『坊っちゃん』感想|あらすじ解説|内容考察|『坊っちゃん』は愉快な話か

『坊っちゃん』感想|あらすじ解説|内容考察|『坊っちゃん』は愉快な話か

概要

 1906年(明治39年)に『ホトトギス』第9巻第7号の付録として発表される。漱石の代表作の一つである。漱石の著作には他に『吾輩は猫である』『夢十夜』『三四郎』『こころ』などがある。

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登場人物

坊っちゃん:本小説の主人公

清(きよ):坊っちゃんの家の下女のお婆さん。主人公を溺愛しており、最終的に同じ家で暮らすことを夢見ている。

山嵐(やまあらし):本名は堀田。山嵐はあだ名。坊っちゃんの同僚の数学教師。坊っちゃんと気が合う。

狸(たぬき):坊っちゃんの中学の校長。狸はあだ名。

赤シャツ:赤シャツはあだ名。坊っちゃんの中学の教頭。文学士である。

野だいこ:本名は吉川。野だいこはあだ名。坊っちゃんの同僚の美術教師。

うらなり君:本名は古賀。うらなり君はあだ名。坊っちゃんの中学の英語教師。

マドンナ:うらなり君の婚約者。

あらすじ

 「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりして居る」という有名な書き出しで始まる。主人公の坊っちゃんは、冒頭通りの江戸っ子気質で真っ直ぐな性格である。子供の頃はその性格のせいで周囲から疎まれ続けていたが、下女の清だけはかわいがってくれていた。

 大学卒業後、四国の旧制中学校に数学の教師として赴任する。そこで教頭の赤シャツや数学主任の山嵐、英語教師のうらなりなどと出会う。そして、生徒とのトラブルに巻き込まれながら、教師生活を送ることになる。

 やがて坊っちゃんは、赤シャツがうらなりの婚約者であるマドンナへの恋からうらなりを左遷したことを知る。それに憤った坊っちゃんは山嵐と意気投合、赤シャツに天誅を加えることを決意する。陰謀により山嵐が辞職に追い込まれるなか、赤シャツを監視、ついに芸者遊び帰りの赤シャツを取り押さえ、ポカポカと懲らしめることに成功する。

 その後すぐに辞職した坊っちゃんは東京に戻ってくる。帰郷後、清を下女として雇い街鉄の技手となって暮らすこととなる。

解説

「『坊っちゃん』論」について

 『坊っちゃん』は同時代評では単純で愉快な物語として読む立場が多かった。例えば「呑気の如くして神経質なる人物を描き、滑稽の様にて真面目なる情緒(シュティムング)を写すこと蓋し氏が独断の場か」(峙樓「無題録」『帝国文学』明治39(1906)年5月10日)。なるほど、確かにあの圧倒的語彙と独特なテンポ、それにストーリ展開の面白さなど、とにかく笑うに事欠かない。

 その後、そういった定説を背景にしてさまざまな『坊っちゃん論』が登場する。唐木順三は「要するに『猫』と『坊っつちゃん』は、お調子にのつた漱石の出まかせの余技にすぎない」としながらも「そこに匂い出てゐる封建的正義感と癇癪は、同時に彼の骨にくっついてゐるものに他ならない」(「夏目漱石論」『現代日本文学序説』春陽堂、昭和7年)とし、作品としては評価に値しないとしながらも、漱石本人の気概が表れていると一定の評価を与えている。この頃はこういった「作家論」が優勢だった。作者の漱石と作品世界を結びつけて、『坊っちゃん』を理解しようとしたのである。

 「作家論」の流れとは別に、作品自体を批評しようする「作品論」の流れも生まれてきた。その始まりが伊藤整(「解説」『現代日本小説体系第16巻』河出書房、昭和24年)と大岡昇平(「夏目漱石 坊っちゃん」『一冊の本 全』雪華社、昭和42年)である。彼らはこの作品自体を論じ、同時に高い評価を与えた。これに続くように昭和40〜50年代になると、いわゆる「作品論」の時代が始まる。

 そんな中で斬新な解釈を提唱したのが平岡敏夫である。彼は「『坊っちゃん』試論ーー小日向の養源寺」(『文学』昭和46年1月)でこの作品は決して明るい作品ではなく、「末尾の痛切な悲しみの意味」こそが重要である悲しい作品だと述べた。坊ちゃんは最後に逃走する。坊っちゃんだけでなく、山嵐と清もハッピーエンドとはならない。平岡はこの3人に「佐幕派氏族という一点」の共通性を見出し、それこそ坊っちゃんの「批判精神」だと述べる。つまり、端的に言って虚しい話なのだ。

 他に坊っちゃんの年齢(24歳)に注目し、漱石より15歳ほど年下の坊っちゃんと、同じくらい年上の清を作品内に配置することで、妻子を引きうけた現在の状況から、過去と未来を繋ぐ生について思考を巡らしたとする山田晃の「『坊っちゃん論』」(『作品論 夏目漱石』双文社出版、昭和五一年)がある。(また山田は父親の冷淡さは無私の愛の裏返しとして〈親の愛に恵まれない坊っちゃん〉という定説に、初めて反駁した論を展開している)。

考察・感想

漱石の手紙から『坊っちゃん』の真意を読みとく

 漱石は手紙でこんなことを言ったそうである。

山嵐や坊ちゃんの如きものが居らぬのは、人間として存在せざるにあらず、居れば免職になるから居らぬ訳に候。

僕は教育者として適任と見なさるゝ狸や赤シヤツよりも不適任なる山嵐や坊つちやんを愛し候。

(明治39年4月4日付、大谷繞石宛)

『ホトトギス』で発表されてすぐのことである。これを読んでみると、漱石自身、坊っちゃんのような人間が腐敗した人間社会で生きていけるわけがないと考えているようにも思える。坊っちゃんの逃走は必然だったか。しかし話が愉快なのには間違いない。してみると、あの愉快さはつまらぬ社会に対する漱石流のアイロニーだったということになるかもしれない。

参考文献

佐藤裕子・増田裕美子・増満圭子・山口直孝編『坊っちゃん』事典、勉誠出版、2014年。

三好行雄・平岡敏夫・平川祐弘・江藤淳編『講座 夏目漱石 第二巻〈漱石の作品〉(上)』有斐閣、1981年。

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