『怪盗グルーの月泥棒』感想|あらすじ解説|内容考察|父から母へ、母から父へ

『怪盗グルーの月泥棒』感想|あらすじ解説|内容考察|父から母へ、母から父へ

概要

 『怪盗グルーの月泥棒』は、2010年のアメリカ映画。3Dアニメーション映画。監督はピエール・コフィンとクリス・ルノー。「怪盗グルー」シリーズの一作目にあたる。原題は「Despicable Me」で「卑劣な私」という意味。意訳すれば「大悪党の俺様」とか「ワルな私」。邦題のほうがいい。

 次作は『怪盗グルーのミニオン危機一発』、スピンオフに『ミニオンズ』がある。

>>無料トライアル実施中!<U-NEXT>

登場人物

フェロニアス・グルー:大悪党。ミニオンたちを従える。人間嫌い。

ミニオンズ:集団で行動する黄色いのっぺりした生き物。グルーの部下。おっちょこちょいでミスも多いが、明るくポジティブでミスも全く気にしない。ミニオン独自の言語を喋る。宇宙空間でも生存可能。

ベクター:悪党。グルーの敵。グルーの手柄を横取りする。

ネファリオ博士:グルーと共に悪事を働く科学者。グルーが三姉妹といるうちに穏和になっていくことを良く思っていない。

マーゴ:三姉妹の長女。メガネをかけている。しっかりもので面倒見が良く、いつも妹たちを気にかけている。

イディス:三姉妹の次女。ひねくれた性格。好奇心が旺盛で危険なものでも近づいたり触ったりする。

アグネス:三姉妹の三女。怖いもの知らず。グルーにすぐ懐く。寝る前に絵本を読んだりキスをするようグルーにせがむ。

あらすじ

 盗みと悪事を働く大悪党のグルー。グルーはネファリオ博士が開発した機械を使って、手下のミニオン達ととともに活動していた。

 だが、大悪党として実績は乏しくパッとしない日々。そんななかグルーは一発逆転を狙って月を盗むことを決意する。手始めに物体を縮ませることのできる銃を盗むが、突然現れた仇敵ベクターに横取りされてしまう。

 ベクターの本拠地に潜入しようと試みるも、最新鋭の防犯システムに阻まれてしまう。そのとき、クッキーを売り込む孤児の三姉妹があらわれ、クッキーを食べたいベクターが三姉妹を家にいれるの目撃する。

 三姉妹を利用することを思いついたグルーは、養護施設を訪れ三姉妹を引き取る。三姉妹を毛嫌いするグルーであったが、三女アグネスの人懐っこい性格や三姉妹との共同生活を送るうちに、徐々に打ち解けていく。そして三姉妹の協力のもと、ベクターの家に侵入し物体を縮ませる銃を盗むことに成功する。

 月への出発日と三姉妹のバレエ発表会がぶっていることを知ると、三姉妹への愛情が芽生えていたグレーは出発日を遅らせることを提案する。本懐を忘れているグレーを案じたネファリオ博士は、三姉妹を養護施設に戻してしまう。

 落ち込むグレーであったが最後には月へと向かい、銃を使って月を手のひらサイズにまで縮ませる。発表会の時間に間に合うことを知ったグルーは、月を懐に入れて急いで地球に戻る。しかし、すでに発表会は終わっていて、三姉妹はベクターに誘拐されていた。

 三姉妹の解放の代わりに月を引き渡すグルーであったが、ベクターは約束を破り三姉妹を殺害しようとする。怒ったグルーはベクターを追跡し、三姉妹を救出。その途中、月が元のサイズに戻ってしまい、ベクターは宇宙空間へと吹き飛ばされ、月は元の場所に戻る。

 グルーは三姉妹と一緒に暮らすことを決める。間に合わなかった発表会のダンスをグルーのために踊るのだった。

>>Amazonプライム「30日間の無料体験」はこちら

解説

母とのトラウマと三姉妹の癒し

 大悪党と豪語しながらいまいちパッとしないグルー、失敗ばかりだが全く気にしないポジティブなミニオンたち、孤児院に預けられる三姉妹マーゴ、イディス、アグネス。一見すると交わることのないこの三者が、歪だが暖かい奇妙な関係を築いていくのが『怪盗グルーの月泥棒』の本筋である。

 大悪党であるグルーは名を上げるために月を盗む計画を立てるのだが、この突拍子のなさは冒頭からワクワクさせてくれる。たしかに、グルーのいままでの成果がパッとしなかったとしても、月を盗めば歴史に名が刻まれるだろう。まさに一発逆転の仕事なわけだ。

 しかし一体何を一発逆転させたいのだろうか。それはグルーに関心がなく優しい姿を見せたことのない、母マレーナの評価である。グルーは子供時代からロケットに興味を持ち、ロケットのおもちゃから本物のロケットまで製作してはマレーナに見せていたのだが、彼女は鼻でフンッと応えるだけで一向に関心を示さない。母に振り向いてほしい、その想いがグルーの人生を大きく包み込んでいるのである。

 そのような意味で三姉妹マーゴ、イディス、アグネスも、同じではないが、家族関係に問題を抱えている。三姉妹には親はおらず、本来なら母代わりになるはずの孤児院の職員ハッティーさんは、性格がとても悪く三姉妹をいじめときに辛くあたる。親を知らない孤児が酷い環境に置かれているという設定はよくみかけるものだが、この映画は惨めな生活から幸せな暮らしへのシンデレラストーリーなのだろうか。そうではない。三姉妹の暮らしている環境は大変悪いものだが、彼女たちはその境遇を恨んでもいないし不幸せでもない。お互いに助け合い気遣いながら純粋に伸び伸びと生きている。ただ、ときどき親というものに触れたくなるのである。

 グルーも三姉妹も父がおらず、そして、グルーは母と問題があり、三姉妹に母はいない。父のモデルケースがないグルーは触れ合い方がわからないために子供を毛嫌いし、マーゴとイディスはグルーを父とは認めない。そんな欠乏を抱えた4人が歪ながら家族をつくる、それが本作のテーマである。

考察・感想

父から母へ、そして親へ

 大悪党でありながらグルーが失敗ばかりするミニオンとタッグを組んでいるのは、彼も失敗ばかりする「父になりきれない父」だからである。重力に逆らい月を盗むという行為は、本物の「父」になるための儀式でもあり、そして彼は「父」になるとき、ようやく母に認められるのだという希望を心の内に秘めている。

 「父」になりたいグルーは三姉妹にたいして禁止と抑圧でしか関係を築けない。これには触るな、入るな、近づくな。そして、寝る前の本を読まない、キスをしない、発表会に行かない。こうのように遠ざけることでし三姉妹とかかかわれないのは、子供とのコミュニケーション方法を知らないからである。しかし三姉妹はその禁止を、ほとんど無効にするかのように簡単に破っていく。危険な薬物は触るし、入るなと言われた部屋にも懲りずに何度も入っていく。

 三姉妹はグルーに愛情をねだるからといって、下手にでているわけではない。車に乗せないぞと言われれば、はいそうですかと歩いていく自立した存在なのだ。三姉妹に禁止を犯されていくとき、グルーは禁止の、そして「父」のコミュニケーション方法の無意味さに気がつく。そして、「母」という今まで考えたこともなかった存在へと変身するのだ。

 だが「母」へと変わっていくグルーに、ネファリオ博士は不安を隠せない。三姉妹の可愛らしさがグルーに「父」になることをやめさせているのではないか。そのような疑惑からネファリオ博士は三姉妹を孤児院に戻し、グルーに月を盗ませる、つまり「父」になるよう強制する。

 一見するとネファリオ博士の行為はグルーを「父」へと回帰させる悪い行為にみえる。しかし、それは本当だろうか。両親のいない三姉妹にとって必要なのは「母」であり「父」ではなかったか。月泥棒を成功させ、三姉妹をベクターから救出し、ダンスの発表会を観て、子供たちと一緒に踊る。そのとき初めてグルーは「親」になり、そしてマレーナに「自分より立派だ」と認められるのである。そこからようやく、グルーと三姉妹の家族の物語が始まるのだ。

アニメカテゴリの最新記事