秋の気配の感性ーーオフコース「秋の気配」

秋の気配の感性ーーオフコース「秋の気配」

「秋の気配」の概要

オフコースの曲。1977年に発売されたオフコースの通算11枚目のシングル「秋の気配」に収録されている。

秋の気配の感性

 秋の気配は失恋の歌である。最初の情景はあなたが好きだった「こだかい公園」である。あなた(彼女)はどこかにいってしまったのか。残るのは「眼を閉じて 息を止めて さかのぼる ほんのひととき」だけ。もう僕みたいな人間とはおさらば、別の相手を求めて都会を彷徨っているかもしれない、、、、、。しかし、その見方は完全に間違っている。

僕があなたから離れてゆく

僕から離れていくのではない、あなたから離れていくのだ。こんな感性ってありうるの。振ったのは自分なのだ。おそらくこの表現は音楽史上はじめてであり、今後生まれることもないだろう。なんという傲慢な態度なのだ。この傲慢な態度にも関わらず、次にかなり衝撃的な発言する。

あの歌だけは ほかの誰にも 歌わないでね ただそれだけ

 ただそれだけもなかろう。ぶちぎれ案件である。振ったにもかかわらず、何かは知らないが記念碑的な歌は他の誰かに歌わないでと要求しているのだ。傲慢である。不遜である。

 「別れの情景(1)」という曲を知っているだろうか。ここでは恋愛に疲れ「さよなら 安らぎが欲しい」と述べる男が登場する。心境はそれに近いのかもしれない。次のサビは「別れの言葉を探している」である。

 しかしである。

ああ 嘘でもいいから 微笑むふりをして

こういうのを天邪鬼と呼ぶんでなかったでしたっけ。「愛されたいでも愛そうとしない」というAqua Timez(アクア タイムズ)の歌の歌詞が思い浮かぶ。たしかに人は恋愛においてさえどっちつかずである。永遠の愛など神に誓って存在しない。いつだって心は不安だ。疑い、和解し、そしてまた疑い、、、君は振ったというのにまだ振り向いてほしいのか。心はぶれぶれ、お空はピカピカ。

 最後の歌詞はどうだ「僕の精一杯の優しさをあなたは受け止めるはずもない」。クライマックスにきて、僕は頑張ったんだと主張する。なかなか傲慢である。僕の心が離れていったのは、受け止めてくれなかったからなのだろうか?

秋の気配はなぜ売れたのか

 傲慢だ傲慢だと連呼したが、この歌詞は基本的に二つの解釈が考えられる。一つに僕勘違い説だ。つまりあなたの方が離れていったのに、それを僕が離れていくと勘違いしているという説だ。傲慢説はこの説に由来する。もう一つが、あなた僕のことを分かってくれない説である。つまり僕はあなたのことを本当に愛しているのだが、あなたはそれを理解してくれないので、僕のこころがあなたから離れていくという説だ。しかし、作詞者である小田和正的には前者に分がある。

 証拠はある。wikipediaにも載っているのが、小田はこの歌について後に「女に振られたみたいな経験がなかったから書けた」と述べている。そして「もし、女に捨てられたような経験があったとしたら、あんな傲慢にならんでしょう」「そういう傲慢な気持ちを横浜の風景に隠したのが、あの曲だったんだ」(『小田和正インタビュー たしかなこと』株式会社ソニー・マガジンズ、2005年、51−73頁)と述べている。

 人生経験の浅はかさが招いた失態である。あなたの方が振ったのかどうかを判断する基準が僕にはない。それほどまでにモテていたのだから。なのに、「僕があなたから離れていく」と、あたかも僕が振ったのかのような体になっている。ここが傲慢なところだ。つまり、振られたことに僕は気づいていないわけだ。おそらく、小田もこの曲以降はこのような歌詞を作らなかっただろう。

 しかし、変わり身の術は見事に成功していると言わざるを得ない。人気も人気、当時一番人気で拍手喝采だった。理由は簡単だろう。「傲慢な気持ちを横浜の風景に隠」すことに成功したのである。未練がましい感じとオフコースの美しいハーモニーによるカモフラージュが相重なって、傲慢さが消えたのである。そしておそらく、2つ目の解釈が優勢となった。男は振り回されただけである。

 それは、時代が時代だったということなのだろうか。現代でも人気が出るのだろうか。おそらくでないだろう。しかしある種の美しさを纏っていることは確かだ。僕はあなたから離れていく・・・奢った精神、飛躍した思考。しかしこのフレーズを私は時々口ずさんでいる。

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「秋の気配」収録

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