『脂肪の塊』解説|闇の中のすすり泣きを聞け|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|モーパッサン

『脂肪の塊』解説|闇の中のすすり泣きを聞け|あらすじネタバレ感想・伝えたいこと考察|モーパッサン

概要

 『脂肪の塊』は、1880年に発表したギ・ド・モーパッサンの短編小説。モーパッサンの出世作であり、『女の一生』に並ぶ代表作の一つである。

 プロイセン軍から逃げようとして馬車の中で、「脂肪の塊」という愛称を持つ娼婦と乗り合わせた貴族や修道女たちに渦巻くエゴイズムを鋭く描いた物語。

 海外文学は他に、カフカの『変身』、キャロル『不思議の国のアリス』、ポー『黒猫』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』などがある。

 また「おすすめのフランス文学」で、フランス文学のおすすめを紹介している。

登場人物

ブール・ド・シュイフ:脂肪の塊という意味のあだ名。娼婦。本名はエリザベート・ルーセ。強い愛国心を持つ。子供は農家に預けている。ナポレオンの支持者。

コルニュデ:民主主義者。親が残した金を仲間と飲んで使い切った。他の旅人とは意見が合わないことが多い。

士官:宿に滞在するプロイセンの士官。ブール・ド・シュイフと寝るために、旅人たちを足止めしている。

ユーベール・ド・ブレヴィル伯爵:由緒ある貴族の名を持つ老伯爵。県内のオルレアン党の代表。カレ・ラマドンの同僚。不動産経営で財を成している。

ユーベール・ド・ブレヴィル伯爵夫人:小さな船持ちの娘。堂々とした態度で、貴族社会の誰からも愛されている。

ロワゾー:ワイン問屋。抜け目がなく、底抜けに陽気。イカサマ師として有名。

ロワゾー夫人:大柄でてきぱきと物事をきめる気丈者。

カレ・ラマドン:上流階級。県議会議員。製糸工場を所有している。

カレ・ラマドン夫人:愛らしく美しい人物。

老婆の修道女:顔一面あばたズラの痘痕に覆われている。

サン・ニセフォール:熱心の信仰を持つ。痩せていて可愛らしい病的な顔をしている。結核を患っている。熱烈な信仰者。

フォランヴィ:宿屋の主。士官の伝言を旅人たちに伝える。

フォランヴィ夫人:息子を兵隊に取られていて、プロイセンに恨みを持っている。

名言

一方ブール・ド・シュイフは相変わらず泣いていた。そして時々、抑えようとしても抑えきれないすすり泣きが、歌のあいまあいまに、闇の中から漏れるのであった。(p.89)

あらすじ・ネタバレ・内容

 舞台は普仏戦争でプロイセン軍に占領されたフランス。フランスの北部にあるルーアンの街にプロイセン軍が侵攻してきていた。

 様々な理由でルーアンを去り、ル・アーヴルを目指す旅行者がいた。馬車に乗るのは、ワイン問屋を経営するロワゾー夫妻、工場を所有する上流階級のカレ・ラマドン夫妻、由緒ある貴族の名を持つブレヴィル伯爵夫妻、老婆と病的な顔を持った二人の修道女、ブール・ド・シュイフ(脂肪の塊)というあだ名を持つ娼婦エリザベート・ルーセ、民主主義者コルニュデの10人だった。

 上流階級に所属する者や聖職者である旅人たちは、娼婦であるブール・ド・シュイフを冷たくあしらっていた。しかし自分たちが用意し忘れていた食料を彼女が持っていると知ると、態度を一変させて食料をいただく。

 悪天候のために進行が遅れていた馬車は、ようやくトート村に到着する。そこはプロイセン軍に占領されており、フォランヴィーが経営する宿に泊まる。翌日、出発しようとすると、プロイセンの士官に理由も明かされずに足止めされる。事情が明かされないことで、旅行者は不安に苛まれる。

 様子がおかしいブール・ド・シュイフを問い詰めると、士官が彼女に言い寄ってることが判明する。士官は彼女が寝ることを同意しないと、無期限で足止めをしようとしていた。このことに他の旅行者も憤りを見せるが、次第に士官の要求を飲まないがために足止めの原因となっているブール・ド・シュイフに攻撃が向く。

 旅行者たちは彼女が自分の意思で士官の元に向かうよう、偉人の逸話や倫理の話題を取り上げて彼女を説得する。最後には彼女の方が折れて、弛緩と寝ることにする。すると翌朝には出発することが許される。

 旅人たちはル・アーヴルに向かう。旅人は彼女のおかげで出発できたにもかかわらず、彼女を無視する。食事の時間になっても自分たちの間で食べ物を分け合い、彼女は堪えきれずに泣いてしまう。コルニュデはそれらの旅行客と距離を置きながら、ラ・マルセイエーズを口ずさむ。旅行客が嫌そうな顔をするのもお構いなしに歌われるラ・マルセイエーズの間に、彼女の啜り泣きが漏れるのだった。

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解説

「脂肪の塊」と普仏戦争

 「脂肪の塊」は普仏戦争(1870-1871)を題材にした6編の短編からなる『メダンの夕べ』 の一編として刊行された。刊行は1880年で普仏戦争から約10年後のことである。他の5編の執筆者には自然主義作家の大家であるエミール・ゾラや、若手として名を広めていたジョリス=カルル・ユイスマンスなどがいたが、その中でも当時無名であったモーパッサンのこの短編が傑作として広く認知された。このときモーパッサンは30歳。これ以降モーパッサンはフランス自然主義の代表的作家の一人となり、1883年には代表作である『女の一生』を執筆する。

 モーパッサンの師であるギュスターヴ・フローベールは印刷前のゲラの段階で本作を読み、「これは傑作だ。後世に残ることは俺が保証する」(p.92、解説者:水野廖)と絶賛した手紙をモーパッサンに書き送った。この予言の通り「脂肪の塊」は傑作として現在まで読まれているのだから、作品の価値を見抜くフローベールの力は驚嘆に値する。ちなみに、それから数日後の1880年5月8日、フロベールは他界した。フロベールは『ボヴァリー夫人』や『感情教育』などの傑作を世に発表し、文学に写実主義を確立した偉人である。

 この写実主義を発展して確立されたのが自然主義である。自然主義は19世紀後半のフランスで、ゾラを筆頭に広がっていった。ロマン主義への反感から生まれた自然主義の感性は、本作にも忠実に流れている。

自然主義と「侵入の匂い」

 冒頭で描かれるのは、フランスの街ルーアンに侵入するプロイセンの軍とそれに対応する住民たちである。

ところで少人数の分遣隊は、一軒ずつ戸口をたたいて、なかへ消えて行った。侵入の後にくる占領だった。勝利者に対して愛想のいい顔を見せなければならない敗者の義務がはじまった。(p.9)

 モーパッサンは20歳の時に普仏戦争が起こり、一兵卒として戦争に参加して敗走した。その経験は戦争に対する強い嫌悪感を生じさせ、のちの文学作品にも影響を与えることになる。モーパッサンが経験した戦争の記憶が、上記の引用に代表される、戦争に負けた街の描写に反映されていることは間違いない。自然主義作家らしく主観的な描写を極力控えたこの文章は、淡々として簡素でありながら、その街の雰囲気をリアルに描き出している。

しかし何かしら空気中に漂っていた。何かしら微妙な、わけのわからないもの、あたり一面に拡がっている匂いのようなもの、つまり侵入の匂い、我慢のならない異国の雰囲気があった。それが市民の住家や広場をみたし、食物の好みを変え、非常に遠くの、危険な蛮族の国を旅しているような印象を与えるのだった。(p.10)

勝利者が敗戦国の街に侵入した時の微妙な雰囲気は、まさにこのような感じなのだろう。敗者は勝者に愛想のいい顔を振り撒き、次第に日常に戻っていく。しかしそこには「何かしら微妙な」空気が流れいる。それは日常にはない緊張感かもしれない。街を異国の者が闊歩し、それを平然とやり過ごす住人。これらを強制するような充満した空気を、モーパッサンは一言「侵入の匂い」と言い表している。

 勝者に侵入された街の描写は、その後の出来事をリアルに感じるための、最適な導入となっている。プロイセンの士官に対する緊張感やブール・ド・シュイフの怒り、旅行者たちのドギマギした雰囲気の土台には「侵略の匂い」がある。

考察・感想

図式的な物語構成と、社会の縮図としての馬車

 普仏戦争の経験に根ざした冒頭の描写と比較すると、馬車に乗車する旅人たちの身分や物語全体の構成は図式的すぎると言えるかもしれない。

 場所に乗り合わせたルーアンを去りル・アーヴルを目指す人々は、以下の10人である。ワイン問屋を経営するロワゾー夫妻、工場を所有する上流階級のカレ・ラマドン夫妻、由緒ある貴族の名を持つブレヴィル伯爵夫妻、老婆と病的な顔を持った二人の修道女、ブール・ド・シュイフ(脂肪の塊)というあだ名を持つ娼婦エリザベート・ルーセ、民主主義者コルニュデ。これら10人の旅人たちは、バラバラの身分と性格を有している。それぞれが身分を代表しており、馬車の中はフランス社会の理想的な縮図といえる。

 この物語の中心に娼婦のブール・ド・シュイフがいる。彼女は娼婦であるが故に上流階級者や夫人たちに蔑まれるのだが、ことある度に、彼女は有利な立場に立つにことになる。食物を持ってき忘れて空腹に喘ぐ旅人の傍で持参の食料を食べ始めたのも、旅を足止めしてきたプロイセンの士官を満足させたのも彼女である。決定権を持つのは常に他人から軽蔑されているブール・ド・シュイフなのだ。したがって、彼女の行為ひとつひとつが旅人たちの感情を揺れ動かすわけだが、そこに彼/彼女らの卑しさが現れる。旅人たちはプロイセンは敵だなどと勢いこんで叫んでも、結局は保身しか考えていない。彼/彼女らは自分の身しか可愛くなく、そのためにはブール・ド・シュイフに犠牲を強いることも厭わない。そこでは綺麗事だけ述べて何事も成さず、他人にだけ犠牲を強いる彼/彼女らの欺瞞が描かれている。

 馬車に乗り合わせた人々と同様に、物語の構成も図式的である。トート村での宿泊を挟んだ二回の食事の場面や、士官の望みを知った前後の旅人たちの態度は、見事に対照を成している。自分に都合が良くなるよう場面に応じて態度を急変させる彼/彼女らの根底には、愛国心や憐れみなど全くなく、浅薄な保身しか持ち合わせていない。それと対照的なのがブール・ド・シュイフの信念である。

あたし、まっ先に入ってきた奴の咽喉へ飛びついてやりましたわ。奴らだってほかの人間に較べて、別に締め殺すのに一段と骨が折れるわけじゃありませんもの。ですから、誰かがあたしの髪の毛を持って引きもどさなかったら、きっとそいつを締め殺してもいたかもしれませんわ。(p.33)

この勇敢な行為にほかの人々は称賛を送り、彼女に尊敬の眼差しを向けた。娼婦と蔑んでいた彼女の内には、尊い愛国心が輝いているのだ。だが、この称賛ものちにすぐ消え失せてしまう。それも彼女が、娼婦であるばかりに。

あの手この手を使った策略の数々

 士官の望みを知って憤慨した彼/彼女らは、翌日になっても馬が厩にいるのをみて、次第に怒りの矛先をブール・ド・シュイフに向ける。

局面をはっきり心得ているロワゾーは、あの「売女」はいつまでわれわれをこんな場所にまごまごさせておくつもりなのだろうと、不意にいい出した。礼儀作法がいつも身についている伯爵は、そのような辛い犠牲を強いることはできない、女の方から進んでするのでなければといった。カレ・ラマドン氏は、フランス軍がもしも噂のようにディエップから反撃に移るとすれば、両軍の衝突はトート以外では起こり得ないといった。それを聞くと、二人は急に心配になってきた。(p.63)

いつも陽気でずる賢いロワゾーがまず初めに口を開く。彼の発言は直接的で、「売女」とはもちろんブール・ド・シュイフのことである。ここではすでに敵が、旅路を足止めしていた士官ではなく、彼女になっている。それに対する伯爵の発言は、ロワゾーと違い直接的ではないとはいえ、同じ穴の狢である。カレ・ラマドンも自分の身の安全しか考えていないという点において、ほかの二人と何も変わらない。

 士官の要求がブール・ド・シュイフと寝ることだと知った時、「彼女に要求された犠牲の一部分を、めいめいも求められたかのように」(p.58)彼らは激怒した。そう。彼らは彼女の身になって、彼女とと共に怒りの叫びをあげたのだ。だがその怒りは、1日も経たずして彼女に向けられる。この変わり身の早さこそが、彼/彼女らの正体である。

 そこからの彼/彼女らの策略が面白い。伯爵が言うように、「辛い犠牲を強いることはできない、女の方から進んでする」よう策を巡らすのである。彼/彼女らは二日もかけて、ブール・ド・シュイフの気持ちを変えさせる。敵の将軍を寝床に誘って奴隷のように跪かせたクレオパトラの逸話や、ボナパルトに伝染病を移そうとしたイギリスの名門の女の話を、自然なように会話に混ぜる。競争心を煽り、倫理を説き、「復習や献身のために貞操を犠牲にしたあらゆる女が引用された」(p.70)。

 形振り構っていられない彼/彼女らの必死さが伝わってきて、読み応えがありかなり面白い。どれだけ煽ってみたり勇敢な行為だと説き伏せても、「いやですったら」(p.71)の一言で希望が打ち砕かれる。同盟の力は弱まり、やり切る自信を失い、それでもやらねばと自分たちを鼓舞して再チャレンジをする。ときには修道女の偶然の助けが入り、あと一押しと言うところで、伯爵が決め手を放つ。曰く、「だからさ、ね、自分の国にもめったにいないような別嬪さんの味を楽しんだというんで、先生とっても自慢するかもしれないぜ」(p.75)。

マルセイエーズのあいまに、彼女のすすり泣きが漏れてくる

 結局、ブール・ド・シュイフに味方をする者は現れなかった。上流階級の男たちはもちろんのこと、夫人たちも「恥ずかしいことをしたと言って泣いてるわ」(p.87)と蔑んだ。トート村に向かうときブール・ド・シュイフが気前よく食事を与えてくれことも忘れて、彼/彼女らは自分たちだけで食事を取る。彼女は完璧に裏切られたのである。

 ブール・ド・シュイフにとっては、修道女たちもあの6人と何ら変わるところはない。確かに修道女たちは、ブール・ド・シュイフを士官の元に向かわせる策略に加わらなかったし、目に見えて侮蔑を与えることもなかった。しかし彼女たちは祈っているだけで、ブール・ド・シュイフに降りかかる悲劇を無視してきた。彼女たちも尼という自分の身分だけが大事であり、つまり保身しか考えていないのである。

 では、民主主義者のコルニュデはどうか。この判断は中々に難しいが、「わしは皆さんにいう、諸君は恥ずべき行いをしたんですぞ」(p.79)とは言うものの、拒否するブール・ド・シュイフに詰め寄った輩である。五十歩百歩と言わねばなるまいか。

 最後にコルニュデは、マルセイエーズを口ずさむ。フランス革命の革命家で第二帝政下(1852年-1870年)において禁止されていたマルセイエーズは、1879年にフランスの国家となったなった。物語の中では、国家になる前の共和制を思わせる民衆の歌である。この曲を聞いて、ほかの人々が眉を顰めるのも無理はない。彼/彼女らは上流階級で保守派なのである。しかも彼らの愛国心は、全くもって陳腐なものであることが白日の元に晒されてしまった。祖国愛を歌うマルセイエーズは、彼/彼女らの心を深く抉ったに違いない。そしてこの時のコルニュデの執拗さもまた嫌らしい。彼はこの時、苦虫を噛み潰したようなほかの連中の顔を見て、復讐心を満足させ細く微笑んだに違いない。

 そんな中に、ブール・ド・シュイフの啜り泣きが聞こえてくる。

一方ブール・ド・シュイフは相変わらず泣いていた。そして時々、抑えようとしても抑えきれないすすり泣きが、歌のあいまあいまに、闇の中から漏れるのであった。(p.89)

自分を裏切り蔑む上流階級者、見ないふりを決め込む修道女、復讐心を満たし溜飲を晴らす民主主義者コルニュデ。誰の目にもブール・ド・シュイフの悲劇は映らない。彼女のすすり泣きは、「歌のあいまあいまに」聞こえてくる。その漏れ聞こえてくる泣き声は、誰も見ることのできない「闇の中から」発せられているのだ。

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参考文献

モーパッサン『脂肪の塊』水野亮訳、岩波文庫、1938年

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