『華麗なるギャツビー』感想|あらすじ解説|内容考察|過去はやり直せる

『華麗なるギャツビー』感想|あらすじ解説|内容考察|過去はやり直せる

概要

 『華麗なるギャツビー』は、2013年のアメリカの映画。監督はバズ・ラーマン。主演はレオナルド・ディカプリオ。原作はF・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』(1925年)。原作小説は、これまでに複数回映画化されている。

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登場人物

ジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ):大富豪。過去にデイジーと親しくしていた。

ニック・キャラウェイ(トビー・マグワイア):ギャツビーの隣人。庶民。デイジーは従妹。『華麗なるギャツビー』の執筆者。

デイジー・ブキャナン(キャリー・マリガン):ニックの従妹。夫はトム。過去にギャツビーと親しくしており、彼がいなくなったあとも待っていた。トムとの結婚日にギャツビー

トム・ブキャナン(ジョエル・エドガートン):ニックの夫。大富豪。不倫をしているが、デイジーへの愛もある。

マートル・ウィルソン(アイラ・フィッシャー):トムの不倫相手。ジョージは夫。

あらすじ

 舞台は第一次世界大戦後の1929年。ニック・キャラウェイは精神病の治療を受けていた。ニックは出会った中で最も偉大であったジェイ・ギャツビーの思い出話を始める。医師の勧めもあり、ニックはギャッツビーの話を文字にしたためる。

 1922年夏、ニックはニューヨークのはずれに小さい家を借りる。その横には、毎夜パーティーを主宰するギャツビーが住む大豪邸があった。ニックは湖を挟んで向かいにいる、従妹デイジー・ブキャナンと、その夫トム、ブキャナン夫婦の友人でゴルファーのジョーダン・ベイカーと夕食を共にする。家に戻ると、ブキャナン家にある灯台の緑の光に手を伸ばすギャツビーの後ろ姿をみる。

 トムはニックとともに、ゴミ集積所である「灰の谷」に向かう。そこでジョージが所有する自動車整備店に立ち寄り、妻でありトムの愛人マートル・ウィルソンにあう。

 ある日、ギャツビーから招待状を受け取ったニックはパーティに出席すると、誰もギャツビーの顔を見たことがないということを知る。しかし、ニックとジョーダンはギャツビーと出会い、ジョーダンはギャツビーの秘密を知る。翌日、ランチに連れて行かれる途中に、ニックはギャツビーが裕福な生まれでオックスフォード出身、戦争の英雄であることを聞かされる。ギャツビーの目的は、戦争前に恋人であったデイジーともう再開することであり、そのためにニックにお茶会を開いてもらいたかった。

 ニックの協力により、ギャツビーとデイジーは再開。デイジーは二人で逃亡することを、ギャツビーはトムと別れて正式に結婚することを望む。ギャツビーの意を汲み、デイジーはトムに告げようとするも、トムが不穏な空気を感じ、プラザホテルに行くことを提案する。向かう途中、ジョージの自動車整備店に寄ると、妻が浮気している可能性があり近々引っ越すことを告げられる。

 ホテルに着くと、トムに全てを打ち明ける。ギャツビーが経歴を偽り、酒の密造で稼いでることを非難するトム。ギャツビーはデイジーに、トムを愛したことがなかった、と言うように頼む。しかし、デイジーは愛したことがなかったとはいえないと言って、それを拒否する。デイジーとギャツビーは家に戻る途中で、トムと勘違いして飛び出してきたマートルを轢き殺してしまう。

 トムはジョージに犯人はギャツビーだと告げる。しかし、そのとき運転していたのはデイジーだった。トムはニックに、自分の本当の過去を語り、どのように財をなしたか、デイジーとの出会いを教える。翌日、デイジーからの電話を待つギャツビー。呼び鈴が鳴り、それに気がついた瞬間、ジョージによって射殺され、ジョージも自殺する。葬式にはニック以外誰も来ず、罪は全てギャツビーになすり付けられる。

 全てに嫌気が差したニックは、『The Great Gatsuby』という題をつけた回想録を書き終える。

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解説

「死の谷」と「神の目」

 監督は『ロミオ+ジュリエット』『ムーラン・ルージュ』で有名なバズ・ラーマン。煌びやかで豪華なパーティの演出が見事で、観ていてい楽しくなる。

 アメリカの大富豪であるジェイ・ギャツビーは、アメリカンドリームの体現者。身一つで貧困からニューヨーク随一の大富豪になった成金である。だからと言ってギャツビーは心が満たされているわけではない。ギャツビー邸で毎晩のように開かれるパーティは、豪華さや華やかさとは裏腹に虚しさも漂っている。本作はそんな彼の愛と孤独を描く。

 富豪の裏に貧困あり。ギャツビー邸のあるウェスト・エッグとニューヨークの間には「灰の谷」と呼ばれるゴミ集積所がある。物語はウェスト・エッグとニューヨーク、つまり富と貧困の往復で成り立つ。ギャツビーたちがニューヨークに行くときも、パーティに呼ばれた富豪たちがギャツビー邸に訪れるときも、「灰の谷」を通らざるを得ない。外科医によってそこに立てかけられた看板の「神の目」は、通り過ぎていく富豪たちの虚栄心も、そこで繰り広げられる不倫劇も、全てを見透かしている。それはまたギャツビーとて例外ではない。富と貧困の貧困地域の「灰の谷」で働く肉体労働者たちは、ギャツビーの過去でありありえた現在ともいえる。だが、ギャツビーは「灰の谷」には完璧に無頓着である。

 だからこそ「死の谷」で事件が起こる。トムの不倫相手マートルは、夫のジョージにそのことがバレて窮地に陥る。そこに現れた黄色い高級車を、トムの車と勘違いして飛び出してしまい轢き殺されてしまう。これによって、ギャツビーの人生は大きく変わる。ギャツビーを死に追いやるのは、トムでもデイジーでもなくジョージである。因果応報。ギャツビーは貧困を無視することで、貧困によって殺されてしまうのだ。

考察・感想

「嘘」に覆われた偽りの社会でギャツビーが探し求めたもの

 この物語は、判断のつかない「嘘」に覆われている。まず、語り手であるニックは精神病に罹っている。ニックの語るギャツビーの物語は、「嘘」かもしれないのだ。もちろん、ニックはこの欺瞞にまみれたアメリカ社会の住人こそが、薄情で嘘つきであるというだろう。パーティに参加しておきながら、ギャツビーの葬式に現れない富豪たち。殺人の罪をなすりつけるデイジー。濡れ衣を着せるニック。誰も彼も嘘つきなのだ。ニックはいう。「皆クズばかりだ。君だけ価値がある」。

 ギャツビーは愛に純粋である。それと同時に、彼も「嘘」をつく。ギャツビーは貧困の出でありながら、裕福な家庭に生まれたと嘘をつくし、オックスフォード出身と偽る。ギャツビーはニックに過去の自分史を雄弁に語ることで、過去を改変しようとしている。トムはそんなギャツビーをみて、ピンクの服を着ることを根拠にギャツビーの嘘を暴いていくのだが、同時にトムの欺瞞性も暴いている。トムは平等の精神を謳いながら、生まれと大学でしか人の価値を判断できないのだ。

 そのような社会だからギャツビーは自分の過去を変えてきた。「どうしてだ?もちろんやり直せるさ。過去はやり直せる」とギャツビーはいう。稼いだ金ですべても手に入れてきたギャツビーは、過去までも手に入れてきた。しかし本当に過去は変えられるのだろうか。否。デイジーとの愛し合いたいギャツビーは、傲慢にも過去に存在したデイジーのトムへの愛までも否定しようとする。5年間も空白になってしまったデイジーとの愛を確かめるためには、トムへの愛があってはならないのだ。しかしデイジーは「過去は変えられない」と言い「トムを愛していた」と告げる。

 ギャツビーに負い目がなかったわけではない。ギャツビーはニックに「本当はずっと生い立ちを語りたかった」という。看板の「神の目」の前ではすべてが見透かされているように、ギャツビーの過去は作りものであることをニックは薄々気づいていた。ニックは特徴も才能もない極々平凡な人物であるが故に、すべてを俯瞰する「神の目」のようなフラットな視点を持っている。だから、物語を語ることのできるのだ。

 ギャツビーの「過去は変えられる」という教えに、ニックは忠実だ。ギャツビーが自分の過去を装飾して語ったように、ニックはギャツビーとの思い出を格調高く綴る。ニックの語るギャツビーの物語は嘘かもしれない。でも、それでいいのだ。嘘と虚栄心にまみれた社会で、ギャツビーだけが純粋だった。そのような社会で本物を探したギャツビーは、まさに「華麗なる(Great)」な人物なのである。

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