アトムの命題とは何か|意味をわかりやすく徹底解説

アトムの命題とは何か|意味をわかりやすく徹底解説

アトムの命題の定義

 日本戦後漫画には手塚治虫の時代から現代に至るまで一貫したモチーフが存在する。それが「アトムの命題」だ。「アトムの命題」は手塚治虫の『鉄腕アトム』から大塚英志が抽出した命題である。大塚は「アトムの命題」が姿形を変えて日本漫画の中に連綿と受け継がれているというのだ。もしそうだとすれば壮大な話である。

 まず「アトムの命題」の内容を確認しておこう。

人造人間は人造人間でありながら成長を望み、しかし、人造人間であるが故に成長できないという問題により深刻に直面する。

大塚英志『物語の命題』アスキー新書, 2010, p59

 漫画は主人公がある種の成長をとげることで物語を成立させている(もちろん全てではないが)。例えば『鬼滅の刃』でいえば、親兄弟の死が物語の起点にあり、そこから立ち直り自立するのが物語の筋になる。『ナルト』でいえば、物心ついた頃から親がいない孤児であり孤立して寂しいという感情が起点にあり、周囲の仲間や大人と関係を深めていき最終的には火影(里の長)として認められるというのが物語の筋だ。こうしてみると確かに多くの漫画が、喪失からの立ち直りにしろ欠落の補填にしろ、ある種の成長(=変化)を描いているとみて間違いなさそうだ。

 だが『鉄腕アトム』の場合は状況が異なる。アトムは人造人間であるが故に身体的にも精神的にも成長ができない。成長という物語の否定が『鉄腕アトム』の物語なのだ。この矛盾を抱えた主人公像が「アトムの命題」ということになる。

 「アトムの命題」に基づいている作品は多い。典型的には『攻殻機動隊』がそれにあたる。他にも変則的だが『巨人の星』の星飛雄馬も「アトムの命題」の変異種ということになるだろう。

記号的身体と写実的身体の融合がアトムを作った

 アトムは天才科学者天馬博士によって作られた。天馬博士の息子トビオを交通事故で亡くしてしまったためだ。天馬博士はトビオと瓜二つのロボットを作ろうとしたのである。だが、アトムを作ってすぐに天馬博士はロボットの欠陥に気がつく。トビオと違って、ロボットが成長しないのだ。

でもやがて恐ろしい欠点に気がついたのでした
それはトビちゃんが成長しなかったことです
博士はかえってそのことをにくみました

手塚治虫『手塚治虫漫画全集 鉄腕アトム』(1979, 講談社)

 ロボットでありながら成長を望まれて誕生したアトム。しかしロボットであるがゆえに成長できないことが運命づけられている。父に捨てられたアトムがどのように成長するのか、そしてどのような終着点があるのか、それが物語の骨格であり「アトムの命題」の回答になる。

 だが何故、主人公はロボットでありながら成長を望まれているのだろうか。変化のしようがないロボットを主人公に据えたなら成長しない物語をつくるべきではないか。ここに屈折した手塚治虫の漫画と戦後日本漫画の特徴がある。実は『鉄腕アトム』には二つのリアリティの水準が存在するのだ。 

 一つ目はディズニーから輸入された記号的身体、二つ目は映画から取り入れられた写実的身体である。記号的身体は壊れても泣いても、次のコマでは何事もなかったように表現される。不滅性がミッキーたちディズニキャラクターの本質である。逆に写実的身体は壊れたら壊れたままだし怪我をしたら血を流す。前者は「戦前のまんが史の水準」、後者は「戦中のまんが史の水準」にあたる。手塚はこの二つのリアリティを混合した。非リアリズム的キャラクター(=ロボット)に生身の身体を代入したのである。

 面白いことに、この矛盾を抱えたアトムは日本人の似姿だと大塚は指摘する。これは『アトム大使』(『鉄腕アトム』の前身)が連載されていた当時の状況を確認するのが良い。『アトム大使』でアトムが登場する直前の1951年5月5日、ダグラス・マッカーサーが「日本人はまだ生徒の時代で、まず十二歳の少年である」と発言したのだ。これはドイツとの対比で語ったものであったが、マッカーサーの絶大な人気にもかかわらず日本人の強い反感を買った。父であるアメリカの象徴としてのマッカーサーに子供扱いされた日本人は、マッカーサーを敵視し彼からの自立を試みたのである。

 このことから天馬博士 = マッカーサー、アトム = 日本人とみるのはあながち間違いではないだろう。アメリカという父に去勢された日本は、生身の身体を持ちながら成長できないロボットそのものだ。世界大戦からの日本の復興はアメリカの庇護のもと、去勢され永遠の十二歳であることを条件に歪な形でなされた。そのような国である日本が如何に成長することができるのか、それが「アトムの命題」に変奏された戦後日本の問題である。そして「アトムの命題」は未だに日本漫画に通底しているのである。

参考文献

大塚英志『物語の命題』アスキー新書、2010年

大塚英志『アトムの命題 手塚治虫と戦後まんがの主題』 角川文庫、2009年

宇野常寛『母性のディストピア I 接触篇』 ハヤカワ文庫JA、2019年

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