『幻のポケモン ルギア爆誕』感想|あらすじ解説|内容考察|旅はまだま続く

『幻のポケモン ルギア爆誕』感想|あらすじ解説|内容考察|旅はまだま続く

概要

 『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』は、1999年に公開されたアニメ映画。監督は湯山邦彦。映画「ポケットモンスター」シリーズの第2作目。前作は『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』。

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登場人物

サトシ:ポケモンマスターを目指す少年。相棒はピカチュウ。「あやつり人」として世界を救うため奔走する。

ピカチュウ:サトシの最初のポケモンにして相棒。世界の異変に真っ先に気づきサトシを誘導する。

ルギア:海の神。伝説ではファイヤー、サンダー、フリーザーの諍いをとめる役割を担う。

ヤドキング:ヤドカリポケモン。ポケモン界の長老的存在。アーシア島の伝説を知る。戦いを治める方法をサトシたちに教える。知能が高い為、ニャースと同じく人間の言葉(関西弁風)で会話することができ、サトシたちに破滅の回避方法を教える。

フルーラ:ヒロイン。アーシア島に住む少女。祭りで踊りを披露し巫女の役目を果たす。フランクな性格で、伝統的な衣装を纏わずに登場する。サトシとカスミを恋人関係と揶揄う。

ジラルダン:コレクター。敵役。海の神ルギアを捕獲することを企む。そのためにまず、ファイヤー、サンダー、フリーザーを捕まえる。巨大な空中船で移動する。悪意は乏しいが利己的な性格。世界が危機に陥ろうとも、コレクター魂を第一に考える。

あらすじ

 巨大な空中船に乗るポコモンコレクターのジラルダンは、誰も見たことのないポケモン海の神ルギアを捕まえようとしていた。アーシア島には火の神ファイヤー、氷の神フリーザー、雷の神サンダーが戦うとき、それを諫めるためにルギアが現れるという伝説があった。そのためジラルダンは、アーシア島付近の島に生息するファイヤーを捕まえる。

 ファイヤー、フリーザー、サンダーがいることで養分に富む海流を生み出していたのだが、ファイヤーがいなくなってしまったため世界のバランスが崩れ、夏に雪が降りオーロラが出現するなどの異常気象が発生する。そのことにより敏感なポケモンは気がつき、アーシア島の方面に移動し始める。

 サトシ達も異常気象に見舞われ、アーシア島に流される。島はお祭りの最中で、サトシはその島の伝説にでてくる「操り人」に抜擢される。サトシの役目は、三つの島にある宝物をとってきて本島の祭壇に置くという簡単なものだった。

 離島に向かうが海は大荒れで、カスミやケンジらもあとを追い、一つ目の宝をゲットする。すると勢力拡大をめざすサンダーが、サトシたちのいるファイアーなき島に現れるも、ジラルダンによってサトシらもろとも確保される。

 残されたフリーザーも確保されそうになるが、サトシたちによってファイアーとサンダーが解放され、ファイヤー、フリーザー、サンダーによる三つ巴の戦いになる。戦いをおさめるために、海底からルギアが爆誕するも、ルギアだけでは調停できない。平和を取り戻すため、サトシらは伝説に従って宝ととりにいく。

 ヤドキング、ルギア、フローラ、ロケット団、カスミたちの助けを借りて宝物をゲットしたサトシは、本島の祭壇に宝物を供える。さらにフローラが笛を吹くと、三匹の怒りは収まり世界に安定が訪れる。このようなことが2度と起きないことを願いつつ、ルギアは海底に戻っていく。

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解説

幻のポケモンが三つ巴の戦いをしているだけで興奮する

 リアルタイムで観ていた世代にとっては、本作の演出は格別の喜びがある。初期作品ではアニメにしろゲームにしろ、幻のポケモンの希少性はいまよりもずっと際立っていた。ホウオウは一番最初にあらわれたきりだし、ミュウにいたっては正規の確保方法はなくてバグを使わないと捕まえることができなかった。しかもそのバグというのはデータの喪失という可能性が付き纏うのだから、決死の覚悟の一大イベントである。

 だから幻のポケモンが現れるだけでとても嬉しかった。長年をかけてサトシの旅を放送し続けたアニメも、定期的に発売されたカラーをもつゲームたちも、ポケモンの世界の広大さや奥深さを映しだしてきた反面、それによって幻のポケモンと出会ったときの興奮は徐々に減少していった。この世界に幻のポケモンは意外に多かったのである。だが、まだ世界の全貌も、無限の広がりも知らなかったあのとき、幻のポケモンは本当に「幻」だった。ルギアは言う。「私の存在が幻である事を願う」。そう、幻の存在は幻であるから価値があり、幻は現れても幻にかえっていくのだ。

 言いたいことは、幻が幻であった当時、ファイアー、サンダー、フリーザーという幻のポケモンが同時に出現するということは、大変なことだということだ。一匹ですら出現したら興奮ものであったのに、幻のポケモンが三つ巴の戦闘をするなんて!ましてやそこにルギアまで加わるとしたら、それは誰もが夢見た神々の戯れそのものである。

 この夢の延長線上に、敵役でコレクターのジラルダンの感性がある。ジラルダンは敵役でありながら、サトシたちへの攻撃やポケモンからの搾取をする気は全くない。つまりジラルダンには悪意がない。それは、間違えて捕まえてしまったサトシたちを簡単に解放するところからもわかるだろう。サトシたちがファイアーとサンダーを逃しても別段怒ることはない。あるいは、ファイアーとサンダーによって空中船が墜落させられても、これといって気にする様子もない。彼は墜落してなおルギア捕獲のために巨大望遠鏡を覗き込む。これは悪役というより、コレクターの精神そのものだ。自分や他人の危険を顧みず、いかに費用がかかろうと、コレクションのために犠牲を厭わない。ジラルダンは幻のポケモンの戦いに興奮した我々の精神の延長線上に位置しているのである。

考察

「利己主義」と「共生」

 したがって、本作のテーマは「過剰な利己主義の罪」ということになるのだが、ジラルダの利己種主義が世界の滅亡にまで繋がるのは、ポケモンアドベンチャーの感性からすると極めて珍しい。なぜならサトシたちの冒険は、街から街へ移動し続けることで成立していて、そこには「世界」がないからだ。だから、サトシは周りから「世界を救え」と言われても、全く乗り気ではない。というより、世界を救うということが感覚的にわからないようなのである。

 ポケモン同士の対決がなぜ世界の危機に繋がるのかと言うと、それは彼らが幻のポケモンだからではない。そうではなくて、ファイアー、サンダー、フリーザーがそれぞれの力で均衡を保っているからである。ファイアーとフリーザーの温度差が海の中に下降流をつくり、サンダーの電気によってタンパク質が生成され、それが深層海流にのることで世界中を巡る。三体がいないと深層海流がとまってしまい、栄養が補給されず生物が息絶えてしまうのである。

 これは部分的に正しい。海洋はじつは滞留時間が約1000年という長いタイムスケールで、世界規模で循環している。栄養がある海流が太平洋の北極付近で上昇し、大西洋の北極付近で下降する。まるで人間の静脈と動脈のようだ。これのおかげで生物は生き続けていけるのである。ただ、この循環システムは、現実には幻のポケモンの力を借りずに温度と塩濃度の差を利用して動いている。ちなみに、サンダーの電気によってタンパク質が生成されるという説は、ユーリー・ミラーの実験を基にしているとおもれる。ユーリーとミラーは1953年代に原始大気を模擬した環境で放電実験を行なったところアミノ酸が生成され、これをもって生命の起源仮説として一世を風靡した。現在は、仮定した大気の組成が原始大気を再現していないと考えられているため、この実験では生命の起源を説明できないとされている。

 ファイアー、サンダー、フリーザーの力が均衡していることで海洋の循環が保たれているという設定は、一体が欠けてしまうと世界の安定が崩壊することから、「共生」の重要性が導かれる。例えばルギアのセリフがそれを端的に表している。

それぞれの世界がある。一緒に住んでいる世界だから壊してはいけない。わたしにはわたしの、きみにはきみのそれぞれの世界がある。

ルギアのセリフ

 「共生」とは混ぜあって溶け合って均質になることを意味しない。むしろ、個性をそのままに、相手の世界を壊さず、「共に生きること」、それが「共生」なのだ。これは多様性にも同じことが言える。多様性とは違う個性を持った人々が、多様なまま「共に生きること」である。だから人間とポケモンが共に生きるのであれば、相手の世界を壊してはいけないし、世界を安定させたいならば、三神の均衡を崩してはいけない。何事もバランスが大事なのだ。

あなたがいるから世界がある

 まとめると、コレクター=ポケモンユーザーの精神、利己主事の弊害、世界を救う物語、共生の重要性が物語の柱である。そこに、島に伝わる伝承、ルギアを含めた四体の神の戦い、カスミやフルーラとの恋愛、さらにロケット団との友情を混ぜたものを、迫力のある映像で表現しているのが本作だ。

 戦いの場面が多いため「利己主事の弊害」や「共生の重要性」のメッセージが、伝わりづらかったかもしれない。だが、問題はむしろメッセージの単純さのほうである。前作『ミュウツーの逆襲』では、与えられたメッセージに伝える側の意を超えるような余剰の部分があった。そのわからなさが作品に深みを加えるのだが、本作はわかりやすくなってしまっている。

 しかし、「世界を救う物語」という物語の柱は、ちょっとしたどんでん返しがある。宝物をお供えし三神の怒りを沈め世界を救ったサトシに、駆けつけた母ハナコが言葉を掛ける。

世界を救う?命がけですること?サトシがいなくなったらサトシの世界はもうないの。私の息子はもういないの。あなたがいるから世界があるの。サトシ、あなたはこの世界で何をしたかったの?——(中略)——だったら無理せず、それを目指しなさい。

ハナコのセリフ

 ハナコは、カスミの「サトシは世界を救ったんですよ」という横槍を意に返さず、世界を救ったサトシを叱り付ける。「世界を救う?命がけですること?」。もちろん、命がけですることだ。世界がなければ、命もないのだから。だが、ハナコはその命題を反転させる。「サトシがいなくなったらサトシの世界はもう」存在しない。それは確かに間違いない。サトシがいなければサトシの世界はない。サトシの世界はサトシがいなければ存在し得ない。しかし、この言葉にはそれ以上の意味が秘められている。そもそもとして、ポケモンの世界がサトシの存在を前提としているのだ。「サトシがいなくなったら」ポケモン「の世界」が無くなってしまうのである。だから、ハナコは「あなたがいるから世界があるの」という一見すると矛盾したことを言うのだ。ここでの「世界」は、つまり、「ポケモンアドベンチャー(TV版やゲーム版)」の世界のことである。実際、いまだに主人公はサトシから変わっていない。

 さらにハナコは追い討ちをかける。「サトシ、あなたはこの世界で何をしたかったの?」。言うまでもない、ポケモンマスターになりたかったのだ。そして、それは画面の子供達の夢であり、「ポケモン」という世界観での最終目標にほかならない。サトシは、「オレが世界を救うの!?」といって、それ自体に違和感を感じていた冒頭のころの意識に戻らなくてはならない。だから「世界を救った」快楽の余韻に浸っているまだ戻れるタイミングで、ハナコに叱られることが必要であった。「世界を救う」という快楽に溺れることは許されないのだ。

 自分の本来の目的を思い出したサトシにハナコは、今度は優しく諭すように言葉を紡ぐ。「だったら無理せず、それを目指しなさい」。ハナコはサトシの母として、というより、「ポケモンアドベンチャー(TV版やゲーム版)」の母として、サトシを導く。これでサトシはもう迷わない。めざすはポケモンマスターだ。

 まだ見ぬ地方には、どんなポケモン、どんなバトルが待っているのか。ポケモンマスターを目指すサトシの旅はまだまだ続く!!

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