芥川龍之介『羅生門』下人の行方は誰も知らない|あらすじ解説|内容考察|感想

芥川龍之介『羅生門』下人の行方は誰も知らない|あらすじ解説|内容考察|感想

概要

 『羅生門』は芥川龍之介が23歳の1915年に執筆された短編小説。黒澤明監督は1950年に『羅生門』と『藪の中』の内容をミックスした映画『羅生門』を製作し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。これにより『羅生門』の名は世界的にも知られることになる。

 芥川のこの頃の作品には『』や『蜘蛛の糸』がある。

 本記事は、『羅生門』のあらすじ、芥川龍之介の執筆当時の状況、作品にでてくる「上下のモチーフ」の解説、最後に「下人の行方は、誰も知らない」という一文を考察する。「下人の行方」について知りたい方は最後から読もう。

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あらすじの要約

 舞台は平安時代の京都。この頃の京都は飢饉や天変地異によって、人々は飢えに苦しみ京都は衰退の一途を辿っていた。

 ある日の夕暮れ時、京都にある荒れ果てた羅生門の下に若い下人がいた。下人は仕えていた主人からクビにされて途方に暮れていたのである。お金も仕事もアテもない下人は、この社会を憂いて盗賊にでもなろうかと思うが、どうしても踏ん切りがつかない。

 下人は睡眠を取るために仕方なく羅生門を上に登ることにした。楼閣(羅生門の上)には身寄りのないたくさんの遺体が無残にも捨てられていた。そのような不気味な場所にもかかわらず、何やら人の気配を感じる。なんと驚くべきことに、老婆が松明を灯して、若い女性の遺体の髪を引き抜いているのだ。

 老婆の行為に激しい怒りを覚えた下人は、老婆に襲いかかる。しかし、老婆は自分の置かれている境遇は酷いものであって、生活のためには仕方のないことなんだと弁明する。老婆は若い女性の遺体から抜いた髪で、カツラを作り売って生活の足しにしようというのである。

 さらに老婆は、髪を抜かれている女性の生前の悪行を暴露した上で、その女性の行為は生きるために仕方のないことであり、彼女と同様に自分の行為も仕方のないことだと主張する。

 老婆の話を聞いた下人は怒りを収めて、ある決断をする。それは老婆に悪事を働いてでも、飢餓を乗り越え自分のために生きることであり、老婆の言葉を借りれば仕方のないことであった。老婆にそのことを告げると、下人は老婆の着物を強奪し羅生門を駆け下りて、京都の闇の中へ消えていった。

 下人の行方は、誰も知らない。

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イチオシ!生涯を概観

解説

執筆当時の状況を知ろう!

 『羅生門』を読み解く上で最も大事なこと、それは執筆当時の芥川龍之介の状況である。なぜなら、作品は状況や環境に左右されるからで、逆に言えば、状況や環境を知ることで作品の理解が深まるからである。

 『羅生門』の執筆当時、芥川龍之介は23歳、東京大学の学生であった。一年ほど前から短編小説(『老年』など)を『新思潮』という雑誌に寄稿していた芥川は、まだ世間からの評価が得られていない書き出しの小説家であった。この頃は小説の執筆に加えて、雑誌の運営、学業にも邁進していて、とにかく多忙だったようである。ちなみに卒業論文の題名は「ウィリアム・モリス研究」で、論文制作は難航を極めたのが、結果としては20人中2位という高い評価を得ている。小説が上手いのはもちろんのこと学業も優秀で、天才肌であったことは間違いない。

 ところが、そんな芥川龍之介も当時は23歳。学業や執筆以外にもう一つ大きな悩みがあった。吉田弥生との恋愛である。

 吉田弥生は芥川龍之介の父方の実家である新原家のご近所さんで、いわゆる幼馴染みであった。幼馴染みとの恋愛からして、芥川龍之介の隠れた一面であるロマンティックな性格が窺える。芥川龍之介の証言によれば吉田への恋愛感情を自覚したのは、吉田が他の男性との婚約を決めたときだそうだ。ロマンティックというより、典型的な「三角関係」である。ちなみに他人が欲望する対象を欲望してしまうことを、フランスの文芸批評家ルネ・ジラールは「欲望の三角形」と呼んだ。当時の小説で言うと、例えば夏目漱石の小説『こころ』にでてくる「先生ーお嬢さんーK」の「三角関係」がわかりやすいだろう。

 当時の状況をまとめると、(i)非常に若かった(ii)駆け出しの小説家だった(iii)吉田との恋愛をしていた、ということになる。これらの特徴は作品に大きな影響を与えている。(i)は「ニキビ」で象徴される下人の「若さ」に、(ii)は現実の悲惨さに諦めるのではなく悪党になってでも生きていこう(京都の街に戻ろう)という決断に反映されている。

 では、(iii)は作品にどのような影響を与えたのだろうか。(iii)の恋愛が迎えた結末から確認していこう。

『羅生門』は若さ、恋愛の破局が反映されてる?

 前述の経緯で吉田にたいする恋愛感情に目覚めた芥川は、吉田に告白し二人は相思相愛になる。若気の至りですぐさま吉田と婚約を結ぼうとするが、思わぬところから反対にあう。それが伯母のふきである。

 芥川にとって伯母のふきは大事な存在であった。小さい頃に母フクの精神がまいっていたので、育ての親はふきであった。芥川はそんなふきを悲しませたくはなかった。吉田との結婚話をふきにしたところ、猛烈な反対にあい夜通し泣かれたという。結局、芥川はふきの意を組むこととなり、弥生との結婚はなされなかった。

 しかし友人との書簡から、吉田と結婚ができなかったことをその後も悔いていたことが知られている。初めての熱愛を相手との関係ではなく外的要因で挫かれたことは、芥川にとってかなりの衝撃であっただろう。

 『羅生門』はこの大恋愛のあとに執筆された。ウジウジして勇気が出ない下人は、伯母ふきによって恋愛を諦めざるを得なかった芥川に重なる部分がある。つまり、羅生門の下で途方に暮れていた下人は、吉田との結婚が破談になって途方に暮れていた芥川そのものである。

 そうであるならば、老婆の衣服を剥ぐという下人の決断は、現実の芥川の決断に重ねてみても間違いではないだろう。芥川は結婚が破断して絶望しても、執筆活動をやめることはなかった。むしろその経験を糧に書き続けたのである。だから下人の決断は、芥川の破談の絶望からの立ち直りを反映し、さらには芥川自身のこれからの力強い生き方の宣言でもあるのだ。

考察

「上」「下」のモチーフ – 生者の国と死者の国

 まず『羅生門』の「上下のモチーフ」に注目してみよう。

 羅生門の「下」で途方に暮れていた「下」人は、羅生門の「上」に登ることで老婆に会う。老婆との会話は羅生門の「上」で行われる。そして「下」人は老婆から服を強奪すると羅生門の「下」に降り闇の中に消えるのである。

 「上」は34回、「下」は「下人」を含めると55回も登場する。このように「上下のモチーフ」は意図的に繰り返されており、『羅生門』を読み解くのに重要なポイントであることは間違いない。この観点から、下人と老婆の会話の舞台に注目してみよう。

 下人と老婆が会話を交わすのは羅生門の「上」であった。そこは、下界と天界のちょうど間の世界、つまり生者と死者の間の世界である。人間の世界に飽き飽きした下人は、羅生門の「上」に登ることで死者の国に近づこうとする。このことが疑わしいと思う方は、羅生門の「上」にいたのが誰であったかを思い出してほしい。そこに居たのは精神的にも肉体的にも死に近い老婆と、文字通りの死者である。

 ということは、「上下のモチーフ」からみた全体の構造は以下のようにまとめられるだろう。下人は羅生門の「上」に登ることで死者の国に近づく。そして老婆が代表する死者の国から決別して羅生門の「下」へ、つまり人間界へと舞い戻る、と。

 では、なぜ死者の国から戻ることになったのか。次に注目するのは、下人と老婆の鏡写しの関係である。

鏡写しの関係 – 下人は老婆の何を不快に思ったか

 下人が老婆に強い不快感を示すのは、羅生門の上に無残に転がっている死者の着物を老婆が盗むからである。一見するとこの不快感は、老婆の盗むという行為が死者への冒涜にあたるからだと思われるかもしれない。勿論それは正しいのだが、この理解では片手落ちだろう。むしろ重要なのは、後々になって明らかになることなのだが、下人と老婆は同じ境遇であり鏡写しの関係にあるということだ。

 途方にくれている下人と着物を盗む老婆は、仕事がなく生活の術がないという意味で同じ境遇にいる。同じ境遇でありながら、異なるところがあるとすれば、それは人生のステージだけだろう。老婆は「生きるため」と死者の着物を剥ぐが、それは下人とて他人事ではない。荒廃した都で仕事を失った下人にとってお金がないという問題は、すぐにでも深刻なものになるだろう。つまり、下人は老婆の姿に、自分(=下人)の将来の姿をみているのである。

 この意味で下人と老婆は鏡写しの関係にある。下人は老婆に自分の将来の姿を写す。老婆の死者の冒涜に不快感を示すのではない、(将来の)自分が死者を冒涜していることが不快なのだ。しかし生き抜くためには目の前の老婆と同様の行為をしなくてはならないという事実である。下人が老婆に強い不快感を示すのは、下人が老婆に自分の姿が見ているからであり、老婆はこのとき下人に対して、自分の姿を映し出す鏡の役割を果たしている。

『羅生門』の主題 : 許される悪はあるか

 許される悪はあるか。端的に言えば『羅生門』の主題はこれに尽きるのではないだろうか。

 死者の着物を剥ぐ老婆の論理を確認しておこう。老婆は自らの境遇が大変であることを主張する。そして生きるために、仕方なく死者の着物を剥いでいる。この死者とて生きている時には生活のために悪事を働いていた。したがって私(=老婆)のことも許してくれるだろう。

 老婆の論理で肝となるのは「生きるためであるならば悪も仕方がない」という命題だ。悪のなかにも程度の差があると考えられる。盗み、傷害も悪行である、が、死者の冒涜は悪行のなかでも最も質の悪い部類にはいる。老婆は生きるために死者に近づく。それは物理的な意味だけではない。死者を冒瀆するとき、老婆は精神的にも死者に近づく。老婆の行為は、魂の次元で比喩的に死者に近づいている。だからこそ、鋭い読者はお気づきのように、老婆は羅生門から「下」に降りることはない。死者の国のメタファーである羅生門の「上」に留まり続けるのである。

 下人は老婆の「生きるためであるならば悪も仕方がない」という命題を転用して、老婆の着物を剥ぎとる決断をする。しかしこれは、下人も老婆と同じように魂の次元で死者に近づいたということになるだろうか。

 ポイントは二つ。一つは下人の行先。もう一つは行為の能動性である。

 一つ目については、繰り返しになるのだが、下人が最終的に羅生門の「下」に降ったということを強調しておきたい。下人は羅生門の「上」(=死者の国)から羅生門の「下」(=生者の国)へと戻っていくのである。

 二つ目は、悪行の受動性と能動性について。老婆は自分の悪事を「仕方がな」いと弁解する。それを強調したいがために、「仕方がな」いが一文に三回も出てくるほどだ。つまり老婆は自らの悪行を仕方のない受動的なものと考えている。その点で下人は老婆と大きく異なる。下人はまだやり直せるチャンスがありながら積極的に盗人になることを望む。下人の行為はネガティブで受動的なものでは決してない。むしろ決意して盗人になるのだ。そこにはポジティブで能動的な決断が見え隠れする。

 考察1に戻って考えてみよう。芥川龍之介は吉田との恋愛を外的要因によって受動的 / 強制的に終わらせられた。芥川龍之介のこの経験は『羅生門』にも反映されている。下人の最後の決断は、芥川龍之介の生き方の宣言でもある。社会から弾きだした力(=仕事を失う / 外的要因)に逆らうのではなく、ましてや、死者(=老婆 / 意気消沈)のように生きるのではなく、社会の流れにのりながら能動的に力強く生きること(=羅生門の「下」に降りる / 執筆意欲)、それこそが下人と芥川龍之介の決意なのである。

「下人の行方は、誰も知らない」の考察と文学性の高さに注目

 『羅生門』の最後はこのように終わる。

下人の行方は、誰も知らない。

 下人は盗人になることを決意し、老婆の着物を剥ぎ取り、追いすがる老婆を蹴倒して、梯子を駆け下りる。老婆は下人の行先を確かめようと羅生門の下を覗き込む。そのあとに続く文が「下人の行方は、誰も知らない」だ。しかし一体、下人の行方はどうなってしまうのだろうか。

 考えられるのは以下の5つ。(i)下人は盗人になった(ii)羅生門に戻り老婆に服を返した(iii)街で仕事をみつけ懸命に働いた。(iv)自分の悪事を反省し慈善事業に励んだ(v)罪を償い亡くなる、あるいは餓死。

 どれも可能性はあるだろう。だけど老婆から着物を剥ぎ取りその行為を肯定している以上、街におりて自殺や改心をすることは考えにくい。もちろん、何かが起きて下人が改心することはあるだろうが、それは『羅生門』の範疇ではなく続編が必要になるだろう。ということで、(iii)(iv)(v)はなさそうだ。

 丁寧に読むと「下人の心には、ある勇気が生まれて来た」(9)と書かれている。その勇気とは「さっき門の下で、この男には欠けていた勇気であ」(9)り、さらに「饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない」(9)ともある。これはそのまま盗人になることの宣言であり、悪行をしてでも餓死にならず生きていくという決意の現れである。したがって(ii)ではなく(i)が最も妥当だとおもわれる。

 (i)を補強する事実をもう一つ挙げておこう。最後の「下人の行方は、誰も知らない」という文章は、初稿では全く違うものであった。『羅生門』は1918年の『鼻』に収録されるさいに改稿されていたのである。初出である1915年の雑誌『帝国文学』に載せられた最後の一節を確認しておこう。

下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあった。

 「強盗を働きに急ぎつつあった」と書かれているのだ。やはり芥川自身は、下人は盗人になると考えていたようだ。

 比較をしてみると、1915年版は想像力を働かせる余地がずいぶん少ないことが分かると思う。ただし、代わりに文章に力がこもっているともとれる。1915年版は、文壇にデビューしたばかりの芥川龍之介の心意気が反映されているのだろう。そして改稿版は、小説家としての力量が格段にあがっていることを如実に物語っている。

 しかし改定後の文章を読むさいに重要なことは、芥川は下人の行方についてはっきりとは断定していないことだ。むしろ下人の行方を明言しないことで、読者は想像力を羽ばたかせ下人の将来を夢想することができるようになる。下人は盗賊になった可能性は一番高いだろう。だが、京都で仕事を見つけたかもしれない、もしかしたら死んでしまったかもしれない。

 「下人の行方は、誰も知らない」という一文は、「文学性」が伴うとして高く評価されている。下人の行方を断定しない効果として、読者はその空白を埋める必要に迫られる。それは想像するのが読書の楽しみであり、文学のもつ力である。

参考文献

関口安羲『芥川龍之介』岩波新書、1995年

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