『ワンダーウーマン 1984』感想|あらすじ解説|内容考察|欲望と嘆願

『ワンダーウーマン 1984』感想|あらすじ解説|内容考察|欲望と嘆願

概要

 『ワンダーウーマン 1984』2020年公開のアメリカ映画。 監督はパティ・ジェンキンス。

 前作は『ワンダーウーマン』(2017年)。

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登場人物

ダイアナ・プリンス(ガル・ガドット):アマゾン族の王女。第一次大戦を終結させた過去を持つ。

スティーブ・トレバー(クリス・パイン):ダイアナの元恋人。第一次世界大戦で死亡。「願いを叶える石」の力でダイアナによって生き返る。

バーバラ・ミネルバ(クリステン・ウィグ):ダイアナの同僚。ダイアナに憧れている。「願いを叶える石」の力で超人的な力を得るも、欲が芽生えて怪人チーターになってしまう。

マックスウェル・ロード(ペドロ・パスカル):石油会社の経営者。破産を免れるために「願いを叶える石」を欲しているが、手に入れると欲が芽生え暴走する。

あらすじ

 舞台は第一次世界大戦から66年後の1984年のアメリカ。ダイアナは博物館で働きながら、ワンダーウーマンとして戦う二重生活を送っていた。そこに、知的だが冴えないバーバラが働きに来る。

 ある日、博物館に「願いを叶える石」が届けられる。最初はだれも石の効果を信じていなかったが、ダイアナは本物であると見抜く。ダイアナとバーバラは欲望に負けて、石に願いを唱える。ダイアナは亡き恋人スティーブを蘇らせて、バーバラはダイアナのようになりたいと念じる。

 ダイアナはスティーブとの生活に充実感を覚える。一方のバーバラは、ダイアナのような超人的な力を手に入れて自信をつける。だが、その石は実業家のマックスに盗まれてしまう。マックスは会社の経営を上向かせるために、「願いを叶える石」の力がほしいと願う。

 他の人の願いを叶えることで、世界の欲望を発散させるマックス。マックスは会社の拡大だけでなく、世界中の人々の欲望を満たしていくことで、莫大な力を得る。

 マックスの悪行を知ったダイアナは、スティーブと共にマックスを追う。しかし、ダイアナの前に同僚のバーバラが立ちはだかる。願いの代償として力が弱まっていたダイアナは、バーバラに負けてしまう。

 世界を救うために、ダイアナは願いを取り消す決意をする。スティーブが消えてしまう代わりに、力を取り戻したダイアナは、チーター化したバーバラを倒す。

 バーバラを倒したダイアナは、マックスと対峙する。しかし、圧倒的な力を持つマックスを前にして、ダイアナはマックスと戦うことをせずに、世界中の人々に欲望と抑えることをお願いする。

 ダイアナの説得のおかげで、世界中の人々は欲望を抑える。それによってマックスは力を失い、世界に平和が訪れたのだった。

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解説

欲望は止まらない

 主人公はスーパーヒーローのワンダーウーマン。観る前は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のように女性主人公が敵を蹴散らしまくるストーリーを想像していたのだが、そういったフェミ映画とは似ても似つかぬ内容だった。

 舞台は1984年のアメリカで、最愛の人をなくしたダイアナ、ダイアナに憧れる冴えないバーバラ、経営が傾きお金が必要なマックスウェルの三人が願いを叶える石を奪い合うストーリーである。この願いを叶える石の効力に制限はない。したがって一度願えば核爆弾を生成することも死者を生き返らせることもできてしまうという超危険な代物なのである。

 それぞれが石に自らの願いを託すことで、ダイアナは恋人を生き返らせ、バーバラはダイアナの強さを獲得し、マックスウェルは願いの石それ自体になる。マックスウェルは他人の願いを叶えることで徐々に権力を拡大していき、最終的には衛星を使って世界中の人々の願いを聞き入れる。もちろん願いは代償を払わなくてはならない。マックスウェルは払われた代償でさらに権力を増そうとするのである。

 しかし本を正せば、マックスウェルの最初の願いは自分の会社の経営を立ち直したいというだけのことであった。些細なことからマックスウェルの欲望は暴走をし全てを飲み込んでしまう。だが何を欲望しているのかもわからないのである。ここらへんは資本主義へのアイロニーなのだろう。世界を破滅まで追い込もうとしたにもかかわらず、最後には健康な体が欲しいというあまりにスケールの小さいことを願っていて、何がしたいねんとツッコミを入れたくなった。

 あと世界中の人々が思い思いに欲望を発散する中、最初に石の恩恵に預かった人は石の効果を知らずに、コーヒーを飲みたいと願っていたのは笑えた。

考察

力強くてか弱いヒーロー像

 ダイアナは桁外れに強い。どれくらい強いかというと、光の鞭一本で飛行機にぶら下がれるというエピソードだけで十分だろう。ダイアナは願いの代償として力が弱まっても、ダイアナの最愛の人スティーブと比べてはるかに強い。しかし何度もスティーブに助けられる。絶対におかしい。

 ベッドシーンではスティーブに腕枕されたり、スティーブの胸に頭を乗せて見上げたりしている。スティーブが咄嗟に腕を出して庇ったりもする。ダイアナとバーバラという女性二人のペアが不審者に襲われそうなときは、ダイアナがバーバラを助けるのだから違和感が拭い切れない。1984年という時代だからそういう規範も強かったのだろう。しかしダイアナはスーパーマンなのだから女性は守られるという規範もぶっ壊してほしかった。

 バーバラにやられてしまったダイアナは、スティーブの支えがないと歩くことすらできないほど疲弊している。ダイアナはスティーブとキスをした後、走り去りながら望みを撤回する(願いを撤回するとスティーブは消滅してしまう)。本作で一番盛り上がるところだ。しかし突然のダイアナの変化が気になって仕方がない。一人で歩くことさえできなかったダイアナが、スティーブの視界から外れるやいなや全力疾走をしているのだ。まるで男性の前ではか弱い姿を見せて、いなくなれば演技でしたと言わんばかりである。

 あえてやっているともとれるのだが、全体を通して女性が守られるという規範が通底している気がした。

感想

嘆願と共感

 最後にダイアナはマックスウェルと対峙する。この時にはもはや戦闘は起こらない。強風で立つことすらできないダイアナは、願い事を撤回するよう世界中の人々に語りかける。

 前述の通りダイアナは圧倒的な力を有している。そしてそれはスーパーヒーロの条件でもある。ヒーパーヒーローは相手を力で制圧することで問題を解決してきた。しかしもはやその手法は使うことをしないのだ。ダイアナは力に頼らず人々の感情に訴えかける。

 それはもはや力が解決するストーリーを視聴者が望んでいないということなのだろうか。それにしてもあれだけの力を有しながら跪いて共感を呼ぶことでしか解決の手段がないのは些か惨めだと感じた。力を誇示することのできないニューヒーローは、嘆願と共感でしか世界を変えられないのかもしれない。

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