1. はじめに
「今日も明日もバイト がんばろうね」、そんな歌詞に出会った。いやはやこれは、自分ではないか、そう思わずにいられなかった。そしてそんな歌を歌っていたのはきゃりーぱみゅぱみゅであった。驚きだった。以下、その衝撃を記録してみた。CMソングであることを踏まえつつ、歌詞を眺めて感想を綴った。分析などができたわけではないが、読んだ方が、こんなアイドルソングもあるのかと知るきっかけになるなら幸いです。
2. 歌詞とCMとの関係について
「今日も明日もバイト がんばろうね」という歌詞がある曲は、きゃりーぱみゅぱみゅの「きゃりーANAN」(作詞作曲:中田ヤスタカ(CAPSULE))である。2012年1月11日発売シングル「つけまつける」に収録されている⑴。歌詞をまず全部記載してみる。
あん あん ああん あん
ぱみゅぱみゅ
あん あん ああん あん
きゃりーぱみゅぱみゅ …A
ここまでをAとする。続いて、
僕らは働くよ 夢みて
今日も明日もバイト がんばろうね
あれもこれも欲しい 働こ
今週も来週も がんばろうね …B
ここまでをBとする。以上が「きゃりーANAN」の歌詞全てである。歌詞は「KYARY PAMYU PAMYU KPP BEST(2016年発売、ワーナーミュージックジャパン)」のブックレットを見ている。
構成としてはAとBがポップな曲調の中で繰返される。Aのフレーズが耳に残る印象だ。この曲は2012年1月7日よりテレビ放映された求人情報サービス「an」のCMソングであった⑵。そのため、Aの「あん あん ああん あん」は可愛らしい掛け声であると共に、求人情報サイト「an」の宣伝のためのフレーズでもあるはずだ。「an」は2019年に既にサービスを終了しているが、パーソルキャリアの運営する、アルバイト検索が主の求人情報サイトであった⑶。歌詞のB でバイトが出てくるのはそれに関連するのだろう。
フレーズが何度も出てきて、広告すべき「an」を「あん あん ああん あん」と印象付け、楽しげな曲の中でバイトへ好感と期待を持たせる、優れたCMソングになっているようだ。
3. バイト、バイト、そして…
ここまで、「きゃりーANAN」がバイト求人サイト「an」のCM曲であることとの関係も意識しながら、その歌詞を見てきた。宣伝すべき対象を盛り込みつつ、耳に残る良いCMソングになっていることを確認した。
いやしかし、自分はやはり不穏を感じてしまった。なぜだろうか。
Bを見てみる。「僕らは働くよ 夢みて/今日も明日もバイト がんばろうね」となっている。よって「僕ら」は夢を追っているから、バイトで生活をしているらしい。「僕ら」があるということは「僕ら」ではない「彼ら」もいるということだ。「僕ら」がバイトであるならば、やや強引ではあるが「彼ら」は正規雇用だとすることができるかもしれない。「僕ら」は夢のために正社員ではなくバイトを選んでいる、一方「彼ら」は夢を諦めて正社員になったのだ、と。僕らは「今日も明日もバイト」だから「がんばろうね」と励まし合う。正規雇用の「彼ら」は待遇の良さや福利厚生により、それなりの休暇が持てるのかもしれないが、「僕ら」は「今日も明日もバイト」しなければ間に合わない。
続いてのフレーズ「あれもこれも欲しい 働こ/今週も来週も がんばろうね」からは、「僕ら」はいろいろなものが欲しくなってバイトをしているとわかる。時間給で働くから、稼ぎたいとなれば自分の時間はどんどんバイトで埋めることができる。時には掛け持ちもする。でもお金を得て手に入れたいと思う「あれもこれも」は本当に必要なものなのだろうか。「きゃりーANAN」はバイト検索サイト「an」のCMソングであった。そのCMの前にも様々な広告が流れていたことだろう。「あれもこれも欲しい」と思わせるような。CMは物を「欲しい」という気持ちをかき立て、そしてバイト検索をさせて「僕たち」にバイトをさせる。お金は「あれもこれも」に使われ、そしてまたCMを見て別の「あれもこれも」が欲しくなるという循環。そこまで考えるのは意地が悪いだろうか。
どうせ考えすぎるなら、もっと先まで行ってしまおう。「僕らは働くよ 夢みて/今日も明日もバイト がんばろうね」「あれもこれも欲しい 働こ/今週も来週も がんばろうね」のフレーズの苦しさをここまで見てきたが、もっと辛いのは、この後の希望がないことだ。この歌の中では「がんばろうね」は出てくるが、がんばった結果どうなるか、未来はどう開けるのかが描かれていない。AとBが繰返されて、この曲は終わる。
きゃりーの曲は特徴的なフレーズの繰返しがされるものが多いが、そうだとしても「きゃりーANAN」の中でのリピートは特殊だ。「きゃりーANAN」が収録されているシングル「つけまつける」には、「つけまつける」「きゃりーANAN」「チェリーボンボン」の三曲が入っている⑷ので、他の二曲と比較してみよう。するとわかることには、「つけまつける」「チェリーボンボン」は、テーマとなるものによる語り手の変化が感じられるが、「きゃりーANAN」ではそれがないのだ。
「つけまつける」から見てみる。「つけまつける」は以下の
つけまつけま つけまつける
ぱちぱち つけまつけて
とぅCAME UPとぅCAME UP
つけまつける
かわいいの つけまつける
のフレーズが繰返される⑸。多くの人の記憶にあるのもこの箇所だろう。しかし、以下の部分などには「つけま」によって人の心に変化があることが示されている。この曲ではその点も重要なはずだ。
いーないーな それいいなー
ぱっちりぱっちり それいいな
いーないーな それいいなー
気分も上を向く
ちゅるちゅるちゅるちゅるちゅ
付けるタイプの魔法だよ
自信を身につけて
見える世界も変わるかな
内側から自力で自信を持つことは難しくても、外面に何かをちょっと身につけることで、見える世界が変わるとしている。同様のことは以下の部分でも言われている。
さみしい顔をした
小さなおとこのこ
変身ベルトを身に着けて
笑顔に変わるかな
おんなのこにもある
付けるタイプの魔法だよ
自信を身につけて
見える世界も変わるかな
「変身ベルト」や「つけま」といったアイテムで外面を変えるなら、自分の内面も変化する。そしてそれは見える世界が変わることに繋がるのだ、と述べている。この曲の歌詞には、
同じ空がどう見えるかは
心の角度次第だから
という部分もある。「つけま」で自分の外側を少し変化させて自信を持てるなら、世界の見え方が変わる、というのがこの曲のテーマなのだ。
ではシングル「つけまつける」に収められている、もう一曲「チェリーボンボン」についても見てみよう。「チェリーボンボン」で繰返されるのは以下のフレーズだ。
チェリー チェリー チェリーボンボン
チェリー チェリー チェリーボンボン
マイチェリー チェリー チェリーボンボン
「チェリーボンボン」はこの曲の中では「子供の頃おばあちゃんに/ねだるとたまにくれた」ものとして出てくる。そしてそれは子供の頃の気持ちや夢を思い出させるものだ。
子供の頃聴いた曲も
今なら違う風に 聴こえるのかななんて
ほこりのかぶったプレーヤーは
タイムマシンになって
気持ちを取り戻すの
たしかに覚えてる あの頃と同じ味ね
タイムマシンに乗って
あの頃の気持ちを
あの頃の夢を
思い出して チェリーボンボン…
子供の頃に食べたチェリーボンボンにより過去の気持ちや夢を取り戻す、という今の自分に起きる変化が示されている。
以上、「きゃりーANAN」と同じシングルに入っている「つけまつける」と「チェリーボンボン」の歌詞を見てみた。両方にはそれぞれ「つけま」「チェリーボンボン」に関する印象的なサビのフレーズがあるが、歌詞の中ではそれらのアイテムにより、人の内面に変化があることが描かれていた。
一方、「きゃりーANAN」はどうだろうか。歌詞の中で、バイトにより自分が成長するとか、自分に自信が持てるようになるとか、そのような変化を述べることは全くしていない。「きゃりーANAN」中の「僕らは働くよ 夢みて」の「夢」は「チェリーボンボン」に出てくるし、「あれもこれも欲しい 働こ」の「欲しい」の気持ちは、「つけまつける」の「いーないーな それいいなー」と対応しているようにも思えるが、「きゃりーANAN」の中では「夢」や「あれもこれも」は具体性を持たず、「僕ら」を明るい方向に導くという示唆もない。「きゃりーANAN」を聴く際、同時収録された二曲から「僕ら」の「夢」や「あれもこれも欲しい」について想像することはできるけれど、この曲としては、何かのためとしながらの、バイトの無限ループそれ自体がテーマなのではないだろうか。「つけまつける」と「チェリーボンボン」が変化を描くなら、「きゃりーANAN」は繰返しを突きつけている。
「あん あん ああん あん」という掛け声が楽しそうに繰返される中で、そして夢とか、欲しいとかを追いかける中で、「僕ら」は「今日も明日もバイト がんばろうね」「今週も来週も がんばろうね」から抜け出せないのだ、ずっと、ずっと…。そんなふうに「きゃりーANAN」を解釈してしまうのは、現実にバイトの永遠の中にいる自分が歪んでいるからなのだろうか…。
この節では、「きゃりーANAN」と同じシングルに入っている「つけまつける」「チェリーボンボン」とも比較しながら、「きゃりーANAN」の中で変化が示されないこと、繰返しそれ自体がテーマとなっていることを述べた。最後に、今後の展望を述べながら全体の感想をまとめたい。
4. おわりに
この感想文では、きゃりーぱみゅぱみゅの「きゃりーANAN」について述べてきた。この曲は、バイト検索サイト「an」のCMソングとして「あん あん ああん あん」のフレーズを印象に残しつつ、バイトの無限それ自体がテーマとなっていた。自分の変化を歌う「つけまつける」「チェリーボンボン」と比較すると、繰返すこと、変わらないこと、変われないこと、を訴える曲だ。こんなに楽しい曲調のCMソングになっているのに、バイトの暗部を仄めかせているのなら、何て素晴らしいのだろう。きゃりーぱみゅぱみゅのポップな楽曲にこんな卑屈をねじ込むのは見当違いなのかもしれないけれど、自分にとってはこのような解釈を作ってしまうと、ただ耳に気持ちいいだけだと思っていた頃よりずっと面白かった。
興味を持ったのは、きゃりーがバイトの歌を歌っているということであった。自分が小学生の頃、モーニング娘。は「明るい未来に 就職希望だわ」(「LOVEマシーン」)とか「恋もして(Woo Baby) 仕事して(Woo Baby) 歴史きざんだ地球」(「恋愛レボリューション21」)とか歌っていた気がする。モーニング娘。がその時歌っていた女の子は正規雇用なのだろう。この違いは時代によるものなのだろうか。歴代のアイドルは労働をどのように歌っていたのだろう。アイドル史は研究が厚いと思うので、ご存じの方いれば教えてください。
そのようなものも含め、様々な関心はあるけれど、どれだけ形にできるだろうか。自分自身が「今日も明日もバイト」の中であるけれど、少しずつでも放出できたらと思います。ええ、でも、また今からバイトに行かなければならないのです…「今日も明日もバイト がんばろうね」…「今週も来週も がんばろうね」…。
参考
⑴DISCOGRAPHY/ディスコグラフィー | きゃりーぱみゅぱみゅOFFICIAL HOMEPAGE (asobisystem.com) (最終閲覧2023年5月3日)
⑵音楽ナタリー2011年12月27日17時50分記事:きゃりーぱみゅぱみゅが「an」CMでヤスタカ制作の新曲披露 – 音楽ナタリー (natalie.mu) (最終閲覧2023年5月3日)
⑶アルバイト求人情報「an」サービス終了に関するお知らせ | プレスリリース | パーソルキャリア – PERSOL CAREER (persol-career.co.jp) (最終閲覧2023年5月3日)
⑷ ⑴のディスコグラフィー参照。
⑸「つけまつける」「チェリーボンボン」の歌詞についても「KYARY PAMYU PAMYU KPP BEST(2016年発売、ワーナーミュージックジャパン)」のブックレットから引用している。
※画像はphotoAC写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK (photo-ac.com)(ID:492310 PhotoNetwork作)より