古代ギリシア版戦況速報?—アイスキュロス『ペルシア人』

古代ギリシア版戦況速報?—アイスキュロス『ペルシア人』

概要

 『ペルシア人』(Πέρσαι)。紀元前472年、アテナイで上演。アイスキュロスの作品中二番目、完全な形で現存するギリシア悲劇としては最古のもの。

 紀元前492年から紀元前449年にわたってアケメネス朝ペルシアとギリシャとの間で戦われたペルシア戦争、とくに、上演から8年前の紀元前480年に行われギリシアが勝利したサラミスの海戦を背景としている。開戦時王位にあったダレイオス一世(紀元前550年頃-紀元前486年、在位:紀元前552年-紀元前486年)、そのあとを継いだクセルクセス一世(紀元前519年-紀元前465年、在位:紀元前485年-紀元前465年)は、いずれも実在の人物である。

 神話や英雄伝説を題材とするのが基本のギリシア悲劇にあって、実際の歴史的事象を題材とした珍しい作品で、完全な形で現存しているものとしては唯一。

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登場人物

コロス ペルシア人の長老たちよりなる合唱隊。

アトッサ ダレイオスの妃、クセルクセスの母。

伝令

先王ダレイオスの亡霊

クセルクセス王 

舞台

スサ(またはスーサ) アケメネス朝ペルシア時代の王都。現在のイラン・フーゼスターン州シューシュに当たる。

あらすじ

コロス(長老)、アトッサ。ヘラス(アテナイ)に攻め入った息子クセルクセス王を心配し、長老たちにギリシャや戦争について教えを請う。

伝令帰還。ペルシアの大敗北を報告する。アトッサは伝令から戦の経緯を詳細に聞き出す。ヘラスの男がクセルクセス王の元を訪れ、ヘラス軍は夜になったら敗走するという情報をもたらしたが、これは嘘で、敵の退却を当てにして攻め入ったペルシア軍は返り討ちにあってしまった。その後ペルシア軍は秩序を失い、数少ない生き残りがなんとか逃げ落ちたのだという。

③ アトッサが供え水を、コロスが唱歌を送ることで、地下から亡き先王ダレイオスを呼び戻す。アトッサがペルシアの陸海両軍壊滅を伝えると、ダレイオスはペルシアの歴史を振り返り、クセルクセスの拙速を嘆きつつ、暗い未来を予言する。ダレイオスの亡霊はやがて地下に戻り、アトッサもボロボロになった息子を出迎えるため去る。

クセルクセス登場。コロスに問われるがまま死んだ武将を数え上げ、敗北の次第を説明する。最後はクセルクセスとコロスの掛け合いで、ペルシアの運命を嘆き悲しむ。

古代ギリシャの「時事ネタ」劇

 『ペルシア人』は、ギリシャ(ヘラス)にとって長期にわたる交戦関係にあったアケメネス朝ペルシア、すなわちアジアの敵国の王宮を、内側から描いた作品である。クセルクセス王は上演当時まだ存命でペルシアの王を務めていたわけで、これはいわば「時事ネタ」劇だ。

(クセルクセス一世)

 写真や映像はおろか、新聞すらもない時代、こうした芝居は人々に戦争の情報を伝えるニュース番組の役割も果たしていたのだろうか? 伝令やクセルクセスによって、細かい戦地や武将の名前が次々と語られる箇所は、いまの感覚からするとあまりにも冗長だが、戦場となったギリシアの地名に土地勘が働く観客が、この芝居を観ることで戦争の情報を得たのだとすると、納得できる感じもする。他方、ペルシア人の武将の名前は、これほど詳しく聞いてどうするのだろうという疑問も湧くが……。

多重的な隔たり

 形式的に見ていまなお斬新に思えるのは、舞台を戦地のギリシアではなく、派兵後がらんどうになったスサ(ペルシアの王都)に設定し、敗走して何とか故郷にたどり着いた伝令や王(と先王の亡霊)を登場人物としたことである。結果として『ペルシア人』は、戦争を主題とした戯曲でありながら、ひじょうに動きの少ない、静かな芝居となっている。戦争の様子はあくまで言葉で報告されるだけで、実際に演じられることはない。

 空っぽのペルシアの都でギリシアでの戦闘について報告するという物語を、戦地に近いギリシアで上演しているというのだから、状況はけっこう複雑である。喩えて言うなら、ホワイトハウスでルーズベルトと側近が戦況談義をしている様子を、太平洋戦争中の東京で上演するようなものだろうか(もっとも勝敗は逆なわけだが)。

 この芝居の構造には、二重三重の隔たりが組み込まれている。まず、上演場所(アテネ)と作中の舞台(スサ)の隔たり(あるいは上演・観劇者のギリシア人と登場人物のペルシア人)がある。次に作中人物のペルシア人から見た、戦場との距離がある(本来スサにいるはずの人々は、兵士として出払い、死んでしまうなどしてスサにいない)。さらにここには、戦いはすでに終わっていて事後報告されるだけだという、時間的な隔たりもある。

 この戦争が序盤で、アトッサの夢(「ペルシア風の長袖」の女と、「ドリス風の衣」の女)によって象徴化されていることも含め、この芝居における戦は何重にも「間接的」に表象されている。そのことと、行ったことも見たこともないはずのスサの王宮での会話を内側から描いていることのギャップが、ユーモラスとも言える不思議な感触を作品に与えている。

ペルシア人のゼウス信仰?

 ちなみに、登場人物は皆「ペルシア人」であるにもかかわらず、ギリシアの神ゼウスの名が何度か口にされる。言語も文化も違うペルシア人にゼウス信仰があったとは思えないので、これはあくまで創作だろう。さっきの喩えを引っ張れば、ルーズベルトが戦況報告に天照大神に呼びかけるようなものだろうか。

 特に「ゼウス」と言う回数が多いのが、ダレイオス王の亡霊なのもおもしろい。基本的にアイスキュロスの描き方は、先王ダレイオスはいい王様だったのに息子のクセルクセスが調子に乗ってその遺産を食い潰したという感じで、ダレイオスとクセルクセスのやり取りは父が息子に小言をいうような雰囲気もあるのだが、そうだとすると、どちらかといえば正しいダレイオスにはゼウスが味方できる、という理屈だろうか。

 しかし、コロスとクセルクセスが一行ずつのやり取りで悲嘆に暮れるラストシーンは、読んでいて胸に迫るものがある。アテネの観客たちは、敵である「ペルシア人」の嘆きに、思わず共感したりもしたのか、ということも気になる。

名台詞

・「おおつらいことだ、敗北をはじめに知らせるこの不運。」(伝令、253行)
Ὤμοι, κακὸν μὲν πρῶτον ἀγγέλλειν κακά.

・「これほど多数の人間が、たった一日で死んだことは他にはけっしてございません。」(伝令、431行)
→ダンテ『神曲 地獄篇』のⅢ. 第55-57行目、T. S. エリオット『荒地』の第63行に似た表現がある。

・「累々たるしかばねは三代の子孫にいたるまで、その目に声なき戒めとなるだろう、生身の人間は増長してはならぬとな。うぬぼれの花ひらけば災いの実のみのり、そこに恐ろしき苦悩の取入れを刈り取るのが習いであるからな。」(ダレイオス、818-22行)
Ὕβρις γὰρ ἐξανθοῦσ᾽ ἐκάρπωσεν στάχυν
ἄτης, ὅθεν πάγκλαυτον ἐξαμᾷ θέρος.
→ダレイオスは、クセルクセス王の敗北を「うぬぼれ」の結果だと非難し、その戒めは「三代の子孫」に至るまで効力を発揮するだろうと述べている。

引用文献

「ペルシア人」湯井壮四郎訳(『ギリシア悲劇Ⅰ アイスキュロス』高津春繁ほか訳、ちくま文庫、2019年)

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アイスキュロスの他の作品
縛られたプロメテウス
アガメムノン
供養する女たち/コエーポロイ
『慈みの女神たち』
『テーバイ攻めの七将』
『救いを求める女たち』

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