『星の王子さま』あらすじ解説|徹底考察|感想|大切なものは目に見えない

『星の王子さま』あらすじ解説|徹底考察|感想|大切なものは目に見えない

概要

 『星の王子さま』は、1943年にアメリカで出版されたアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説である。原題はフランス語で『Le Petit Prince』。直訳だと「小さな王子さま」になる。「星の王子さま」という訳はフランス文学者の内藤濯によるもの。

 サン=テグジュペリはフランス人の飛行士・小説家。他に『夜間飛行』『人間の土地』といったベストセラーの名作がある。2005年に著作権の保護期間が満了したため多くの出版社から出版された。

 想像力や愛などの重要な問題を扱う。王子さまの独特な視点が特徴的。「大切なものは、目に見えない (Le plus important est invisible)」という言葉が有名。挿絵は作者本人のもので、登場する生き物の絵は親しみがあり、挿絵も含めて多くの人に愛されている。

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登場人物

・重要人物

ぼく:パイロット。六歳で描いた象を飲み込むボアの絵が理解されず画家を断念。6年前に飛行機の故障で不時着したサハラ砂漠で王子さまに出会う。

王子さま:不思議な少年。惑星に一人ぼっちで暮らしていた。

(バラ):王子と暮らしていた花。棘があり、強い猜疑心と虚栄心で王子を悩ませる。王子と喧嘩をする。王子が惑星を旅立つ原因でもある。

・王子さまが立ち寄った惑星の住人

王様:最初に訪れた星の住人。大事なことは自分の権威が尊重されること。したがって王子がしたいことを命令する。

うぬぼれ男:二番目に訪れた星の住人。他人はみな自分の崇拝者と思い込んでいる。王子が拍手をしてはお辞儀をする。

酒飲み:三番目に訪れた星の住人。酒を飲むことを恥ずかしがり、恥ずかしいことを忘れるために酒を飲む変かった人。

ビジネスマン:四番目に訪れた星の住人。非常に忙しい。自分の所有する5億以上の星を数え上げ、紙に記している。

点灯夫:五番目に訪れた星の住人。自転が早いために一分に一回昼が訪れる星の街灯員。街灯の火を昼につけ夜に消すため休まる時がない。王子は自転に合わせて歩けばずっと昼だと提案するが、眠りたいのでそのようなことはしないと断られる。前の惑星にいた住人と違くて、他のものを世話をしているので、王子は点灯夫だけは滑稽じゃないと思う。

地理学者:六番目に訪れた星の住人。老紳士。探検家の証言から地形図を作る仕事をしているが、探検家がいないため自分の星のことは何も知らない。

・地球で出会った生き物

ヘビ:アフリカに住む。王子が地球で最初に話した生物。

一輪の花:花びらが三枚しかない砂漠に咲く地味な花。王子に人間はどこにいるのかと尋ねられて、6、7人はいるはずと答える。

バラ:道沿いに咲くバラ。5000本も同じ種類が咲いている。王子は自分の星のバラの固有性が損なわれたと感じて悲しくなる。

キツネ:王子に飼いならしてくれと嘆願する。「ものは心で見る。大切なことは目では見えない」という大事なことを王子に教える。さらに飼い慣らしたバラへの責任を説く。

転轍手:汽車を路線変更して、1000人ずつ右と左に仕分けする。汽車について尋ねられて「誰も自分がいる場所に満足できないのさ」と答える。

商人:時間の節約のために、週一回の服用で水を飲む必要がなくなる薬を売っている。

あらすじ

 6歳の時、ボアという大きなヘビに飲まれる象の絵を描いたが、大人に理解されないことでショックを受けた。それが理由で画家に道を諦めて、飛行機のパイロットになった。

 6年前、サハラ砂漠で飛行機が故障する。飲み水は8日分にも足りないくらいで、生きるか死ぬかという状況だった。翌朝、見知らぬ少年から「ヒツジの絵を描いて」と起こされる。その少年は、遠い小惑星から地球にやってきた王子であった。

 王子が暮らしていた小惑星は家くらいの大きさだった。小惑星には3つの火山、バオバブの芽、さらに王子を困らせる花がいた。王子は花を大切に扱うも、バラは強い猜疑心と虚栄心で王子を悩ませていた。ある日、花と喧嘩したことで、惑星を離れ他の惑星に旅立つことを決心する。

 旅路において王子は6つの惑星と地球に降り立つ。それぞれの惑星には順に、王様、うぬぼれ男、酒飲み、ビジネスマン、点灯夫、地理学者がいた。特徴ある人々との貴重な交流を終え、最後に王子は地球に向かう。

 地球ではまず、不思議なヘビに会う。次に、火山やたくさん生えているバラを発見する。自分の惑星の火山やバラが唯一無二のものだと思っていた王子は、その事実に悲しくなって泣いてしまう。

 そこにキツネが現れる。キツネは王子に自分を飼い慣らしてくれと頼む。キツネにとって飼い慣らすとは、習慣づけて忍耐強く毎日会うことだという。キツネは相手に費やした時間や思い出すことの大切さを説き、王子は自分の惑星にいた花は自分にとっては一番だということに気がつく。

 キツネとのお別れが訪れるとキツネと王子は悲しみ、キツネは王子に「ものは心で見る。大切なことは、目では見えない」と教える。

 ぼくはこれらかのエピソードを王子から聞いていたのだ、そのうちに飲み水がなくなり立ち行かなくなる。王子の提案で見つからないと思いながらも井戸を探しにいくと、発見し水を飲む。そこで王子は地球に来て明日で一年になると告げる。

 翌日、飛行機は直り、王子のもとに向かうと、王子はヘビと会話をしていた。王子はヘビに噛まれることで自分の小惑星に帰るだという。悲しむぼくに王子は、想像すれば見上げた星は笑っているように見えるはず、といい、ヘビに噛まれて倒れる。

 翌日、王子は身体ごとなくなっていた。ぼくは飛行機で無事に帰還することができたのだった。

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解説

サン=テグジュペリの時代と郵便飛行士

 作者はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。1900年6月29日に生まれ、1944年に偵察機に乗ってそのまま帰らず亡くなった。彼は生涯を20世紀前半におさめ、二つの世界大戦を生きた。作家であり飛行機の操縦士でもある。

 まずは、サン=テグジュペリと飛行機の関係についてからみておこう。

 サン=テグジュペリが3歳の時に、ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功し、世界はついに飛行機の時代を迎えた。12歳の時には、夏休みに遊びに行った先で飛行士と仲良くなり、初めて飛行機に乗り、その経験は人生の方向に大きく影響を与える。その2年後、第一次世界大戦が勃発。大戦によって飛行機の技術は飛躍的に上昇した。その後、戦闘機にのる戦士ではなく郵便飛行士として就職し、陸上だけでなく海上も飛び海峡を渡り飛行範囲を広げていくことになる(これらの様子はサン=テグジュペリの名作『夜間飛行』に書かれている)。

 『星の王子さま』には、1935年に砂漠に不時着したサン=テグジュペリの実体験が反映させられている。ということで『星の王子さま』にでてくる「ぼく」は、サン=テグジュペリ本人なのかもしれない。もしかすると、サン=テグジュペリが飛行士を目指したのは、作中で語られているように、ボアに飲み込まれた象を大人に理解されなかったことが原因なのかもしれない。

 『星の王子さま』の特徴は、ストーリーの単純さと詩的な表現にあるといえる。主なプロットは、王子さまが生き物に出会い別れる、これだけである。しかし、その単調なプロットによって、結果的に警句(アフォリズム)が強調されている。「大切なことは、目では見えない」「ほら、淋しいときほど夕日を見たいって思うものだから」などの名言が、より心に響いてくるのはそのためだ。逆説的にいえば、これらの言葉を心に響かせるために、ストーリーは単純化され、登場人物はすぐ退場し、相手との関係にもの寂しさを漂わせているのである。

 それはフランスという土壌がなせることでもあり、母の執筆していた詩集の影響があるのかもしれない。どちらにしろ我々は名言だけでなく、それが冴え渡るように培われた文体と雰囲気も同時に味わうべきなのである。

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考察

「子ども的感性を忘れた大人」と「想像力」

 本作のテーマはいくつもある。例えば、「子ども的感性を忘れた大人」「他者」「時間と価値」「想像力」などが重要なテーマだろう。

 王子の特徴として、一つは地球の外の住人、もう一つは子どもということが挙げられる。この二つの要因によって、王子は独自の視点で物事を眺めることができる。そこから「子ども的感性を忘れた大人」に対するアンチテーゼというテーマが導かれる。

 このことを指し示すのが、有名な冒頭のシーンだろう。ぼくは子どもの頃に、ボアという大きなヘビに飲まれる象の絵を描いて、大人に理解されないと言うショックからパイロットを目指したのだった。彼は大人の「想像力」のなさにヘキヘキとしている。

 それは、サン=テグジュペリが生きた時代と第一次世界大戦という出来事を思い浮かべれば、より一層理解しやすいかもしれない。20世紀はより工業化が進行し、人間同士の接触は減り、機械のように生きることに危機感を抱いた時代だった。さらに、戦争で人が意味もなく死んでいく時代でもあった。つまり、これまで人間的と思われてた感性が、どんどんと削られていたのである。そのさいたるものが「子ども」的な感性であり、「想像力」でもある。

 したがって、王子様と僕の子ども時代があらわす感性は、「子ども的感性を忘れた大人」と「希薄化する時代」へのアンチテーゼになっている。ヘビに飲まれる象の絵を王子様に見せたとき、彼は当然のように、その裏にいる象を想像することができる(15)。

 また、名言「大切なものは目に見えない」という言葉も、「想像力」という観点からも捉えることができる。目に見えるものだけが全てではない、「想像力」を働かせることであらわれる、目に見えないものこそ大切なのだ。

費やした時間と価値の関係

 王子が旅する惑星には、数え上げるだけのビジネスマンや、他人がいないにもかかわらず崇拝を求めるうぬぼれ男が登場する。これらの人々は、小説のなかに存在するだけではない。当時から現実にいたのであって、それらの戯画化された存在だと考えられる。権力者、ビジネスマン、酔っ払い。「子ども的感性」を持つ王子からするとそのどれもが、滑稽で下らないものにみえているのである。

 それは、機械化され数字化され、急ぐことをも求められる社会への痛烈な風刺であった。急行列車に乗って仕分けされていく人々をみて、王子は「みんな自分がいる場所で満足できないの?」(106)と聞く。この批判は、80年近く経つ現代においても骨の髄まで鳴り響く。「ぼろぎれの人形と時間をかけて遊ぶから、だから人形は大事なものをになる。なくしたら、子供は泣くんだ……。」(106)という王子は、時間をかけることと大事になることの深い結びつきに気づいている。動くことを求められる時代は、大事なものが失われてしまうということなのだ。

 そのことに気がつけたのはキツネの存在があったからだ。キツネと毎日同じように習慣づけて会うことで、王子は関係の強さは費やした時間によるものだと知る。キツネはいう、「肝心なことは目では見えない」「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」(104)。

 王子は自分の惑星にいたときバラの世界に一つだけの美しさにみとれたのだった。しかしそれは地球で5000本も咲くバラをみたとき見事に打ち砕かれる。火山にしてもそうだ。自分の惑星にあった火山は地球のと比べてしまうと大きく見劣りするだろう。だがキツネの発言は、価値とは見栄えや固有性なのか、ということを問い質している。あなたにとって大事なもの(人)は、そのもの(人)が宇宙で一番美しいからなのか、と。キツネ(とその後の王子)の考えは違う。「費やした時間」があなたにとっての価値を生むのだ。速度を求める、あるいは移動をし続ける社会に、子ども的な価値が見事に対比されている(大人にとっては取るに足りない子どものおもちゃが、子どもにとってはどれだけ大事なことか!?)。

感想

 この小説にはうっすらとキリスト教的なものが感じられる。天から現れた王子が、地上で新くて古い価値観を提示し天にかえっていくのもそうだ。あるいは多用される警句(アフォリズム)も聖書を思わせるところがある。王子が最後にヘビに噛まれるところで、戸惑い躊躇している様子があるのも、十字にかけられるイエスを想起させる。

 しかし、この作品の魅力は一体何なのだろう。残された名言も、提示されている価値も心に響く。だがそれだけではいように思われる。

 子ども向けの想像力に富んだ作品でありながら、読んでいると悲しい気分になる。それは、王子が他者に出会いながら、しかし理解されず孤独だからだろう。訪れた惑星の住人はくだらなくみえるし、キツネにしても最後にはお別れをしなくてはならない。王子は死ぬ前ですら一人になることを望む。彼は誰からも理解されず、そして誰のことも理解できず、孤独なのだ。

 読者のわれわれですら王子の心情を推し量ることは難しい。例えば、五番目の惑星の住人の点灯夫に好意を示したのも私は納得できなかった。あるいは彼の最後の行動(死ぬということ)もやはり私には理解できない。だが、だからといって王子のことが大切でないわけではない。キツネの言葉をもう一度思い出そう。「肝心なことは目では見えない」のだ。私たちが『星の王子さま』を読み、王子の心情を推し量り、もう一度読み返して、そうやって「費やした時間の分だけ」王子は私たち「にとって大事な」のである。

参考文献

サンテグジュペリ『星の王子さま』池澤夏樹訳、集英社文庫、2005年

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