フッサールを読もう【著作・研究書・入門書・概念紹介。おすすめ度/難易度つき】

フッサールを読もう【著作・研究書・入門書・概念紹介。おすすめ度/難易度つき】

 ここではフッサールの著作の内容や概念を紹介しながら、そのおすすめやフッサール に関する入門書、研究書も合わせて(順次)紹介していく。どれがとっつきやすいのかとかある特定の考え(時間論、間主観性論など)について知りたい人にはおすすめである。

著作案内の前に。

フッサールはどんな人物か

 そもそもフッサールって何者?と思った方はまずここで彼の簡単な経歴について知ろう。エトムント・フッサール(Edmund Husserl 1859年4月8日ー1938年4月27日)はいわずとしれた現象学の創始者だ。彼の現象学が一躍有名になったことで現象学〈phänomenologieという運動が哲学の歴史の一ページに刻まれることになった。

 彼はオーストリア領モラヴィア(現在はチェコ)生まれのユダヤ人である。彼がユダヤ人であったことは結構重要で、晩年はナチスからの迫害を受けドイツでは執筆活動ができなくなるなど苦しい日々を過ごした。様々な学問を学んだ中で最初は数学に興味を持ち、ベルリン大学でヴァイヤーシュトラウスのもとで数学を学ぶ。しかし当時から哲学への関心もあり、ウィーン大学でブレンーターノに師事し哲学者を志す。処女作は1891年の『算術の哲学』で依然として数学からの影響が見られるが、1900年には主著の一つである『論理学研究』を発表する。そこではフランツ・ブレンターノの「記述的心理学」の影響が色濃いが現象学が提唱されている。その後ブレンターノからも抜け出し、全く独自の思索を展開・発展させた新たな方法として「現象学」を提唱することになる。

 彼の現象学は他に多くの影響を及ぼし、例えばゲッティンゲン現象学派などが生まれた。彼自身は『哲学および現象学研究年報』を創刊した。しかし、フッサール現象学に影響を受けた人の中で一番有名になるのがハイデガーだろう。フッサール自身もハイデガーを現象学の後継者として認め、「あなたと私が現象学だ」とさえ言っていたようである。しかしハイデガーはフッサール現象学に反発し、彼の現象学の成果を取り入れながらも独自の存在論を確立させた。その成果が1927年の『存在と時間』である。

 晩年はユダヤ人であることからナチスに迫害を受け厳しい人生を過ごす。ドイツでは出版活動などが禁止された。それでも死ぬまで精力的に講演会を行い国際的に活躍し、フランスで受容されるための下地を作った。執筆に関しては、生前出版はできなかったものの膨大な遺稿や草稿が残された。フッサールの死後、それらの草稿はヴァン・ブレダ神父らの尽力によりドイツから救出され、現在ベルギーのルーヴァンにあるフッサール文庫に保管されている。

フッサールの影響

 フッサールの現象学は後の哲学者に多大な影響を及ぼした。そのうちフッサール哲学に批判的でありながらも、それでもみるべきものがあると考えた人たちは自ら現象学者と名乗った。

 フッサールから影響を受けた人としては、先ほども述べたようにまずハイデガーがいる。さらにその他のフッサール の弟子たちがいる。オイゲン・フィンク(『第六デカルト的省察』の執筆者)、ヤン・パトチカ、ルートヴィヒ・ラントグレーべ(『経験と判断』の編纂者)、ローマン・インガルデン、エディット・シュタイン(『内的時間意識の現象学』の編集手伝い)などである。彼らもフッサールから影響を受けただけでなく、ハイデガーの存在論からも影響を受けており、ただフッサールに従うだけでなくフッサールを乗り越えて独自の哲学を歩もうとした。

 しかし現象学が最も大きく花開いたのはフランスである。彼らもフッサールとハイデガーの影響を受けて、新たな現象学を創り出そうとした。 最初にフランスに現象学を輸入したのはレヴィナス(他者論はこちら|【他者に対する私の責任:レヴィナスの哲学について】)だと言われている。レヴィナスは1928年にフライブルクに遊学しフッサール やハイデガー の思考に接し、1929年にはフランスに戻ってフッサールのパリ・ソルボンヌ講演を聞き(それをフランス語に翻訳して『デカルト的省察』として出版)、博士論文として『フッサール現象学の直観理論』を提出(1931年出版)している。このような活動によって、フッサール現象学がフランスで知れ渡ることになり、現象学を受容した哲学者がフランスで多く誕生した。サルトルもドイツに遊学して現象学を学び、メルロ=ポンティは1939年にフッサール文庫を訪れ、彼の草稿(『イデーン II』など)を研究した。リクールは第二次世界大戦中に『イデーン I』の仏訳を完成させた。しかし彼らも、ハイデガー以後のフッサールの弟子たちと同じくハイデガーからもかなりの影響を受けていた。このようにフッサールとハイデガーの影響を受けた現象学者たちは一般に「第二世代の現象学者」と呼ばれている。

フッサールの概念解説

【現象学的還元】 / 【エポケー】 / 【生活世界】 / 【間主観性】 / 【ヒュレーとモルフェー】 / 【志向性】

フッサール関連論考

『声と現象』における時間論について

『声と現象』第五章における『内的時間意識の現象学』批判の検証

フッサール『幾何学の起源』における普遍性の問題について

『内的時間意識の現象学』要解(序論から第二章まで)

現象学運動史におけるサルトル

メルロ=ポンティと『第六デカルト的省察』

著作案内

 それでは著作紹介に移っていこう。内容紹介ではその著作の特徴とおすすめ度や難易度が書かれているので、購入するときなどに参考にしてもらいたい。目次から知りたい著作に飛んで購入などの参考にしてみよう。

 まずフッサールの著作に関してちょっとみておこう。フッサールはドイツ語版では全集がある。フッサールは実はあまり生前著作を出版していない。それよりも多いのは膨大な草稿である。その草稿のなかには講義録や出版計画を立てながらも挫折して出版できなかったものまでいろいろある。そして既刊著作も含めて、フッサールの作品をシリーズ化したのが Husseriliana(フッサール全集)だ。

 その大元となるのが全42巻からなる Husserliana で、そのサブシリーズとしてHusserliana-Dokumente(ドキュメント), Husserliana-Materialen(マテリアル), HUsserliana-Studienausgabe(研究) がある。

 例えばフッサールの著作で有名な『論理学研究』『内的時間意識の現象学』『デカルト的省察』などはフッサール全集から出版されており、だいたいがそこから出版されていると見てよい。ただし、サブシリーズにも知名度の高い草稿が収録されており、ドキュメント第2巻には『第六デカルト的省察』(邦訳あり)が、マテリアル第8巻には後期時間論として有名な「C草稿」(邦訳なし)がある。

 それでは順番に著作を見ていこう!

デカルト的省察

浜渦辰二訳『デカルト的省察』岩波文庫、2001年。

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平易な訳文

船橋弘訳『デカルト的省察』中公クラシックス、2015年。

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おすすめ度:★★★★★ 難易度:★★★★ 

 ドイツ語全集版では第1巻(Bd. I. Cartesianische Meditation, 1950.)で邦訳は主にこの2冊がある。

 実はこの『デカルト的省察』はフッサール自らが「主著」と考えていた著作だ。もととなったのは1929年にフランスパリ・ソルボンヌで行われた講演でそこでは「超越論的現象学入門」という題がつけられていた。「主著」というだけあってフッサール現象学の原理(現象学的還元)から現象学的な内容(自我、世界、他者)の記述まで幅広く網羅した著作となっているが、「入門」と呼ばれるほど読むのが簡単な著作となってはいない。

この著作の特徴は「間主観性(Intersubjektivität)」の問題が扱われていることだ。『デカルト的省察』は五つの「省察」で構成され、そのうちの第五省察で間主観性の問題が扱われている。この第五省察は『デカルト的省察』の5分の2の分量を占めており、いかにフッサールにとってこの問題が重要でそして難解だったかのかが分かる。

 間主観性の問題とは要するに他者経験の問題である。自我はいかにして他者を他者として経験しうるのだろうか。というのも他者経験が成立していないと、現象学は単なる独我論に陥ってしまい客観性を担保できなくなってしまうからである。そこで他者の構成の仕方が詳細に記述されるわけだ。「感情移入(Einfühlung)」「共現前(appresentation)」「対になること(Paarung)」などの概念が導きの糸となる。結果的に他者経験の全てが語り尽くされるわけではないにせよ、刺激的な考察となっている。

 フッサールの間主観性の問いに関してもっと詳しく知りたい方は『間主観性の現象学』がおすすめだ。フッサールは晩年になって間主観性の問題に取り組み始めたのではない。むしろ初期の頃から間主観性の問題は彼の問いとしてあり、『第5省察』はその成果なのだ。全集版では13巻から15巻に『間主観性の現象学(Zur Phänomenologie der Intersubjektivität)』として1905年から1935年までの間主観性にまつわる草稿が収録されている。邦訳はそれをテーマごとに分け、その中から良いものを抜粋する形で、これも3巻本でちくま学芸文庫から出版されている。草稿群なので書物の章立てのような一貫したものはないが、逆にフッサールがいかに間主観性の問題に困惑していたのかがはっきりと見て取れるだろう。特にそれはフッサール現象学に魅力を感じる者には同じような問題が浮かび上がるかもしれない。少なくともフッサールのある種の超越論的独我論的な体系の中で間主観性の問題は切っても切り離せないものだ。ぜひそちらも手にとってもらうと良いだろう。

 『イデーン I』と比べると、「自我(モナド)」や「受動性(発生的現象学)」の問題が新たに組み込まれているのも『デカルト的省察』の特徴である。「極としての自我」ではなく具体的な自我としてのモナドの構成や能動性の背後で作動する受動性の問題など、1910年代後半の成果がふんだんに盛り込まれている。そこでは例えば自我なら受動的な状況(「習慣」「連合」)でどのように自我が基体として発生するのかが記述されている。

 このようにしてみると、フッサールの思想を偏らずに比較的(とりわけ後期思想を)網羅しているのがこの著作だといえよう。その意味で、難解なのはいうまでもないが、フッサール現象学の全体像を把握してみたいという方はまずこの著作を手にとってみるのはいかがだろうか。

現象学の理念

『現象学の理念』長谷川宏訳、作品社、1997年。

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全集版第2巻(Bd. II. Die Idee der Phänomenologie, 1950)。邦訳は他に「『現象学の理念』立松弘孝訳、みすず書房、1985年」がある

(作業中)

イデーン I

『イデーン I-I』渡辺二郎訳、みすず書房、1979年。

『イデーン I-II』渡辺二郎訳、みすず書房、1984年。

おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★

 邦訳は二巻本。全集版では第3巻(Bd. III. Ideen I : Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie, Erste Buch, 1950.)に当たる。

 『論理学研究』と並んで主著とされる作品だ。『イデーン I』の原題は「純粋現象学と現象学的哲学のためのイデーン」であり、内容としては現象学の方法論が前半を占め、その方法によって得られた志向性の分析が後半を占める。フッサール現象学の構成〔konstitution〕(意味付与〔Sinngebung〕)に関する問題圏の大部分が網羅的に語られており、彼の思想のお大枠について知りたい方にはおすすめだ。

 この著作は生前に出版された著作であるが、10年ほど前に『論理学研究』が出版されている。それと比べてみると、一番の大きな違いは「現象学的還元(phänomenologische Reduktion)」に関する分析だ。「現象学的還元」の思想は『論理学研究』の頃はまだなく、1905年ごろから現れ、1907年の『現象学の理念』で方法として確立されたとされている。『イデーン I』ではほとんど半分を割いてその内容について詳細に記述している。

 現象学的還元エポケーはある種の「判断中止」「遮断」「カッコ入れ」だと言われる。我々が不断何気なく遂行している態度に疑問を投げかけ、その遂行をストップさせるのだ。それによって自然的態度と呼ばれる普段の態度から現象学的態度に切り替わり、現象学的記述を施すことができるようになる。

 現象学的還元によって露わとなった領野が純粋意識の領野である。後半ではその純粋意識の志向的構造が語られる。その構造とはヒュレー、ノエシス、ノエマの三者からなる志向的構造である。どれも元はギリシア語であり、このうちヒュレーは「質料」とか「材料」とか言われたりする。つまりヒュレーは現象学的予件としてまず与えられたなにものかである。しかしこのヒュレーについてはさして語られず、とりわけ重点的に分析されるのがノエシス・ノエマ構造だ。ヒュレーを活性化し対象に性質を付与する作用がノエシスであり、そこで付与されたものがノエマである。このようなノエシス・ノエマ相関の中でどのような性質が働くのか、例えば知覚や想起、可能性や言語作用などでどのようなことが生じているのか、それが後半で主に語られる。

 有名な「あらゆる原理中の原理(第24節)」と呼ばれるフッサール現象学の基本原則や「論理的意義性の透明性(第124節)」について語られるのも本書である。受動生に関する分析は(それはヒュレーに属する)ほとんどない時期的にほとんどないが、いわゆる能動的な構成作用の層で何が生じているのか、現象学的還元やエポケーとはどういうことかを知りたい方は本書がおすすめである。

イデーン II

『イデーン II-I』立松弘孝/別所良美訳、みすず書房、2001年。

おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★

 全集だと第4巻にあたる(Bd. IV. Ideen II : Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie II, 1952.)。邦訳は『イデーンII-II』(松弘孝/別所良美訳、みすず書房、2009年)まであり、2巻本となっている。

 『イデーン』は元々3巻からなる著作として予定されていた。1巻では「純粋現象学への全般的序論」が語られ、続いて第2巻では「2、3の特別に重要な問題群」の分析がなされるとともに、後半で「学問論的考察」が論じられる予定であった(Hua III, 5)。そして第3巻では「哲学の理念」を論じ、第一哲学としての「純粋現象学」を樹立する予定だったのだが(Hua III, 5)、生前刊行されたのは1巻のみであった。そして予定されていた部分の前半である「2、3の特別に重要な問題群」の分析の箇所が、彼の死後『イデーンII』として出版された。また後半の「学問論的考察」のところが第3巻として出版され、当初予定されていた第3巻「哲学の理念」の部分は書かれなかった。

 『イデーンII』は晩年の生活世界論の先駆けの著作と見られており、「自然主義的態度」による科学的客観世界が不当に絶対化されていく過程が批判されている。

イデーン III

『イデーン III』渡辺二郎/千田義光訳、みすず書房、2010年。

おすすめ度:★★ 難易度:★★★

全集版だと第4巻(Bd. V. Ideen III : Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie III, 1952.)

(作業中)

ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学

『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』細谷恒夫/木田元訳、中公文庫、1995年。

危機を救えるか

おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★★

全集だと第6巻(Bd. Vl. Die Krisis der europäischen Wissenschaften und die transzendentalen Phänomenologie, 1954.)

 フッサールは1935年5月にウィーン文化連盟から依頼を受けて「ヨーロッパ的人間性の危機における哲学」という講演を、さらには11月にプラハで「ヨーロッパ諸学の危機と心理学」という講演を行なっている。これがもととなり発表されたのが『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』である。36年に第一部と第二部が発表され、第三部は修正のためフッサールが手元に留めておいた結果生前は発表されず、この著作自体も未完のものとなった。

 しかし、この著作の最も注目するべき点はこの第三部である。そのA「あらかじめ与えられている生活世界から問いを遡らせることによる現象学的超越論的哲学へと至る道」と題され、彼の「生活世界(Lebenswelt)」論が論じられるのだ。生活世界とは僕らが何かを反省する以前にすでに与えられている世界のことである。実は自然的態度こそそういった生活世界のことであり、エポケーされるべきは自然を対象化して捉える自然主義的態度であったと主張する。つまり現象学的還元によってあらわとなるのは生活世界なのだ。このようにして第三部のAでは生活世界論が語られる。

 全体としてはヨーロッパ学問の歴史に対する省察があるのも本著作の特徴だ。近代科学などによっていかにしてヨーロッパの学問は危機に陥ったのか、ガリレイやデカルトなど過去の思想家が検討され、現代に至る歴史が開示される。そこで現代において現象学が果たすべき意義も開示される。

 さらにもう一つ大きな特徴がある。「幾何学の起源について」と題された付録が収録されていることだ。もともと第9節aのための付録だったのだが、デリダが膨大な注釈を施して仏訳しメルロ=ポンティが講義でこの草稿を論じたりしており、単なる付録に収まらない影響力を持っている。

ブリタニカ草稿

『ブリタニカ草稿』谷徹訳、ちくま学芸文庫、2004年(一部訳)。

ハイデガーと決裂

おすすめ度:★★★ 難易度:★★

全集版では第9巻(Bd. IX. Phänomenologische Psychologie, 1962.)に収録されている。

 フッサールは生前『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の「現象学」の項目を執筆した。これには4つの手稿があり、もともとハイデガーと共同で執筆する予定であったが執筆過程で決裂し、最終稿はフッサール一人で書くこととなる。結果として「二人の現象学者の熱のこもった共同作業と対立・決裂の記録」(後藤嘉也)となった。ハイデガーとフッサールの「現象学」の違いを知る上では興味深い草稿である。

内的時間意識の現象学

『内的時間意識の現象学』谷徹訳、ちくま学芸文庫、2016年。

おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★★★

 ドイツ語全集版だと第10巻にあたる(Bd. X. Zur Phänomenologie des inneren Zeitbewusstseins(1893-1917), 1966.)。邦訳としてはもう一冊「『内的時間意識の現象学』立松弘孝訳、みすず書房、1967年」が出版されている。

 「内的時間意識の現象学」は1928年にハイデガー編集で『現象学年報』に掲載されたのだが、それ自体は1904/5年講義の時間に関する講義が元となっている。フッサールにとって時間はとても重要な概念で、初期の頃から晩年までずっと時間について考えてきた。一般的には時期によって三つに分けられ、この『内的時間意識の現象学』が前期時間論、1917/18年に執筆されたいわゆる「ベルナウ草稿」(全集33巻)が中期時間論、晩年に執筆された「C草稿」と呼ばれるものが後期時間論となっている。

 時間と言っても問題となるのは現象学的な時間論であり、客観的な時計時間ではなく、主観的な流れる意識の時間性が問題となっている。意識は時間の中でどのように対象を捉えるのか。また記憶はどのように意識の中で生成されるのか。そういったことが時間意識の現象学で問題とされるのだ。

 しかしフッサールは初期の頃からどうしてずっと時間について考え続けたのだろうか。実はこの流れる意識としての現象学的時間意識は意識の基礎でもある。谷徹は『意識の自然』で超越論的還元とは結局のところ時間論的還元だとまで言っている。つまり超越論的還元によって消え去らないのは流れる時間意識であり、その時間意識を土台として志向的関係が築かれるのである。その意味で究極の現象はフッサールからしてみれば時間なのだ。

 それでは内的時間意識とはどのようなものなのだろうか。未来が不断に現在へと流れてゆき、また現在は不断に過去へと流れ去ってゆく。このような独特な不断に流れていく時間意識を表すために、フッサールは把持(Retention)予持(Pretention)という概念を生み出した。予持は現在と不断に繋がり、現在は把持と不断につながっている。つまり我々の時間意識における現在と過去・未来が切り離されているように見えて、実は現象学的には「把持と予持を伴った現在」なのだ。このことを「立ち止まりつつ流れる現在」と呼んだりもする。

 そのうち現在と把持との関係の分析に特化したのがこの『内的時間意識の現象学』だ。現在印象がどのように把持へと移り変わっていくのか。またそれがどのように意識に沈潜し、その後場合によっては再想起されることになるのか、ということが分析される。予持の分析がほとんど出てこないのがこの書物の特徴だ。予持も含めた時間意識の分析は『ベルナウ時間草稿』になると登場してくる。

 というわけでまさに現象学的な時間意識を記述するのが本書物である。例えば間主観性や身体の問いなどはここには含まれないが、これらも結局のところその基礎には内的時間意識がある。根源は表層よりも難解なのは自明なことだが、時間という現象学的な根源について探究したい方は本書を手にとってみるのが良いだろう(残念ながら『ベルナウ時間草稿』も『C草稿』も邦訳は出版されていない)。

受動的綜合の分析

邦訳:『受動的綜合の分析』山口一郎・田村京子訳、国文社、1997年。

全集だと第11巻(Bd. XI. Analysen zur passiven Synthesis, 1966.)。

(作業中)

間主観性の現象学

邦訳は三巻本:浜渦辰二/山口一郎監訳『間主観性の現象学 I,II,III』ちくま学芸文庫、2012(2013、2015)年。

 ドイツ語全集版だと13−15巻にあたる(Bd. XIII (XIV, XV). Zur Phänomenologie der Intersubjektivität, 1973.)。

 邦訳は全訳ではなく抜粋訳である。もともと草稿群なので、著作のように一貫した章立てのようなものがあるわけではなく難解であるが、テーマごとに分けて読みやすい体裁に整えてある。抜粋訳ではあるが、これを読めば、フッサールの間主観性論がどのようなものか理解することができるだろう。

形式論理学と超越論的論理学

『形式論理学と超越論的論理学【新装版】』立松弘孝訳、みすず書房、2017年。

おすすめ度:★★ 難易度:★★★★

 ドイツ語全集版だと第17巻(Bd. XVII. Fomale und transzendentale Logik, 1974.)となる。

 1929年『哲学および現象学研究年報』の第10巻に発表された。『論理学研究』で扱われた問題を超越論的な水準で捉え直した著作である。実際第二部の題は「形式論理学から超越論的論理学へ」である。第一部では、論理学的諸概念と諸原理の理念性が確認されるのであるが、その理念性を超越論的主観性によって構成されたものとして解明するのが第二部の主題となる。このように、論理学の現象学的な基礎づけを目指し、その根拠を超越論的主観性に求めるのが本書の特徴といえよう。

論理学研究

『論理学研究1【新装版】』立松弘孝訳、みすず書房、2015年。

おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★★

 全集版では18−19巻の2巻本(Bd. XVIII (XIX). Logische Untersuchungen Bd. 1 ,2, 1975(1984))、邦訳だと以下の4巻本となっている。

  • 『論理学研究1【新装版】』立松弘孝訳、みすず書房、2015年。
  • 『論理学研究2【新装版】』立松弘孝/松井良和/赤松宏訳、みすず書房、2015年。
  • 『論理学研究3【新装版】』立松弘孝/松井良和訳、みすず書房、2015年。
  • 『論理学研究4【新装版】』立松弘孝訳、みすず書房、2015年。

 フッサールの最初の現象学的な主著。ドイツ語では全2巻であり、第1巻『純粋論理学のプロレゴメナ』が1900年、第2巻『認識の現象学と認識論のための諸研究』が1901年に出版された。

 第1巻では当時隆盛していた心理学主義的な論理学解釈が批判され、代わりに形式論理学は心理学にまったく依存しないアプリオリな純粋論理学であることが主張される。心理学主義は論理学的命題や概念は心的形成物であるという考え方であり、フッサールも『算術の哲学』(1891年)まではその立場に従っていた。しかし『論理学研究』によってその考えが否定され、論理学的法則のイデア的な性質が肯定される(このような主観と全く関わりのない真理自体のような考え方はさらに『イデーンI』で退けられる)。

 第2巻からは具体的な研究である。第一研究「表現と意味」では表現が意味を介して対象を表示することが明らかにされる。「孤独な心的生」の論考があるのも第一研究である。第二研究「スペチエスのイデア的単一性と近代の抽象理論」ではスペチエスの心理学的実体化などが批判され、スペチエスのイデア的存在性格が主張される。第三研究「全体と部分に関する理論」は、独立的対象と非独立的対象の関係性が考察される。第四研究「独立的意味と非独立的意味の相違、ならびに純粋文法学の理念」では、題名通り独立的意味と非独立的意味の相違が検討され、そこから絶対に無意味陥ることなく意味を形成する純粋文法学の法則が探究される。第五研究「志向的体験とその諸内容」では、初めて志向性概念が検討され、意識体験一般の本質的な構造が解明される。第六研究「認識の現象学的解明の諸要素」では、直観による意味志向の充実化やカテゴリー的直観など、さまざまな種類の志向性が充実の観点から検討される。

 この著作ではまだ現象学的還元が登場せず、純粋自我が否定され、真理自体という観念が肯定されるなど『イデーンI』との重大な相違も見出される。そのような意味でまだ「現象学」を成していないが、彼独自の言語論や志向性概念の探究が展開されるなど、非常に実り深い著作となっている。

厳密な学としての哲学

おすすめ度:★★★ 難易度:★★

邦訳は「厳密な学としての哲学」『世界の名著62 ブレンターノ;フッサール』細谷恒夫責任編集、中央公論社、1980年。全集版では第25巻に収録されている(Bd. XXV. Aufsätze und Vorträge(1911-1921), 1987)。

 元々は1911年に雑誌『ロゴス』第1巻に掲載された論考である。「厳密な学としての哲学」という理念は常に追求されるべき理念であるが、自然主義的哲学や精神物理学的心理学、世界観の哲学によってその方向性が見失われてしまった。それを取り戻し、厳密学としての哲学である現象学によって、他の学を基礎づけようとする意欲的な著作である。問題意識は『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』に似ている。

能動的綜合

『能動的綜合』山口一郎、中山純一訳、知泉書院、2020年。

Bd. XXXI. Aktive Synthesen, 2000.

(作業中)

その他のフッサールに関係する著作

第六デカルト的省察

邦訳は「エトムント・フッサール、オイゲン・フィンク著、H・エーベリンク [ほか] 編集『超越論的方法の理念ーー第六デカルト的省察』新田義弘/千田義光訳、岩波書店、1995年」である。

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おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★★

 全集版だと Husserliana-Dokumente の第二巻に収録されている(Eugen Fink, VI. Cartesianische Meditation (Vol. 2.), 1988)。
 

 題名が示す通り『デカルト的省察』の続きとして書かれた書物である。『デカルト的省察』五つのの省察から成っており、「第六」というのはその六番目という意味である。

 この本の特徴は執筆はほとんどフィンクが行ったことである。フィンクはハイデガーからも影響を受けており、それゆえフッサール哲学と自らの思想が完全に重なり合うことはなかった。フッサールからの違和感はこの書物に対する注釈の中に見ることができるし、フィンク自身も序文案でフッサールとの隔たりをはっきりと表明している。それによれば隔たりは「個別化」の問題に対する解釈の違いにあるということである。

 『第六デカルト的省察』の主題は現象学することそのものにある。現象学的還元によっていわば構成する自我が分析の対象となるのだが、それを分析するのが現象学する自我、すなわち無関心な傍観者なのである。この構成する自我と無関心な傍観者の自我分裂はどのような状態にあるのか、両者はどのような関係性なのかを記述するのが本書物の主題であり、その関係性をどう捉えるのかに「個別化」の問題が加わることによって、フィンクとフッサールの隔たりが強調されることになったのである。フィンクは両者の差異を強調しすぎる、もっと近しい存在ではないか、というのがフッサールの考えなのである。そこらへんに注意しながら注釈を読んでみると面白いだろう。

 もう一つこの著作が重要なのはメルロ=ポンティに大きな影響を与えたということである。メルロ=ポンティとフィンクは知り合いでもあったらしく『知覚の現象学』には明らかに影響関係が見て取れる。メルロ=ポンティはフッサールの後期思想に入る草稿群を読解することで、古典的なフッサール像(絶対的主観性の提唱者)を刷新して自らの哲学に組み込んだ。その草稿群の一つがこの著作である。それゆえ単なる草稿に収まらない価値をこの著作は持つのである。

経験と判断

おすすめ度:★★★ 難易度:★★★★

邦訳は『経験と判断』長谷川宏訳、河出書房新社、1975年。

 1919/20年の冬学期に行われたフッサールの講義「発生的論理学」を基にして、10−14年の草稿と20年代の他の講義からも材料を得て弟子のラントグレーべが編纂した著作である。最初はドイツでの検閲もあり、1938年にチェコスロヴァキアのプラハで出版される。

 編者によれば、内容的には『形式論理学と超越論的論理学』の続編である。絶対の存在なる真理の獲得のためには経験的な事象が必要であると語り、述定的な「判断」に対する先述定的な「経験」の先行性に焦点を当てたのが本書『経験と判断』の特徴である。

 フッサール後期に分類される著作であり、彼の発生的現象学の思想が生き生きと語られている。

フッサール書簡集

エトムント・フッサール、ロマン・インガルデン『フッサール書簡集1915ー1938ーーフッサールからインガルデンヘ』桑野耕三/佐藤真理人訳、せりか書房、1982年。

(作業中)

フッサール・セレクション

『フッサール・セレクション』 立松弘孝編訳、平凡社ライブラリー、2009年。

(作業中)

研究書 

 ここではフッサール現象学から影響を受けた著作や研究を挙げていきたいと思う。

フッサール哲学における発生の問題

ジャック・デリダ『フッサール哲学における発生の問題』みすず書房、2007年。

(作業中)

声と現象

ジャック・デリダ『声と現象』林好雄訳、ちくま学芸文庫、2005年。

おすすめ度:★★★ 難易度:★★★★

 副題は「フッサール哲学における記号の問題への序論」であり、端的にいってフッサール現象学批判の著作である。扱われているのは主にフッサール『論理学研究』第2巻第1篇「表現と意味」の議論である。そこでは表現と指標という二種類の記号が区別されるが、そのうち表現の方が「孤独な心的生活」でも意味を持つ純粋性を保つとされる。しかしながらこのような表現の特権視は、つまるところパロールの特権化であり、非純粋なエクリチュールを切り捨てた西洋形而上学の伝統に他ならない。こういった特権化は見かけのものであり、デリダはそれを逆転させることによって「差延」などの彼独自の概念へと到達することになった。

関連論考『声と現象』における時間論について
     『声と現象』第五章における『内的時間意識の現象学』批判の検証

幾何学の起源(デリダ)

ジャック・デリダ「「幾何学の起源」への序説」『幾何学の起源【新装版】』田島節夫、矢島忠夫、鈴木修一訳、青土社、2014年。

(作業中)

『幾何学の起源』講義(メルロ=ポンティ)

M・メルロ=ポンティ『フッサール 『幾何学の起源』講義 付・メルロ=ポンティ現象学の現在』加賀野井/伊藤/本郷訳、法政大学出版局、2005年。

フッサール :現象学の深化と拡張

『「現代思想」臨時創刊フッサール :現象学の深化と拡張:総特集』青土社、2009年。

(作業中)

フッサール現象学の直観理論

エマニュエル・レヴィナス『フッサール現象学の直観理論【新装版】』佐藤真理人/桑野耕三訳、法政大学出版局、2022年。

 1930年にフランスで出版された、最初の本格的なフッサール研究の書物である。

(作業中)

知覚の現象学

M・メルロ=ポンテイ『知覚の現象学〈 改装版〉』中島盛夫訳、法政大学出版局、2015年。

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おすすめ度:★★★★ 難易度:★★★★

 メルロ=ポンティの主著であり彼の身体の現象学が語られている書物であるが、実は優れたフッサール現象学の研究書でもある。白眉は序論である。おそらく時代の傾向に反して、フッサール現象学を肯定的に扱っているのだ。

 メルロ=ポンティはフッサールの評価すべき点を特に彼の草稿群に認めた。彼の草稿には、彼が批判された側面を自らで乗り越えようとした跡がみられるのである。序文を見ると頻繁に『第六デカルト的省察』が出てくる。これはフィンクの手が入っているけれども、後期の著作としてフッサール現象学の難点を克服しようとした跡の見られる著作である。フッサールの思想を草稿群にまで広げて読み取り、さらにフッサールの身体(Leibkörper)に関する分析を(これは『イデーン II』などに見られる。メルロ=ポンティはフッサール・アルヒーフを訪れてこれを読んでいた)自らの哲学へと繋げた。その意味でメルロ=ポンティはフッサール現象学の批判的継承者である。

 一級品のフッサール現象学の読解として本書をおすすめしたいと思う。

生き生きとした現在

クラウス・ヘルト『生き生きとした現在』新田義弘・小川侃・谷徹・斎藤慶典共訳、北斗出版、1997年。

おすすめ度:★★★ 難易度:★★★★★

 フッサールのC草稿群を中心としたフッサールの遺稿を研究した著作。1962年、学位請求論文としてケルン大学に提出され、1966年に刊行された。当時は「現象学における「戦後最高の収穫」」とまで言われた著作である。フッサールをたどりながら、ヘルトはこの著作で彼の時間論・反省論・自我論を切り開く。

 第一部ではフッサールの現象学的時間論が要約される。第二部ではフッサールが考察した自我が(生き生きととした)現在においては反省によって捉えられないことを示す。第三部では、その自我現在が感触されているがゆえに現象学的形而上学の可能性が開かれることを示す。

意識の自然

谷徹『意識の自然:現象学の可能性を拓く』勁草書房、1998年。

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決定版

おすすめ度:★★★★★ 難易度:★★★★ 

 大著である。新品で一万万円以上するはずである。しかしこの書物さえ理解できれば、フッサールだけでなく現象学運動の全体も捉えることを可能にするような書物である。

 これは研究書であると同時に、谷徹氏の現象学的な哲学書でもある。彼は現象学の運動全体を網羅しそれを詳細に検討しながら、自らの思想をその運動の内部に位置づけようとしている。フッサールだけでなく、ハイデガー、フィンク、メルロ=ポンティ、シェリング、レヴィナスが検討され、新たな間主観性の現象学のようなものが試みられている。

 そのうちの序論は、かなり研究書といえる部類に入る内容の多いものとなっている。序章のテーマは「フッサール 現象学の5つの源流」であり、「事象そのものへ」「志向性」「イデアリテート」「普遍学」「超越論性」などの5つのテーマに沿って、どのようにしてフッサールが現象学を確立したのかを、影響を受けたであろう哲学者を参照しながら思想的にあるいは歴史的に分析している。例えば「現象学」というタイトルはどこに由来するのだろうか。意外と知られてないが、「現象学」という名称は当時フッサールだけが使ったわけでもフッサールが初めて使ったわけでもない。そのような歴史的背景などを考慮に入れながら、谷はブレンターノやマッハを起源とするのではなく「ウィーンの知的雰囲気」が大きく影響を及ぼしていると新たな見方を提示する。これも説得力のある形で論証されており、非常に納得がいく。

 第二部もフッサール志向性の枠組みに則っており、さらにいえば、その志向性の記述がフッサールよりも緻密なのに分かりやすい。図がでてくるのも非常に良い。高価だが、お金に余裕があれば、これはぜひともおすすめの一冊である。 

入門書その他

現象学の理念

須賀原洋行著、フッサール原作『現象学の理念』講談社まんが学術文庫、2020年。

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漫画『現象学の理念』のあらすじ内容 >> 漫画『現象学理念』解説|あらすじと内容要約、感想・考察、次読むべきおすすめ著作は?

資料、参考文献

https://ophen.org/series-506 

現象学のサイト。フッサーリアーナ(フッサール全集)がPDFで28巻まで公開されている。

https://sites.google.com/site/husserlstudiesjpn/home?authuser=0

フッサール研究会。雑誌『フッサール研究』を刊行している。

木田元/村田純一/野家啓一/鷲田清一編『現象学事典』弘文堂、1994年。

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