共感をこえて – 『僕等がいた』小畑友紀

共感をこえて – 『僕等がいた』小畑友紀

あらすじ

 『僕等がいた』は主人公の高橋七美と矢野元晴が出会ってから家族になるまでのお話です。二部構成で前半は高校生編、後半は社会人編となります。

 前半の舞台は北海道で、高橋が矢野を好きになり付き合い別れ復縁を繰り返します。矢野と高橋は最後には恋人になりますが、矢野は諸事情で東京へと引っ越こすことになります。一年後に大学生として東京に行くことを高橋は誓い二人は別れますが、一年後再開することはなく誓いを最後に矢野と音信不通になってしまいます。

 後半は矢野が消えてから5年後の東京から始まります。矢野の所在は5年間も不明のままでしたが、幸運が重なり再会を果たします。なぜ急に消えてしまったのか、その事情が明かされ最終的に復縁というのが大まかな内容です。

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僕等がいた16巻表紙

共感の不可能性

 この作品は恋愛を物語の中心に置きながら、傷を抱える矢野が高橋のおかげで心を回復していく癒しの物語でもあります。矢野が抱えている大きな傷は昔付き合っていた山本との別れにあります。ある日山本は矢野と些細なことで喧嘩を出て行ってしまいます。どこに行ったかは矢野は知らなかったのですが、後日山本は元カレと乗っていたバイクで事故に遭い遺体で発見されます。山本がなぜ元カレと一緒にいたのか、矢野はその疑問に悩まされつづけています。

 心の傷を癒すために周囲の人ができることは共感だといわれています。精神が荒れている人が不満や不安を漏らしたときに「大したことないんじゃない」と問題を矮小化したり「まだ頑張れるよ」などとエールをかけるのはご法度で、「わかる、わかる」と相槌をうつのが重要だそうです。

 ですが意外なことに『僕等がいた』で描かれているのは、共感とは真逆に位置する徹底的なまでの他人に対する分からなさ=共感の不可能性です。高橋にとって矢野は大きな謎=理解できないものとして現れます。まず矢野が本当に自分のことを好きなのかがわからない。さらに矢野と山本の関係、最後に矢野の行動です。高橋はこの謎のせいで自分が好かれているのか不安でしかたがありません。矢野の本当の気持ちや行動の意味が分からない、そのもどかしさが二人の関係を不安定にさせてしまいます。そのため事が起こるたびに高橋と矢野は別れては復縁を繰り返すのです。

ガンバレッ

 全16巻の本作はその大半である14巻分を「他人に対する分からなさ」をこれでもかと示します。高橋が「どうして矢野はあたしを不安にさせることばかり言うの…?」(7巻)と矢野にいくら問いかけても答えは見つかりません。気持ちを共有し安心することは決してできないのです。

 この分からなささが頂点に達するのが14巻です。矢野が高橋の前から消えた間、矢野の周りで何が起こりどれだけ大変だったかを告白します。パニック障害になり、知り合いの親が倒れ、周りの人に頼られたんだ、でもそのおかげで救われたんだ、と。自分は他人に頼られないと生きていけないし、それをほっとくこともできない、もし高橋のところに行ったら罪悪感に苛まれる、と。周りに頼られることを望んでしまうのは矢野に特有のものであり、高橋には理解できないものです。

高橋は理解しなくていい
頼むから…一生
理解すんな

矢野は高橋に自分の感情が理解できなくていい、むしろ理解するなと伝えます。「わかる、わかる、大変だったよね」という共感を拒否するのです。恋愛感情と他人の感情も痛みも理解できないということは対極に位置しています。相手の感情がわからない状況は不安を呼び関係を破綻に追い込みます。実際13巻までは破綻の連続でした。しかし大前提として他者の感情を完全に理解することはできないものです。共感が不可能であること、その先でどう言葉を紡いでいくか、高橋はどのようにそれに応えるのか。

高橋 : ガンバレッ

 共感が不可能な地点でそれでもなお相手を想い声をかけるというということ、それは極めて困難な行為に他なりません。その困難さへの高橋の答えが「ガンバレッ」なのです。それは無責任でありながら責任のある、共感が不可能を理解した上で紡ぎ出される肯定の言葉なのです。

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