『3時10分、決断の時』感想|あらすじ解説|内容考察|ダメ人間は西部劇の夢をみる

『3時10分、決断の時』感想|あらすじ解説|内容考察|ダメ人間は西部劇の夢をみる

概要

 『3時10分、決断のとき』(3:10 to Yuma)は2007年に公開されたアメリカの西部劇映画。監督はジェームズ・マンゴールド。1957年のデルマー・デイヴィス監督による『決断の3時10分』のリメイク版。

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登場人物

ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ):強盗団の長。3時10分ユマ行きの列車に乗るため護送される。

ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベール):牧場の主。護送団に加わり、ベンと行動を共にする。

ウィリアム・エヴァンス(ローガン・ラーマン):ダンの息子。父を尊敬している。

チャーリー・プリンス(ベン・フォスター):強盗団の二番手。躊躇せず人を殺す非道さがある。

あらすじ

 舞台は南北戦争直後。牧場主のダン・エヴァンスは南北戦争で北軍に属し、その時の怪我で片足を悪くしていた。ダンは息子と妻と暮らしていた。

 町の有力者はダンに牧場を明け渡させようと嫌がらせをしていた。ダンは抗議をするために街に向かう途中、ベンが率いる強盗団が馬車を襲撃している場面に遭遇し、倒れている賞金稼ぎを救助する。

 ベンは町で保安官に捕まり処刑されることが決定し、「3時10分発ユマ行き」の列車に護送されることになる。その護送団にダンも同行する。

 ベンを救うため強盗団は攻撃を仕掛け、また、ベンによって徐々に護送団の仲間が殺されていく。護送することを諦める仲間たちを尻目に、ダンは最後までやり遂げようとする。それは見せかけの権威を保ってきた父ダンが息子に威厳を示したい、ということだった。そのために一人で戦うことを決意すると、ベンも協力することに。ベンとダンは援助し合いながら列車に向かう。しかし強盗団の手下にダンは狙撃されてしまい…….。

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考察

非道で人情深い悪役ベン

3時10分、決断のとき(セリフのシーン)

 これまで観てきた西部劇の中でも1位2位を争うくらい面白い映画だった。

 序盤に息子思いで農夫の主人公ダン・エヴァンスと悪徳非道な強盗団の頭のベン・ウェイドが出てくると、一般的な西部劇のように主人公は良いやつで敵は悪党で、とミスリードされるのだが、むしろ逆で、ベンのほうが良いやつで魅力的であったりする。強盗団の仲間がルールを破っても躊躇なく射殺するのは勿論彼の恐ろしさを体現しているのだが、それは自分にも当てはまることであり、むしろ躊躇いのなさはベンが芯の通った平等の人であることを示している。

 彼を貫く芯の部分は悲惨な過去の経験から培われたものであって、それゆえ強靭な思想になっている。彼の非情さは世界の不条理を生き抜くために鍛えられたものであった。その前では本来正義の側にあるはずの賞金稼ぎや鉄道会社のエージェントの主張が浅はかだ。根っからの悪党であると自認しながらも情に厚い、というか情に厚いからこそこの世の非情さに嫌気がさしている。だから賞金稼ぎに対するベンの回答は重い。

賞金稼ぎ : 絞首台がお前を待っている。吊るされて地獄に落ちろ

ベン : 生きているほうがよっぽど地獄だ

解説

見栄っ張りで気弱な主人公ダン

 魅力的な悪役の横で主人公ダンのダメダメさが際立つ。注意深く観ていると冒頭から適当なところで躓いたり地味にダサい。金への執着も強いし、妻に嫌味を言ったりする。ベンと初めて会ったときは歴戦の戦士の如く冷静に振る舞っているが子供の手前見栄を張っているだけで、顔がこわばっているようにもみえる。

 時折信念をみせたり、誰かがやらなきゃいけないと覚悟をみせたりもするのだが、どうも言葉が上滑りしている。結局ダンを動かしているのは何なのか。息子か。土地か。妻か。金か。

 そうではない。実は護送を完了させることそれ自体が目的だったのだ。何事もうまく行かず戦争でも足を怪我しただけで功績を得られなかったダンは、命をかける護衛という任務の完了で自信の回復を願っているのだ。

 西部劇で描かれるのは大抵強面の冷静でどっしりした強靭な男性だが、ダンはそれとは真逆と言っても過言ではない。虚栄心が強く自信がないか弱い存在の彼は、妻と子供がいて土地を持ち逃げることもできず父であらねばならない。

 どの時代にも気弱な人間もいたはずで、これまでの西部劇が偏っていたのだ。西部劇のような生き死にが関わる場面で、気弱な人間はどのように行動し、何に悩むのか。ベンに魅了されながらもダンのダメダメさに共感してしまう、そこがこの映画の最大の魅力だと思う。

感想

ベンとダンの奇妙な友情=愛

 定番ながら主人公と敵が窮地では共闘し奇妙な信頼関係を築いていくのは引き込まれる。護送中は殴り合ったりするのだが、死の危険が迫ると阿吽の呼吸で窮地を切り抜ける。

 仲が極まるのはダンが自分の卑屈さを告白するところだろう。それを理解し護送するという任務を完遂するため、護送されるベンが列車に向かって走るのは奇妙な友情を越えて愛の領域に近い。列車に向かうためにこれまで連んでいた強盗団の仲間を打ち負かしていくのだから尚更だ。ダンが殺されたあとでも護送任務を完了させるために列車に乗るのは、ダンが欲しかった功績と自信を与える死者への最大の弔いだろう。

 ベンの二重性と屈折は、例えば極悪でありながら聖書に詳しく何かあれば引用するところにもあらわれている。他にも人に冷淡でありながら、すぐ人を好きになりもする。偶然居合わせたバーの店長とか。

 思えばダンの弱さの告白や死を待たずしてベンはダンに好意を持っていたようだ。ダンが殺されそうになれば自らの命を賭して助けたり、敵に囲まれればダンが逃れるように交渉したりする。隠れてダンの座っている姿を絵に収めるのも好意の現れだ。最後までこのことを口にせず、ダンの名誉のために奔走する彼の姿は、二重性と屈折するベンの魅力をそのまま伝えている。

3時10分、決断のとき(ベンがダンの首を締めているシーン)

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