『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』考察|一方的に響く声|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|スティーブン・ダルドリー

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』考察|一方的に響く声|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと解説|スティーブン・ダルドリー

概要

 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、2011年に公開されたアメリカのヒューマンドラマ映画。監督はスティーブン・ダルドリー。原題はExtremely Loud & Incredibly Close。原作はジョナサン・サフラン・フォアの同名小説

 アカデミー賞で作品賞と助演男優にノミネートした。

 9.11で父を失った少年が、父の残した鍵の正体をブラックという名字を手がかりに調査するうちに、多くのブラックさんと交流していく物語。

 父との関係が主題となった映画は他に『レオン』、『コーダ あいのうた』、『誰も守ってくれない』、『グラン・トリノ』などがある。

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登場人物・キャスト

オスカー・シェル(トーマス・ホーン):11歳。アスペルガー症候群を抱えている。9.11で父トーマスを亡くし、引きこもりがちになる。

トーマス・シェル(トム・ハンクス):オスカーの父。生前はオスカーと調査探検という遊びをしていた。死の間際に家に電話をするが誰もでなかったために、電話に声を残す。
(他の出演作:『フォレスト・ガンプ/一期一会』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『ターミナル』『アポロ13』『クラウド アトラス』)

リンダ・シェル(サンドラ・ブロック):オスカーの母。トーマスを失い悲なみの日々を過ごしているが、オスカーのことも気にかけている。
(他の出演作:『オーシャンズ8』『ミニオンズ』)

間借り人(マックス・フォン・シドー):オスカーの祖母の家の部屋を借りている。発声障害を抱えている。実はオスカーの祖母。
(他の出演作:『マイノリティ・リポート』)

アビー・ブラック(ヴィオラ・デイヴィス):オスカーが最初に訪問した相手。

スタン(ジョン・グッドマン):オスカーの住むアパートのフロントマン。オスカーのあいさつに悪態をつくが、いつでも調査に協力してくれる。
(他の出演作:『アルゴ』)

ウィリアム・ブラック(ジェフリー・ライト):アビーの元夫。青い瓶に入っていた鍵を探していたことが、のちに判明する。

オスカーの祖母(ゾーイ・コールドウェル):オスカーの向かいに住んでいる。間借り人に部屋を貸している。

鍵屋(スティーヴン・ヘンダーソン):オスカーが持ってきた鍵を調べる。

名言

オスカー:パパが死んでから1年がたった。パパとの8分間が消えていくのを感じる

あらすじ・ネタバレ・内容

 トーマスはアスペルガー症候群を抱えた11歳の息子オスカーと、妻のリンダの三人で幸せな生活を送っていた。彼は宝石店を営む傍ら、オスカーと「調査探検」という遊びをしていた。ある日、オスカーにニューヨークに幻の第6区の存在を伝え、捜索を開始する。

 しかしアメリカ同時多発テロ事件の日に、トーマスはワールドトレードセンタービルで働いていた。彼は事故で亡くなる直前に、家に電話を掛けるがオスカーは居らず、留守電に言葉を残して亡くなってしまう。オスカーはそのショックで調査探検を中断する。

 それから1年後、オスカーはクローゼットの中に、鍵とブラックという名が書かれた封筒を発見する。この謎を解き明かすために、ニューヨーク5区をまたぐ472人のブラックを訪問することにする。最初に訪れたアビー・ブラックの家では、喧嘩した夫が家を出る瞬間に遭遇してしまう。その後も多くのブラックを訪ねるが、手がかりは一向につかめない。

 焦るオスカーは度々パニックに陥る。ある日、祖母の家を間借りする言葉を喋れない人と知り合う。間借り人はオスカーの調査を聞き協力してくれる。オスカーはあの事件以来、電車などの閉所空間に入れなくなっていたが、間借り人の協力もあって乗れるようになる。間借り人の肩をすくめる仕草が、父と似ていることに気づき祖父であると確信する。オスカーは間借り人にトーマスの最後の電話の記録を聞かせると、君を傷つけていたという趣旨の手紙を残して間借り人は去ってしまう。

 封筒に残っていた新聞の切れ端から、アビー・ブラックの元夫の元を訪れる。その人は険悪だった父の余命を聞いて遺品セールを開いたさい、トーマスに青い花瓶を渡していた。その後、父の遺言で花瓶の中に鍵が入っていたことを知り、取り戻そうとするも、9.11の影響で町中に人探しの張り紙がでていて効果がなかった。

 オスカーはその人に、トーマスからの最後の電話が来た時、実は自宅にいたこととその後悔を初めて語る。鍵がオスカーの残した物だないと知ると、オスカーは自暴自棄になる。母のリンダはそんなオスカーに、これまでの調査で訪れた先には、先回りしてオスカーが来るかもしれないということを伝えていた。母の行為を知ったオスカーは、彼女を信頼し仲直りをする。

 訪ねたブラックに感謝の手紙を書き、祖父にも戻ってくるようお願いする。そしてトーマスと昔遊んだ公園のブランコの裏に、父からのメモを発見する。そこには第六区の存在と自分の素晴らしさを証明した、と書かれていた。

解説

9.11の傷と一方的な声

 2001年9月11日、イスラム過激派テロ組織アルカイダが4機の旅客機をハイジャックし、そのうちのニ機がワールドトレード(世界貿易)センタービルに衝突した。ワールドトレードセンタービルへのテロ攻撃による死者は合計で2,763人にのぼり、その中にはビルで働いていた世界中の人や消防士も含まれている。崩壊したワールドトレードセンタービルでの救助活動の詳細は『ワールド・トレード・センター』に、ハイジャックされた旅客機の中で唯一目的地に達しなかったユナイテッド93便内で起こった格闘の軌跡は『ユナイテッド93』で描かれている。

 当然ながら、同時多発テロ事件で命を失った者たちの多くは家族を持っていた。残された家族は突然の出来事に深く悲しみ、癒えることのない傷を負うことになる。本作の主人公は、あの日ワールドトレードセンタービルで働いていたトーマス・シェルの息子オスカー・シェル。彼はアスペルガー症候群を抱えた11歳の少年でトーマスを溺愛していた。トーマスの突然の死に、オスカーは自傷行為を繰り返す。あの事件から一年経った後でも、自分に傷をつけ、母のリンダを攻撃し、トーマスが生きていると思わずにはいられない。

 オスカーの悲しみの核には、事件当日の出来事が関わっている。崩れゆくビルの中でトーマスは、自宅に電話を掛けていた。彼は最後のその瞬間、オスカーに言葉をかけることを望んでいた。そして何度も「オスカー、そこにいないのか?」と声をだす。この声は直接オスカーに届くことはなく、履歴にだけ残される。だが、実際は聞こえていたのだ。オスカーはその最後の電話が掛かってきたとき、実は自宅に帰っていた。電話口から流れるトーマスの声の繰り返しを、オスカーは何度も何度も耳にした。彼はそこに居たのに、底知れぬ不安のために受話器を手にすることができなかった。トーマスの声は本人には知らない形で、一方的にオスカーに届いていたのだ。

考察・感想

様々な喪失に触れ合うことで、喪失から回復することもある

 この一方的な声の形象は、形を変えて何度もオスカーに届く。ある時はブラックという名前が書かれた封筒と鍵として、ある時は繰り返される録音として。それにトーマスの死体がでてこなかったことも加わり、オスカーは父が生きているかもしれないという幻想に囚われる。だからこそ残された鍵に父の意思を読み込んで、それに合う鍵穴を見つけようとする。この鍵穴を探している間は、トーマスの存在をより身近に感じられるのだ。

 最後には、この鍵がオスカーに残されたものでないことが判明する。それでもオスカーが父の死から立ち直ることができた理由は、鍵穴を探す長い旅の過程にある。彼はブラックという名を持つ家を訪問し、そこで多くの人と交流を持つ。オスカーは鍵穴を探すために早く次の家に向かいたいのだが、訪問先のブラックはどの人も、過去を語ったり手伝いをさせたりしてオスカーを帰してくれない。オスカーは休日に多くて二軒しか回れず、焦る気持ちが抑えられない。のちに分かるように、オスカーが訪れる前に母のリンダが先回りしていて、オスカーの事情を話しかまってあげてほしいと伝えていたのだった。自分が何をしているのか知らないと思っていた母が、実は、最も気にかけてくれていたのだ。そのことを知って、オスカーは母の愛を感じる。

 多くのブラックとの交流で、オスカーは様々な悲しみに出会う。それぞれが何かを失い、それを克服しようとして苦しんでいた。それを知ること、そのために足を動かすこと、そして時間をかけること。これらはゆっくりとオスカーの喪失を埋めてくれる。悲しみを受け入れることは時間がかかることなのだ。

原作からの改変で魅力が損なわれた?

 ところで本作の内容は原作から大幅に改変されている。原作では祖父の戦争の記憶などが発声障害の原因になっているらしいのだが、そのような話はほとんどでてこない。それにラストも変更されているようだ。どうやらオスカーが物語の最後に見つけたトーマスからのメモはなかったらしい。つまりオスカーは何も見つけられない。オスカーの喪失の回復は、メモを見つけることで完結するものではなかったのだ。

 これらの改変は、どれも原作の魅力を損なっている気がする。戦争の話題を削ったことで、9.11からの回復という枠組みに収まることになってしまった。訪問先のブラックたちが9.11以外のことでも、大切なものを失くしていたところに、9.11には収まらない普遍的な問いがあった。

 どちらにしろこの作品が提示しようとしたものは、アメリカで起こった9.11という悲劇からの回復というローカルな問題を超えた普遍性があったはずだ。それらの要素が無くし、感動的だが安易なラストで幕を閉じたのは残念なことである。

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