年間付き合ってる。「1000回にわたるメールのやり取りをしたとしても、心は1センチほどしか近づけなかった」とメールして別れた。

名言

貴樹:その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした

明里:貴樹くんは、きっと、この先も大丈夫だと思う、絶対!

貴樹:いま振り返ればきっとあの人も振り返ると強く感じた

あらすじ・ネタバレ・内容

桜花抄

 世田谷の小学校で貴樹と明里は出会う。転勤族で精神的にも似たところがあった二人は、共に過ごす時間が多かった。

 ある時、明里は親の事情で栃木へと引っ越すことになる。中学に入って半年経ったころ、明里から手紙が届き、以後文通をするようになる。

 しかし中一が終わるころ、今度は貴樹が鹿児島に引っ越すことになる。引っ越したら簡単には会えなくなることから、貴樹は栃木にいる明里に会いに行く決意をする。

 約束の3月4日、関東は生憎の雪で電車は遅延を繰り返す。さらに渡すはずの手紙を落としてしまう。家に帰っていることを願いながら明里の最寄りの駅である岩船駅に着くと、明里はホームで一人待っていた。二人は雪の中を歩き、桜の下でキスをし、誰もいない古屋で夜を明かす。

 翌朝の電車で帰る貴樹に明里は、「貴樹くんは、きっと、この先も大丈夫だと思う、絶対!」と告げる。明里は渡せなかった手紙を見つめ、貴樹は外の景色を眺めていた。

コスモナウト

 種子島に住む高校3年生の花苗は貴樹に恋をしていた。中学2年に転校してきた貴樹はほかの人とは雰囲気が違い、その頃から好きだったが想いを伝えられずにいた。

 恋の悩みとともに、得意とするサーフィンでは波に乗れず、さらに卒業後の進路も決めかねていた。姉や貴樹と交流するうちに、できることを一つずつやろうと決心し、波に乗ることができる。

 この機会を逃すと一生できないと確信した花苗は、貴樹に告白すると決心する。しかし貴樹と話すうちに彼は自分のことを見てはおらず、遠くの何かを追い求めていることを悟る。

 告白を諦めて家に帰った花苗は、それでも貴樹のことが好きだと想い泣きながら眠った。

秒速5センチメートル

 東京で就職した貴樹は、何に駆り立てられているかもわからずがむしゃらに仕事をする。

 理紗とは三年間付き合っていたが、「1000回メールしても、心は1センチくらいしか近づけなかった」と記されたメールが届き別れることになる。彼女に心を見透かされた貴樹は、仕事の激務にも限界がきてしまい会社を辞める。

 ある日、貴樹は桜を見に小学生の時に通っていた道を歩く。踏切を渡るとき見覚えのある女性とすれ違う。貴樹は立ち止まり振り返ると電車が通る。電車が通り過ぎると彼女の姿はそこにはなかった。しかし貴樹は微笑みながら歩き出した。

解説

気持ち悪いといった否定的な評価が多い!?

 『秒速5センチメートル』は、「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の短編3話から構成された全63分の恋愛アニメーションである。本作では、前々作の『ほしのこえ』や前作の『雲のむこう、約束の場所』にあったSF要素は影を潜め、明里との甘酢っぱい初恋が忘れられない貴樹の日常が描かれる。熱狂的なファンが多く、『天気の子』『君の名は。』と並び称される新海誠の代表作の一つである。

 「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の三つの短編は、元々独立した物語であった。そのため、作品全体を貫く大きなテーマと同時に、短編3話のそれぞれに主題がある。「桜花抄」は初恋を成就させた恋人たちの喪失を、「コスモナウト」は喪失を抱えた少年に恋する少女の悲哀を、「秒速5センチメートル」は初恋を忘れられない喪失を抱えた青年の成長を描いている。

 本作は熱狂的なファンがいる一方で、否定的な意見も散見される。批判の理由は、初恋の喪失を受け入れられない貴樹が無条件で女性に好かれるというご都合主義にある。このご都合主義はハーレム恋愛漫画に似た構造であり、傷ついた男性が無条件に癒されるという、男性にとって都合のよい妄想といえる。メールを送信することすらできないウジウジした貴樹が、女性に愛され続けるといった展開に、苛立ちを覚えるのも肯ける。

喪失した永遠を探し求める物語

 だが、このご都合主義を取り除くと、そこには「喪失と成長」という大きなテーマがある。若き日の貴樹と明里の淡い恋。親の転勤で否応なく引き離される二人。二人の物理的距離は、気持ちに反して、次第に遠くなる。このような悲惨な状況で、幾多の困難を乗り越えて到達するのが、雪が舞い散る冬の街にのびる一本の桜の木である。貴樹と明里はそこでキスをする。

貴樹:その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした

 ここにあるのは、貴樹の過剰な意識である。一般的に人はキスで「永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分か」ることはない。それでも貴樹は、電車の遅延や雪に覆われた桜の木の下という状況で、分かるはずがないものを分かってしまった。これが貴樹の勘違いであるということは言うまでもないが、「分かった気がした」という確信は、一瞬であれ嘘ではない。貴樹はこのとき「永遠とか心とか魂」がどこにあるかを悟り、しかしそれが永遠には続かないという逆説によって、永遠に喪失する。彼はこれ以降、どこにあるのかが分かった、そして分かったときに喪失してしまった何か(=永遠、心、魂)を求め彷徨うことになる。

考察・感想

成長できない貴樹、成長する明里

 貴樹は「どこにあるのか、分かった気がした」ために、喪失した何かを探さずにはいられない。彼は喪失を受け入れて成長するという、一般的なモデルを拒絶する。それは、年齢を重ねても変わらない声(声優)や、挿入歌の『One more time, One more chance』の歌詞に如実に表れている。明里は1話から3話になると身体だけでなく声も変化しているが、貴樹の声は3話を通して変わることはない。そして変化しない声で表現された貴樹の非成長の意思は『One more time, One more chance』の歌詞にも読み取れる。

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
交差点でも 夢の中でも
こんなとこにいるはずもないのに

山崎まさよし「One more time, One more chance」

 この歌詞に合わせて、街中や夢の中で明里を捜す貴樹が映される。「こんなとこにいるはずもない」「君の姿を」、貴樹は「いつでも捜」さずにはいられない。喪失した何かを捜すということは、つまり、喪失する前の状態を目指すことに他ならない。喪失に対するこの姿勢は、非成長を意味しているのだ。

 一方で、明里は喪失を克服している。高校では貴樹からの手紙を待ちわびたものの、いつしか他の男性と付き合い、「秒速5センチーメートル」では結婚を決めている。明里の夢に貴樹が出てきたのは、貴樹に渡しそびれた手紙を久しぶりに発見したからである。明里は手紙を保管し過去を忘れることで、新たな一歩をすでに踏み出している。

「書いては消すメール」というモチーフ

 新海作品には、電車とメールというモチーフがある。大抵の場合、電車はすれ違いや時空間のズレを、メールや手紙は届くことのない外部を表す装置になっている。例えば、「桜花抄」の遅延した電車や、「秒速5センチーメートル」の小田急線は二人の間にあるズレを表現している。

 また、『ほしのこえ』で提示された「届かないメール」問題は、本作では「書いては消すメール」問題に引き継がれている(『ほしのこえ』の記事を参照)。種子島に引っ越した貴樹は、手紙ではなく電子メールで明里と連絡を取ろうとしていた。電子メールは、物理的距離を感じさせない画期的なメディアである。それは「いざという時に、電車に乗って会いに行けるような距離ではなくなっ」たという明里に、瞬時に言葉を伝える手段となるはずだった。

 東京と種子島いう果てしない距離を、消失するのが電子メールという装置である。だが、ここで一つの逆転がおこる。電子メールがコミュニケーションの距離を消失させ限りなく近づけることで、精神的な距離の存在を露呈させるのである。物理的・時間的な距離の消失による見せかけの透明なコミュニケーションが、相手の心の所在を不透明にさせる

 注意すべきは、貴樹と明里が疎遠になった理由が、関係の悪化ではないということである。むしろ事態は真逆だと言って良い。二人は気持ちを伝え合いたいからこそ、疎遠になってしまったのだ。

コミュニケーションの可能性の喪失

 『ほしのこえ』の「届かないメール」は、逆説的に、偶然に「届いてしまうメール」でもあった。だからこそメールが届く範囲の外、つまり世界の外部にいても「想いが時間や距離を越える事だって、あるかもしれない」と信じ「ここにいるよ」と呟くことができた。だが、「書いては消すメール」は原理的に届くことがない。取り憑かれたように「書いては消すメール」の正体は、コミュニケーションの可能性ではなく、不可能性そのものである。

 同じ境遇であったはずの貴樹と明里が、真逆の道を辿ったのには理由がある。ここでも重要なのは、コミュニケーションを表象する装置、「手紙」である。雪の中で会った最後の日、明里は手紙を渡すことができなかった一方で、貴樹は手紙自体を紛失している。二人はどちらも手紙を書いてきたことを伝えることができない。だが、明里はその手紙を物置きに保管しておくことで、過去を埋葬することに成功する。高校生から大人になったある時期まで彼を探し続けていた明里も、いつしか喪失を受け入れる。彼女は、その手紙を偶然に発見して過去を振り返ることはあれど、貴樹にあてた手紙を書いては消すことを繰り返しはしない。

 それと比べて貴樹の喪失は根が深い。手紙を途中でなくしたことは、コミュニケーションの可能性自体の喪失を意味している。彼は失われてしまった手紙が内包するコミュニケーションの可能性それ自体を復元するために、メールを書いては消す。「書いては消すメール」で貴樹が求めているものは、コミュニケーションではなく、コミュニケーションの可能性である

 したがって、コミュニケーションの可能性を喪失した貴樹の、現実におけるコミュニケーションは空虚である。理紗のメールにあった「1000回にわたるメールのやり取りをしたとしても、心は1センチほどしか近づけなかった」は、この意味で理解しなくてはならない。貴樹との「1000回にわたるメールのやり取り」は、コミュニケーションの可能性が喪失しているがために意味を持たない。不可能性を抱える貴樹の「心は」物理的なコミュニケーションを重ねても「1センチほどしか近づ」くことがないのである。

バッドエンドではない!?ハッピーエンドの理由

 会社を辞め理紗と別れた貴樹は、覚束ない足取りで昔に歩いた通学路に向かう。彼は明里を見つけて振り返るが、新海お約束の電車が遮り、通り過ぎたあとには明里はいない。彼は少し微笑み新たな決意のもと歩き出す。

 このラストは何を意味しているのだろうか。二人は会うことができなかったのに、貴樹なはなぜ微笑んだのだろうか。彼が歩み出した一歩が希望に満ちているように見えるのは何故だろうか。そもそもあの女性は明里だったのだろうか。逆にすれ違ったかに見えた女性は貴樹の作り出した幻影なのではないか……。

 貴樹は手紙を拒み、メールを消去し、飛行機で会いに行くこともせず内に閉じこもっていた。明里に会えたにも関わらず、現実の接点を拒み夢の中で会い続けたのは、喪失の対象が明里ではなく、コミュニケーションの可能性だったからに他ならない。だから、貴樹は夢の中で明里と出会っても喋りかけることができない。貴樹から失われたものは、明里でも言葉でもなく、想いが彼女に伝わるという確信である。

 ラストの解釈を巡って様々な解釈が生まれてきた。だが多くの人が見落としているのは、映画のラストではなく、第三章「秒速5センチメートル」の冒頭である。冒頭、ラストにあるすれ違いのシーンが挿入されるが、そこではラストにない貴樹のナレーションが入る。

貴樹:いま振り返ればきっとあの人も振り返ると強く感じた

 貴樹は明里とすれ違ったとき視界の端に彼女を捉えてハッとする。そしてその瞬間、貴樹は「いま振り返ればきっとあの人も振り返ると強く感じ」る。彼はすれ違った女性が明里だと認識したのではなく、あの人も振り返ると、つまり、あの人も僕と同じように感じていると「強く感じた」。この確信こそ、コミュニケーション可能性そのものである。貴樹は明里とのすれ違いに、コミュニケーション可能性の回復をみたのだ

 だから、明里も振り返っていたかどころか、すれ違った女性が明里なのかすら問題ではない。実際、貴樹は明里と再会できないばかりか、彼女が振り返ったかすら知ることはない。それでも彼から微笑みがこばれたのは、他者との間にあるコミュニケーション可能性をみたからだ。貴樹は途方もない時間を経てようやく、過去を乗り越えた明里とは違う形で、成長したのである

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評価(批評・評論・レビュー)

『秒速5センチメートル』は、一言で言うとアニメ版『時をかける少女』を気に入った人なら、まず間違いなく満足する映画だ。…… 全文

超映画批評(前田有一/映画批評家)

新海誠の『秒速5センチメートル』(2007)というアニメーション作品は、「桜花抄」、「コスモナウト」、「秒速5センチメートル」という三話の短編によって構成され、それぞれが遠野貴樹と篠原明里の…… 全文

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shiomilp.hateblo.jp(siosio)

加筆中(おもしろい評論、または、載せてほしい論考などがありましたら、コメント欄にてお伝えください)

動画配信状況

『秒速5センチメートル』配信状況比較

配信サービス配信状況無料期間月額料金
U-NEXT 31日間2,189円
Amazon Prime30日間500円
TSUTAYA DISCAS30日間2,052円
Hulu2週間1,026円
dTV31日間550円
FOD✖️976円
ABEMAプレミアム2週間960円
Netflix✖️✖️1,440円
クランクイン!ビデオ14日間990円
dアニメストア31日間550円
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