『ターミナル』ターミナルとユートピア|あらすじ解説|内容考察|感想

『ターミナル』ターミナルとユートピア|あらすじ解説|内容考察|感想

概要

 『ターミナル』は、2004年に公開されたアメリカ映画。監督はスティーヴン・スピルバーグ。主演はトム・ハンクス。

 アメリカに訪れたタイミングで自国がクーデターにあい空港ターミナルに閉じ込められてしまったナボルスキーと、空港で働く従業員たちの交流を描いた物語。

 スピルバーグ監督の作品はほかに『A.I.』や『宇宙戦争』などがある。

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登場人物

ビクター・ナボルスキー:クラコウジア人。クラコウジアのクーデターのせいで、ターミナルでの生活を余儀なくされる。もともとは英語が使えないが、徐々に習得する。大工仕事が得意。ユーモアがあり、多くの人に好かれる。

アメリア・ウォーレン:ユナイテッド航空の客室乗務員。実年齢は39歳。男性と恋仲になっては捨てている。歴史好きで、特にナポレオンが気に入っている。

フランク・ディクソン:空港の国境警備局主任。警備局長の昇進のために、浮浪者のビクターを空港から外に出したがっている。

エンリケ・クルズ:機内食に関する業務をしている。入国審査官のドロレス・トーレスのことが好き。

グプタ・ラハン:清掃員。過去にインドで汚職警官に殺人未遂を犯した過去がある。わざと床を濡らし人が転ぶのを楽しんでいる。徐々にビクターと親しくなり、協力してくれるようになる。

あらすじ

 缶を手にもったクラコウジア人のビクターはアメリカ・ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ国際空港にいた。着く直前に母国クラコウジアでクーデターが起こり、実質的にクラコウジア政府は消滅、パスポートは無効になっていた。

 難民申請も母国に引き返すこともできなくなったビクターは、国際線のロビーで国境警備局主任のディクソンからの連絡を待ちながら、空港内で生活を始める。面倒ごとに巻き込まれたくないディクソンは、ビクターが外に出られるようにするがわざと警備を緩くするが、彼は空港に残ることを選ぶ。

 ビクターはお金がないので、放置されたカートを集めて返却することで小銭を稼ぐ。しかし、ディクソンによってカートを返却する職員が雇われてしまい、彼は仕事を失う。次は特技の大工仕事をかわれて、内装業を始める。この頃になると、清掃員のグプタや機内食を扱うエンリケと仲良くなる。さらに旅行用パンフレットを使って英語を習得する。

 ある日、ミロドラゴヴィッチという人物が、父のために持ってきた薬を入国審査で取り上げられたので大暴れしていた。使用言語が英語でないため、通訳要員でビクターが呼ばれる。ビクターは周りがクラコウジア語を理解できないことを逆手にとって、薬はヤギのためと告げることで、通関できるようにする。ミロドラゴヴィッチに感謝されながらも、嘘を見抜いたディクソンに恨まれてしまい、ニューヨークの地を踏ませないと宣言される。

 この事件はグプタによって空港で働く職員たちに、ビクターの武勇伝として語られ、その日からビクターに好意の目が向けられる。偶然に知り合った客室乗務員のアメリアと親しくなる。皆の協力のもと、アメリアと展望デッキでディナーをとったり、改装して作った噴水を披露する。そこでビクターは大事に持っていた缶詰の秘密を明かす。ビクターの父ディミタルはジャズのファンで、新聞に写っていた57人のジャズプレイヤーに全員からサインをもらおうとしていた。最後の一人ベニー・ゴルソンのサインがもらえず、ディミタルは他界してしまう。その時、ビクターはベニー・ゴルソンのサインをもらい缶詰に入れることを約束していたのだった。

 翌日、クラコウジアの内戦は終結。アメリアはコネで手に入れたアメリカ入国のための1日ビザを渡す。ディクソンは入国を阻もうとするも、グプタやエンリケたちの協力のおかげで入国できる。

 ニューヨークにあるジャズバーで、演奏するベニー・ゴルソンを発見する。彼にサインをもらい、大事そうに缶詰に入れる。目的を果たしたビクターは、家に帰るのだった。

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解説

ユートピアとしてのターミナル

 考えてみるとターミナル (空港)って変な場所だ。国と国の間、どちらにも属さない微妙な空間。旅人を保護してくれるのはパスポートしかないのだが、そのパスポートが無効になったら、あら大変。旅人は国にも法律にも縛られない不浪人になってしまう。

 ビクターは架空の国クラコウジア出身で愛国心にあふれた中年男性。亡き父のために人生で初めて降り立ったアメリカの空港で衝撃的な事実を知る。なんと、飛行機に乗っている間に母国でクーデターがおこり、実質的にクラコウジア政府は消滅していたというのだ。パスポートは失効し母国に帰ることはおろか難民申請すらできない。ターミナルという宙ぶらりんの場所で、ビクターは一人ぼっちだ。

 そんな不運なビクターを空港の国境警備局の職員は助けてくれない。特に、昇進を控えた主任のディクソンは、ビクターを助けるどころか彼が英語を喋れないのをいいことに、ターミナルの外へ放り出そうと画策する。面倒ごとはターミナルの外へ。外に出しさえすれば国家が法律で対処してくれるというわけだ。

 真面目に対応しないその態度は、ビクターを下にみているからに他ならない。ビクターが阿呆に描かれるのはそのためだ。彼は意味を解さず「yes」と言い続け、感情の制御が効かず、クラコウジアと叫ぶ。言動も変で、知恵遅れのようにも見える。アメリカ人にとってビクターは、外国人であるだけでなく、野蛮で、がさつで、英語を理解しない、つまり真面目に対応する必要のない子供のような存在なのである。

 馬鹿にされた、あるいは子どもと見做された、まさにそのとき、局面をひっくり返す可能性が現れる。法律の適応外だから助けることができない。上等だ。裏を返せば何をしたっていいということじゃないか。イスを取り外して寝床を作り、カートを返却して小銭を稼ぐ。快適な住居と満足な食事を手に入れた彼に、空港をでていく理由はない。どこでもないターミナルという場所に、文字通りの「ユートピア」を築いたのである(ユートピアはギリシャ語で「outopos=存在しない場所」。「ou=無い」 「topos=場所」である)。そして子供を監視しようと覗いた監視カメラのあちら側から、ビクターに見返される。そのとき思わず目を逸らしたディクソンは「やられた!」と思ったに違いない。見ていたはずの子供に見返されるという子供の反逆は突然に起こるのだ(子供の反逆は、「クレヨンしんちゃん」で頻繁にみられる。『大人帝国の逆襲』でみられように、大人がいなくなっても平然としながら春日部を謳歌するしんちゃんは元気を与えてくれる)。

考察・感想

ゾロゾロと集まるシーンは心が躍る

 ビクターは制限されたこの空間で、制限を逆手にとって、この場所をユートピアに変えていく。その工夫に満ちてユーモアにあふれた行動を観ていて楽しい。楽しんでいるのは視聴者だけではない。空港で働く人たちもなのだ。卑屈なグプタ、勇気のないエンリケなどは、当初ビクターを敵対視していた。しかしビクターの振る舞いは彼らを元気付ける。グプタは飛行機を止め、エンリケは告白する。その笑う姿は、ビクターが現れたときより、清々しい。

 規則を破るのはビクターだけではない。すべての登場人物がどこかでセコいことをやっている。グプタは過去の罪を隠蔽しているし、エンリケは機内食をビクターに無断で与えている。そういう意味でいえば、敵のディクソンも仲間だ。彼はビクターを追い出すために、わざと警備を手薄にする。無理やり追い出そうとしたり、アメリカの地を絶対踏ませないと宣言して観たりする。彼らにとってルールは二の次なのである。

 そこが「どこでもない場所」であるのだから、別れは突然に訪れるし、その瞬間は呆気ない。付き合ったアメリアは1日ビザと引き換えに別れ、グプタは身を挺して飛行機を止め、ディクソン会うことなく別れる。しかし、それでいいのだ。本来的にターミナルは通過する場所であり、留まってはいけない場所なのだ。だからこそ親しくなれるのだ。永続を願っていたら、彼らの関係はこれほどにまで温かで楽しくなっただろうか?

 ビクターがアメリカに入国するとき、従業員は仕事をやめてビクターたちの行進に加わる。一人、また一人。その行進はどこまでも広がり、最後には100人くらいが警備員と対峙する。ビクターが呼びかけるまでもなく、慕う人たちがゾロゾロと集まってくる。ビクターがアメリカの地を踏む歴史的瞬間を見ようとした人、グプタが語るビクターの武勇伝で好意を持った人、ビクターと親しかった人。それぞれがビクターを想い集結する。私はこういうシーンがたまらなく好きだ。遠く母国で(ビクターにとって悪い)クーデターが起きたのと対照に、ここターミナルで(良い)クーデターを起こしたビクターは、全てをやり遂げ「家に帰る」のである。

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