概要
『イカゲーム』はサバイバルゲームをテーマにした2021年の韓国ドラマ。監督はファン・ドンヒョク。Netflixにて放送された。脚本は2009年執筆されたが、2008年の世界恐慌の影響で出資が受けられず製作を断念していた。全9話。シーズン2の制作も予定されている。
Netflixで配信されると世界的なブームを巻き起こした。世界中の批評家による評価も大変高い。
サバイバル系の映画はほかにクリストファー・ノーラン『ダークナイト』、『バトル・ロワイアル』、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』『鎌倉殿の13人』などがある。
また「【2023年版】Amazon Prime, U-NEXT の最新おすすめ独占配信映画」はこちらで紹介している。
登場人物
ソン・ギフン(イ・ジョンジェ):ギャンブルに明け暮れる冴えない中年男性。
チョ・サンウ(パク・ヘス):ソンの後輩で、大学を主席で卒業した天才。借金があり警察に追われている。
ファン・ジュノ(ウィ・ハジュン):警察官。失踪した兄を探し、「イカゲーム」を調査している。
カン・セビョク(チョン・ホヨン):脱北者。弟のために金が必要。
あらすじ / ネタバレ
ソン・ギフンは高利貸しに追われて、母と貧困生活を送っていた。
ある日、スーツ姿の若者に「イカゲーム」という賭けゲームを紹介される。「イカゲーム」に参加すると、幼なじみで後輩のチョ・サンウから、老人、脱北者など456人が集められていた。
参加したゲームは単なる遊びではなく、命がけのゲームだった。第一のゲームが始まると容赦無用で参加者が射殺される。
どうにか勝利を掴んだソンは、生存者が減るごとに賞金が上がることを知らされる。ソンは全6つに及ぶサバイバルゲームを生き残ることができるのか。
解説
日本で生まれた感性+韓国の社会問題
カイジ、ライアーゲーム、デスノートなどに特徴的なサバイバルゲームという設定は、2000年代に花開いた日本的な感性の一つでした。サバイバルゲームには主に二つの要素があります。一つ目は命をかけること、二つ目は一発逆転があり得ることです。この二つの要素があわさると、つまらない現実に死と隣り合わせの生の実感を与えてくるのです。ダラダラと終わりなき日常が続く時代だったからこそ、サバイバルゲームという設定は多くの人を魅了したのだと思われます。その優れた設定に二十世紀少年的哀愁を纏わせ、社会的な要素を詰め込めこんで製作されたのが韓国ドラマ『イカゲーム』です。
前述の日本の作品は、死を前にした人間の善悪の揺らぎや正義の欺瞞性を暴きだす一方で、社会的な問題を描けていないという弱点がありました。イカゲームは日本の作品の良い点を生かしながら、格差の問題やジェンダーの問題を巧みに取り扱うことで、作品自体に深みが生まれ世界的な大ヒットにつながったのです。
世界観
作品の構造はいたってシンプル。三層からなる玉葱状の構造をとっています。中心にゲームを強いられる主人公たち(プレーヤー)、外側にゲームを鑑賞するVIP、間に運営する仮面集団(中間団体)がいます。VIPはゲームに干渉できますが、プレーヤーはVIPを見ることすらかなわないという非対称性があります。そのせいで、仮面集団を敵と考えているプレーヤーには、真の敵(VIP)を暴き撃破し世界を変えるなどといった革命的なことは起こせないのです。
作者もVIPに興味がないのか、彼らが誰なのか、規模は、目的は、資金はといった謎は最後まで明かされません。イカゲームでは個人の戦いが世界を変えるということはありません。できてもプレーヤーが中間団体にタテつくくらいですが、それすら中間団体に無視されて何も起こせません。不満を抱きながらもゲームを続けることを余儀なくされるプレーヤーは、貧困者が救われることなく搾取されるという現代的な虚しさを表しているようです。
考察
平等(確率)vs平等(状態)
作品で描かれる一つに平等があります。理由はわからないのですが、中間団体のトップはゲームの平等性に強く固執します。それが病的であるがために、プレーヤーにゲーム内容を教えていた中間団体の職員は躊躇なく殺され、見せしめのために死体が吊し上げられます。平等という原理はゲームのルールも貫いています。その一貫した基準のもと中間団体の職員はゲームを運営しているのです。
ですが問題が生じます。それは平等が一義的ではないからです。スタートラインは一緒にするとか、怪我をしていない万全の状態で勝負するのも平等というものです。ただ中間団体の長が求める平等は、選択する自由を突き詰めた先にある確率的平等なのです。選ぶものには有利不利がある、が、どれを選ぶのかは自由であり、したがって平等である。
これは唯一絶対の原理原則であり、翻って同じ条件でという意味での平等は全く担保されていません。したがって5つ目の遊びのように、強化ガラスと普通のガラスを区別できるガラス職人の超人的能力を利用するのは、確率的平等の観点からは許されず、身守るのが仕事の中間団体職員がゲームに介入することもあるのです。
革命的なこと1つ目(社会構造に亀裂を)
外部にでることもできず、外敵を倒すこともできない。同族であるはずのプレーレーどうしが殺し合うことしかできない、閉じた救いのない物語なのですがささやかな革命が3回おこります。
一つ目は警察官のファン・ジュノがゲームの進行とは別に、この権力の3層構造に亀裂をはしらせます。失踪した兄と主人公ソン・ギフンにある接点をみたファン・ジュノは、ソン・ギフンを追うことで内部に潜り込むことに成功します。中間団体の職員は仮面を被り匿名的・機械的に管理されてることを逆手にとり、仮面をかぶることで内部に紛れる様子は、スカッとした気分にさせてくれます。
プレーヤーの位置から、中間団体に紛れ込み、VIPに一発くらわせるという内部から外部への二段跳びは、メインプロットとは無関係なのですが、世界観を揺るがすという点で革命的な行いです。また静的な三層構造に縦に亀裂を走らせるファン・ジュノは映画に圧倒的な躍動感を与えてもいます。
革命的なこと2つ目(ルールの改変と贈与)
老人のオ・イルナムがとても面白い人物で、第四ゲームでソン・ギフンと対決します。死期が近く疲れで朦朧としているオ・イルナムはソン・ギフンとの対決をそっちのけで古い街並みを模した会場を放浪します。ルールを設定して始まったゲームですが、認知症のせいでそのルールが破られ、最終的にはゲームを中断しソン・ギフンに勝利を与えます。
強いられているゲームのルールを改変すること、そして無条件に勝利を与えること、これもまた強制されたゲームの中では革命になります。
革命的なこと3つ目(ゲームの破棄と自己の破棄)
最後はソン・ギフンと幼なじみのチョ・サンウの一騎打ち。決着がついたところで、ソン・ギフンが多数決のゲームの破棄を申し入れます。しかもあと一歩で賞金が得られる直前にです。それに対してチョ・サンウは自ら死ぬことを選びます。対決の後の高揚感が一気に虚しさに転落させられる劇的なシーンです。
ゲームをする中で、罪を負い、正義に対する欺瞞を感じ、善悪の観念が揺らいだ二人が辿り着いた回答は、ゲームの破棄と自死でした。このような行為は、VIPが愛用の競馬の比喩を用いれば、競走馬がゴール一歩手前で逆走したり息絶えることと同じです。想像すればそのことが賭博者にいかに衝撃を与えるかが想像できます。
ルールの可変性と遊びの放棄。どちらも観察者の打倒とか、ゲームの外部にでることを意図していません。だからこそ、意図せずして、賭け事という高みの見物の裏をかくこき、VIPをアッといわせることができたのです。