概要
『星の子』は、2017年に刊行された今村夏子の長編小説。野間文芸新人賞を受賞。2020年に監督大森立嗣、主演芦田愛菜で実写映画化した。
娘が小さい頃に病気を患ったことをきっかけに新興宗教にのめり込んだ両親のもとで育った娘のちひろが、学校の友人や先生と交流する物語。
日本の小説はほかに、安部公房『砂の女』、乗代雄介、村田沙耶香『コンビニ人間』、石川啄木『一握の砂』、湊かなえ『告白』、吉田修一『怒り』などがある。
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登場人物
林ちひろ:子供の頃に体が弱く、それを治そうとして両親が新興宗教のめり込む。宗教にたいして不快感はなく活動にも積極的に参加するが、親の変な行為を恥ずかしく思うこともある。
両親:ちひろの病気を治すため、父の同僚の落合から特別な水をもらう。以後、新興宗教にはまる。特別な水をひたしたタオルを頭に乗せるのが日課。
林まさみ:5歳年上の姉。新興宗教に反感をもち家を出る。雄三おじさんと共謀して、両親の洗脳を解こうとするが失敗する。
雄三おじさん:母方の叔父。宗教にのめり込む林一家を案じ、ちひろを引き取ろうとする。
なべちゃん:友人。意地悪をしてくることもあるが、基本的には仲がいい。
南先生:ちひろが好きになった先生。数学教師。イケメン。生徒と付き合っているという噂が流れることにイライラしている。
ひろゆきくん:落合家の息子。親には喋れないという風を装っているが、実は喋れる。
名言
わたしには見慣れた光景だった。それなのに、はじめて見たと思った(p.124)
あらすじ・ネタバレ
子供の頃のちひろは体が弱く、特に湿疹に悩まされていた。父親は職場の同僚の落合から、「金星のめぐみ」という特別な水をもらう。水を「金星のめぐみ」に変えて、ちひろの体に毎日つけていると、みるみるうちに病気が治っていくのだった。この奇跡のような現象に感動し、落合が入信している新興宗教にのめり込むようになる。
ある日、落合家に招かれる。姉のまさみは不満そうであったが、そこでタオルを湿らせて頭にのせると体にいいと教わる。ちひろそこで、口が聞けないはずの落合の息子のひろゆきが喋れることを知るが、誰にもいうなと睨まれる。
仲の良い親子であり新興宗教一家ということで、学校では友達がなかなかできない。最初の友達はなべちゃんだった。なべちゃんと喧嘩をして口を聞かなくなることもあるけれど、高校生になっても仲が続く間柄になる。
あるとき、雄三おじさんが家に来て、新興宗教をやめるよう両親を説得する。聞き入れてもらえない雄三おじさんは「金星のめぐみ」を水道水に入れ替えて、効果が変わらないことを突きつけるが、温厚な父が激怒し、まさみが包丁を持ち出すことで、雄三おじさんを追い出していまう。
両親は新興宗教にますますのめり込み、仕事先も宗教関連になる。耐えられなくなったまさみは家を出る。家をでる日に、雄三の水入れ替え事件を手引きしたのは自分だと千尋に告げる。
面食いのちひろは中三の時に南先生が好きになり、南の似顔絵を書くようになる。 クラスの活動で遅くなったちひろたちを南先生が車で送ってくれる。ちひろが降りようとしたとき、南はタオルを頭に乗せた不審者を発見し、ちひろを制止する。その不審者は千尋の両親だった。ちひろは翌日、南にそのことを告げると、それ以降ちひろに対する南の態度は悪くなるのだった。
祖父の法事に参加したちひろは雄三おじさんと再会する。雄三は高校をうちから通うことを提案するが、ちひろは断る。
全国から一堂が解す宗教団体「星の子」の研修旅行が行われる。 友人の春ちゃんが連れてきた彼氏はみんなの前で、好きな人が信じるものを信じたい、と宣言する。旅行中はタイミング悪く会えなかった両親と夜に会うと、三人で流れ星をみようと散歩する。だが、3人揃って流れ星をみることができない。 三人は「その夜、いつまでも星空を眺めつづけた」。
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解説
外部にある暴力と不安を描くのは今村夏子の真骨頂
『星の子』は2010年に『こちらあみ子』でデビューした今村夏子の3作目。宗教にのめり込む両親のもとで育った娘、林ちひろの視点から彼女の何気ない生活を描く。
『星の子』のテーマは宗教と家族。宗教の問題は普遍的でありながら現代の問題でもある。特に、宗教二世を主人公とする本作は、安倍元首相殺害事件が宗教二世によってなされた今日、アクチュアルな問題を提起せずにはいられない。
著者の今村夏子は、何気ない生活に潜む暴力や得体の知れない不安を描くのを得意とする。デビュー作『こちらあみ子』と同様、『星の子』でもそれは健在だ。両親が落合家で仕入れてくる物品は、新興宗教の怪しさを醸し出している。健康になる水、湿らした布を頭に乗せる儀式、落合夫妻の暴力事件の噂。そこにあるのはちひろの認識の外部にある、禍々しい何かである。
ちひろの認識の外部で何かが起こるということは、彼女が対象と距離をもっていることを意味している。そして今村の真骨頂は、主人公と対象の絶妙な距離感を維持し、それを巧みに描くところだ。叔父が親を説得しあるいは騙し、宗教から離れるように画策しているのだが、そのことに関わるのは姉のまさみであって、ちひろが計画に参加することはない。彼女にとって出来事は突然に起こり、そして起きたことをそのまま受け入れるだけである。そしてちひろは宗教に対して何か善悪の判断を下すことはないのである。
例えば、ちひろは新興宗教に対してつねに受け身な姿勢をとる。両親が「金星のめぐみ」を浸したタオルを頭にのせていればちひろもするし、宗教団体の研修旅行があれば迷いなく参加する。宗教に関係することを拒むことはない一方で、積極的に友達に布教することもない。物心ついたときには新興宗教が身近にあって、ちひろにとっては常識みたいなものなのだ。
新興宗教二世の問題
だからこれは新興宗教の二世の問題でもある。宗教的な行為が日常であり、同じ宗教の人と幼少期から交流を持つことで、新興宗教に対して違和感を持たないばかりか、それをもつ契機すら得ることが難しくなる。その点、姉は5歳も年が上であったために、新興宗教に対して違和感のほうが勝ったのだろう。新興宗教が常識になる前に、幼稚園や小学校で社会と関わりを持つことで、社会の常識とのズレに反応できたのである。
知らないところで何かが起きている、あるいは、自分の行動が変らしいのだが気がつかないという現象は、デビュー作『こちらあみ子』にもみられるもので、今村作品の特徴をなしている。他者と自己の差異に無頓着な主人公は、ときに暴力に巻き込まれもする。『こちらあみ子』であみ子に突然殴りかかってきたのりくんは、似顔絵を書くちひろにいきなり怒り出した南先生に似ている。怒りや暴力は、ちひろの知らないところで、ちひろを原因として、着々と醸成されているのだ。
もちろん『星の子』は、ちひろや新興宗教にたいして善悪を語っている小説ではない。新興宗教から逃れた姉やちひろを救おうとする雄三おじさんが善で、見抜けない両親や違和感をもたないちひろが悪なのではない。善悪の判断をせずに、ちひろの視点で淡々と描く、それが今村夏子の小説の真骨頂である。
考察・感想
他者の視線とちひろの自我
巻末にある「書くことがない、けれど書く」という題名が付けられた小川洋子との対談で、頭にペットボトルでかけあう高齢者を目撃したことに、インスピレーションを得たと書かれている(ちなみに『博士の愛した数式』で有名な小川洋子の『ことり』も、主人公は変人である)。このエピソードはそのまま、公園で頭に乗せたタオルにお互いに水を掛け合う両親の場面に反映されている。これをみた南先生は「二匹いるな」(123)という。不審者をみる南先生の視線は厳しい。雄三おじさんに「金星のめぐみ」を水道水に変えられて、それでも効能が得られていると感じてしまったという決定的な出来事を前にしても、揺るがなかったちひろの信念がぐらつき始める。いつもの両親の行動が、南先生の視線を介して、違和感を持ち始める。いわく、「わたしには見慣れた光景だった。それなのに、はじめて見たと思った」(124)。
ちひろはこのとき初めて他者からの視点を意識する。新興宗教では常識的な振る舞いをする人は、新村から見れば「かっぱ」(177)だったのだ。雄三おじさんに「帰れー」といって追い出したあの頃の無邪気さはもうどこにもない。
とはいえ、この出来事をきっかけにして、姉のように新興宗教を否定するまでには至らない。雄三おじさんはタイミングを見計らって、高校に入るときにはうちから通えばいい、と提案する。どうやら両親にも掛け合っているようだ。このとき、決定においていつでも蚊帳の外であったちひろは、ついに決定の主導権を握らされることになる。受け身でいればよかったちひろは、能動性を期待される。ちひろが一言、両親なんか新興宗教なんか嫌だ、と言ってくれれば……。いまや、ちひろの判断で新興宗教とも両親とも縁が切れるのだ。だが、ちひろは雄三の提案を断る。周囲に「かっぱ」と言われようが、ちひろは新興宗教に悪い印象を持っていないのである。
決断を迫られるちひろ
宗教のつながりで友達になった春ちゃんの彼氏が「ぼくは、ぼくの好きな人が信じるものを、一緒に信じたいです」(206)と言う。ここで初めて、これまでとは違って宗教に好意的な人が現れる。宗教に対して善悪を問題にしていなことが伺える。警戒する人もいれば、好意的な人もいるのだ。思えば両親が新興宗教にのめり込んだのも、ちひろへの愛が原因だった。愛と宗教は「盲目」であるという点で、極めて似ている。
しかし、ちひろは宗教にたいする信念が揺らぎつつあった。南先生に怒られ、新村に「かっぱ」と言われ、雄三おじさんに家にこいと提案されたちひろは、主体的であれ、能動的であれと判断を迫られる。宗教団体「星の子」の研修旅行で、両親と会えないときの不安は、「一生会えなくなるかも」(213)しれないという、両親との決別の不安でもある。気がつけば、両親たちはちひろへの奉仕をやめて、宗教団体への奉仕へと切り替わっていた。もしちひろが新興宗教と手を切れば、両親はちひろではなく宗教をとるだろう。宗教団体から離れることは、両親との決別を意味しているかもしれないのだ。
家族が壊れゆくときにみる流れ星
両親に再会すると、両親との繋がりが強いことをちひろは再認識する。親子は同じ方向を向いて、流れ星を探そうとする。しかし、一向に流れ星を同時に見ることができない。まるで、もう同じものを信じることができないとでも言うかのように。「どこだって?」「あのへんだよ」「どこ?」「あのへん」「どこ?」「だからあのへん……」「どこ?」「あのへん……」(226)。流れ星を見ることよりも両親のお風呂の時間が気になるのは、流れ星を見る行為が何かを決定的にしてしまうことを恐れているからだ。実際ちひろたちは、流れ星を同時に見るという奇跡をおこすことはもうできない。
あるいは、親子の崩壊を察しているのは、悪意のない親のほうなのかもしれない。嘘か本当かはわからないが、ちひろは何度も流れ星を見えたと主張する。このとき流れ星が見えないのは両親のほうなのだ(両親が見えないのも、ちひろと同様に、本当かどうかは定かでない)。それは親子の関係が壊れいく将来に怯えながら、今ここで一緒にいる時間を少しでも伸ばそうとしているかのようでもある。「わたしたち親子は、その夜、いつまでも星空を眺めつづけた」(227)。それは親子にふりかかえる将来の不安と希望を暗示し、予期せぬ将来の訪れを少しでも先のばすことで生じた、つかの間の、そして永遠の儚い親子の温もりを感じさせているのである。
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参考文献
今村夏子『星の子』朝日新聞出版、2019