『キューブ』感想|あらすじ解説|内容考察|キューブの謎は謎のまま

『キューブ』感想|あらすじ解説|内容考察|キューブの謎は謎のまま

概要

 『キューブ』(Cube)はカナダ人の監督ヴィンチェンゾ・ナタリが1997年に製作した映画。ヴィンチェンゾ・ナタリにとっては長編映画の初監督作品となる。

 続編は『キューブ2』『キューブ ゼロ』、日本リメイク版は『CUBE 一度入ったら、最後』で主演は菅田将暉が演じている。

 出演者は7人舞台セットは1つと、かなりの低予算で製作された映画でありながら、世界的なヒットを記録した。密室に閉じ込められた人間模様や突然襲い掛かる罠がもたらす緊張感は、視聴者を釘付けにし今なおカルト的人気を誇っている。

>>無料トライアル実施中!<U-NEXT>

登場人物

ワース:喋る気がない胡散臭い独身男性。のちにキューブの設計者であることが判明する。

ハロウェイ:精神科の女性。博愛主義の理念を持つが、それによってクエンティンと対立。クエンティンによって見殺しにされる。

レブン:数学が得意な女性。キューブの罠を解く重要な役割を担う

レン:七つの刑務所を脱獄した伝説的な犯罪者。靴を投げて罠の有無を確かめる方法を考案するも、失敗して硫酸にかかり死亡。

クエンティン:黒人警察官でリーダー的存在。3人の子供をもち妻とは別居。極限状態のなか凶暴な性格が露呈。仲間から置き去りにされる。

カザン:コミュニケーション不全の少年。パニックに陥ることもしばしば。天才的な数学能力を有する。7人の中で唯一の脱出成功者。

オルダーソン:最初に出てくる男性。登場後すぐにワイヤートラップにかかりバラバラに切り刻まれ死亡。

あらすじ

 目が覚めると、彼らは一辺が約4.2mの立方体(CUBE)からなる部屋に閉じ込められていた。部屋には6面全てに隣に移動できる扉がついている。オルダーソンは、部屋に仕掛けられていたワイヤートラップによってバラバラにされてしまう。

 偶然出会ったワース、ハロウェイ、レブン、レン、クエンティンの五人は、共に行動をとる。なかでもレンは、七つの刑務所を脱獄した伝説的な犯罪者であり、ほかの人から信頼を置かれる。レンは新たな部屋に移動した時に紐を縛り付けた靴を投げ入れて、トラップの有無を確かめる方法を考案する。彼らは移動中に、自閉症のカザンを発見し、6人で行動を開始する。

 レンを先頭に移動していたのだが、ある部屋で塩酸トラップにひっかかり、レンは死亡する。一行は途方にくれるも、扉の前につけられた三桁の数字のどれかが素数の場合、その部屋には罠があることを数学が得意なレブンが発見する。また移動し始める一行であったが、ある段階でこの法則も間違いであることが判明する。

 レン亡き後、リーダー的存在であったクエンティンは、ストレスの限界に達しカザンに八つ当たりをはじめ、ハロウェイが庇う。そのとき、ワースはこのキューブの設計における関係者であったと告白する。彼は、この建物の全体の大きさ、部屋の数、出口が一つであることを伝えるが、何が目的でどうすれば出られるかという全体像については知らないと断言する。

 幸運なことに、彼らはいつの間にか、建物の側面に到達していた。だが、そこは外に通じる壁にはまだ距離があった。身軽なハロウェイはロープをくくり付け探索を行う。途中に大きな揺れが原因で落ちかけたハロウェイを助けたのはクエンティンであったが、カザンを庇う姿勢に苛立ちを覚えていた彼は、手を離しハロウェイは落下する。

 残り四人になった彼らは、部屋がある周期で移動していることに気づく。そして、トラップの有無を知るためには、三桁の数字は因数が重要であった。天才的な計算力をもつカザンが、瞬時に因数を求めることで、トラップを回避できるようになる。

 クエンティンの悪行に気づいたワースらは、彼を倒したあとに、外に出られる部屋にたどり着いた。しかし、倒したはずのクエンティンが現れレヴンを殺害してしまう。立ち向かうワースはクエンティンとともに命を落とし、カザンは光り輝く外に向けて、出口を通るのだった。

>>Amazonプライム「30日間の無料体験」はこちら

解説

謎が明かされないカルト的作品

 1997年に製作された『キューブ』(Cube)は現在でもカルト的人気を博してるのだが、その理由の一端は謎が謎のままにされているところにある。オルダーソンの衝撃的な死から始まるこの映画は、冒頭から謎に満ちている。何処にいるのか、何処からきたのか、誰が作ったのか、ここにいる人は誰なのか。この映画は、いわゆる謎解きに重点を置いたサスペンス風を装って始まるのだが、しかし一向に秘密が明かされることはない。

 この秘密はキューブの設計者であるワースが、閉じ込められている側にいることで完璧な形となっている。全知全能の神として設計者がいるのではない。単体のキューブのようにそれ自体で完結していながらも、キューブ全体を知ることは設計者とてできないのである。

 謎解きが行われないのは、ワースが脱出に成功した最後の場面まで一貫している。一般的な物語なら脱出した先にキューブの内部をモニタリングしていた人が拍手でお出迎えすることで、われわれの謎解き欲求も満たされるものなのだが。

 脱出口は白い光に照らされていて、それはキューブ内部の色調と対照をなしている。赤や青などの不安を煽る内部の光から、一転して白い希望の光へとワースは進むのだが、その白い光は強すぎて、脱出口の先に何があるのかを教えてはくれない。ワースは希望の光であると同時に視界を遮るその光のへ歩き出すも、その先にあるもを照らしだしはしないのである。

考察・感想

明るみにでるのはわれわれの偏見だ

 『キューブ』は、謎解きを志向しているようにみえて、実は謎に留まり続けるところに特徴がある。いいかえれば隠された秘密ではなく表層を描いているといえる。システムの外部(=秘密)ではなく内部を、人間の内面(=本性)ではなく外面を、といった具合に。

 したがって、トラップ付きのキューブに閉じ込められるという魅力的な設定にもかかわらず、映画の見所はむしろ人間関係のほうにある。彼ら彼女らは相手を肩書や仕草でしか判断できない。それは観客とて例外ではない。脱獄経験七回という経歴を知ればレンに従い、警官という肩書を知ればクエンティンに従う。コミュニケーション障害のカザンは足手纏いだし、非協力的なワースは怪しい。

 だが、結末を知ると事態は真逆であることに気づく。取り柄がないようにみえたカザンとレブンは高い数学能力でトラップを見破るし、見るからに胡散臭かったワースはむしろ仲間のために命を落とす。逆にレンはミスで命をおとすし、リーダーかと思われたクエテンィンは独善的で暴力的だった。

 最初の時点でこうなることを予想できた人はいただろうか?結局、脱出できたのは会話もままならないカザン一人であった。この結末はわれわれの予想を完全に裏切るものである。だからカザンやワースを疑うのではなく、われわれの最初の認識のほうを疑うべきだった。キューブという密閉空間と襲い掛かるトラップが強いる極限状態が炙り出すのは、人間の本性でも切羽詰まったときの決断力でもない。そうではなくて、『キューブ』が明らかにしたのは、肩書きや態度で人を判断しそれをもとに行動するわれわれの偏見のほうなのである。

映画カテゴリの最新記事