未解決事件は人を狂わせる——デヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』

未解決事件は人を狂わせる——デヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』

概要

 『ゾディアック』は2007年に公開されたアメリカのスリラー探偵映画。監督はデヴィッド・フィンチャー。主演はジェイク・ジレンホール。

 実際に1968年から1974年にアメリカで起きた連続殺人事件、通称ゾディアック事件に翻弄される人々を描く。ゾディアック事件は「劇場型犯罪」として有名で、未解決事件である。

 デヴィッド・フィンチャー監督はほかに『セブン』『ゴーン・ガール』『ゲーム』などがおすすめである。

 ジェイク・ジレンホールは『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』に、ロバート・ダウニー・Jrは『シャーロック・ホームズ』『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』に出演している。

 また「デヴィッド・フィンチャー監督のおすすめ映画ランキン11選」ではフィンチャー監督の作品を紹介しています。

登場人物

ロバート・グレイスミス(ジェイク・ジレンホール):新聞社の風刺漫画家。パズルが得意。ゾディアック事件を継続的に調べ、独自の視点から犯人に迫る。

デイブ・トースキー(マーク・ラファロ):敏腕刑事。ゾディアック事件を担当する。ロバートに協力的ではあるが、刑事の立場をこえて協力することはない。

ポール・エイヴリー(ロバート・ダウニー・Jr):新聞社の凄腕記者。ロバートと組みゾディアック事件に迫る。しかし長年の調査で疲弊しお酒に溺れる。その結果新聞社を退社し、田舎で一人で暮らすことになる。

ウィリアム・アームストロング(アンソニー・エドワーズ):刑事。デイブの相棒。 ゾディアック事件の捜査の途中で、家族のために部署を異動する。

アーサー・リー・アレン(ジョン・キャロル・リンチ):犯人と疑われている。過去に逮捕歴があり、ゾディアック事件の前に事件に関わるようなことを仄かしていた。愛読書は『猟奇島』。

あらすじ

 1969年のある日、カップルが襲われる事件が起きる。一ヶ月後、新聞社にゾディアックという名の犯人から暗号文付きの手紙が送付される。手紙には殺害事件の犯人であり、暗号文を解かないと大量虐殺をすると書かれていた。

 暗号を新聞に掲載すると歴史教師の夫婦が解読する。しかしその一ヶ月後、湖に遊びに来ていたカップルが犠牲になる。どちらの事件も女性は殺害され、男性は生き残っていた。さらに二週間後、タクシー運転手が殺害される。

 敏腕刑事のデイヴィットと相棒のアームストロングはゾディアック事件の捜査を開始する。そのころ新聞社では、暗号解読に熱心であった風刺漫画家ロバートにエイヴリーが興味を抱き、二人で捜査を開始する。警察は一人の容疑者リーを特定し接触する。

 リーのセリフや周囲の証言、彼の持っていた腕時計からリーの容疑が固まるが、筆跡鑑定で否定されてしまう。追い詰めても状況証拠で確証が得られないまま数年の月日が流れ、アームストロングは異動してしまう。またエイヴリーはお酒に溺れ退職することになり、久しぶりに送られてきたゾディアックの手紙はデイヴィットの捏造疑惑が持ち上がる。

 数年間捜査は進まず誰もが疲弊していたが、ロバートは独自に調査を開始、さらにゾディアック事件の調査内容をまとめた書籍の執筆を始める。ロバートは図書館の貸出記録から糸口をみつけると、捜査に関わっていた人を訪れ、過去の捜査記録を漁る。その頃から家に不審な電話がかかるようになる。ゾディアック事件に取り憑かれるロバートに愛想を尽かした妻は、子供を連れて実家に帰ることにする。

 脅迫の電話がかかってきていた女中の証言から、ゾディアックの誕生日とあだ名を突き止める。そこから過去に容疑に挙がっていたリーが犯人である可能性が再び浮上する。ディヴィットの協力をもらい捜査を続けるが、DNA鑑定ではリーと不一致で証拠を欠き逮捕できない。

 ディヴィットはロバートにゾディアック事件の書籍を完成させろと告げる。そして書籍は刊行されベストセラーになるが、リーは心臓発作で他界してしまい、真相はいまだ明かされていない。

解説

科学技術発展前、1970年代の捜査のゆるさ

 『エイリアン3』『セブン』でデビューしたデヴィッド・フィンチャー監督の六作目。1968年から1974年にアメリカで実際に起きた連続殺人事件、通称ゾディアック事件を基にしたサスペンススリラー映画である。

 1970年代のアメリカを忠実に再現した本作は、カップルのレトロの雰囲気とフィンチャーお得意の青暗い風景が冴え渡る。ゾディアック事件に執着するあまり、疲弊していく姿もリアルだ。犯人を追い詰めたと確信した瞬間、物的証拠に否定されてしまい捜査は振り出しに戻る。その繰り返しは捜査をする人々の人生を狂わし、アームストロングは捜査を降り、エイヴリーは酒に溺れ新聞社を退職し、エイヴは終わりのない捜査に疲弊し、ロバートは妻に捨てられる。実話を基にしているため『セブン』とは違い推理のダイナミックスさは薄れているが、そのぶん人間ドラマに重点が置かれ物語に重厚さがある。

 1970年代とはどのような時代か。いまでは想像することすら難しいが、逮捕するための決定的な証拠は筆跡鑑定が主であって、デジタル革命は遥か遠くDNA鑑定すら存在しない。ワトソンとクリックによるDNAの螺旋構造の発見が1953年、DNAによる個人の特定が注目されたのが1984年、さらにDNA鑑定が証拠で有罪判決が下されたのが1987年のことである。

 ゾディアック事件が起こった当時はDNA鑑定や監視カメラなどもないので、現代からみると犯行手口は結構杜撰である。タクシー運転手殺害のさいには銃殺直後の姿が目撃されているし、犯人のモノと思われる手袋も発見されている。だがそれにもまして杜撰なのは刑事のほうかもしれない。管轄ごとの連携がとれておらず捜査が進まないし、どれだけ証拠があろうとも筆跡鑑定で全てがひっくり返されてしまう。犯人も数多くの証拠を残しているが、これだけあっても犯人を突き止めることができない。捜査の不確実さはなかなかに不安を感じさせる。

考察・感想

未解決事件を題材にした二つの映画

 2000年代に未解決事件を基にしたもう一つの名作映画がある。『パラサイト』で一躍有名になった韓国の映画監督ポン・ジュノの『殺人の追憶』(2003年)である。こちらの作品でも犯人特定の一歩手前まで迫るが、物的証拠で否定されてしまい事件は迷宮入りする(こちらの事件は最近になって犯人が特定された)。事件に関わった人物の人生を狂わすのもゾディアック事件と同様で、解決できない殺人事件のやるせなさが滲んでいる。

 21世紀にはいって人類史上最も有名な二つの未解決事件が映画されたことは、偶然かもしれないが理由があるようにも思える。フィンチャー監督の『セヴン』では、「探偵」が「犯人」にも「被害者」にも容易に陥ってしまう様子を描いている。そこには探偵物語のお約束、探偵による犯人の判明が欠けていて、その意味では『セブン』から『ゾディアック』までの一貫したフィンチャー監督の問題意識が透けてみえる。

 この三作はどれも「犯人」が変人・奇人として描かれる。しかし物語が終わってみれば、犯人の奇人性はウイルスのように感染し、追いかける探偵のほうが狂ってしまう。もはや探偵の優位はどこにもないのだ。

 事件を解決することの快楽はおとずれない。それは一筋の明かりも灯らない暗いトンネルの中を、どちらが前かわからず進むようなものだ。ゾディアック事件はいまなお未解決な事件である。多くの人がこの事件に魅了され人生を狂わされた。終わりなきようにみえるこのトンネルを抜けようと望むものにとってこの暗さは恐ろしい。狂気なのは犯人だけではない。我々も狂気の側にいつ何時落ちるのかもわからず、もしかすると、妻に愛想を尽かされたロバートのように、すでに落ちているのかもしれないのだ。

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