「アグニの神」あらすじ解説|内容考察|感想|運命のおごそかさ

「アグニの神」あらすじ解説|内容考察|感想|運命のおごそかさ

概要

『アグニの神』は芥川龍之介の短編小説である。1921年に児童雑誌『赤い鳥』にて発表された。

『赤い鳥』には他に「蜘蛛の糸」や「杜子春」などが掲載されている。

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登場人物

インド人の老婆:占い師であり魔法使いの老婆。魔法を使ってアグニの神を呼び寄せることができる。

遠藤:香港の日本領事のところに住みこみしている書生。その日本領事の娘である行方不明の妙子を探している。

妙子(恵蓮):日本領事の娘。インド人の老婆の家に囚われ、アグニの神を召喚するための依代として使われている。

アグニの神:インド神話の神。老婆が召喚すると登場する。

あらすじ

 上海のある家の二階で、占い師の老婆とアメリカ人の商人が話し合っている。アメリカ人は日米戦争がいつ起きるかを占ってほしいという。それが分かれば商人は大儲けできるのだ。金を積まれた老婆はそれを了解し、占いをすることになる。そこで恵蓮という女性を奥から呼んできて、アグニの神に今日の夜12時にお伺いを立てると言いつける。そのとき恵蓮は窓の外をじっと見つめている。怒った老婆がほうきで殴りかかろうとしたその時、戸を叩く音が聞こえる。

 戸を叩いたのは遠藤という領事館で書生をしている男であった。この家を通りかかった時に、恵蓮の顔が二階の窓から見え、決心をつけて家に乗り込んだのである。実はその恵蓮という女性は、遠藤が探していた妙子という女性であった。妙子は領事館の娘で行方知らずだったのである。遠藤はピストルを出して老婆を問い詰めるが少しも怖がる気配がない。妙子のいる部屋へ押し入るために老婆に飛びかかるが、奇妙な魔法によって退散を余儀なくされてしまう。

 夜12時に近くなり、老婆の家の前でどうしようかと思案していた遠藤であったが、二階から一枚の紙切れが落ちてきたのを発見する。そこには妙子の策略が書いてあった。老婆がアグニの神を乗り移らせると妙子はぐっすり眠り込んでしまうのだが、眠り込む前に妙子に乗り移ったフリをして、老婆を脅すという策略である。しかし、妙子はその策をする前に気が遠くなってしまい、アグニの神が召喚される。

 遠藤はうまくいくか心配しながら、家のなかに潜入して事態を見守ることにする。鍵穴から見てみると、少女とは思えない荒々しい男の声でアグニの神が話し始めました。しかもそのアグニの神は、もう悪事はこりごりだ、命が惜しかったらこの女の子を元いた場所に戻すのだ、と要求するのである。呆気に取られた老婆であるが、娘に騙されているのだと思い、ナイフを取り出して逆に脅す。それでも一向に態度を変えない妙子(アグニの神)に老婆はナイフを振り上げる。まずいと思った遠藤だが、なかなか戸が開かない。

 なんとか戸を打ち破って中に入った遠藤だが、入った時は人気もなくしんみりとしている。まず妙子に気がつき声をかけると、妙子が計画は失敗してしまったという。遠藤は訝しがりながらも早くここを逃げようと急かす。老婆はどうしたのかと妙子に尋ねられ辺りを見渡すと、老婆は自分の胸にナイフを突き刺して死んでいた。これを見た妙子は、遠藤にあなたが老婆を殺したの?と尋ねる。その瞬間、遠藤は計画は失敗したが運命の不思議な力でうまくいったことが理解する。老婆を殺したのは私ではなくてアグニの神だと、遠藤は厳かに答えて、終わる。

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解説

元ネタは芥川の創作小説「妖婆」

 芥川は元ネタを少し改作して優れた小説を発表した作家でもあった。「蜘蛛の糸」は鈴木大拙による「カルマ」の訳書『因果の小車』であるし、「杜子春」は唐の伝記小説「杜子春伝」が元ネタである。アグニの神にも元ネタが存在する。

 しかし他と異なり、それは芥川本人による「妖婆」という小説である。芥川は「妖婆」の出来に満足してなかった。それゆえ改良してアグニの神として発表することにしたのだと思われる(「妖婆」も青空文庫で読むことができる)。

児童文学と芥川

 芥川は「お伽噺の中に出てくる事件は、いづれも不思議な事ばかりである」(随筆「昔」(大正7年))との言葉を残しており、この文言から山岸は「童話には極めて超自然的な何ものかが必要であるという認識の備わっていたことが察せられよう」(山岸[2006])と推察している。芥川を童話をかくときには必ず超自然的なものが登場するのである。

 例えば「蜘蛛の糸」の場合は、お釈迦様が登場する。「杜子春」は仙人である。今回の「アグニの神」だったらアグニというインドの神様である。と同時に人間も登場する。この超自然的な存在と人間の出会いが芥川の童話小説を進めていくのである。

感想・考察

勧善懲悪の話ではない

 この小説は児童雑誌に掲載されたのだから、主題は勧善懲悪であるといったような見方をみることがある。たしかに、悪者(老婆)が神の力(善)によって葬り去られる話ではある。しかし、単なる勧善懲悪などを小説にしないところが芥川龍之介の真骨頂だろう。善でも悪でもないところにこの小説の主題もあるように思われる。

 例えば「蜘蛛の糸」でのカンダタは単なる悪人ではない。彼は蜘蛛を殺さなかったという優しい心の持ち主でもある。だからこそお釈迦様は「悲しそうな御顔」をするのである。「杜子春」では「お母さん」と叫んだことで、人間に飽きていたはずなのに人間らしい暮らしをしようという逆転現象が起こる。このように、芥川の小説ではどっちでもないような状況、両義的な状況が取り出され、その微妙な感じが小説を成り立たしめているのだと思う。

 アグニの神は、完全な創作であり(元ネタも創作)、筋がやや滑らかでないところがある。短編作家(アニメーション作家も含めて。例えば新海誠とか)にありがちな、一瞬のコマの切れ味すごいけど、流れるような物語をつくるのは下手というところが出てるのかもしれない。それでも結末でのまとめ方は秀逸だ。

おごそかに:アグニの神を超えた運命の力の不思議なこと

 結末部分に着目したい。この話ではアグニの神が召喚されて、よく分からないままに婆さんが死ぬことになる。しかし、アグニの神が召喚されること自体は妙子の計画が失敗したことを意味する。それなのに、結果はうまくいってしまった。そのことを悟った遠藤は次のように考える。

遠藤は婆さんの屍骸から、妙子の顔に眼をやりました。今夜の計略が失敗したことが、ーーしかしその為に婆さんも死ねば、妙子も無事に取り返せたことが、ーー運命の力の不思議なことが、やつと遠藤にもわかつたのは、この瞬間だったのです。

 注目はやはりここだろう。この話は単純に神が悪人の老婆を退治したという話ではない。それなら妙子の策略はいらないのだ。そうではなくて、妙子の作戦は全部失敗したのにうまくいってしまったことが肝なのだ。アグニは妙子が苦しんでるのを哀れんで助けたのではない。もう悪事を働くのは嫌になったので老婆を殺したのである。アグニと妙子の間の交流は一切なく、二人は独立して動いたにもかかわらずうまくいってしまったことに、遠藤は運命の力の不思議なことを感じ取ったのだ。たまたま、偶然、、、これほど不思議なことはない。どうしてそうなったのかは誰にも分からない。ただ運命としか言いようがない。誰かの願いが届けられたわけでも計画がうまくいったわけでもない。遠藤は最後に、婆さんを殺したのはアグニの神だと妙子に伝えるが、そのあと芥川は次のような言葉を加えている。

遠藤は妙子を抱えた儘、おごそかにかう囁きました。

、なぜ厳かなのか。それは運命の力の不思議なことに妙に感じ入ったからである。厳かというのは、超越した存在に使われることがある。神は厳かである。しかしそれと同じくらい、いやそれ以上に運命は厳かである。神や老婆にしたって運命には逆らえない、というか知りえないのだ。アグニの神もおそらく彼の行動が妙子の計画通りであったことは知らないだろう。運命に厳かさを引き合わせたところに、この小説の魅力があるのではあるまいか。

参考文献

芥川龍之介『アグニの神』青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/15_14583.html)。

山岸佳奈「芥川龍之介の童話「アグニの神」ーー信仰心と国を渡る神」『清心語文』ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会、2006年。

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