概要
『イエスマン “YES”は人生のパスワード』は、2008年に公開されたアメリカのコメディヒューマン映画。監督はペイトン・リード。原題は” Yes Man “。原作は2005年に発表されたイギリスの作家ダニー・ウォレスの同名小説。
何事にも否定的な独身男性が、全てのことにイエスと言えば人生が良い方に変わると教える自己啓発セミナーに出会うことで、人生を好転させていく物語。
コメディヒューマン映画はほかに『コーダ あいのうた』『A.I.』『アイズワイドシャット』『キューブ』『アメリカン・ビューティー』がある。
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登場人物・キャスト
カール・アレン(ジム・キャリー):銀行員。3年前に離婚してから、家に引きこもりがちで、何事にも否定的。映画鑑賞を趣味としている。
(他の出演作:『エターナル・サンシャイン』『トゥルーマン・ショー』)
アリソン(ズーイー・デシャネル):ジョギングフォトのインストラクター。カールと出会い付き合うようになる。
ノーマン(リス・ダービー):銀行の支店長。コスプレパーティーを主催している。
ピーター(ブラッドリー・クーパー):弁護士。友人。2年付き合っているルーシーと婚約する。付き合いが悪くなったカールを不満に思っている。
(他の出演作:『運び屋』)
ニック(ジョン・マイケル・ヒギンズ):知人。人生を変えたセミナーにカールを誘った人物。
テレンス・バンドリー(テレンス・スタンプ):セミナーの代表。
ティリー(フィオヌラ・フラナガン):同じアパートに住むおばあさん。カールに頼んだ仕事のお礼に、性的なことをしようとする。
ウェスリー・T・パーカー(ロッキー・キャロル):銀行の副頭取。カールの昇進を告げに来る。
ルーシー(サッシャ・アレクサンダー):ピーターの婚約者。
ジャンパー(ルイス・ガスマン):飛び降り自殺をしようとする。
(他の出演作:『パンチドランク・ラブ』 )
ルーニー(ダニー・マスターソン):友人。カールとピーターの3人でよくいる。
名言
アリソン:世界は遊び場。幼いときはみんな知っていたのに、大人になると忘れるんだ
あらすじ・ネタバレ・内容
銀行員のカールは3年前に離婚して以来、何事にも「No」と応えるのが口癖になっていた。彼はプライベートでも仕事でも付き合いが悪く、家に閉じこもって映画を観る生活をしていた。親友のピーターから婚約の発表を聞くも祝福できず、上司のノーマンから昇進話も無くなったと告げられる。
そんな冴えない人生を送っていたカールに、知人のニックが怪しげなセミナーの紹介状を渡す。最初は見向きもしなかったが、孤独死する夢を見たことで気が変わりセミナーに向かう。セミナーの代表のテレンスは、何事にも「イエス」と応えることの重要性を説く。彼はセミナーに初めてきたカールに近づくと、あらゆることに「イエス」と応えることを誓わせる。そして「イエス」といえば人生がいい方に変わり、「ノー」といえば災いがふりかかると脅す。
セミナー会場から外にでると、ホームレスが車に乗せてくれと頼んでくる。断ろうとするカールをニックがやり込め、近くの公園までホームレスを乗せることになる。携帯電話や金をせびるホームレスにやけになったカールは、全ての頼みを聞いてあげる。
ホームレスを届けると車がガス欠になってしまい、数キロ離れたガソリンスタンドまでポリタンクを持っていく。そこでスクーターに乗って偶然現れたアリソンと出会い、車まで運んでもらう。さらにキスまでしてもらい、久しぶりに笑顔が戻る。
ノーマンから休日出勤を頼まれたカールは、誓いに従って「イエス」と言う。するとこれがきっかけとなり、昇進し給料が上がる。「イエス」の効用に気付いたカールは、ピーターにイエスマンになったと告げ、社交的になり交友関係も広げていく。
ある日、隣人のティリーの頼み事をきいたお礼を断ると、とんでもない災難にあう。「ノー」は災いをもたらすというテレンスの言葉を思い出し、全てのことに「イエス」と言うようになり、カールの状況はさらに好転していく。広報に誘われた地元のライブに行くと、歌っているアリソンと再会する。アリソンの仕事のジョギングフォトに参加したり、二人で出掛けているうちに次第に親しくなる。
ある日、二人は行き先を決めずに、その場にきた飛行機に乗るという旅行をする。行った先々で様々な経験を積み楽しく過ごし、最後にはアリソンから同棲の提案をする。しかし彼の奇怪な行動が怪しまれ、空港でテロリストの疑いで捕まってしまう。弁護士のピーターによって容疑は晴れるが、これまでの行動がすべて「イエス」と答えていただけと知って、アリソンは別れを告げる。
弁解しようとアリソンに謝罪を続けるが、全く聞き入れてもらえない。ピーターの婚約パーティーを忘れていたカールは、これまでに関わってきた人に連絡をしてパーティーを開く。パーティーが終わると、元妻から連絡が入り寄りを戻そうと告げられる。断ったカールに災難がふりかかったため、カールはテレンスに会いにいき誓いを撤回してくれと頼む。しかしその直後二人とも交通事故に遭い入院する。
病院で目覚めたカールにテレンスは、全てに「イエス」という必要はないという。「イエス」と言うことで肯定的な態度になることを目的としていただけで、嫌なことは「ノー」と言っても良いと告げる。
それを聞いたカールはアリソンのもとに駆けつける。そして今すぐに同棲はできない、でも、これから一緒に考えていこうと提案する。カールは本心を告げることに成功し、アリソンはそれを受け入れるのだった。
解説
ノーという返答に意思は介在しているか?
何事にも”NO!”と返す人がいる。「美味しい店を見つけたんだけど行ってみない?」「行かない」、「この本面白かったから読む?」「読まない」。この返答には断固とした”NO!”が、つまり、はっきりとした否定の意思があると思われている。行きたくなくない、読みたくない、そのような否定の意思が”NO!”という返答を促す。意思から行為へというこの流れは、不可逆かつ一方向であると誰もが密かに前提としている。たしかに相手の誘いを”NO!”と断ったその人は、紹介された店に興味を覚えなかっただろうし、行かなかった選択に心から安堵するだろう。だがそれは声を掛けられその瞬間に、否定の意思を持っていたということを意味しない。
えっ?と疑問に思われた人もいるだろう。否定という選択をしてその選択を正解だったと安堵するような人が、否定の言葉を発したその瞬間は否定の意思を持っていなかった、なんてことがあり得るはずがない。そう思うのが普通である。そしてそれは正しい時もある。相手の誘いを吟味し、明確な意思を持って”NO!”と発するとき、そこには意思から行為へという流れがある。だが問題は、この吟味の時間が限りなく少なくなっている時である。
例えば、突然現れた友人に「夜一緒に飯行かない?」と誘われたする。この想定した場面は、多くの人に経験があるだろうから、実際に想像してみてほしい。そして相手の発言に”YES!”にしろ”NO!”にしろ、間髪入れずに咄嗟に答えたとする。この時あなたは、明確に否定(肯定)の意思を持っていただろうか。むしろ毎度お馴染みの返答だったり、相手との関係で習慣付いた応答をしていないだろうか。
この状況をよくよく吟味してみると、否定の発言は内容を熟考した末にではなく、機械的・反射的にでてきていることがわかる。言い換えれば、否定の発言の前にあるのは否定の意思ではなく、否定の習慣である。この否定の態度は内容を問わないために、どのような誘いでもすぐさま断ることになる。断ったからといって、やりたいことがあるわけでもない。だから誘いを断って得られたわずかな時間は、家に閉じこもって映画を観て酒を飲み寝ることに消費されるほかない。
考察・感想
自己啓発セミナーで否定から肯定の姿勢へ
そのようなどこにでもいる、あるいは、誰にでもある否定の姿勢を、無自覚に習慣化してしまったのが主人公のカールである。三年前に妻と離婚して以来、友人の誘いや仕事の融資に常に”NO”と応えるカールは、客観的にみても明らかに孤立している。友達との付き合いが悪く、趣味といっても家でひとり映画をみることしかないカールは、自分の人生が虚しいものであることも自覚し、密かに不安を覚えている。それゆえ彼は夢で、誘いを断り続けつ末に孤独死している自分を発見してしまうのだ。
カールはその不安を心のうちに抱えているがために、知人に誘われた自己啓発セミナーに足が向く。そこで出会ったセミナーの代表テレンスは、カールに習慣付けられている否定の態度を変えさせて、何事にも”YES!”と答えるように啓発する。
自己啓発を先駆的に取り上げた映画に、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゲーム』がある。この映画では、仕事一辺倒で価値観の凝り固まった中年男性が、あるゲームに参加して人生観を一変させる様子が描かれる。この映画で重要なのは、人生観を変えさせるためにその中年男性を一度絶望に追いやるという点である。ここには、これまでの自分を否定することによって新たな自分が生まれるという、自己啓発の手法の核心が劇的なラストと共に描かれている。似たような自己啓発の瞬間は、本作にも登場する。セミナーの代表テレンスは、会場にいる数百人に”YES!”と大きな声を上げさせ、カールを威圧する。カールの”NO!”という声は、”YES!”という罵声によって”NO!”を突きつけられる。否定の否定によって叫ぶ”YES!”は、絶対的な肯定というよりも、否定から逃走する怯えた肯定である。だから狂信的に”YES!”を叫び続け、”N0!”が災いをもたらすと信じてしまうようになるのだ。
現代にこそ響く大事なメッセージ
自己啓発セミナーは、自己を否定することで啓発する。だからセミナーは強制的かつ威圧的で、その集団は側から見ると狂気じみている。しかしこの映画で描かれるのは、自己啓発セミナーの本質や問題点ではなく、セミナーによって人生が如何に変化するか、という肯定的な側面である。
カールは離婚のショックもあって、交友関係も仕事の融資も関わることをやめてしまった。やる気がないから関係を断ち切り、関係を切るから孤立する。この負のスパイラルは止まるところがないために、カールはその虚しい生活を三年間も続けてしまった。彼は負の循環から逃れたいと無意識に望んでいるが、脱する術を知らない。
だが前述のように考えてみれば、自ずと解決策がみえてくる。彼はやる気がないのではなく、否定の姿勢が染み付いてしまっただけである。実際は、やる気がないから断り断るから孤立するのではない、否定の姿勢が否定の発言を生み、否定の発言が否定の意思をつくり出しているのである。だから解決策はやる気を出すことではなく、否定の姿勢を肯定の姿勢へ、要は、何事にも”YES!”と答えることにある。
カールはこれを間に受けすぎてすべてのことに”YES!”と答えるが、のちにテレンスが白状するように、これは元々の趣旨に反している。テレンスが目指したのは、何事にもポジティブに対応する肯定の姿勢であって、何事にも”YES!”と答える不屈の闘志ではない。それに全てに”YES!”と答えるということは、”NO!”と答えることが実は意思が介在していなかったのと同様に、自分を失うということである。”YES!”には意思があるようで、実は完璧な受動性しかない。何事にも”YES!”と答えるならば、そこに何かを決定する主体は存在し得ない。
繰り返しになるが、多くの人が否定/肯定を純粋な価値判断だと思っている。しかし実はその発言の前にある、姿勢に汚染されていることを見過ごしてはならない。結局のところこの映画のメッセージは、この汚染を意識した上で、意思を持ち決定しろということである。そしてこのメッセージは現代の日本にも鋭く響く。ポジティブな姿勢を持ったうえで決定すること、これこそが現代に最も欠けている日本を良き方に導くための鍵かもしれない。
関連作品
評価(批評・評論・レビュー)
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