新海誠『雲の向こう、約束の場所』喪失した決断の肯定|あらすじ解説|内容考察|感想

新海誠『雲の向こう、約束の場所』喪失した決断の肯定|あらすじ解説|内容考察|感想

概要

 『雲のむこう、約束の場所』は、2004年に公開されたファンタジー恋愛アニメーション。監督・脚本は新海誠。毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞。初めて共同で製作した作品。前作は『ほしのこえ』、次作は『秒速5センチメートル』。

 南北に分断されたもう一つの戦後日本を舞台に、エゾに建つ「ユニオンの塔」を目指す少年少女の物語。

 新海はほかに中編『言の葉の庭』、長編『星を追う子ども』『君の名は。』『天気の子』、5分短編『彼女と彼女の猫』などがある。

 アニメ映画はほかに『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』『怪盗グルーの月泥棒』『千と千尋の神隠し』『ミュウツーの逆襲』『幻のポケモン ルギア爆誕』などがおすすめである。

 また「新海誠監督のおすすめアニメ映画ランキング9選」もぜひご覧ください。

登場人物

藤沢浩紀(吉岡秀隆):中学生。拓也と共にバイトをしながら、ユニオンの塔に向かうための飛行機ヴェラシーラを製作している。弓道部に所属。佐由理が消えたショックで、ユニオンの塔が見えないと思われた東京の高校に進学する。佐由理の影響でヴァイオリンを練習している。

沢渡佐由理(南里侑香): 浩紀の同級生。ヴァイオリン奏者。浩紀たちと共に「ユニオンの塔」まで飛ぶ計画を立てていたが、突然寝たきりになり東京の病院に入院。その日以降、浩紀たちと会っていない。

白川拓也(萩原聖人):浩紀の同級生。地元に進学後、富澤のもとで「ユニオンの塔」の研究をしている。

岡部(石塚運昇):蝦夷製作所の社長。浩紀たちをバイトとして雇っている。富澤の旧友。

富澤常夫(井上和彦):戦時下特殊情報処理研究室の室長で、「ユニオンの塔」の研究をしている。岡部の旧友。

笠原真希(水野理紗):富澤の元で働く研究員。拓也に想いを寄せている。

チョビ:岡部の工場にいる猫。

名言

佐由理:わたし何かあなたにいわなくちゃ。とても大切な……消えちゃった……

浩紀:大丈夫だよ、目が覚めたんだから。これから全部、また……おかえり、佐由理。

あらすじ

 舞台は1996年のもう一つの戦後の日本。世界の半分は共産国家群「ユニオン」に属しており、日本は「エゾ」と日本で南北に分断されていた。エゾには異常に高い純白の塔が建っていて、青森に住む中学生の浩紀と拓也は塔に憧れを抱いていた。

 浩紀たちは国境を越えて塔に向かうため、蝦夷製作所の社長である岡部のもとでしたバイトで資金を貯め、飛行機ヴェラシーラを製作していた。二人だけの秘密だったが、浩紀が口を滑らせて同級生の佐由理にバレてしまう。佐由理は計画に賛同し、三人で塔に行く約束をする。

 ある時、佐由理は塔が爆発する夢を見る。その日以降、佐由理は浩紀たちの前から姿を消し、意気消沈した彼らはヴェラシーラの製作をやめてしまう。

 三年後の1999年、拓也は在日米軍にいる富澤のもとで、ユニオンの塔を研究していた。ユニオンの塔は、平行宇宙を観測し未来予測をするための機械だった。しかし現在はうまく作動しておらず、塔の半径数キロメートルが平行宇宙に侵食されている。富澤は、平行宇宙が拡大しないのは何かが阻止しているからではないかと推測する。そして塔の設計者エクスン・ツキノエの孫娘が佐由理で、彼女が三年前から眠り続けていることを知る。

 その頃、浩紀は塔から逃げるように、東京の高校に進学していた。彼はときどき、佐由理がひとり孤独に浩紀の名前を呼ぶ夢を見る。

 ある日、佐由理から眠り病が発症したことが書かれた三年前の手紙が届く。入院している東京の病院に向かうと、すでに転院していた。しかし、浩紀と佐由理は白昼夢で出会う。夢はすぐ消えるも、塔に連れて行くという約束を思い出す。この時、佐由理は目覚めようとしており、塔の周りの平行宇宙が拡大していた。つまり平行宇宙の情報が佐由理の夢に流れ込むことで、世界は侵食から免れていたのである。

 数日後、拓也は富澤から佐由理をアメリカに送ること、近々軍事衝突が起こることを告げられる。浩紀は青森に向かい拓也と再会、佐由理をヴェラシーラに乗せて塔に向かうという計画に協力してくれるよう頼む。世界の崩壊を恐れた拓也は一度は拒絶するが、喧嘩後に決心を固めヴェラシーラの完成を急ぐ。

 ついにアメリカはユニオンに攻撃を開始する。浩紀は佐由理とともにヴェラシーラに乗って塔に向かう。塔に接近すると、佐由理は夢の中で培ってきた浩紀への想いが失われることを予感し、一瞬だけでも覚えいていたいと祈る。しかし目覚めるとこれまでの夢のことを忘れてしまっていた。

 浩紀は塔に爆弾を投下し、宇宙の喪失を食い止める。そして約束の場所が失われてしまった世界を生き続けるのだった。

解説

もう一つの戦後日本とユニオンの塔

 『雲の向こう、約束の場所』は、新海の劇場作品としては二作目で初の長編アニメーションである。新海は前作『ほしのこえ』で一人で作り上げることに満足したようで、本作は共同作業で制作されている。公開されたのは2004年。この年の毎日映画コンクールアニメーション映画賞を、宮崎駿『ハウルの動く城』、押井守『イノセンス』という大御所の作品を押しのけて受賞した。

 宇宙戦争を背景に「ボクとキミ」の関係を描いたセカイ系の代表作『ほしのこえ』から二年、本作が描くのはもう一つの戦後の日本を背景にした「ボクとキミ」である。共産国家群「ユニオン」に半分の国が属する世界、それがもう一つの戦後の世界である。そして日本はエゾ(北海道)と日本に分断され、エゾには「ユニオンの塔」という高くて白いシンボリックな塔が建つ。

 このユニオンという国家群はかなり謎で、作中に説明がほとんどない。どうにかわかることと言えば、米国を含む反ユニオン勢力と抗争中なこと、圧倒的に進んだ科学技術を有すること、佐由理の祖父エクスン・ツキノエがユニオンの塔を設計したことくらいで、それ以外は謎に包まれている。したがって『機動戦士ガンダム』シリーズの「宇宙世紀」のように長大な架空の日本の偽史に没入させるのとは違い、物語を展開させるために与えられた前提条件のように機能している。

 日本に住む浩紀たちにとって重要なのは、ユニオンではなくユニオンの塔のほうだ。ユニオンの塔は脅威であると同時に憧れであもり、彼らを魅惑する永遠の謎である。浩紀と佐由理と拓也はユニオンの塔を目指すことで、つまりユニオンの塔を題名にある「約束の場所」に設定することで、繋がりを深めていくことになる。

『君の名は。』と『天気の子』の原画

 『雲の向こう、約束の場所』は新海作品のなかで、『星を追う子ども』と同じくらい言及されることが少なく評価が低い作品である。それは傑作の呼び声が高い『ほしのこえ』と『秒速5センチメートル』に前後を挟まれていることに、少なからぬ要因があるように思われる。しかし作品の内容に一歩踏み込めば、そこにはもう一つの戦後日本、奇跡的な出会い、世界かキミかの選択、という豊かなモチーフに溢れている。この作品はのちに大ヒットを飛ばした『君の名は。』と『天気の子』で描かれるモチーフがすでに内包されているという点においても、絶対に外してはいけない作品となっている。

 具体的には、奇跡的な出会い、世界かキミかの選択という二つのモチーフがのちの作品に受け継がれることになる。『君の名は。』にある片割れ時に三年の時を隔てて三葉と瀧が出会うシーンは、平行世界にいる佐由理と現実世界の浩紀が奇跡的に出会うシーンそのままである。また『天気の子』で世界かキミかの二択を迫られ陽菜を選択する帆高は、世界が崩壊してでも佐由理を救う浩紀そのものである。

 そのように観ると、『雲の向こう、約束の場所』に現れた、距離(時間的・空間的)を隔てた二人の奇跡的な出会いと、世界かキミかの選択という二つのモチーフが、『君の名は。』と『天気の子』の2作品に分裂したことがわかる。つまり『雲の向こう、約束の場所』で描かれたモチーフを希釈することで、それによって結末を書き換えることによって、二つの作品は成功を収めたのだ。だがそれによって失われてしまったものは何か、その点に注意しながら作品を考察してみよう。

考察

子どもままの浩紀、大人に成長した拓也

 ユニオンの塔を目指す計画を佐由理と共有してから、次第に仲が深まる浩紀と拓也たち。三人は共通の目的、変わらないものと象徴としてのユニオンの塔に憧れることで、中学生のある時期の経験を共有することになる。

 しかし別れは突然に訪れる。佐由理はある日を境に眠り病を発症、東京の病院に入院することで、浩紀たちの前から姿を消す。残された浩紀たちはヴェラシーラの製作を止め、二人は別々の道を進むことになる。後に残ったのは佐由理をユニオンの塔に連れて行くという約束だけで、約束を完遂することができなかったという想いが浩紀を蝕むようになる。

 このとき佐由理の喪失に対して浩紀は逃避し拓也は受け止め、浩紀は子どものままで拓也は大人に成長する。浩紀は約束を達成できなかったことを後悔し、約束の場所、ユニオンの塔から遠く離れた東京に移住することで、現実から逃避するのだ。逆に拓也は青森でユニオンの塔の研究を開始する。彼が高校生にして大人びた対応なのはこのためだ。つまり喪失を受け入れ乗り越えようとするために大人にならざるを得なかったのである。

 その差は三年ぶりに二人が出会ったとき鮮明に露呈する。

浩紀:そ、そんなことって。約束したじゃないか、俺たち。沢渡の夢を見るんだ。何度も繰り返し。沢渡は誰もいない場所に一人でいて、何も思い出せないって言ってた。でも、あいつ約束のこは覚えている。夢でもう一度約束したんだよ、今度こそ塔へ連れていくって。あれが、ただの夢とは思えないんだ

拓也:今更のこのこやってき、何かと思えば夢の話か。お前を見ていると苛々するよ。ガキの遊びにつきあってるほどヒマじゃないぜ。いつまでもこんなモノに執着してるからだ。オレが忘れさせてやるよ

浩紀:やめろーー!

浩紀:タクヤ……

拓也:サユリを救うのか、世界を救うのかだ

 約束を忘れられず逃避を続けていた浩紀は、何度も佐由理の夢を見る。彼は3年前のあの日から成長しない子供のままなのだ。一方で拓也は喪失を受け入れ大人に成長している。だからこそ約束を果たすことだけを純粋に考える拓也のことが、「ガキ」に見えてイライラしてしまうのだ。だがこのイライラは嫉妬の裏返しでもある。浩紀は大人に成長できない代わりに、佐由理が得意にしていたヴァイオリンを覚え、夢の中で彼女に出会う。子どものままでいるからこそ、約束を純粋に果たそうと思うからこそ、佐由理と奇跡的に出会うことができるのだ。

究極の選択、キミか世界か関係か

 喪失を受け入れられない人は、言い換えれば、永遠に喪失の対象を追い求める人だ。だから浩紀と佐由理は夢の中で平行世界を乗り越えて奇跡的に出会うことができる。「ずっと、探していた」という浩紀と佐由理のセリフは、『君の名は。』の「ずっと何かを探している」という感覚と同じものであり、夢の中での遭遇は片割れ時に起きた奇跡と同じものである。

 だが『雲の向こう、約束の場所』では、これに『天気の子』と同様のキミか世界かの選択のモチーフが加わっている。「サユリを救うのか、世界を救うのかだ」と迫る拓也がそれだ。つまり奇跡が起こることと世界の救済がイコールで結ばれた『君の名は。』と違い、『雲の向こう、約束の場所』では奇跡と世界の救済が背反するのである。しかしそれも拓也や岡部たちの協力によって、約束の場所、ユニオンの塔を破壊することで免れる。では『君の名は。』と同様に、佐由理を救い世界の崩壊も阻止することができるのか。

 できる。だが、佐由理との関係が消滅するという犠牲を払うことによって。そう。いま選択を迫られているのは、世界か、キミか、記憶(コミュニケーション可能性)かなのだ。どれか一つを選べば、他の二つは救われる。しかし選んだものは永久に失われる。

 この三択を軸にすると『君の名は。』と『天気の子』は、この問題を追求し切れていないと言える。『君の名は。』は、世界もキミも記憶も何一つ喪失することがなく、登場人物にあまりに都合よく作られているのだ。では『天気の子』は、世界を喪失しているから理屈が通るのかと言えばそうではない。日本が水没したのならば本来人が死ななくてはならないが、そのことはなかったかのように隠蔽されている。つまり世界の崩壊が生温いのだ。

消えちゃった……。喪失した世界の肯定

 『雲の向こう、約束の場所』の場合は、この三択が徹底されている。世界の崩壊は平行宇宙の侵食を意味している。これが起これば浩紀と佐由理は救われても、二人の関係は変化せざるを得ないだろう。キミの喪失は佐由理が目覚めないことを意味する。そして記憶の喪失は二人の関係の喪失を意味している。

 浩紀と佐由理が選択するのは、世界とキミだ。だがその代わりに記憶=コミュニケーションの可能性=二人の関係が喪失してしまう。そのことに佐由理はより敏感だ。映画の冒頭にある浩紀のセリフ「いつも何かを失う予感があると、彼女はそう言った」は、その意味に解さなくてはならない。つまり、二人が失うのを予感し恐れているのは、お互いでも世界でもなく、記憶である。

佐由理:目覚めの予感に、体がふるえているのがわかる。どうしてだろう、今は、期待よりも恐れの方が強い。

浩紀:いつも何かをなくす予感があると、サユリはそう言った。いま、僕もかすかに同じ予感を感じる

佐由理&浩紀:でも

佐由理:いつかの放課後の約束、あの塔まで、私は行くんだ

 浩紀も佐由理の予感を共有する。それでも二人は雲の向こう、約束の場所であるユニオンの塔を目指す。約束の場所に近づいたとき、目覚めの予感に佐由理は、「私がこれから何をなくすのか、わかった」と言う。彼女は目覚める代わりに、夢の中で想い続けていた浩紀への気持ちを、そしてその繋がりが如何に大事だったかを、そしてそのことを忘れたくないという「いまの気持ちを」消失していまうのだ。

佐由理:神さま

佐由理&浩紀:神さま、どうか

浩紀:サユリを、眠りから覚まさせてください。どうか

佐由理:おねがい、目覚めてから一瞬だけでもいいの。いまの気持ちを消さないでください。ヒロキくんに私は伝えなきゃ、私たちの夢での心のつながりがどんなに特別なものだったか。誰もいない世界で、私がどんなにヒロキくんを求めていて、ヒロキくんがどんなに私を求めていたか

浩紀:サユリ

佐由理:お願い。私が今まで、どんなにヒロキくんのことを好きだったか、それだけを伝えることが出来れば、私は他にはなにもいりません。どうか一瞬だけでも、この気持ちを

 それでも浩紀は佐由理を目覚めさせることを望む。そしてその目覚めの瞬間、佐由理が求めるのは、一瞬だけでも浩紀がどれだけ特別かを覚えておくことだ。だが、その望みは叶わない。

佐由理:わたし何かあなたにいわなくちゃ。とても大切な……消えちゃった……

浩紀:大丈夫だよ、目が覚めたんだから。これから全部、また……おかえり、佐由理。

 彼女を救うために彼女との関係を喪失する。そして世界を救うために約束の場所を失う。その結果は、浩紀が一人でいる冒頭につながっている。数年後、佐由理と浩紀は一緒にいないのだ。それでも浩紀は佐由理がいる世界を肯定する。「消えちゃった」と泣く佐由理にかけた「大丈夫だよ、目が覚めたんだから」という言葉は、「これから全部、また……」のあとには続かない。その後どうなるかは浩紀も予感しているからだ。「大丈夫だよ」の言葉は自分に言い聞かせるかのようだ。それでもラストの「約束の場所を失くした世界で、それでも、これから僕たちは生き始める」という浩紀の台詞は、約束の場所なき世界へ浩紀たちを送り出す。犠牲と喪失、それらの全てをひっくるめた浩紀の決断を、そしてその世界で生きることを、浩紀は肯定するのだ。

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