分倍河原仁こそヒーローだ!——『僕のヒーローアカデミア』27巻

分倍河原仁こそヒーローだ!——『僕のヒーローアカデミア』27巻

正義と悪

 この巻のクライマックスは分倍河原仁の死である。『ヒロアカ』は連載当初から正義と悪の絶対的な価値に疑問を投げかけてきた。正義と悪って、結局視点が違うだけなんじゃないの?と。だから正義の主人公のとなりで、その絶対性を揺るがす敵(ヴィラン)が存在するのだ。そしてその象徴が分倍河原仁である。

 100ページ(kindle)の一コマを、事前情報なしにフラットな視点で眺めてみよう。ホークスの陰った半顔と鋭い目つきは完全に悪役のそれだし、分倍河原仁の怯えた表情は信頼してた仲間に裏切られたヒーロのようだ。扉の向こうから光が入ってきているせいかホークスの顔は陰っていて表情が掴めない。が、暗がりの顔に唯一浮かび上がる分倍河原仁を睨み付ける目は敵意に満ちている。双剣を構えるホークスを目の前にして、裏切られた分倍河原仁は心情を吐露する(113-114ページ)。

またかよォオオお…!信じて…信じてあげねえと可哀想だってーー思ったからーー誰かが信じてあげねえと可哀想だって

 分倍河原仁が裏切られるのはこれが初めてではない。過去にも裏切られ仲間が殺されていた。それに対する罪悪感はとても大きかった。「またかよォオオお…!」は、そういう文脈で読まれなくてはならない。だから「またかよォオオお…!」は、「また(裏切ったの)かよォオオお…!」という非難と同時に「また(信じてしまったの)かよォオオお…!」という自責の念でもあるのだ。

真のヒーローと作者の意図

 それでも、なぜ信じるのか。それは「誰かが信じてあげねえと可哀想だ」からだ。相手を信頼することは、そのまま、自らを相手に譲渡することでもある。その危険で無償の行為は、愛の行為だ。そして、何度でも、自らを顧みず、相手を信じる行為は、ヒーローの善の行いであった。分倍河原仁は真のヒーローだったのだ。

 分倍河原仁の訴えはホークスには届かない。ホークスの目は動かず姿勢は崩されない。相変わらず陰っていて表情は読み取れないが、無表情のままであろう。そこで放つホークスの一言は

ありがとう

「ありがとう」ほど恐ろしいものはない。無償の愛は受け取る、が、それがホークスの善なる心を揺さぶることはない。分倍河原仁は絶句する。無償の愛は報われないのだ。

 ところで、ホークスの顔がこの114ページだけ横向きに描かれている。これは視点が第三者的位置から、倒れた分倍河原仁の視点に変化したことを意味している。いまや読者だけではない、作者も、つまりみんなが、ヒーロー分倍河原仁の味方なのだ!

豹変する表情

 ホークスはここまで悪役の目つきをしていた。ところが115ページの中段に描かれるホークスは苦悩の目つきをしている。どうしちゃったの!さっきまで悪役だったじゃん!?穏やかになったのは目つきだけではない。先ほどとは打って変わって、ホークスは分倍河原仁に優しい言葉を投げかけるのだ。

やり直せるように俺も手伝う

あなたは良い人だから

なんという豹変ぶり、と驚くかもしないが、この態度の変化はホークスの心情の変化を意味していない。実は、描かれている視点が二つ混在しているのだ。

混在する視点

 一つ目は、分倍河原仁視点。この場合ホークスは正面から描かれ、顔面は暗く目しか写っていない。殺されそうな立場からみると、ホークスの顔は冷淡な恐ろしい形相に見えている。

 もう一つは第三者視点。この場合ホークスは横から描かれ、顔には光が当たっていて表情も読みととれる。116ページの下段のコマや、117ページのホークスを見てほしい。目の下に線が何本もはいっていていかにも辛そうだ。118ページにも歯を食いしばっているコマが挿入され、戦わずを得なくなってしまったことに後悔している様子が伝わってくる。

 120ページにもう一度ホークスの真正面からの様子が描かれる。後悔の顔からさらに変化して「哀れ」という雰囲気が漂っている。ホークスの顔が正面から描かれていることから、このコマは分倍河原仁視点で描かれていると推察される。したがって分倍河からみると、ホークスは自分を哀れんでいるように見えていたのだ。

 ホークスの表情がコロコロ変わると違和感を持ったのは正しい感覚なのだ。それは描かれている視点が変化していたからであり、分倍河原仁に感情移入しやすくする高度な漫画的技巧のためなのだ。

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