『アイズ ワイドシャット』考察|倦怠期を乗り越えよう|あらすじ意味解説|感想|スタンリー・キューブリック

『アイズ ワイドシャット』考察|倦怠期を乗り越えよう|あらすじ意味解説|感想|スタンリー・キューブリック

概要

 『アイズワイドシャット』は1999年に公開されたアメリカのサスペンス恋愛映画。監督はスタンリー・キューブリック。

 キューブリックは公開直後に亡くなったため、本作は彼の遺作となった。主演はトム・クルーズ。原作は1926年に刊行されたアルトゥル・シュニッツラーの『夢小説』。原題の「Eyes Wide Shut 」は英語の常套句「eyes wide open」(大きく目を開いて)のもじり。

 トム・クルーズが主演の映画はほかに『トップ・ガン』『宇宙戦争』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『マイノリティ・レポート』『M:I-2』がある。

 また心理サスペンスの名作に『ジョー・ブラックをよろしく』『ゴーン・ガール』『アメリカン・ビューティー』などがある。

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登場人物

ビル(トム・クルーズ):開業医。アリスとは倦怠期を迎えている。女性に言い寄られることが多く、自信もつよい。アリスが過去に浮気心があったことを知ってからは、不安におちいりアリスが他の男性と性行為をしている様子を妄想するようになる。

アリス(ニコール・キッドマン):ビルの妻。夫婦関係に不満をもつ。過去にビル以外の男性に浮気心があったことをビルに告げる。

ヴィクター・ジーグラー(シドニー・ポラック):ビルの患者。お金持ち。秘密結社の集会にも参加していて、ビルに余計な詮索をしないよう忠告する。

マリオン(マリー・リチャードソン):ジーグラーの部屋で昏睡状態でみつかりビルに助けてもらう。秘密結社の集会の場では逆にビルを救う。

ニック(トッド・フィールド):ピアノ奏者。ニックに秘密結社の集会の存在を教える。のちに何者かによって連れ去られる。

あらすじ・ネタバレ

 舞台はニューヨーク。娘と暮らす開業医のビルと妻のアリスは倦怠期を迎えていた。ある日、ビルの患者であるジーグラー夫妻が主催するクリスマス・パーティーに、ビルとアリスは招待される。

 パーティーで二人は別々に行動することになるが、ビルは女性たちに囲まれ、アリスはある紳士に誘惑される。互いにその様子を目撃してしまい不安を覚える。ビルはジーグラーに呼ばれて彼の部屋を訪れると、若い女性のマンディがドラッグで倒れていた。ビルのおかげでマンディは助かるも、このことは内密にとジーグラーによって口止めされる。

 その夜、二人で性行為をしていると、ひょうんなことで言い合いになる。今まで誰にも浮気心が芽生えたことがないというビルにたいして、アリスは過去にほかの男性に浮気心を抱いていたことを打ち明ける。ビルは驚愕し不安を感じていると、患者が他界したという一報が入る。

 ビルは仕事に向かうも、アリスが他の男性とセックスをしている妄想を止めることができない。そして次第にその妄想に取り憑かれていく。遺族に会った帰りにアリスが他の男性とセックしている妄想をする。その場で娼婦に声をかけられて付いていくも、アリスからの電話で我に返る。

 ビルはバーに入るとピアノ奏者のニックに出会い、彼から奇妙な体験をきく。彼は謎の集会に呼ばれて、目隠しをした状態でピアノ演奏をさせられたというのである。ビルはこの話に興味を持ち、ニックから集会に入るためのパスワードを聞き出して、集会場へ向かう。

 そこでは仮面を被った男女の前で、性行為をするという儀式が行われていた。ビルは驚き不審な行為をしてしまい、部外者であることがバレる。罰せられそうになるが、一人の女性が身代わりになることでビルを助けてくれる。

 翌日、ニックに会いにいくと、彼が不審な二人組に連れて行かれたことを知る。さらに、マンディが死亡したことを新聞記事で読む。遺体を確認しにいくと、マンディは昨日の集会で助けてくれた人だと確信する。

 ジーグラーのもとに向かうと、彼も集会の参加者であることを知る。彼はニックの行動を把握しており、今後は慎むよう忠告される。ビルは混乱したまま自宅に帰り、全てをアリスに打ち明ける。

 翌日、娘と買い物にきたビルとアリスは数日間を思い出し、二人は愛を伝えある。そしてアリスは「やるべきことがある、セックス(ファック)よ」と言うのだった。

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解説

キューブリックの遺作と離婚

 『アイズワイドシャット』は、『博士の異常な愛情』や『2001年宇宙の旅』で有名なスタンリー・キュブリック監督の作品であり、公開当初から世界的な大ヒットなった。本作は夫婦の嫉妬をテーマに、死やセックス、秘密結社などが複雑に絡む壮大な物語である。

 内容の過激さもさることながら、それ以外のエピソードが有名な、曰く付きの作品でもある。1つ目は、夫婦の嫉妬をテーマにしたこの映画に、実生活でも夫婦であるトム・クルーズとニコール・キッドマンが出演したというものだ。加えて、キューブリックの撮影スケジュールに合わせるうちに二人の間に亀裂が生まれ、最終的に現実世界で二人は離婚することになった。

 2つ目は、撮影期間の長さである。キューブリックは20年以上も前から撮影の計画があったが予定が合わず実行されてこなかった。そのため本作にかける情熱は相当なもので、撮影は400日にも及んだ。また映画の舞台の環境に慣れるために、クルーズ夫妻はロンドンに移住までしている。この撮影期間の長さは、「撮影期間最長の映画」という部門でギネル記録に認定されている。

 3つ目は、不幸にも本作がキューブリックの遺作になってしまったというものだ。本作試写会の五日後にキューブリックが急死したため、結果的にキューブリックの遺作になってしまったのである。映画で秘密結社を扱っていたため、イルミナティによる暗殺という説まである。

主題は夢と欲望と禁止

 セックスや裸体のシーンが多いためポルノ映画と揶揄されることもある本作の主題は、ずばり欲望と夢と禁止である。本作の原作は、アルトゥル・シュニッツラーの『夢小説』(1926年)で、精神分析学の開祖ジークムント・フロイトに大きく影響を受けている。フロイトは夢や禁止や欲望を精力的に研究した人物で、無意識に注目したことで有名だ。

 したがって本作は極めてフロイト的である。アリスがビルに過去の性欲を打ち明けそのことに思い悩むビルや、見知らぬ多くの男性との乱交をビルに見せつけて嘲笑うアリスの夢は、禁止と欲望と無意識について語っている。しかしビルは夢について語ることができない。夢は無意識の現れであって、本当は何を悩んでいるかは言語化できないのだ。

 原題「Eyes Wide Shut」は「Eyes Wide Open」という常套句のもじりで、「しっかりと目を閉じて」という意味である。この題名が本作のテーマを明確に表している。我々はそれぞれ秘密を保持している。それが暴かれたら、関係を崩壊させてしまうものもあるだろう。その恐ろしい事実を直視してはならない。それから目を背けろ、というのが本作の態度である。

 これは常套句「Eyes Wide Open」と逆の意味でありながら、この二つの言葉は本質的に共犯関係である。本作の宣伝のために使われた広告を見てみよう。しっかりと見開かれたアリスの目は、自信たっぷりにこちらをまっすぐと凝視して、何もかもを見透かしているよと言わんばかりだ。

 秘密を凝視するまっすぐに注がれる視線に、思わず目を背けずにはいられない。「Eyes Wide Open」と「Eyes Wide Shut」は同時に起こる。目を開くとき、目を閉じなくてはならないのである。

考察・感想

嫉妬と疑いが欲望を掻き立てる「焦らし映画」

 ビルとアリスの力関係がひっくり返るときに、物語は動き出す。

 女性にモテるイケメンのビルは、アリスが不倫をすることなど絶対にないと確信している。しかし倦怠期に入っていた二人が口論したとき、アリスは過去に通りすがりの将校に一目惚れし、あろうことかビルを捨てる覚悟までしていたとと告白する。これは倦怠期を迎えた妻が、いま不倫をしているということではない。二人の愛の絶頂期のまさにその瞬間に、アリスは心のうちで他の男性を求めていたのだ。

 このとき「男性は美しいものに惹かれるのであり女性とは違うのだ」という、ビルの無根拠な確信は見事に打ち砕かれる。アリスはビルや子供を捨てるくらいの欲望が秘められていたのだ。ビルはこの瞬間の自分だけでなく、過去の自分すらアリスに否定される。愛していたのは自分のほうだけだったのか?アリスの愛はいつ失くなったのか?それとも最初から……。この告白でビルの世界は無残にも崩れ落ちる。世界で一番理解していると勝手に思い込んでいた目の前にいるアリスに、何一つ確かなものを見出せない。最も近くにいたものが一転して、最も遠くにあるもの、理解することのできない不気味なものへと変質するだ。この心の変遷を、トム・クルーズの名演技が如実に物語っている。ビルの戸惑いはこの後も彼に付き纏う。

 それ以降、アリスと将校のセックスが脳裏にチラついて離れないビルは、セックスの匂いがする方に引き寄せられていく。仮面を被った乱交場に侵入したり娼婦に付いて行ったりするも、その度に横槍が入りセックスができない。気がつくと、欲望に苛まれながらセックスができないという究極の焦らし映画になっている。

ファックで現実から目を背けろ!

 ビルはアリスへの不信感と周囲に感じる暗い影から、裏の組織の会合に吸い込まれていく。危険や禁止が未知なものへの欲望を掻き立てるのだ。

 秘密結社の会合で行われるのはこれまた性的な儀式である。ビルへの焦らしプレイは止まるところを知らず、だからこそ彼は明らかに危険なのにもかかわらず奥へ奥へと進んでしまう。しかしそこにあるものは彼に満足を与えてはくれない。マリオンのおかげで死は免れるものの、秘密結社については結局何も分からないままである。

 だがそこに禁止と欲望の本質がある。禁止によって欲望が掻き立てられるのだが、その禁止の向こうにあるものは絶対に掴むことができない。そしてもし捕まえることができたら、それはすでに欲望の対象ではないのだ。

 不安と疑心暗鬼の極限で、ビルはアリスの前で泣き崩れ、ここ数日の間に起こったことの全てを告白する。どうしようかと相談するビルにアリスは「やるべきことがある、セックス(ファック)よ」と答える。現実から目を背けるために、最も身体的で現実的なセックスに没入する。それはまさに「Eyes Wide Shut(=しっかりと目を閉じて)」ということだ。

 倦怠期を迎えた人たちが、あるいは相手を疑い始めた人たちが、やれることは案外これくらいしかないのかもしれない。

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