『キーパー ある兵士の奇跡』感想|あらすじ解説|内容考察|実話を基にした赦しの話

『キーパー ある兵士の奇跡』感想|あらすじ解説|内容考察|実話を基にした赦しの話

概要

 『キーパー ある兵士の奇跡』は、2018年のイギリス・ドイツ映画。監督はドイツ人のマルクス・H・ローゼンミュラー。主演は『戦火の馬』や『愛を読むひと』でも演じているダフィット・クロス。

 第二次世界大戦でイギリス軍の捕虜になったドイツ人が、イギリスサッカーのキーパーとして活躍する話。実話を基にしていて、モデルとなったのはバート・トラウトマン(1923ー2013)。キーパーとして大変優秀な成績を収めイギリスで国民的英雄となりイギリスとドイツの関係改善に貢献したとして、イギリスからは名誉大英帝国勲章を授与。ドイツからはドイツ連邦共和国功労勲章を授与されている。

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登場人物

バート・トラウトマン(ダフィット・クロス):ドイツ人。第二次世界大戦中にイギリスの捕虜にり、終戦後も過酷な労働を強いられる。

マーガレット・フライアー(フレイア・メイヴァー):ジャックの娘。最初はトラウトマンがドイツ人ということもあり毛嫌いするが、徐々に親交を深める。のちに結婚。トラウトマンの最大の理解者。

ジャック・フライアー(ジョン・ヘンショウ):サッカー監督。収容所に商売に行った時に、トラウトマンを見つけ、自分のサッカーチームのキーパーにさせる。トラウトマンの理解者の一人。

ジョン・トラウトマン(トビアス・マスターソン):バートとマーガレットの息子。家の向かいにアイスクリームを買いに行ったところ、車に轢かれて死亡する。

あらすじ

 舞台は1945年で第二次世界大戦中のイギリス。ドイツ兵で連合国の捕虜にされていたトラウトマンは、終戦後も解放されず過酷な労働を強いられていた。

 ある日、タバコを得るために仲間とPKで勝負する。地元のサッカーチームの監督フライアーはその勝負を目撃し、トラウトマンの守備力の高さを買って、自分のチームの負けられない一戦に無理やり出させることになる。ドイツ人であることにサッカーチームのメンバーは拒否反応を示すが、トラウトマンは試合で結果をだすことで徐々に仲間に認められていく。

 フライアーはトラウトマンに家の手伝いをさせるが、娘のマーガレットと妻に反対される。しかし、そこでもトラウトマンは誠実に働き、マーガレットと親しくなる。収容所の閉鎖とともにトラウトマンは帰国を迫られるが、イギリスに残り強豪チームのキーパーとしてやっていくことを決意。マーガレットとも結婚することになる。

 しかし強豪チームに入団してもドイツ人としてバッシングにあう。マーガレットの説得や、キーパーとしての活躍を機にイギリス国内でも親しまれる存在になる。子供も誕生し幸せの絶頂にいたる。

 だが試合で頭を蹴られ首を骨折、さらには交通事故で息子のジョンを失い妻との関係も悪化。夫婦共々、失意のどん底に落ちてしまう。そんなマーガレットに、トラウトマンは戦時中のトラウマを告白する。それはある街にいたときのこと、サッカーをしている少年に銃口を向けた仲間を止めることができず、少年を見殺しにしてしまう。それ以来、彼は少年を思い出しては懺悔の日々を続けていた。ジョンの死も自分の罪に対する罰だと言う。マーガレットは、あなたの罪に巻き込まないで、ジョンはいないし前を向くしかない、と応える。

 その言葉からマーガレットも立ち直ろうとしていることを知ったトラウトマンは、自身もサッカーに向き合い、再びプレーをするようになる。以降、数々の賞を受賞し、イギリスととドイツの友好関係の発展に大きな影響を与えたのだった。

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解説

戦争と赦しという難しい問題

 戦争による心の傷は乗り越えられるのか、そして被害者は加害者を赦すことができるのか。戦争映画としてはお馴染みのこのテーマが、『キーパー ある兵士の奇跡』でも主題として扱われている。

 そのおかげで、ドイツ人として嫌悪感を抱かれる、トラウトマンか誰かが周りを説得する、偏見が除かれ赦される、といったパターンが少なくとも四回は繰り返される。地元サッカーチームの監督フライアー、チームのメンバー、フライアーの家族(特に娘のマーガレット)、イギリス国民。順に私欲、プレーの巧さ、愛、罪意識が、トラウトマンを見直すきっかけとなっている。

 具体的にみておこう。フライアーはマーガレットが収容所でドイツ人と接するのを良しとしていなかったが、監督するチームが存続の危機に陥ると周囲の反対を押し切ってトラウトマンをキーパーにしてしまう。二番目はキーパーとしての能力の高さに由来する。尊敬の念みたいなものが芽生えキーパーとしてだけでなく、ドイツ人としても赦される。三番目はマーガレットと恋に落ち、父の反対を押し切って結婚する。四番目はマーガレットの演説で、被害者として赦せないというイギリス人がトラウトマンを排除することで逆に加害者になっているのだと主張し、またもや圧倒的なプレーの前でトラウトマンはイギリスに向かい入れられる。

 一般的に「赦し」の問題は理性と感情という二項対立で考えられてきた。「頭ではわかっている。けど感情が追いつかないんだ」といった苦悩のセリフが示すように、感情は怒りを理性は赦しを与えると思われてきたのだ。しかし、事態はもう少し複雑である。

 もちろん、被害者ー加害者の関係であるならばこの二項対立は有効かもしれない。だが、被害者の周囲の人たちにまで拡張してみるとどうだろうか。周囲の人たちは被害者に気遣い理性的な判断のもとで加害者を断罪するという。理性のもと正義の判断を下していると考えているのだ。だから「ドイツ人に殺された人もいるのにドイツ人の味方をするのは許せない」と言うことになる。大事なことはこの発言は感情的になされたものではなくて、被害者に寄り添った理性的な正義の行為だと勘違いしていることである。だからこそマーガレットの「あなたたちも加害者なのだ」という発言が響くのである。

 「あいつはドイツ人だから」と言う判断は理性的なものだとすると、偏見を乗り越えるために要請されるのは感情や欲望ということになる。私欲のためにトラウトマンを連れ出すフライアーは、その自己中心的な判断のために娘に叱られるが、別の観点からすればトラウトマンへの偏見を乗り越えた最初の人物である。また、そういう意味でスポーツも尊い。自分のチームの勝利のためにはドイツ人も関係ないのだ。理性ではなく感情で動かされるものは偏見を超える可能性を秘めているのである。

考察・感想

正義の仮面を被った偽善に敏感になろう

 この映画で物語を進める力があるのは実は女性(マーガレット)のほうである(とはいえベクデル・テストはクリアしていないのだが)。

 フライアーはチームメンバーに反対されようとトラウトマンをキーパーにしてしまうワンマン監督なのだが、よく観ると父権的で強権的であるどころかどこか心許ない雰囲気を醸し出している。娘のマーガレットには叱られても反論できないし、父親としてトラウトマンにマーガレットとの結婚を断念させるも、マーガレットによって反故にされてしまう。

 イギリス人によるトラウトマンバッシングをひっくり返すのもマーガレットだ。バッシングの集会場に勢いよく突入してきたフライアーを尻目に、マーガレットの演説はサッカーチームの支援者の見せかけの偽善の意識を暴露し、加害の意識を芽生えさせる。トラウトマンではない、マーガレットが物語を進めているのである。

 マーガレットの牙は父、イギリス国民だけに留まらない。子供が交通事故で亡くなってしまった理由を、戦時中子供を見殺しにした罰だと言うトラウトマンに「私の子供でもある。あなたの罪の償いに巻き込まないで」と叱責する。イギリス国民の無意識の加害者性だけではない、トラウトマンの無意識の被害者性をも指摘しているのである。どちらにしろ表面に現れるのは正義という衣を被った悪臭漂う偽善心だろう。マーガレットはその偽善の衣に非常に敏感なのである。

 最後に、この映画の登場人物なら自分は一体誰なのだろうかと自問してみるのは有意義なことかもしれない。事件や問題が発生した時、被害者の立場か加害者の立場か。正義を傘に相手を執拗に攻めたりしていないか。被害者ポジションを取ることで優位に立とうとはしていないか。被害者に寄り添うことで道徳心を満足させてはいないか。ましてや、自分こそ/だけが「正義」だと勘違いしてはいないか。我々もマーガレットの偽善を見抜くその鋭さを見習うべきだろう。

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