新歴史主義とは何か|意味をわかりやすく徹底解説

新歴史主義とは何か|意味をわかりやすく徹底解説

新歴史主義の前史と旧歴史主義との違い

 新歴史主義と聞くと何か厳つい理論なのでは?と身構えてしまうかもしれないが、知ると案外簡単どころか、我々にとっては常識と言っていいくらいに浸透した考え方である。しかし新歴史主義が常識になってしまうと逆に意識することがなくなって、容易に反-新歴史主義に陥ってしまう危険があるのだから、ときには新歴史主義の考え方を思い出す必要があるだろう。

 新歴史主義という言葉を最初に用いたのは、1982年に発刊された文学研究雑誌『ジャンル』の序文で、アメリカの文芸評論家スティーブン・グリーンブラットである。アメリカの文芸批評理論の文脈からみると新歴史主義は、1930-1950年に流行した新批評、それに続く神話批評、脱構築の次の理論にあたる(新批評とは何か – 文芸批評理論*なるほう堂)。アメリカで大きく花開いた新批評、神話批評、脱構築の三理論に特徴的なことは、文学テクストを自律的な実体とみなすテクスト観である。そのテクスト観のおかげで、文学テクストを精読することで文学作品から何かしらの意味や批判を導き出すことができると考えられていたが、一方で「文学」と「歴史」の関係については言及されることがなくなってしまった。このような1980年代の状況で「文学」と「歴史」の関係を問い直そうというのが新歴史主義である。

 ところで、新歴史主義の「新」は何を意味するのだろうか。先程の三大理論には歴史の文字が見えないからといって、歴史主義はなかったと考えるのは早計だ。実は、新批評が流行する前の研究は歴史主義的なものが主流であった。旧来の歴史主義的研究との違いを強調するために歴史主義の前に「新」が付けられているというわけだ。歴史主義とは文学テクストが生まれた当時の社会状況を踏まえて解釈する営みであって、これは「旧」歴史主義だろうと「新」歴史主義だと変わらない。ではどこが違うのかというと、「当時の社会状況」に対する見方が決定的に異なる。先に結論だけ述べておくと、「旧」歴史主義は「当時の社会状況」を無批判に受け入れるが、「新」歴史主義は「当時の社会状況」にも文学テクストに対するのと同様に批判の目を向けるのである。

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新歴史主義の特徴1 – 「客観的史実の集合体としての歴史」から「物語の歴史」へ

 「現代批評理論のすべて」によると旧歴史主義との違いは、次の二点に集約することができる。

ひとつは、「客観的史実の集合体としての歴史」から「物語の歴史」へ、という歴史観の転換であり、もうひとつは、文学的テクストの特権性の否定である。(67)

 一つ目の「客観的史実の集合体としての歴史」というのは、何年にこれこれがあったという箇条書きの歴史と思えばいい。箇条書きの歴史は一見すると客観的で価値中立であるように感じられる。だが、そこにも疑いの目を向けてみようというのが新歴史主義の基本的な姿勢である。箇条書きの歴史といえども全てが書かれているわけではなく、「ある特定の利害を持った集団によって恣意的に選択されたイデオロギー的構築物であり、ひとつの「物語」に過ぎない」(67)。我々は、我々の知っている歴史を「正史」として扱うが、実はそれ自体が政治的かつイデオロギー的な歴史である。ここで間違っても本当に客観的で価値中立の歴史を探し求めてはいけない。客観的で価値中立な歴史は絶対に存在しない、この認識が重要である。

 言い換えると、新歴史主義においては「正史」としてみなされている歴史も、文学テキストを相手にするように、解釈の俎上にあがっている。文学テキストを読解するときには歴史の欺瞞性(=「物語の歴史」)を意識することが必要なのである。

新歴史主義の特徴2 – 文学的テクストの特権性の否定

 二つ目の文学テクストの特権性ついてみておこう。例えば、シェイクスピアの戯曲は当時の「当たり前の前提として共有されていた世界観」(68)を反映しているといった言説がある。この言説をひっくり返すと、「当たり前の前提として共有されていた世界観」を反映している文学作品が価値のあるテクストで、それ以外のパンフレットや通俗小説は「当たり前の前提として共有されていた世界観」を反映していない価値のないテクストという結論が導かれる。

 この「当たり前の前提として共有されていた世界観」を反映している、という前提にも疑いの目を向けるのが新歴史主義である。文学作品において「当たり前の前提として共有されていた世界観」は「あからさまに教訓を述べるような場合に明示的に語られる」のだが、なぜ「語られる」必要があるのか。常識であるならば敢えて語られる必要がないのではないか。むしろ共有されていないからこそ世界観が語られるのではないか。さらにいえば伝統的に低い評価をされてきたパンフレットや通俗小説にこそ、「既存の秩序を揺り動かし、新しい社会を生み出す要素が含まれているのではないか」(68)。

新歴史主義的視点からみて気を付けるべきこと

 まとめてみると、「新歴史主義的批評は、ある特定の文学テクストの審美的価値(「文学性」)を判定することよりも、そのテクストが、国家権力と文化的諸形態の相互作用の中でどのような働きをしているのかを見極めようとするのである」(69)。

 注意しなくてはなならないのは、「国家権力と文化的諸形態」はいわば共犯関係と言えるようなズブズブな関係を築いていることだろう。文化的諸形態は国家権力の支配層の利益になるようなものを、社会の利益にすり替えて提示する。すると共同体は「既存の社会秩序を「自然な」ものとして受け入れ」(69)てしまい権力はさらに増長する。この捏造された「自然」を受け入れていくプロセスから逃れることはできない。

 もう一つ注意すべきことは「自然」でないものの表象の仕方だろう。社会秩序を揺るがす矛盾は権力支配による抑圧によって生じたもので、それは当然ながら社会の内部に存在する矛盾である。だが、権力はそれを外部の「脅威」にすり替える。外部化されたものから身を守ることで、「自然」として受け入れられた内部の社会秩序を守るのだ。

 このような考え方は決して文芸批評にとどまるものではない。外部の敵としてみなされているものが実際は権力によって捏造された偽りの脅威であり、それを本来あるべき内部の矛盾として捉えてみよう、という視点こそが新歴史主義的批評の真骨頂といえるだろう。

 因みにこちらの『白い病』評には、病の内部性 / 外部性について書かれていて面白いので、ぜひ読んでみてほしい。

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こちらは「批評理論をわかりやすく解説」で紹介されています。また「批評理論のおすすめ本」も参考にしてみてください

参考文献

近藤弘幸「新歴史主義」(大橋洋一編『現代批評理論のすべて』新書館、2006年、66-69頁)

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