ニーチェ哲学を学ぶ人のために
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)は、ドイツの哲学者・思想家です。
『ツァラトゥストラはかく語りき』や『善悪の彼岸』などの著作で知られ、伝統的道徳や宗教を批判し「神は死んだ」と宣言したことでも有名です。
超人や永劫回帰、力への意志といった概念を提唱し、個人主義と自己超克を説きました。
その挑発的な文体と深い洞察は、哲学や文学、心理学に大きな影響を与え、晩年は精神崩壊に苦しみつつも、現代思想に革命を起こした存在として評価されています。
本記事では、なぜおすすめか、その理由も含めて入門書や解説本・著作を紹介します。
他、ソクラテスやショーペンハウアー、マックス・ウェーバー、オルテガ、ハイデガー、バタイユなどのおすすめ入門書・解説本・著作を紹介しています。
世界の必読哲学書は「本格的な人向けおすすめ世界の哲学書」などで紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
超入門編
まんが『ツァラトゥストラはかく語りき』(2018年)
どんな入門書でも結局文字が多くて難しかったということがある。この本はそんなことはない。なぜならまんがだからだ。
本書は『ツァラトゥストラはかく語りき』を、サッカー少年の成長物語を通じてまんが化したもの。「神は死んだ」「超人」「永劫回帰」といったニーチェの根本概念ををストーリー仕立てで解説してくれる。
サッカー少年の青春物語が軸なので哲学を身近に感じることができ、しかもなんだが面白くニーチェの思想をそこそこ学べてしまう点がおすすめポイントだ。電子書籍で読めるのも非常に嬉しい。
ただ、もちろん原作にはサッカー少年は出てこない。原作を知っている人なら、内容が全く異なる!!?簡略化されている!!?と感じることも。
というわけで、超入門として、ニーチェ思想をカジュアルに学びたい人におすすめの一冊となっています。
『「最強!」のニーチェ入門』(2020年)
『史上最強の哲学入門』で有名な飲茶氏によるニーチェ入門。
対話形式(飲茶先生と悩める女性「アキホ」の会話)で書かれており、専門用語(「神は死んだ」「奴隷道徳」「超人思想」など)を噛み砕いて説明するため、哲学初心者にも非常に読みやすいと評判である。
特徴的なのは、ニーチェの思想を現代の悩み(仕事の失敗、恋愛、将来への不安)に当てはめ、具体例を交えて解説してくれるところ。ニーチェの思想がいかに実用的かを説明してくれるのだ。
この実践的な面を推してるところが、まんが『ツァラトゥストラはかく語りき』とまるっきり異なる点なので、そのことを念頭に本書を購入してほしい。
入門編
森一郎『快読 ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』』(2024年)
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』を訳した著者が合わせて執筆した、最良の『ツァラトゥストラ』案内書。
「誰にも向いていて誰にも向いていない書物」という副題がついている『ツァラトゥストラ』であるが、本書はそれを、丁寧に、順番に読んで、意味をわかりやすく解説してくれる。
文章が平易でユーモアを交えた語り口なので、初心者でも読みやすい。これだったら『ツァラトゥストラ』を誰でも読破できると思う。ただし結構分厚いので、読み切るには時間がかかる。
岡本裕一郎『教養として学んでおきたいニーチェ』(2021年)
『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)、『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)、『教養として学んでおきたい哲学』(マイナビ新書)など数々の教養哲学の名著を執筆している岡本裕一郎によるニーチェの入門書。
ニーチェの生涯、代表作、主張の変遷をコンパクトにまとめ、思想の全体像を「地図のよう」に提示する。初心者向けで「わかりやすい」と評判である。
特に、ニーチェの哲学が現代人の「生きづらさ」にどう関連するかを示し、人生の目的や価値観について考えるヒントを提供してくれるのが良い。
仲正 昌樹『ニーチェ入門講義』
テクストを熟読し、徹底解説したのが本書である。ニーチェは誤読されやすい。そこで、しっかりとテキストに向き合って読まなければいけない。
これを読めば、「アポロン的/ディオニュソス的」「超人」「永劫回帰」「重力」などのニーチェ語録に惑わされずに意味が理解できる。
ただし、詳細な分析を施すための400ページ近いページ数には面食らうかもしれないので、そこだけは注意が必要である。
マックス・ウェーバーやハンナ・アーレント、ハイデガー、ロールズなど数々の哲学者の思想を一般の人にもわかりやすく解説してきた仲正昌樹氏がニーチェを解読する。
竹田青嗣『ニーチェ入門』(1994年)
日本の哲学者(現象学者)竹田青嗣によるニーチェの入門書。入門書らしく平易な言葉でニーチェの思想をわかりやすく解説してくれる。
特徴は、竹田青嗣の独自の解釈が随所に盛り込まれていること。特に、ニーチェの「生の肯定」や価値観の転換が強調され、その思想の現代的な可能性を提示するので、哲学的思考の入門としても機能する。
もちろんその解釈が主観的すぎるとの批判もあるので、そこは一長一短である。
城戸淳『極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学』(2021年)
『道徳の系譜学』を丁寧に読み解き、ニーチェのキリスト教道徳批判や「ルサンチマン」「永遠回帰」などの概念を、カント研究者の視点から解説する。
特徴的なのは、道徳の問題の「核心あるいは頂点に位置する」ものを、『ツァラトゥストラはこう言った』や『善悪の彼岸』ではなく、『道徳の系譜学』としている点だろう。
『道徳の系譜学』は他の著作と異なり、道徳の歴史的な起源に遡って論じている書物である。
その壮大な道徳の歴史に関して、ニーチェの考えを知りたいという人やそもそもの道徳の起源について考えたいという人におすすめである。
上級編
永井均『これがニーチェだ』
哲学者永井均によるニーチェに関する入門書。「本書がニーチェ解釈としてただしいかどうかには、さしたる関心がない」とした永井らしい挑戦的な書物であるが、内容を見ると超一級品の入門書である。
有名な大江健三郎批判からはじまり、ニーチェの生涯を概観したあとニーチェの思想の解釈に移っていくのだが、ほとんどニーチェの根本思想とよばれる後期思想のみを取り扱っているのが特徴だろう。
そこではニーチェ後期の根本思想である「ニヒリズム」や「力への意志」「永劫回帰」が主題とされ、「力への意志」によって「ニヒリズム」期の乗り越えを、そして「永劫回帰」によって前者二つの乗り越えを図るという大胆なニーチェ像が示される。
ニーチェの根本思想を理解したいならまずはこの一冊だが、少し難しい。
清水真木『ニーチェ入門』
2003年の『知の教科書 ニーチェ』が文庫化されたもの。著者によればニーチェ思想の背景には「健康と病気」に関する深い洞察がある。
そこを起点に、ニーチェの生涯や思想、キーワードを平明に解説し、その思想のもつアクチュアリティを浮かび上がらせる入門書である。
ある程度ニーチェ哲学についてに理解がある人におすすめだろう。新たな知見を得られるかもしれない。
三島憲一『ニーチェかく語りき』
ニーチェ入門でありながら、ニーチェを介した現代思想入門も兼ね備えている。
後世の芸術家や思想家である、イサドラ・ダンカン、ハイデガー、フーコー、ジョルジュ・バタイユ、三島由紀夫、リチャード・ローティ、フランクフルト学派の人々が、それぞれの立場で共感を抱いたニーチェの言葉を紹介する。
ドイツ思想に強い著者がその専門性を活かしつつ、フランス思想や文化(舞踏や文学)にも言及して解説してくれるのも、本書のユニークなおすすめポイントだ。
探究編
『ニーチェ事典』
弘文堂の『事典』シリーズ(他に、『カント事典』『現象学事典』などがある)の『ニーチェ事典』(1993年)の縮刷版。
ニーチェ思想のキーワードや様々な相互影響関係をもつ人物などを解説する。巻末に文献表がついているのも良心的である。
著作
ここからは著作を紹介していきたい。興味のあるものから手に取って読んでみることをお勧めする。
ニーチェの著述期間は1872年〜1888年までの16年間である。一般に初期、中期、後期と分けられ、初期の代表作が『悲劇の誕生』、中期の代表作が『人間的なあまりに人間的な』、後期の代表作が『ツァラトゥストラ』である。初期思想では「芸術」が、中期思想では「認識」が意味の原理として語られ、後期になるとそれが「力への意志」と「永劫回帰」と命名される。
ニーチェは日本で一番人気の哲学者なので、全集もあるし文庫化されているのも結構ある。読むのに困らないが、なかには翻訳が古くさいのもある。とりあえず迷ったら新しい訳のものを買うのをおすすめする。
今回は、文庫化されているものに関して最新の翻訳状況や執筆動機を紹介していくことにしよう。(ちくま学芸文庫版は文庫だが全集の括りにいれてある。文庫化されている著作にない場合は、ちくま学芸文庫の全集版を探してみるのが良いだろう)。
秋山 英夫訳『悲劇の誕生』(1966年)
若くしてバーゼル大学の古典文献学教授に任命されたニーチェ(24歳)。ショーペンハウアーやワーグナーの影響を受けながら、ギリシャ悲劇を研究する。
その成果として、1872年『悲劇の誕生』を発表。本書では、ギリシャ悲劇の起源をディオニュソス的(陶酔的・生命的)とアポロン的(秩序的・美的)という概念で分析し、合理主義に陥った近代文化の再生を訴える。
芸術の哲学的意義や古代ギリシア文化に興味がある人におすすめの一冊である。
岩波文庫は訳が古いが、他に2025年に白水社Uブックス(白水社全集版を新書化したもの)からクレクション第二弾として出版されている。
森一郎訳『愉しい学問』(2017年)
1870年代後半から1880年代初頭、ニーチェは慢性的な健康問題(偏頭痛、視力低下、消化器疾患)に悩まされ、バーゼル大学の教授職を辞職(1879年)することになる。
療養のため、さまざまなところを放浪したニーチェは、放浪先のイタリア(特にジェノヴァやシシリー)で『愉しい学問』を執筆し、1882年に本書を発表。
ワーグナーやショーペンハウアーの思想から決別し、生の全面的な肯定を主張。「永劫回帰」の思想や有名な「神は死んだ」の主張が登場する。
なお河出文庫から『喜ばしき知恵』(村井則夫訳、2012年)が、ちくま学芸文庫の全集版では『悦しき知識』という題名の書物が出版されており、それぞれ題名が随分違うようにみえるが原題は一緒で同じ内容である。
森一郎訳『ツァラトゥストラはこう言った』(2023年)
1881年夏、ニーチェはスイスのシルスマリア湖畔を散歩しているときに啓示のように降ってきた「永劫回帰」の着想を得る。
その後「永劫回帰」の考えを『愉しい学問』で思考実験として提示したニーチェだったが、さらにその考えを軸にした哲学的著作を執筆しようと考える。
そこで、ニーチェはゾロアスター教の創始者ツァラトゥストラを主人公にし、ツァラトゥストラの教えである善悪二元論を逆転させることで、独自の考えを主張しようとした。
それが本書『ツァラトゥストラはこう言った』である。
本書は4部作であり、1883年から1885年の間に断続的に書き上げ、「ニヒリズム」「神は死んだ」「超人」「永劫回帰」といったいわゆるニーチェの根本思想と呼ばれているもの全てを詰め込んだ。
ニーチェの主著なので、ニーチェ思想を真正面から捉えたい人は本書を読むしかない。
これまでは河出文庫版(『ツァラトゥストラはかく語りき』佐々木中訳、2015年)が新訳であったが、新たに講談社学術文庫から新訳が登場。
他に、岩波文庫版(氷上英廣訳、1967年)や中公文庫版(『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳、2018年(ただし新版))、光文社古典文庫版(『ツァラトゥストラ』丘沢静也訳、2010年)がある。
訳者はアーレント研究者の第一人者で『活動的生』(アーレント)、『技術とは何だろうか 三つの講演』(ハイデガー)などの翻訳を行なっている森一郎氏。
丘沢静也訳『善悪の彼岸』(2024年)
1886年の著作。前著『ツァラトゥストラはこう言った』での詩的・寓話的なスタイルから、より分析的で体系的な哲学的議論へと移行した作品である。
『ツァラトゥストラ』と同じく、伝統的な道徳的価値観を乗り越え、その善悪の彼岸へと進もうとする。
これまで光文社古典新訳文庫版(中山元訳、2009年)や岩波文庫版(木場深定訳、1970年)などの翻訳があったが、新たな新訳が登場。
訳者は『永遠平和のために』(カント)、『論理哲学論考』(ヴィトゲンシュタイン)を翻訳した丘沢静也氏。
中山元訳『道徳の系譜学』(2009年)
『善悪の彼岸』がほとんど注目されず、商業的成功を収めなかったことに失望したニーチェは、さらに補足的な著作が必要だと実感する。
それが、病気と闘いながら1887年に一気に書き上げた本書『道徳の系譜学』である。
本書では『善悪の彼岸』の結論を引き継ぎながら、道徳概念の歴史的起源を「系譜学」という方法論を用いて分析し、善悪や正義、罪悪感などの概念がどのように形成されたかを明らかにする。
本格的なルサンチマン論も本作から登場する。
ニーチェの思想や道徳の歴史について興味がある人におすすめの一冊である。
岩波文庫版(木場深定訳、1964年)では題名が『道徳の系譜』となっているが、「系譜学」の原語は「Genealogie」なので、ニーチェの意図を正確に伝えるならば「系譜学」という題の方が好ましい。
村井則夫訳『偶像の黄昏』(2019年)
『善悪の彼岸』(1886年)や『道徳の系譜学』(1887年)で展開した議論を、より直接的かつ箴言的な形で提示した、晩年1888年の著作である。
ニーチェの最後の著作でもあり、ニーチェ哲学の究極的な到達点となる書物と言われている。
ニーチェ自身が「最も本質的な異端思想の要約」と呼び、道徳の批判、キリスト教の否定、ニヒリズムの克服、「力への意志」、価値の再評価など、ニーチェ最後の思想が凝集された究極の書である。
丘沢静也訳『この人を見よ』(2016年)
最晩年の1888年の自伝である。翌年には発狂し、以後執筆はされなくなる。
内容はニーチェのこれまでの著作(『ツァラトゥストラはこう言った』、『善悪の彼岸』、『道徳の系譜学』、『偶像の黄昏』など)を振り返り、その意義と目的を自ら解説したもの。
つまり、この本は自伝でありながら、それまでのニーチェの著作についての自身による解説ともなっている。
翻訳に関しては他に岩波文庫(手塚 富雄訳、1969年)がある。
全集版
ニーチェの著作集(全集)は Netzsche Werke: Kritische Gesamutausgabe(Walter de Gruyter, Berlin・ New York, 1967-)というのがあり、これがニーチェの幼少時代の作文からバーゼル時代の講義録も含めたほとんど完全版でグロイター版と呼ばれている。遺稿は編集の手を加えずに編年体でその全てが収録されている。書簡集は別に Briefwechsel: Kritische Gesamtausgabe(Berlin; New York, 1980)がある。
日本だと白水社版と新潮社版とちくま学芸文庫版があり、白水社版は上記の全集を底本としているが、バーゼル大学赴任以降のものが訳出されている。ちくま学芸文庫版は上記の全集以前の版を底本としている(ムザリオン版)。これは、ちくま学芸文庫版が理想社版のニーチェ全集の復刻版であり、理想社版が出版されていた当時はまだグロイター版が刊行されていなかったからである。
それゆえ『権力への意志』と『生成の無垢』など、ニーチェの死後に編者によって手が加えられたとされている著作も、ちくま学芸文庫版ではニーチェの著作として組み込まれており問題含みなところがある。他方でちくま学芸文庫版は書簡の翻訳が含まれているという利点もあり、一長一短である。
白水社版『ニーチェ全集』
『ニーチェ全集』I、II期、全24巻、別巻1巻、白水社、1979−1987年。
第一期
- 悲劇の誕生 遺された著作(1870〜72年)
- 反時代的考察第1・2・3篇 遺された著作(1872〜73年)
- 遺された断想(1869年秋〜72年秋)
- 遺された断想(1872年夏〜74年末)
- 反時代的考察第4篇・遺された断想(1875年初頭〜76年春)
- 人間的な、あまりに人間的な:自由なる精神のための書(上)
- 人間的な、あまりに人間的な:自由なる精神のための書(下)
- 遺された断想(1876年〜79年末)
- 曙光:道徳的偏見についての考察
- 華やぐ智慧 メッシーナ牧歌
- 遺された断想(1880年初頭〜81年春)
- 遺された断想(1881年春〜82年夏)
第二期
- ツァラトゥストラはこう言った
- 善悪の彼岸
- 道徳の系譜 ヴァーグナーの場合 遺された著作(1889年):ニーチェ対ヴァーグナー
- 偶像の黄昏;遺された著作(1888〜89年)
- 遺された断想(1882年〜83年夏)
- 遺された断想(1883年5月〜84年初頭)
- 遺された断想(1884年春〜秋)
- 遺された断想(1884年秋〜85年秋)
- 遺された断想(1885年秋〜87年秋)
- 遺された断想(1887年秋〜88年3月)
- 遺された断想(1888年初頭〜88年夏)
- 遺された断想(1888年〜89年初頭)
別巻
- 日本人のニーチェ研究譜
ちくま学芸文庫版『ニーチェ全集』
『ニーチェ全集』全15巻、別巻4巻、ちくま学芸文庫。1993−1994年。
- 古典ギリシアの精神
- 悲劇の誕生
- 哲学者の書
- 反時代的考察
- 人間的、あまりに人間的1
- 人間的、あまりに人間的2
- 曙光
- 悦しき知識
- ツァラトゥストラ(上)
- ツァラトゥストラ(下)
- 善悪の彼岸 道徳の系譜
- 権力への意志(上)
- 権力への意志(下)
- 偶像の黄昏 反キリスト者
- この人を見よ・自伝集
別巻
- ニーチェ書簡集1
- ニーチェ書簡集2・詩集
- 生成の無垢(上)
- 生成の無垢(下)




















