『ガンズ・アキンボ』感想|あらすじ解説|内容考察|新たな触覚性の獲得に向けて

『ガンズ・アキンボ』感想|あらすじ解説|内容考察|新たな触覚性の獲得に向けて

概要

 『ガンズ・アキンボ』は2019年のイギリス・ニュージーランドの映画。監督はジェイソン・レイ・ハウデン。主演はダニエル・ラドクリフ。

 スキズムという闇サイトで殺し合いを配信し多くの人が熱狂的に観戦する社会。ネット上で横行する罵詈雑言や無責任な発言などの社会問題をテーマに据えながら、そのような社会をコミカルに描く。視聴者を稼ぎたい配信者はエンターテインメントを求め過激さに走る。視聴者は匿名性に安心して暴言を書き込むことでストレスを発散する。殺し合いの配信となると現実には起こりそうもないが、配信者と視聴者のこの共依存関係はよく目にする光景だ。

 ダニエル・ラドクリフといえば『ハリポッター』の可愛くて純粋なイメージが強いのだが、その後のキャリアではハリーポッター路線から外れて一風変わった道を辿っている。『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』では御曹司の息子、『スイス・アーミー・マン』では浜辺に打ち上げられた死体というハマり役を演じている。

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登場人物

マイルズ(ダニエル・ラドグリフ):冴えないプログラマー 。日々の退屈を過激な書き込みでしのいでいる。スキズムへの悪質な書き込みが理由で、スキズムの殺し合いに強制的に参加させられる。両手に拳銃を取り付けられる。

ニックス(サマラ・ウィーヴィング):スキズムで最強の戦闘狂。マイルズの対戦相手。実は、デグレイヴスの娘であり、真実を知ってリクターに反旗を翻す。

リクター(ネッド・デネヒー):スキズムの運営者。残虐非道。

デグレイヴス(グラント・バウラー):警官でスキズムを壊滅させるために奮闘する。過去にリクターとの因縁がある。ニックスの父。

ノヴァ(ナターシャ・リュー・ボルディッゾ):マイルズの彼女。のちに漫画として活躍する。

あらすじ

 冴えないプログラマーのマイルズは、現実の生活に飽き飽きしていた。唯一の趣味は動画に過激なコメントを書くこむことであった。

 ある日の夜、殺し合いを配信する「スキズム」というサイトを発見したマイルズは、いつものように暴力的なコメントを書いてストレスを発散していた。このときのやりとりの相手は、スキズムの運営者リクターであり、彼の逆鱗に触れてしまう。目が覚めると、目の前にはリクターと彼の部下がいて、マイルズを拉致し、両手に拳銃を取り付けたのだった。そして、強制的にスキズムの殺し合いに参加させられる。

 対戦相手は百戦錬磨のニックスで、24時間以内にどちらかが死ぬまで戦わなくてはならない。一方、ニックスはデグレイヴス率いる警官に襲撃される。逃げ切ったニックスは、マイルズを追いかける。この様子はスキズムで配信され、ファンはかつてないほどに熱狂する。

 マイルズは不慣れでありながら、恋人のノヴァやホームレスのグレンジャミン、同僚の助けを借りてなんとか生き延びる。デグレイヴスの協力もあり、ニックスだけでなくスキズムの運営にも捜査のめがはいる。

 しかし、ノヴァがリクターに捕まってしまう。また、マイルズはギャングに殺されそうなところをニックス助けられたのち、デグレイヴスに捕まる。デグレイヴスは過去にリクターを逮捕し、報復として妻と息子を殺されていた。生き残った娘はニックスであり、彼の目的はニックスをスキズムから取り返すことだった。しかし、同僚のスタントン刑事はリクターのスパイであり、デグレイヴスを殺害してしまう。

 マイルズはリクターのもとに向かおうとするも、ニックスに見つかり殺される。しかし、ニックスとマイルズの罠だった。マイルズは事前にニックスに会い、父親であるデグレイヴスとリクターの正体について伝えて、共闘することになっていたのだ。ニックスと、死体としてスキズム本部に運ばれたマイルズは、本部に入りリクターを追い詰める。ニックスは自爆することで、敵は全滅させる。マイルズはノヴァを救出し、リクターを殺害する。

 助かったノヴァは漫画『ガンズ・アキンボ』を描き、マイルズはスキズムの残党と戦うのだった。

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解説

視覚的な楽しさ

 殺し合いを軸に話が展開されるだけあって、人が死ぬのに躊躇がない。一番悲しかったのがニックスの父で警察官のデグレイヴス。ニックスとデグレイヴスが和解しそうになるも、デグレイヴスは容赦無く殺されてしまう。もう少し活躍するのかと思いきや呆気なかった。思い返してみると、登場した人物はほとんど死んでしまったような気がする。最後まで悪役だったリクターがいいとしても、仲間や改心した人たちまでも皆悲しい最期を迎えることになってしまった。

 匿名性に守られながら安住の地から言葉の槍で他人を攻撃している人が、視聴者の視線に晒される立場に追いやられるという展開はちょっとした爽快感がある。ネットで暴言を吐いてる人が罪に問われたりすることも最近は増えていて、そういった人たちのカウンターになっているとも言える。

 とはいえこの映画では、主人公が暴言を吐く側にいて大変な目に遭うことになるのでやられてしまえという気分にはそうそうならない。暴言を吐くだけで殺し合いに強制参加となると罪の重さと罰の重さが釣り合っていないと思うのだが、罰を下すのがスキズムの主催者のリクターでそれも私怨なのだから仕方がない。当然のようにマイルズの罪と罰の不釣り合いの報いをリクターは受けることになるわけで、意外と帳尻はあっているのかもしれない。

 ありそうでなかった設定で(?)そういう意味で面白く、アクションの爽快感と暴力のコミカルさで魅せてくるのだが、物語として深みがあるわけではない。展開も意外と平凡なので視覚的にハラハラするのがよい楽しみ方なのかもしれない。

考察・感想

拳銃付き触覚を獲得するために時間を費やして

 ところが視覚的に楽しむだけというのは案外作者の罠という可能性がある。視覚的に楽しんで物語に深みがないと匿名でネットに垂れ流すのは、ネットに暴言を書き込むマイルズの行いに似ている。『ガンズ・アキンボ』の視覚的な爽快感を楽しむだけの人は、新たな刺激を求めてスキズムの配信を麻薬のように摂取する視聴者に被るのだ。とすると『ガンズ・アキンボ』は、より過激なものが好まれる視覚偏重の時代の欲望にそって「ほらこれが好きなんだろ」と言っているようにも思えてくる。

 そう考えてみると、マイルズが陥ってしまった状況にも一言付け加えておきたい気持ちになってくる。マイルズは手のひらに杭を打たれ拳銃を張り付けにされてしまうのだが、これはようするに触覚の消去ということを意味している。手に拳銃がくっついているマイルズは扉を開けるのも服を着るのもままならない。手を相手に向けると拳銃を向けることになってしまい、手の暴力性が一段と際立つ仕組みになっている。

 しかしながら触覚を消去されたマイルズが、試行錯誤しながら触覚らしきものを回復する様子は力強い。マイルズを助けてくれる人々は彼が不自由であることを知りながら、頑張ればできそうなことになると助けることはしない。服を着るのもマイルズは大分苦労しているのだが、周囲の人は一向に助ける素ぶりをみせない。マイルズは試行錯誤しながら時間をかけて服を着る。それはスピードを求める視覚重視の感覚とはずれた時間だ。時間をかけて拳銃付きの触覚性を獲得する姿は、視覚の快楽で時間を浪費するのと対極に位置している。

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